「……だったら教えてやる! これが、才能の差だ!」
森崎が起こした行動は明らかな犯罪行為であった。深雪が焦ったように達也のことを呼ぶ。しかし――
「ヒッ!」
森崎の手から小型拳銃形態のCADが弾き飛ばされる。眼前には伸縮警棒を振り抜いた姿勢のエリカが自信ありげな笑みを浮かべていた。
「この間合いなら身体を動かした方が速いのよね」
得意げに説くエリカに対して、エリカの攻撃に巻き込まれかけたレオが異議をあげる。そして、互いに言い争いを始める二人に、当事者含め皆が呆気に取られていると、一科生の男子生徒が怒りの声を上げる。
「ウィードの癖に、調子に乗るなぁぁ!」
その生徒は腕輪型CADを操作して魔法を発動しようとし、それを皮切りに他の生徒もCADを操作し始める。
「だめだよ! みんな、止まって!」
「ほのか! ダメ!」
達也の目は皆を止めようとした女子の魔法の起動式を正確に読み取っていた。出力を抑えた閃光魔法。おそらくこの場をおさめるための目くらましとして使うつもりだろう。それに構築も早い。これならほかの生徒より早く発動できるだろう。そう分析した達也だが、その魔法が発動することはなかった。
『動くな』
その言葉は大声が飛び交っているはずなのに、やけに通って聞こえた。そして、その音が耳に入るのと同時に今までの言い争っていた声は全く聞こえなくなり、起動式も霧散している。聞こえてくる音はこちらに近づいてくる複数人の足音だけだ。その間、騒ぎを起こしていた生徒は動くことができなかった。何かしらが干渉し、自分の身体を自由に動かすことができない。いや、正確には全く動けない訳ではない。ぎこちなくだが手足は動き、首を動かして声の方を見ることも出来た。達也はこれが精神干渉系魔法の一種だと理解できた。
顔を向けると二人の女子生徒と一人の男子生徒が歩いてくる。真由美と摩利、至言の三人だ。摩利は入学式で風紀委員長として紹介されているために新入生でも知っているし、真由美は言わずもがなだ。動けないながらも顔を青くする生徒がちらほら見受けられた。摩利が至言に向かって「相変わらず君の魔法は多人数を無理やり抑えるのには有用だな」と口を開く。
「至言さん!」
一科生のうちの一人の女子が声をあげる。これには達也も驚いた。ここにいる人間の中で一人だけ不自由なく動けているのだから。このことに対し、反応を示したのは達也のみではない。とくに真由美と摩利は目を丸くして驚いている。しかし、そこは生徒会長と風紀委員長だ。摩利がすぐに切り替えて話を始める。
「風紀委員長の渡辺摩利だ。事情を聞きます。全員ついてきなさい。おい、夏目」
名前を呼ばれた至言が目を閉じるのと同時に身体が自由に動くようになる。少しまだ違和感が残っているが動くのは問題ないだろう。周りの生徒が止めていた息を吐き出すように息を吐く、実際は呼吸は止められていないのだが、そう錯覚してしまうほどの緊張感が今この場にはあった。
しかし、入学してそうそう酷い目に合うものだ。達也は目立ちたくはないが、ここにいる友人が不当な理由でひっ捕らえられるのは好ましいとは思わない。摩利の前に泰然とした足取りで歩み出る。その背後に深雪が付き従う。そしてこの場を丸く収めるための言葉を紡ぐ。
「すみません、悪ふざけが過ぎました」
「悪ふざけ?」
達也のセリフに摩利が反応する。
「はい。森崎一門のクイック・ドロウは有名ですから、後学の為に見せてもらうつもりだったのですが、あまりに真に迫っていたもので思わず手が出てしまいました」
その言葉を聞いた摩利が人の悪い笑みを浮かべながら地面に転がっている森崎のCADを見る。そして、流れるようにほのかに目を向ける。視線を向けられたほのかは顔を一層青くする。
「では、そこの女子が魔法を発動しようとしたのはどうしてだ?」
「あれはただの閃光魔法です。出力も相応に抑えられた目くらましでしょう」
摩利の浮かべていた笑みが消え、面白そうなものを見る目で達也を見る。
「ほぅ……どうやら君は、展開された起動式を読み取れるようだな」
「実技は苦手ですが、分析は得意です」
達也の言葉を聞いた摩利が至言に目配せをする。至言はその視線を受けて一言、
「嘘は言ってないかと」
「……誤魔化すのも得意なようだな」
値踏みするような視線を向けられている兄を庇うように、深雪が出てくる。
「兄の申したとおり、本当にちょっとした行き違いだったんです。先輩方のお手を煩わせてしまい、申し訳ありませんでした」
兄とは違い真正面から真摯に謝罪をしてくる深雪に対して摩利が居心地悪そうに目を逸らす。
「摩利、もういいじゃない。達也くん、本当に見学だったのよね?」
達也が無言で頷くと、真由美はしてやったりと微笑む。
「生徒同士で教えあうことは悪いことではありません。むしろ互いに切磋琢磨しあえるので良いことだと思います。しかし、魔法の行使には、細かな制限があります。魔法を扱う自習活動はそういう規則を勉強してからにしましょう」
「……会長もこう仰られていることでもあるし、今回は不問にしよう。以後気をつけるように」
摩利のその言葉に一科生、二科生関係なく頭を下げる。摩利はそれに見向きもせず、背中を向ける。が、歩み出す足を止め、問いかけを発する。
「君、名前は?」
「一年E組、司波達也です」
「そうか、覚えておこう」
達也の名乗りに短く返した摩利はそのまま真由美と一緒に去っていく。ただ、頭を下げていた面々はまだ安心できなかった。去っていったのは真由美と摩利のみで、至言が一人残っているのだ。一拍の沈黙の後至言が口を開く。
「……雫、ほのか。あまり心配をかけさせるな」
怒っている訳ではなく、本当に心配しているような声だ。二人は素直に謝罪の言葉を述べる。
「……ごめんなさい」
「すみませんでした……」
二人の言葉を聞いた至言は軽く息をついてから達也を一瞥する。しかし、何かを口にすることなく背を向けて去っていった。
○
先ほどの一件の後、至言の姿が見えなくなってから森崎が達也に敵意を示すこともあったが、その場では何も起こらずに彼らは帰っていった。一科生側のメンバーで残っているのは至言に名前を呼ばれていた二人の女子だ。
「み、光井ほのかです。さっきはありがとうございました」
頬が少し赤く上気している女子が達也に対して口を開く。それに対して皆がどう反応すればよいか困っているともう一人の女子が自己紹介も兼ねて話しかけてくる。
「北山雫です。ほのかを庇ってくれてありがとうございました。大事に至らなかったのはお兄さんのおかげです」
「……どういたしまして。でも、お兄さんは止めてくれ。これでも同じ一年生だ、達也でいい」
そういうと、ほのかの方が何かをいいたげにこちらを見てくる。深雪にアイコンタクトを送り、ほのかに話しかけるように促す。
「あの、光井さん。まだ何か?」
そう問われたほのかは恐る恐る、といった具合にこちらに問いかける。
「えっと、駅までご一緒してもいいですか?」
○
ほのかの提案は問題なく受け入れられた。達也としても深雪に同じ一科生で同性の友達は作って欲しかったので好都合だった。
メンバーは達也、深雪、美月、エリカ、レオ、それに加えて雫とほのかの二人だ。
はじめはなんとも言えない空気だったが、達也が深雪のCADを調整していることや、エリカの伸縮警棒がCADであることなどを話題に少しずつ打ち解けていく。初対面のメンバーがいる為、互いの深いところまでは踏み込まずに軽い会話が広げられる。
その中で最も皆の興味を引いた話題は、
「それにしても、お二人は夏目先輩とお知り合いだったのね」
深雪の言葉に皆の視線が雫とほのかに向かう。他の皆も気になっていたのだが、至言の名前を知らなかった為に話題に出しにくかったのだろう。
視線を向けられた二人だったが、ほのかの方が雫に視線を向ける。その行動によりほのかに向いていた視線も雫に集まる。
「親同士が知り合いで小さい頃から付き合いがある」
雫が淡々と述べた言葉に幾人かが納得したような反応を示す。
「光井さんもそうなのか?」
達也がほのかに対して問いかける。問いかけられたほのかは、嬉しそうに反応する。
「私は雫を通して知り合ったんです。小学校くらいの時なんですけど」
その答えを聞きながら達也は今日の朝に八雲が言っていたことを思い出す。師匠が言っていた幼馴染はこの二人か、と考えたが、すぐにさすがにそこまで考えるのは無粋だろうと思考を切り替える。
「その夏目先輩? ってのはさっきの男の先輩だよな?」
レオが確認を取るように問いかける。雫が「うん」と短く返したところでエリカが口を開く。
「雫、でいいわよね。聞きたいんだけどなんでさっき動けたの?」
「そりゃ、お前知り合いなんだから……ってそれだと光井さんも動けるか。そもそもさっきの魔法……だよな? 何だったんだ?」
このことは達也も気になっていたので話に加わる。
「さっきのは夏目家の言霊だろうな。見るのも使われるのも初めてだったがあれほどの人数をまとめて対象にできるとは」
達也の言葉を聞いたメンバーは二つの反応を示す。一つは先ほど自分にかけられたのが「言霊」だと知らなかったがための驚愕。もう一つは達也のいうことに同調する反応。
前者の反応を示した美月が疑問を投げかける。
「あの、言霊って人の動きを止めることまでできるんですか?」
「できる、というか夏目先輩だからできた。というべきだな」
美月の疑問には達也が答えた。その答えに美月とレオが不思議そうな顔をする。この二人は先ほどの前者の反応を示した二人である。
「あの人だからできたってどういうことだ?」
レオが我慢できなくなったのか聞いてくるが、達也はその質問に答えずに雫の方を見る。達也としてもより至言に近い人間から言霊のことを聞いてみたい気持ちがあった。
「至言さんの家は精神干渉系魔法も言霊で発動できる」
「……ってことはさっきのは精神干渉系魔法だったのか」
雫の言葉にレオが得心したように頷く。が、達也は一つ気になっていることがあった。精神干渉系魔法は系統外魔法に分類される魔法の一種だが、使い方によっては恐ろしい洗脳の道具になる魔法だ。その為、四系統魔法以上に厳しく使用が制限されている魔法である。鎮圧行動の為とはいえ法令上問題があるのでは? と達也は思う。
「学内での使用は特例で許可を貰ってるって言ってた。夏目家自体大きい家だし融通がきくみたい」
達也の問いかけに関して、雫はこのように返してきた。夏目家は古式として大きい家であるのでその理由には納得がいく。
そうしているとエリカがもう待てない、といった感じに割り込んでくる。
「ねえ、それで結局自由に動けた理由って何なの? あ、いや、もし答えられないならいいんだけどさ」
魔法師同士の魔法の詮索はあんまり好まれる行動ではない。言霊のようにある程度認知されている魔法を調べるのと、その人個人が所有している魔法を聞くのとでは訳が違う。それ故にエリカも場合によってはすぐに引こうと思っていた。
「はっ! そうだよ雫! なんでさっき雫だけ大丈夫だったの⁉︎」
エリカに続くようにほのかが雫に問いかける。ほのかも心底驚いていたようで先ほどまでよりも声が大きい。
「……
雫の言った言葉に達也とほのか以外が首を横に振る。
「
「うん」
「そんなのあるんだ」
エリカが知らなかった、と付け加えると、美月とレオも同意するように頷いている。
思考の海から抜け出した達也がチラリと雫の方を見ると、ほのかと二人で声を潜めて話している。
「それじゃあ、至言さんから貰ったんだ。よかったね」
「うん」
小さな声だが二人の会話が聞こえてしまった達也は、先ほどの予想を無かった事にして八雲が言っていたプレゼントの対象が雫なのだと無意識的に理解した。
「……不可抗力とはいえ勝手に知ってしまったのはなぁ」
本人のあずかり知らぬところでプレゼントをあげた相手まで知ってしまった達也の居心地の悪さから呟いた言葉は誰の耳にも届かずに消えていった。