言霊使いの上級生   作:見波コウ

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九校戦編-Ⅶ

 九校戦初日。

 今日から十日間。本戦男女五種目、新人戦男女五種目、合計二十種目の魔法競技会の幕開けとなる。

 初日で一番初めに行われることは開会式だ。とはいえ短めの来賓挨拶と各校の校歌の演奏のみですぐに競技が始まった。

 予定されているのはスピード・シューティングとバトル・ボード。

 第一高校のトップバッターは真由美だった。

 真由美がこれから出場するスピード・シューティングは、三十メートル先に設定されている十五メートル四方の有効エリアに投射されるクレーの標的を魔法で破壊する競技だ。

 試合の形式が準々決勝から変わることがよく知られている。

 予選では五分の制限時間内に射出される百個のクレーを破壊した数を競うスコア型。

 予選を勝ち抜いた上位八名による準々決勝からは紅白のクレーが百個ずつ用意され、自分の色のクレーを破壊し、破壊した数を競う対戦型。

 当たり前だが今から始まるのは予選だ。男女ともにそれぞれの会場で同時に四つのシューティングレンジを使う。それを六回行い、スコアが高い上位八名が準々決勝に駒を進めることができる。

 真由美はその六回行われる試技の初回に、至言は三回目の第三試技に出場する。

 競技自体は五分で終わるとはいえ、選手の入場や名前の読み上げ、諸々の時間を加味して一回の試技に二十五分ほどのスケジュールが組まれている。

 

「七草先輩、夏目先輩、それに渡辺先輩だな」

 

 達也は今日の朝に配信された電子版のパンフレットを見ながら今日の見所があるであろう試合をピックアップする。

 男女の会場が隣り合っていることもあり、真由美の試技を見てから至言の試技を見に行くのも時間的には余裕がある。

 そして、摩利が出場するバトル・ボードはスピード・シューティングと違い一回の試技が一時間と時間がかかる。(競技自体は十五分程度なのだが、競技後に行う点検などで時間を取られる)

 幸いなのか大会側が配慮したのか定かではないが、摩利の出場する時間はスピード・シューティングの二人とは被らなかった。

 達也は深雪、ほのか、雫と共に女子スピード・シューティングの会場に到着する。そこにエリカ、レオ、美月、幹比古が合流した。

 達也たちが陣取ったのは一般用の観客席。そこの最後列付近だ。

 彼らの視線の先にはシューティングレンジに立つ真由美……ではなく、その真由美に熱い視線を送る為に前列に押しかけた青少年及び少女たち。

 

「嘆かわしいったらありゃしない」

 

 魔法の試技を見に来てるんじゃ無いの? と呆れたようにエリカが言う。

 目下の集団は試合がもうすぐ始まるというのに興奮をおさめる様子がない。

 だが、ある拍子に水を打ったように静まり返る。すぐ始まる、というのが伝わったのだろう。

 

「始まるぞ」

 

 自分の後ろの席でやけに慌てている美月とそれに突っかかっているエリカに向けて達也が告げる。

 二人もすぐに口を閉ざし、真由美に目を向けた。

 そして、十日間に渡る九校戦の初戦の開始を示すシグナルが点った。

 

 

 

 

 会場の熱気がおさまらない。

 拍手、歓声、観客の取っている行動に些細な違いはあれど見ているものは一つだ。

 真由美の破壊したクレーの数、すなわち彼女のスコアが表示されているディスプレイ。

 

『PERFECT』

 

 それは射出されたクレー全てを破壊したことを示していた。

 空気分子の運動を減速させドライアイスを精製、それを亜音速に加速し、射出されたクレーを個々に撃ち抜くこと計百回。

 使用した魔法はそれに加えて知覚魔法の『マルチスコープ』。

 実体物をマルチアングルで知覚するこの魔法を併用することで一度も外すことなく標的を撃ち抜いた。

 

「パーフェクトを出したわけだし準々決勝進出は確定だろうな」

 

 パーフェクト以上のスコアなど存在しないためこれで真由美は準々決勝に出ることは確定した。

 星勘定ではスピード・シューティングでは一高が男女とも優勝する予定だ。真由美は順調に事を進めているといえる。

 

「次は夏目先輩か」

 

 席を確保するために皆で移動する。至言の出番は第三試技だがもう移動して座っていても良いだろう。

 

「……意外と人がいるな」

 

 時間としては開会式終了から二十分も経っていない。

 これから始まるのは第二試技であり、至言の出番はこの次だ。それなのに観客が既にいるというのは少々意外だった。

 少なくともこのレンジで第二試技を行う選手は話題性のある選手ではない。

 達也が既にいた観客を見回すと幾人か見知った顔があった。

 

「なるほどな、俺達と同じか」

 

 その呟きとともに座席に座った達也に続くように他の面々もそれぞれ座席に腰を下ろす。

 

「お兄様、『同じ』というと?」

「先客の人たちも夏目先輩の出番を見に来てるってことだよ」

 

 周りに聞こえないように「見てごらん」と視線を誘導させると深雪も得心がいったように頷く。

 

「達也の言うとおりだね、何人か有名な古式の人がいるよ」

 

 幹比古が居心地が悪そうに視線を巡らせる。

 この時、達也が見たのは彼の所属する『国防陸軍第一〇一旅団・独立魔装大隊』の人間だったのだが、達也が軍属だなど考えたこともない幹比古は「達也は八雲から有名な古式魔法師を教えてもらっている」と勘違いを起こしていた。

 

 

 

 

「なんていうか……普通ね」

 

 席についてから数分。第二試技の選手が姿を現し、競技が始められた。

 そして、五分間射出されるクレーが尽きたとき、エリカの口からそんな言葉が漏れた。

 スコアは『八十六』。まずまず、と言いたいところだがおそらく予選落ちだろう。

 

「そう言うな。七草先輩みたいに視覚的に見応えのある魔法を使う選手は少ないだろうからな」

 

 この競技は大体の選手が、移動系魔法でクレー同士をぶつけて破壊したり、振動系魔法で破壊したりといった戦法を取る。今回の選手もそうだった。真由美の様に弾となるものを作り出し、撃ち抜くというのは珍しい戦法だ。

 そして、観客から見た時に盛り上がるのは後者になる。

 魔法師はそれで高得点を叩き出すのがどれだけ難しいかある程度は理解し、驚愕し称賛を送る。

 逆に魔法の知識が無い一般人は()()()()()()()()()()という魔法然とした光景に目を奪われる。

 つまり、真由美はスコア的にもパフォーマンス的にも観客を魅了したということだ。

 

「……で、ミキはさっきから何してんの?」

 

 幹比古は第二試技の競技が終わったのと同時に席から立ち上がり、自分たちの座席の近くで何かを弄っていた。

 エリカに声を掛けられた幹比古はその返答として呪符を見せてくる。

 

「エリカ、悪いんだけど呪符(これ)を柴田さんの座席の下に貼ってくれないかな」

「いや、アンタ聞かれたことに答えなさいよ」

 

 前列に座っていた達也を通して呪符を受け取ったエリカは文句を言いながらも隣に座る美月の座席の下に呪符を貼る。

 

「結界だよ。次は夏目先輩の出番だからね。霊子放射光の刺激を緩和する効果があるから少しは柴田さんの負担を減らせると思う」

 

 美月は眼鏡を掛けているがこれはファッションで掛けている物では無い。

 霊子放射光過敏症(りょうしほうしゃこうかびんしょう)という少々特殊な「体質」である彼女はオーラ・カット・コーティング・レンズと呼ばれる特殊なレンズを使った眼鏡を掛けることによって霊子放射光の刺激を緩和している。

 霊子放射光とは情動を形作っている粒子であると考えられている霊子(プシオン)の活動によって生じる非物理的な光であり、この体質の人間はそれによる影響を受けやすい。

 特に今のような大勢の人間が興奮状態になる環境下では活性化した霊子(プシオン)の影響で精神に多大な負荷が掛かってしまう。

 

「吉田君、ありがとうございます」

「いや、いいんだよ。それに本当なら七草先輩の時もしてあげたかったんだけど呪符の数にも限りがあって……ごめん」

「そんな! 私の為にしてくれてるのに謝る必要はないですよ!」

 

 美月の前列に座っている達也を挟んで行われる二人の会話は彼に何とも言えない疎外感を与えるものだった。

 

「幹比古、終わったのなら戻ったほうがいいぞ。意外と注目を浴びてる」

「――それに柴田さんが自分でも努力しているのは知ってるし……えっ、あっ、そ、そうだね」

 

 声をかけられたことにより、ふと冷静になった彼は周りの視線を感じてどことなく体を縮こませながら座席に戻った。幹比古が腰を下ろした座席の隣に座る美月も周りの視線を逃れるように小さくなっている。

 二人の様子を見てエリカが意味有りげな笑みを浮かべるが、彼女はその場では何かを口に出すことは無かった。

 

 

 

 

 第三試技までの時間を待っている達也の後ろではエリカとレオのささやかな口喧嘩が行われている。

 そうはいっても達也たちには慣れたもので、特に仲裁に入るでもなくその喧騒を時間潰しのために利用していた。

 そして、第三試技を始めるという旨のアナウンスが流された。

 観客の意識が眼下のシューティングレンジに向かう。

 学校名、名前のアナウンスから程なくして至言が姿を現した。

 選手入場に対しての反応は大まかに分けて二つ。

 一つは歓声。単純に去年の活躍をみて楽しみにしている一般客や同じ第一高校の生徒たち。黄色い声もちらほら聞こえるあたりそういう層も居るのだろう。

 もう一つは観察。古式魔法師や大学関係者など至言のことを選手ではなく魔法師として見ている者。

 だが、その二分されている反応がすぐに別のものに変わった。

 

「おいおい、特化型じゃあねえのか」

 

 達也たちの中で声に出して反応したのはレオだった。

 スピード・シューティングで使われるCADは一般的に特化型CADが選ばれる。

 競技の特性上、処理速度が早く照準補助装置を着けることができる特化型CADが有用だからだ。

 レオはCADについて見ただけで構造を予想できるほど習熟していない。だが、そんな彼でもスピード・シューティングで使われる小銃形態のCADを持たず、手首に一般的な腕輪型のCADを着けていれば一目で分かった。

 

「確かゴーグルに照準機能付けてもいいんだっけ?」

「うん、というより殆どの選手が付けてると思う。七草先輩は付けてなかったけど」

 

 エリカの確認するかのような問いかけには新人戦でスピード・シューティングに出場する雫が答えた。

 三十メートル先の破片が飛んでくることなど殆ど有り得ないが、この競技では保護ゴーグルの着用が義務付けられている。

 そして、そのゴーグルに照準機能を付けることは大会規定で認められていることだ。

 基本的に真由美の様な自前の照準手段を持っていない場合は大体の選手がこの機能をゴーグルに仕込む。

 

「始まるぞ」

 

 周りの動揺もお構いなしに選手の入場から競技開始まで進められる。

 シグナルが順々に点っていき、縦に五つならんだシグナルが全て点ったのと同時に標的であるクレーが空を飛び交った。

 

『――――』

 

 それに気づいたのは観客の中でもわずかだった。観客席と至言との距離もあるのだろうが、何より試合開始のブザーと同時に言霊を使われては傍目からすれば何かをしたとすら考えない。

 ブザーの音に掻き消され言霊で短縮した呪文は聞こえなかったが、魔法を使ったことは雫、達也、幹比古、美月が気がついた。

 だが、どんな魔法を発動したかを考えるよりも早くクレーが有効エリアに飛び込む。そして――

 

「燃えた!?」

 

 観客の誰かが口走った通りに有効エリア内に侵入したクレーが端から燃え、火の玉となって最終的に朽ち果てた。

 そして、それが何度も繰り返される。次々と射出されるクレーは有効エリアに入ると同時に燃えていく。

 

「どうなってんだ、あれ?」

 

 訝しげなレオの呟きは無意識的に達也への問いかけになっていた。短い間の付き合いの中で「魔法で困ったら達也へ」と考えるようになっているのだろう。

 だが、達也の返答より早く幹比古が今起きてることの分析を始めた。

 

「……感知式の古式魔法だと思う。侵入した物体を燃やす、とか。いや、でも……」

 

 何か納得いかない様子を見かねて達也が問いかけた。

 

「何か気になることでもあるのか?」

「気になるというか、感知式に限らず結界だったり範囲を指定する古式魔法はその境界を札などで区切るのが一般的なんだ」

 

 少し難しそうな表情をしながら自分が結界の為に貼った呪符に目を向ける。

 

「もちろん無いと出来ないって訳じゃないんだけど、でも今みたいに有効エリアピッタリの範囲を指定するにはそういうことをしないと……」

 

 対象となる範囲が大きければ大きい程、その範囲を自分で認識しやすいように何かしらの方法で区切るのが古式魔法のやり方だ。

 特に札などで範囲を指定しておくと、術者がその場を離れ対象となる範囲を視認していなくとも札とのパスを繋げていれば術の行使を続けることができる。

 今回の場合、三十メートル先の有効エリア(十五メートル×十五メートル)を大きな誤差もなく範囲として指定している。クレーが有効エリア内に入るのと同時に燃えるのがその証拠だ。

 

「それに、僕は言霊ではこういう術は出来ないと思っていたんだ。先輩が結界を張るときは呪符を使っていたから……」

 

 言霊は一般的に『魔法』と認知されているが実際は『技術』だ。

 古式の家ではよく知られていることだが、古式魔法に携わることのない現代魔法師(及び関係者)から見れば、そういう風に分類されている。

 その技術とは古式魔法の発動に付いて回る「思考以外のプロセス」を呪文に単一化し、それを極限まで縮めるというもの。

 そして、それを扱うためには大前提ともいえる処理速度とキャパシティも重要だが、それ以上に魔法陣や長々と読み上げる呪文を一単語、一文節に縮める「変換技術」がキモになる。

 だが、それでも全ての術式を言霊で使えるわけではない。

 一部の大規模術式や呪具や法具を起点とする術式、自分の血を媒体とする術式など別のモノが術の根幹になっている場合はそれが難しいとされている。

 幹比古も四月の一件で至言が結界を張ったときに呪符を使用していたことからそう思っていた。

 

「あ、あの」

 

 一人難しい顔をして考え込んでいる幹比古の隣で美月がおずおずと声を出す。

 

「なんて言えばいいんでしょう? 有効エリアの角、というか立方体の頂点にそれぞれ精霊が……」

 

 ほんの少しだけ眼鏡をずらしてシューティングレンジを見た美月の言葉が終わらないうちに幹比古が弾けたように顔を上げる。

 

「……精霊? そうか! 精霊に代わりをさせているのか! そうだとしたら最低でも八体の精霊を同時に繋いでいることになるのか? それはそれで……」

 

 すぐにまた考え込む幹比古に痺れを切らしたエリカが抗議の声を上げた。

 

「ちょっとミキ、さっきから一人で完結してないでよ」

「う……いや、そうだね……ごめん」

 

 やけに素直に謝った幹比古は一度落ち着かせるように深呼吸を行う。

 

「多分、さっき言った区切りを精霊に任せてるんだと思う。柴田さんの見たように有効エリアの頂点に精霊を配置してそれらを境界として扱っているんだ。

 でも、いやこれは夏目先輩だから出来るのか……。普通は複数の精霊とアクセスすることなんてしない。個々の精霊が発する波形に同調させなきゃいけないし、それぞれからの情報を処理できるだけの余裕がないと意識が飛んだりしてしまうんだ。

 ……北山さん、一応聞きたいんだけど夏目先輩って柴田さんみたいな『目』は持っていないんだよね?」

 

 今までの幹比古の考察に口を挟まないでいた(というよりは至言を見ることを優先していた)雫は隣のほのかに声をかけられるまでその問いかけに気付かない。

 ほのかが肩を軽く叩いて声をかけた事によりその事に気が付き、質問の内容を再確認した。

 

「持ってないはず、もちろん道具を使ったりすれば別の話だろうけど」

「道具?」

「呪具や法具とかの事だね。吉田家(うち)にも精霊とアクセスしやすくするものは幾つかあるから同じようなものだと思うよ」

 

 自分の掛けている眼鏡と対極のものだろうか? と疑問の声を上げた美月だったが、幹比古の答えに得心がいったように頷く。

 

「幹比古、一つ聞きたいんだがさっき『感知式の古式魔法』と言ったな。エリア内に侵入してきた物を燃やす様な魔法だと」

 

 幹比古の話を聞きながら至言の魔法を注視していた達也が確認するかのように問いかける。

 

「うん、多分それで合ってると思うけど」

「――侵入してきた物体を区別することは出来るのか?」

「達也が言っているのが準々決勝以降のことなら大丈夫だと思うよ。しっかりと条件付けをすれば赤白どちらかのクレーだけを対象にするのは難しいことじゃない。赤と白っていう一目見ただけですぐに分かるような違いだから尚更だ」

 

 古式魔法のみならず現代魔法でも重要なのが術者が得ている情報だ。

 魔法は物理的距離の影響は受けない。使用者がその対象を認識していれば物理的距離に関係なく魔法を発動できる。

 魔法の対象に選ぶ選ばないというもの同じだ。特に赤と白と違いが大きなものであれば瞬時に判別も出来る。

 

「そうか、……一高(うち)の先輩方は頼もしすぎるな」

 

 至言のスコアが『一〇〇』を記録し、続けて『PERFECT』の文字が現れる。

 同時に起きた歓声に呑まれて達也の小さな呟きは周りに聞こえることはなかった。


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