言霊使いの上級生   作:見波コウ

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入学編
入学編-Ⅰ


 二〇九五年四月、国立魔法大学付属第一高校入学式。至言は開会時間よりも二時間以上早く学校に登校し、入学式の準備に取り掛かっていた。会場が開かれてからの至言の仕事は敷地内の警備、その仕事が始まるまでは設営の手伝いを行うことになっている。

 

「沢木、もう少し右だ」

 

 校門前に空間投影型ディスプレイを設置して、『国立魔法大学付属第一高校入学式』と表示されるように調整している生徒に対して至言は声をかける。それを聞いた沢木と呼ばれた生徒が指示通りに位置を調整する。

 

「っと、こうか?」

「行きすぎだ、少し戻せ。……いいぞ、大丈夫だ」

 

 問題ない位置に調整されたのを確認し、エラーなどが出ないかも確認してから次の作業に移る。その後もペアで設営の作業を続けていく。自身らに与えられた仕事を終えたのとほぼ同時に至言の名前を呼ぶ声がした。

 

「至言くん、仕事の方は終わった?」

 

 声をかけてきたのは生徒会長である真由美。

 

「あと少ししたら講堂を開けるから誘導の仕事に付き合ってくれない?」

 

 開場してからの至言の仕事は、敷地内の警備だが、真由美は迷子の新入生などがいた場合にその生徒の誘導を行う仕事についていた。入学式にスピーチを行う生徒会長がするような仕事ではないのだが、「息抜きにちょうど良いと思ってね」というのが彼女の談。警備も誘導も敷地内で行動することには変わりないので一緒に行動しないか、とのことだった。

 

「分かりました。沢木、残りは任せて大丈夫か?」

 

 真由美の言葉に了承の意を返す。別に至言と真由美以外にも警備、誘導の仕事をして居る生徒もいるのと、生徒会長がスピーチの前の息抜きと称しているのなら付き合うべきだろうと考えた結果だ。残りの後片付けも大した作業ではない為に沢木に任せてから真由美と共に巡回を始める。

 巡回を始めると真由美がポツリと言葉を漏らす。

 

「今年が最後の高校生活かあ……」

 

 その言葉には少し寂しさが見え隠れしていた。

 

「最後の一年間、やり残すことがないように学園生活を楽しんでください」

 

 真由美の言葉に対し慰めの言葉を返す。至言は真由美の発した言葉が会話の起点にする為に言い出したことをなんとなく感じ取っていたので、当たり障りのない返事を行う。

 

「ありがとう。そうね、まだやりたいことも色々あるから」

 

 そう言って真由美は自分のまだ学園生活でしたいことをつらつらと語り始めた。そのまま適度に会話を続けながら二人で巡回をしていると、真由美が何かを見つけたのか「あら?」と声を上げる。視線を追うと一人の男子生徒がベンチに腰をかけて情報端末に目を向けていた。時間を確認すると開式まであと三十分。真由美はその生徒に声をかけることに決めたようでその生徒に歩み寄って行く。至言もそれに続くようにその生徒に近づいた。

 

 

 

 

 端末に表示された時計を見て、入学式までの時間があと三十分なのを確認した男子生徒――司波達也は、情報端末を閉じてからベンチから立ち上がろうとする。しかしその途中で声をかけられた為に動きを止めた。

 

「新入生ですね? 開場の時間ですよ」

 

 声がした方を振り向くと二人の先輩であろう人物が立っていた。一人は達也と比べても小柄な女性、目測で達也よりも二十センチ程度低い。もう一人は立ち上がった達也よりほんの少しだけ背が高い男子生徒。そして女子生徒の方は左腕に腕輪型のCADを巻いている。それを見た達也は、学内におけるCADの常時携行が認められている生徒は、生徒会の役員と特定の委員会のメンバーのみだということを思い出す。男子生徒の方は見える範囲ではCADを持っているようには見えなかったが、もしかしたら端末型などのCADを持っているのかもしれない。そもそもCADの所持を認められていない生徒なのかもしれないが。

 達也としても今から向かおうと思っていたところであり、「ありがとうございます。すぐ行きます」と返してからその場を離れようとする。入学初日から優秀な人間とわざわざ交流しようとは思わなかった。

 

「感心ですね、スクリーン型ですか」

 

 しかし、目の前の先輩はそんなこと思っていないようで、自身の使用していた端末について話題に出してくる。達也としては先輩二人に新入生一人、しかも新入生が二科生となれば注目を集めるのは必至なのでその場から早く離れたかった。

 二科生――この学校には入学時点で生徒に優劣がつけられている。言ってしまえば、優等生である『一科生』、劣等生である『二科生』の二つに分類されている。二科生は一科生が受けることができる『教員からの魔法実技の個別指導』を受けられないという扱いを受けていて、二科生は本来ならば制服に刺繍されているはずの八枚花弁のエンブレムが刺繍されていない。

 目の前にいる二人は両方とも自分と違いエンブレムが刺繍されている。とはいえ、ぞんざいに対応することは出来ない。彼の妹である司波深雪は新入生総代を勤めている為に生徒会に選ばれるだろうから。そのために最低限の返事として言葉を返したが、その言葉にも目の前の先輩は興味を示して会話を繋げてくる。

 と、そこで今まで一言も話していなかったもう一人の男子生徒が口を開く。

 

七草(さえぐさ)先輩。話し込むのは構いませんがせめて自己紹介くらいしたほうがいいかと」

 

 七草、と呼ばれている時点で嫌な予感しかしなかったがそんな達也の心情も関係なしに時間は進む。

 女子生徒は男子生徒の言葉を聞いて、「あっ」と声を上げてから達也に自己紹介を行う。

 

「申し遅れました。私は第一高校の生徒会長を務めています、七草真由美です。ななくさ、と書いて、さえぐさ、と読みます。よろしくね。それで――」

 

 自己紹介の後に男子生徒に目を配る。それを受けた男子生徒も続くように自己紹介を行ってくる。

 

「風紀委員所属、二年の夏目至言だ」

 

 この二人の自己紹介を聞いて、達也は二人に会ったことを心底後悔した。

 まず、女子生徒の方の『七草』。おそらく数字付き(ナンバーズ)だろうと推測する。

 「七草」という名字は魔法師の資質に大きく関わる遺伝的素質が特に優れている数字付き(ナンバーズ)の中でも有力な十家――十師族(じゅっしぞく)のなかでもさらに有力とされている二つの家のうちの一つだ。その家の血を引いているのだろう。

 そして、男子生徒の『夏目』。古式魔法の家としてもかなり有名だが、なにより有名なのは『言霊』だろう。古式魔法師というのは自身の魔法を秘匿する傾向にあるが、達也は自分が師事している人間がこの言霊について以前に教えてくれたことを思い出していた。

 本来、CADは古式魔法で使用される呪文や魔法陣、魔道書の代わりに起動式を提供する、現代の魔法技能師には必須のツールである。CADを使用することによって呪文や魔法陣を使用しての魔法発動にかかる時間を一秒以下の簡易な操作で代替することができる。呪文や魔法陣を使用しての魔法発動は短くて十秒前後、物によっては一分以上の詠唱が必要になる。

 その為、現代魔法が体系化する以前からも魔法発動の時間短縮のために色々な研究が行われていたという。

 その結果、発明されたのが『言霊』だ。言霊は本来必要になる呪文を一単語、あるいは一文節で済ませ、魔法を発動する事ができる。これだけならとても魅力的なのだが、本来必要になる工程を縮めるというのはとても難しいもので、並の魔法師が扱うことはできなかった。そのため、言霊を使用できる魔法師は処理速度と演算規模が他の魔法師と比べて段違いに優れている。

 言霊を使用できる家系は複数あるが、その中でも『夏目』は特別だ。夏目家は言霊を使用できる家系の中で唯一「精神干渉系魔法」を言霊で扱うことができる。「眠れ」と言って意識を奪うこともできるし、「死ね」と言えば相手を殺すことも可能とされている。この唯一の適性を持つがゆえに夏目家は『言霊の始祖』と言われている。おそらくその直系だろう。

 エンブレムがある時点でおおよそ分かってはいたが、二人共エリート中のエリートだ。しかし、だからと言って嫌な表情を表に出すわけにはいかない。達也は愛想笑いを浮かべて、自分の名前を名乗る。

 

「俺、いえ、自分は、司波達也です」

 

 達也が名乗ると、真由美は何か思い当たるところがあるようで目を丸くする。

 

「司波達也くん……そう、あなたが、あの司波くんね……」

 

 この反応に達也はどうせ妹と比較されているのだろうとあたりをつけ、真由美の言葉に沈黙で返す。

 

「先生方の間では、あなたの噂で持ちきりよ」

 

 自分の沈黙に対し、真由美は含み笑いの後にそう告げた。だが、達也はその言葉と含み笑いにポジティブなイメージを感じた。

 

「入学試験、七教科平均、百点満点中九十六点。特に魔法理論と魔法工学の二つは満点、小論文含めてよ。合格者の平均点は七十点に満たないのに。前代未聞の高得点ってね」

「ペーパーテストの成績です。情報システムの中だけの話ですよ」

 

 言葉とともに自分の左位胸を指差した。本来ならエンブレムがあるべきところ。魔法科高校生として評価されるには、テストの点数はもちろんだが、実技の成績が重要になってくる。どれだけテストで点数を取ろうと、実技ができなければ評価はされない。それは自分の左胸が証明している。

 

「だが、そのペーパーテストで他者を引き離してトップを取ったのは事実だ。自分の出来ないことを他の部分で補っているのだろう? ならば誇るべきだ」

 

 名前を名乗る以外にほぼ口を開いていなかった至言が口を挟む。この言葉に達也は意外だと感じた。まともに対話していない為に、至言の起伏の少ない表情と自分と話していないことを踏まえて勝手にこちらを見下しているのかと思っていた。だが、どうやら相手を見下すような人間ではないらしい。

 勝手に決めつけていた自分がバカらしいな、と思っていると、どうやら真由美も同じ意見のようで同調する。

 

「そうよ! そんな点数、少なくとも、私には真似できないわよ? 私ってこれでも理論系も結構できるんだけど……、同じ問題を出されても司波くんのような点数は取れないだろうなあ」

 

 上級生二人に褒められていてもなんだが居心地が良くない。どうしたものか、と考えているとまたもや至言が口を開く。

 

「七草先輩、先輩はそろそろ講堂に戻ったほうがよいかと」

 

 達也はこれは好都合、と思い「そろそろ時間のようですので、失礼します」と言ってからその場を去る。返事は待たない。

 二人に背を向け歩きながら、達也は自身の不運を呪った。一体何をしたら入学初日から現代、古式両方の有力な家系の人間に会わなければいけないのか。これからの学園生活、変に目をつけられないようにしよう。そう心に決めて講堂へ足を運んだ。

 

 

 

 

「もう、夏目くん。たしかに時間は迫ってるけどまだ大丈夫よ」

 

 達也が去った後に真由美は不満そうに口を開く。

 

「あの司波という生徒、居心地がよくなさそうでしたから。まあ、入学初日に見知らぬ一科生の上級生二人に絡まれたら普通そうなりますが」

「絡んでなんかないわよ、ちょっとお話ししたいな、って思っただけだもの」

 

 心外です、と言わんばかりに言葉を返してくるが、至言がまともに取り合ってくれないのをみて諦めたようで素直に講堂に戻るようだ。形式上の挨拶を行って、至言は一人での巡回に移行する。

 時計を確認すると開式まで残り十分。さすがにここまでの時間になると大体が会場入りしているようで人の姿を見ることもなくなってきた。

 

「やあやあ、至言君。久しぶりだね」

 

 そんな時に声をかけて来た人物がいた。

 

(うしお)さん。お久しぶりです。来ていらしたんですか?」

 

 北山(うしお)。雫の父親であり、実業家。北方(うしお)というビジネスネームで多くの企業グループを傘下におさめている。傘下グループは多種多様な分野を有しているが、魔法産学分野に対する進出が遅れているために今現在その方面の企業との契約などで忙しいと聞いていた。

 

「残念ながら少ししか居ることができないけどね。この後にも色々用事があってね。ああ、そうだ、今度時間がある時にウチに泊まりに来たまえ。(わたる)も会いたがっていたし、紅音(べにお)も話がしたいと言っていたからね」

「ええ、時間を作って必ず」

 

 雫の母である紅音はもちろん、弟である航も至言との付き合いは長い。それこそ航は至言を兄のように慕っているし、至言自身も弟のように扱っている。前回雫が夏目家を訪れたように今度はこちらが行く番だろう、至言本人も久しぶりに弟分に会いたいとは思ってはいたのでその提案は当たり前のように受け入れる。

 

「はっは! 楽しみにしているよ!」

 

 潮はそれじゃあ失礼するよ、と言って講堂の方へ歩いて行く。その後ろ姿を見送っているとまたもや別の方面から声がかかる。声の主は教員の一人で式の設営に関わっている生徒の監督を引き受けている教師だった。

 

「夏目君、お疲れ様。そろそろ人も来なくなって来たからあとは私だけで誘導を行おう。講堂に戻って大丈夫だよ」

「分かりました。失礼します」

 

 一言断りを入れてから教師の言葉の通りに講堂へと足を向ける。途中、沢木と合流して講堂内に準備関係者として入る。

 入学式が始まってからの至言の仕事は有事の際の場の鎮圧。そのため、関係者として舞台袖で待機することになっている。とはいえ、なにかしらのアクシデントが起きない限りはただ入学式を裏から見守るだけだ。至言はただ入学式の開式の挨拶を待つことにした。


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