言霊使いの上級生   作:見波コウ

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入学編-Ⅱ

 入学式は滞りなく終了した。ただ、新入生総代の司波深雪の答辞はなかなかに面白い内容であった。

 「皆等しく」「一丸となって」「魔法以外にも」「総合的に」

 ずいぶんと際どいフレーズを盛り込んだ答辞で、選民意識の強い人間が聞いた場合に否定的な目で見られるのは確実だろう。それなりに上手く建前でくるみ、棘自体は感じなかったがそれでもわかる人はわかる。

 特に新入生の一科生は「自分は選ばれた」と思っている人も多い。万が一を危惧して舞台袖で待機していたが答辞に対して咎める声は一つも上がることはなく、粛々と進行した。

 入学式の後はIDカードの交付、ホームルームなどが行われるが、これには生徒会、風紀委員会などが関わることはない為、後片付けなどが主な仕事になる。生徒会は入学式の後に新入生総代=主席入学者を生徒会に勧誘するのが慣例になっているので真由美と服部は勧誘に向かっている。

 入学式の後片付け、来賓の出欠チェックなどを行い、学校に残っている新入生はほとんど残っていない時間だ。生徒会室には生徒会、風紀委員会、課外活動連合会(略称「部活連」)から数人ずつ集まっていた。メンバーは生徒会から真由美、あずさ、風紀委員会から摩利、至言、部活連から十文字(じゅうもんじ)克人(かつと)

 それぞれ、卒業生の穴埋めのために新入生からメンバーを補充する必要がある為にそれについての話し合いだ。生徒会は深雪の勧誘を諸般の事情で行えなかったとのことで後日行う、部活連はもう決まっているので特に問題無し、風紀委員会のみまだ新メンバーを決めあぐねていた。風紀委員会は生徒会、部活連、教職員会が3名ずつ選任する。現在空いているのは生徒会推薦枠、教職推薦枠から各一名ずつだ。とはいっても教職員推薦枠は文字通り教員が決める為にここにいるメンバーがどうこうすることはない。

 

「実技の成績を見れば北山さん、森崎くんあたりかしらね。光井さん、十三束(とみつか)くんも大丈夫そうだけど」

 

 入試の成績を見ながら真由美が声を出す。

 

「そうはいっても風紀委員に女子が選ばれることは少ないからな、恐らく森崎か十三束が教員推薦枠として選ばれるだろう」

 

 摩利が真由美の隣でデータを覗いてその適当にあたりをつける。摩利の言っている通り、荒事が専門の風紀委員に女子生徒が選ばれることは少ない。もちろん実力があれば選ばれるが、それでも実力と性格がしっかりと風紀委員に適している女子というのはなかなかにいない。

 

「まあ、まだ新年度が始まったばかりだ。そんなに急くことはない」

 

 途中で克人が口を挟む。実際克人の言う通り始まったばかりなので急ぐことはないのだろう。だが、摩利はそうは思っていないようで反意を示す。

 

「そうは言っても新入部員勧誘期間までには補充しておきたい。新入生とはいえ一人いるといないとでは違うからな。場合によっては二年からでもいいんだが、やはり一年から就いていてほしいからな」

「たしかにあの期間は色々大変ですからね……」

 

 去年のことを思い出しているのか、あずさが苦笑いで言葉を漏らす。

 

「しかし、今年の新入生は女子が強いわね。案外女子の方でもイイ子がいるんじゃない?」

 

 そう真由美が言うのも無理はない。今年の新入生は総合成績で見れば上位三人が女子なのだ。しかし至言としてはそのうち二人と付き合いがあり、あまり危険な目に合わせたくないと思っている。そのため、

 

「口を挟んで申し訳ないのですが、雫……北山と光井にはまだ早いかと」

 

 二人が選ばれないように自分の意見を述べることにした。もちろん至言がそのようなことを言えば興味を示す人物がいる。真由美だ。

 

「あらそう? というより至言くんこの二人と知り合い?」

 

 真由美だけじゃない、摩利も意外そうな顔で至言を見る。

 

「君が人を名前で呼ぶのは初めて聞いたな。なんだ? それなりの仲なのか?」

「小さい頃からの付き合いです。……二人ともそれなりの実力はありますが、やはり知り合いとしてはあまり危険な職には就かせたくありません。それと、荒事をおさめるとなると流石にまだ早い気がします。もちろん本人たちが望めば反対はしませんが」

 

 摩利の人をからかうような表情を見ないように目を閉じて淡々と述べる。

 

「つまらないな、君は。もう少しリアクションをしてくれてもいいだろうに」

 

 いつもと変わらない様子に不満を覚えたのか摩利が軽口を叩いてくる。それに真由美が同調するように色々言ってくる。

 

「な、夏目くんが困っちゃいますから……」

 

 あずさが二人を止める為に口を挟み、それを聞いた二人も適当なところで切り上げる。そして真由美が会話を取りまとめる。

 

「それじゃあ、男の子二人で教員推薦枠に選ばれなかった方に話をしてみようかしら」

「もし他に面白そうな奴がいたらそっちが優先でもいいか? 実技の成績のみで判断するのもどうかと思うしな」

 

 真由美の言葉に摩利が付け加え、その後に少しばかり話し合った結果、生徒会推薦枠はもう少し様子を見ることになった。

 その後はお開きということで、生徒会室の施錠を行なってから各自帰路に着いた。

 

 

 

 

 入学式の次の日。高校生二日目の朝、達也と深雪は二人が住んでいる家から十分程度の距離にある寺に足を運んでいた。

 九重(ここのえ)八雲(やくも)。この九重寺(きゅうちょうじ)の住職である「忍術使い」である。達也は中学一年生の時から八雲に師事している。毎朝足を運び門人を相手に組手をする、それが慣例になっていた。門人との組手の最中に深雪に詰め寄っていた八雲に奇襲を仕掛け、そのまま達也と八雲の組手に移行する。

 昔から鍛錬を続けているのが実を結んで、達也の体術の技術は八雲に匹敵するレベルになっていた。だが、体術だけで勝てるほど「忍術使い」は甘くない。八雲の土俵で勝負させられることにより、組手が終わる頃には達也は息を荒くして土の上に体を投げ出していた。

 息を整えて深雪からタオルを受け取った達也は、そのまま深雪と八雲と朝食をとることになった。深雪が持ってきたサンドイッチを縁側で頬張りながら雑談を交えて一息つく。

 八雲から体術の技術について賞賛を受けるが素直に受け取らない達也に対し、深雪が「認められているのだから誇るべきだ」と意見する。これを聞いて達也は昨日も似たようなことを言われたな、と入学式前の会話を思い出す。そして、会話の起点にする為にある話題を振る。

 

「師匠。少し前に言霊について教えてもらったと思うんですが……」

 

 達也の言葉に対して八雲は「うん?」と返事をしてから言葉を続ける。

 

「ああ、そうだね。どうかしたかい?」

「いえ、ただ昨日学校で夏目家の人間と会いまして」

「ほう、ということは至言くんに会ったんだね?」

「知り合いなんですか?」

 

 まるで知り合いのような口ぶりに達也は疑問をぶつける。八雲は「うん、まあね」と短く答えてから達也に質問を投げかけようとするが、その前に深雪が口を挟む。

 

「お兄様、夏目先輩とお会いになられていたのですか?」

 

 深雪も先日の入学式の際に顔合わせとして自己紹介を行なっているのと、去年の九校戦(きゅうこうせん)の新人戦に出場しているのを観ていたために知っている。ただ、直接話したのは昨日のみで、それも達也と同じでほとんど自己紹介のみだったので人となりまでは分からない。もしかしたら兄が不快な思いをしたのかもしれないと思った深雪は心配そうに達也を見つめる。 

 

「大丈夫だよ、たまたま会って挨拶されただけだ」

 

 心配そうな深雪の心情を察してか安心させるような言葉を選ぶ。

 

「それで、至言くんのことについて何か知りたいのかい? それとも夏目家についてかい?」

 

 二人の様子を微笑ましげに見ていた八雲が近くに待機していた弟子を下がらせてから聞いてくる。おそらく弟子とは言えあまり他家のことを聞かせるのはまずいと思ったのだろう。

 

「両方ですね。本人のこともそうですが、家としての立場なども教えてもらえれば」

 

 本人のことも大切だが、何よりも大切なのは家のことだ。家としての規模、人員、調査力など場合によっては注意しなければならない。その為に貰いたい情報はたくさんある。しかし、

 

「まあ、ある程度のことは教えられるけどね。でも教えられることに限度はあるかな、大きな家だから変に首突っ込んでこっちがヤケドしたくないしねぇ」

「それで構いません」

「それじゃあ至言くんについてから話そうかな。

 夏目至言、歳は君たちの一つ上だね。国立魔法大学付属第一高校二年の風紀委員会所属。ちなみに深雪くんと同じで首席で入学しているよ。

 身長は一七八センチ、体重は七十キロ、これは前のデータだから多少の差異はあるだろうね。好きなものは和菓子などをはじめとした菓子類だけど洋菓子とかは食べる機会があんまりないようだ。

 夏目家の次期当主であり、すでに夏目家の人間からは認められているそうだよ。夏目の血を色濃く継いでいるから魔法師としてはとても優秀だね、長く続いている夏目家の中でも上位に入る才覚だろう。実際、去年の九校戦の新人戦で『アイス・ピラーズ・ブレイク』と『モノリス・コード』で優勝してるしね」

 

 それからも色々と情報が出てくる。聞けば聞くほど当人の優秀さが目立つ内容だ。そして、「これくらいかな」と一段落しようとした八雲が思い出したように付け加える。

 

「そういえば、つい最近幼馴染の女の子にプレゼントを送ったそうだよ」

「そこまでの情報はいらないです」

 

 たしかに知りたいとは言ったが、男のそこまでプライベートな情報を知りたいとは思わない。というより流石にそこまで知っているのはどうなんだろうか。

 

「ははっ、そうかい。じゃあ、次は夏目家について話そうか。そうは言ってもこっちの情報はあんまり多くないんだけど」

 

 達也はお願いします、と言ってから八雲の話に耳を傾ける。

 

「現当主は至言くんの母である夏目静音だね。彼女はAランク魔法師で夏目家の家系でもかなり特殊な魔法を持っているよ、まあここは割愛でいいかな。

 夏目家の立場としては古式の家の中ならかなり上位に位置するだろう。それに規模もでかい、なんせ言霊の始祖って呼ばれるくらいだからね、言霊を扱う家は何かしらで夏目家と関わりを持っているよ。そう言う意味では人員も調査力もあるね。ただこれは昔からそうなんだけど夏目家は降りかかる火の粉を払うことはするけど自分から他の家に敵対するようなことはしないね。だから君たちから手を出さない限り敵対することはないだろう」

 

 最後の言葉を聞いて深雪が安心したように息を吐く。達也にしても同じだ。

 

「師匠。ありがとうございます」

 

 礼を言ってから頭の中で情報を整理する。時間も時間なのでそろそろ家に戻って学校に行かなければならない。

 高校生活二日目、色々聞くことは聞いたがそれでも自分が目立たなければいいし、関わらなければいいだけだ。達也はそう心に決めて寺の門を跨いだ。

 

 

 

 

  ――そう決めた、はずなんだがなぁ……。

 達也は朝に自分が決めたことを実行出来ずにいた。おそらく自分を含めて今ここにいる人間は学校内で一番目立っているだろう。

 ため息をつこうとして、止めた。最愛の妹が達也の制服の裾を指先でつかみ、不安げに見上げてきているからだ。

 達也の目の前には、互いに睨み合っている一触即発の雰囲気の新入生の集団がいた。それが自分に関係ない人達なら無視して帰ることができるのだが、如何せんその中心にいるのは昨日、今日友人になったクラスメイトの柴田美月、千葉エリカ、西城レオンハルトだった。

 

「それにしても、エリカはともかく、美月があんな性格とは……予想外でした」

「……同感だ」

 

 あまり、自己主張をしないタイプの人間だと思っていたのだが、不当なことにははっきりと異議を唱えられる人間らしい。しかし、これは――

 

「……逆効果だろうなぁ」

 

 美月含めた友人たちが敵対しているのは、深雪のクラスメイトの一科生たち。今日の昼頃からこの対立の予兆はあった。それが積み重なってこうなっているわけだ。一科生である深雪が二科生といるのが気に入らないという理由で突っかかってくる。

 

「別に深雪さんはあなたたちを邪魔者扱いしていないじゃないじゃないですか! 一緒に帰りたかったら、ついてくればいいんです。なんの権利があって二人の仲を引き裂こうとするんですか!」

 

 美月の放った正論に対して一科生は「ブルーム」、「ウィード」という単語を使用して口撃する。

 八枚花弁のエンブレムが刺繍されている一科生の制服を、花冠とし「ブルーム」。

 逆に、エンブレムがない二科生の制服を、花の咲かない雑草と揶揄して「ウィード」。

 この単語は有名無実化してはいるが、校則で使用を禁止されている単語である。

 そんな一科生の言葉に対して反応したのは、美月であった。

 

「同じ新入生じゃないですか。あなたたちブルームが、今の時点で一体どれだけ優れているというんですかっ⁉︎」

 

 決して大きな声ではなかったがそれでもそこにいるメンバーにはよく聞こえた。そしてその言葉は一科生をさらに激昂させた。

 

「……どれだけ優れているか、知りたいなら教えてやるぞ」

 

 早くも一科生側のリーダーのような存在になりつつある男、森崎(もりさき)駿(しゅん)が怒りを込めた声を発してくる。

 この言葉に対してはもう「売り言葉に買い言葉」。レオが挑戦的な大声で応じる。

 

「ハッ、おもしれぇ! 是非とも教えてもらおうじゃねぇか!」

 

 今はもう下校の時間だ。普段は授業開始前に事務室に預けなければならないCADを一般の生徒が持っていることは不思議でもなんでもない。

 しかし、そのCADを人に向けて使用するのはよろしくない。

 

「……だったら教えてやる! これが、才能の差だ!」

 

 森崎が感情を昂らせて太腿のホルスターから抜き出した特化型CADの「銃口」が、レオに突きつけられた。


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