言霊使いの上級生   作:見波コウ

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九校戦編-Ⅵ

 懇親会から一日挟んで九校戦は開催される。

 その一日をどう使うかはその人次第だ。技術スタッフや作戦スタッフは大会前の追い込みとして一日を費やすが、選手はそれぞれの方法で明日からの戦いに備えて英気を養う。

 技術スタッフに付き合ってCADの最終調整を行う者、友人と近場のスポットに出かける者、自室で静かに過ごす者。

 特に一年生は四日目の新人戦まで出番がないので友人とはしゃぐ生徒が多くいるだろう。

 朝、至言は同室の桐原がやけに身だしなみを整えてから部屋を出たのを見送る。ホテルで朝食をとらず外で食べるらしい。

 桐原のように朝食を自分で済ませる生徒もいるが、大体の生徒がホテルが提供するバイキングに集まる。

 各校選手四十名。作戦スタッフ四名。技術スタッフ八名。その人数が九校あるので四百六十八名。

 学校によってはスタッフの数が少なかったりするためにその限りではないが、四百人を超える人数が一斉に朝食、というのはホテル側にも負担が掛かる。

 さらに、各校の会話から作戦が漏れたりする可能性もあるので学校ごとに時間をずらされている。だからといって別に時間外に行ったとしても追い出されることはないのだが。

 朝から和洋中用意されているバイキングで和食を中心に食べた至言は自室に戻らず、一高にあてがわれている天幕に向かう。

 これから明日の九校戦初日に動くメンバーが集まってミーティングを開くことになっている。

 本来ならば競技がある日の朝にその日に出場する選手、担当するエンジニア、作戦スタッフが集まって日程、トーナメント、リーグの確認。加えて試合会場の把握、各自のコンディションの自己申告などを行う。

 しかし、初日は開会式が予定されているため時間が取れないので前日である今日に予定が早められた。

 

「全員集まったようですね」

 

 ミーティングの進行役は作戦スタッフである鈴音。

 作戦スタッフは全日活動をするので九校戦期間中毎朝ミーティングに参加する。その為、前日のミーティングの内容を持ち越せる作戦スタッフが中心になる。

 

「明日の開会式。これは直前に確認するので飛ばします。次に選手の確認です。まずはスピード・シューティングから」

 

 その言葉に参加者全員が先んじて渡されていたパンフレットをめくる。本戦スピード・シューティングの出場選手、及び競技の際の会場が書かれているページに行き着く。

 

「各自、自分の出番を確認しておいてください。……次にバトル・ボードの確認に移ります。明日は予選のみですがしっかり確認をしてください」

 

 先ほどと同じようにページをめくる音が一斉に鳴る。

 九校戦初日の日程は開会式から始まり、スピード・シューティングの決勝までと、バトル・ボードの予選までが予定されている。

 その為、ここに居るメンバーはスピード・シューティングとバトル・ボードの選手、それを担当するエンジニアと作戦スタッフだ。

 

「次、エンジニアの方からお願いします」

「はい、作業車内の機材を含め道具類に不備は無し。選手のCADも細かな調整を残すだけです」

 

 三年のエンジニアが席を立ち、機材の点検の結果を報告する。

 学校から持ってきているCADの調整用機材などは朝に一回、その日の活動の終わりにもう一回、計二回不備がないかの点検を行い、報告をする。その他、個人で持ち込んでいる物は自己責任だ。

 

「分かりました。それでは体調が優れない人はいますか?」

 

 自身のタブレット端末に「不備なし」の旨を入力した鈴音はミーティングの締めとなる問いかけを行う。

 誰も申告しないのを確認し、そこで選手とエンジニアは退室となった。

 

「服部、大丈夫か。体調が悪いわけではなさそうだが……」

 

 天幕から出た至言が服部に声をかけた。

 先程自己申告をしなかったが、どうにも様子がおかしい。なにか試合よりも別のことについて考え込んでいるような印象を受ける。

 

「ん? ああ、ちょっと、な。大丈夫だヘマはしない」

「……そうか」

 

 ならいいんだが、と深くは追求せずに話を終える。もし明日まで引きずっているようならば彼の担当であるエンジニアが動くはずだ。それに相手から相談してこないのならば踏み込む必要は無い。二人はそのくらいの距離感だった。

 

 

 

 

「起動式の組み替え、ですか?」

 

 朝から作業車で備品の整備に精を出していた達也はミーティングを終えた至言に呼び出され、ホテルのフロントで彼と向き合っていた。

 

「ああ、正確に言うのならば古式の術式を現代魔法用に書き換える際の最適化だな」

「……つまり古式特有の術式偽装などを削る作業ですよね? 実物を見ないと分かりませんがよほどの大規模術式で無い限りは可能だと思います」

「では、それを術者に合わせて最適化することは可能か?」

「現代魔法用に書き換えた物なら自分の出来る範囲で調整することは出来ますが……」

 

 至言は達也の回答を聞いて何かを考えるように目を瞑った。

 そんな様子を見ながら達也は考える。

 九校戦までの準備期間で達也は今までよりも至言と関わる機会が増えた。(雫とほのかを通じて、と言うのが正確だが)

 その過程で至言のCADを触ることもしたのだが、中に入れている起動式はポピュラーなものが大半で古式魔法は入っていなかった。

 その為「この人は古式魔法をCADで使わない人なんだな」と結論づけていたのだが、この質問をしてくるということは違うのだろうか? と。

 

「……吉田幹比古は知っているな?」

 

 思考の海から脱した至言が口にしたのはクラスメイトの名前。ブランシュ事件から交流を持つようになり今では互いに名前で呼ぶ程度には交流を深めている相手だ。

 もちろん彼が至言と一緒に修練をしていることも知っていた。

 

「奴の術式に手を加えてもらいたい」

 

 至言からの頼みは吉田家の術式を組み直して欲しいとのこと。

 だが……、

 

「それは、本人の了承を得ているのですか?」

 

 さすがに達也としても本人の了承も得ずに手を加える気にはならない。技術を秘匿する傾向が強い古式魔法なら尚更だ。

 

「もし了承を得られたらの話だな。如何せんこちらでは手詰まりでどうにもならん」

 

 そう言って事の経緯を話してくれた。

 とは言え、達也も幹比古が自分の魔法について悩んでいることは知っていた。そしてそれをどうにかする為に至言と修練を共にしていることも。

 至言が言うには過去の事故で幹比古の感覚がズレているらしく、それを矯正するためらしい。

 その「事故」については深く語られなかったが達也はそれを聞こうとは思わない。事故というのだから本人にとっても良い思い出ではないのは容易に想像できるからだ。

 古式の家と関わりが無い魔法師が古式魔法の術式に触れることは滅多にないことだ。

 達也も八雲から手解きを受けているが、あくまで稽古の相手をしているだけで達也は忍びでも坊主でもなく、その為、古式の()()は知っているが古式の()()は教えてもらっていない。

 そういう理由もあり、合法的に古式の術式に触ることが出来るのならば達也としてはありがたい。

 

「分かりました。吉田から許可が取れたら言ってください」

 

 高校に入ってから出来た友人が困っているということも頭の片隅において達也はそう返答した。

 

 

 

 

 夜。といっても十時を回るくらいの時間だが、一部の選手はベッドに身を委ね明日に備えている頃だろう。

 しかし、初めての九校戦、それも出番が大会四日目からとなれば一年生である彼女らはまだ友人と共に時間を過ごしたがる。

 雫、ほのか、深雪の三人も例に漏れずホテルの部屋で有意義な時間を過ごしていた。

 そんな彼女らの耳にノックの音が聞こえ、扉に近かったほのかが対応の為に動く。

 来訪者は英美を筆頭とした新人戦女子のメンバーだった。英美、スバルの他に三人の姿が見えるためほぼ全員がこの場に揃っていることになる。

 一日の終わりが近づいているのにも関わらず快活な様子を見せる英美は「温泉に行くわよ!」と三人を連れ出した。

 九校戦のメンバーが泊まっているホテルは一般的なホテルではなく、国防軍の有する施設の一つだ。

 地下にある人工温泉。この存在を知った英美がホテル関係者に頼んでみたところ、貸し切りという形で入る機会を貰ったらしい。

 

「――でさ、ドリンクバーのバーテンさんがステキな小父様だったのよ」

 

 ホテルから貸し与えられた湯着で身を包んだ面々の内の一人がそう話題を出す。

 昨日の懇親会で見かけた男性の話らしい。そこから、中年趣味だの、高校生は子供だのと会話が広がった。

 

「頼りになるって言ったら二、三年のトップの二人じゃない?」

 

 高校生は子供、頼りにならない。と主張する一人にそんな言葉で意見する別の女子生徒。

 

「確かに頼りにはなるけど、なりすぎるというか……」

「なによ、頼りになるほうがいいんじゃないの?」

「いやだって二人とも名家の跡取りじゃん。十文字先輩にいたっては十師族だよ、あの人」

 

 そのやり取りを横目に雫は自分の隣でひっそりと息を潜ませているほのかを見る。正確には彼女の豊かな胸元に。

 湯船に浸かることによりいつもより少しだけ主張している()()を見て、今度は自分の胸元に目をやる。

 哀しいかな、隣の彼女とは違い自分のものには変化が見られない。

 陰鬱なため息をついた雫はほんの少しだけ身を縮める。

 

「跡取りと言えばさ、昨日の懇親会に三高の一条の跡取りがいたよね?」

「一条くんねぇ……。彼さ、深雪のことずっと見てたよ」

「え、ホントに? 一目惚れってヤツ?」

「もしかしたら昔からの知り合いとか!?」

 

 未だに続けられていた会話が少しだけ騒がしくなる。

 勝手に自分たちの世界に入り込んでしまっている彼女らは放っておいて、雫は隣のほのかに会話の内容を確かめる。

 

「一条君が深雪を見てたって本当?」

 

 一条(いちじょう)将輝(まさき)

 十師族である一条家の跡取りとして有名でもあるが、それ以上に『クリムゾン・プリンス』という名で武勇を轟かせている。

 そんな彼の目に深雪はとまったのだろうか。

 だが、ほのかが返答する前に別の言葉が雫にかけられた。

 

「雫は夏目先輩にベッタリだったもんね〜」

 

 茶化すように口を挟んだ英美。

 その発言により雫は自分に標的が移る気配を感じ取った。

 どうしようか、と考えて、

 

「サウナ行ってくる」

 

 理由をつけてこの場を離れればいいのだ、と立ち上がる。

 

「何言ってるのさっき行ってたじゃない」

「いいじゃん、この際吐いちゃいなよ」

「そうそう」

「私も前から気になってたんだよね〜。夏目先輩って雫とほのかといるときは雰囲気が柔らかくなるっていうかさ」

 

 英美に腕を取られ、サウナへの逃亡を封じられた雫は諦めたように湯船に浸かる。

 

「……別に、幼馴染」

 

 小さく呟いてほのかの近くに身を寄せた。

 

「雫は夏目先輩のことをお慕いしているのでしょう?」

 

 深雪がいきなり話の核心に切り込んでくる。

 これには周りも驚きだ。いきなり踏み込んだ事についてもだが、深雪が率先してこの手の話題に喰い付くのは予想外だった。

 

「……まあ、そうだけど」

「別に笑ったりなんかしないわ。むしろ私たちは応援する。そうでしょう?」

 

 周りを見回しながら同調を得るように言っているが、それは有無を言わさない雰囲気が漂っていた。

 

「でも、こういうものはその人なりのペースがあるから無理やり口を挟んだりはしない」

 

 そうよね? と念を押すようにまた周りに伝える。

 

「うん。まあ、そうだね」

 

 その周りの人間を代表するようにスバルが答えた。周りもそれに同調するように頷いている。別にチョット話題が欲しかっただけなのだ。少し踏み込みすぎた感じはあるが。

 逆に、雫としては自分の想いが周知されることは許容範囲内だった。だが、それでありもしない腹を探られたり、変に気を遣われたりするのは本意ではない。

 色々と中途半端な状態で「どうなの? どうなの?」と聞かれるよりは明らかに気が楽だ。

 これはこれでいいのかな、と思っていると、

 

「それで、雫は夏目先輩のどのようなところが好きなのかしら?」

「……深雪、さっき変に口を挟まないって言わなかった?」

「ええ、でもやっぱり気になるもの」

 

 助けを求めるようにほのかを見るが、彼女から返ってきたのは曖昧な笑みだった。

 

「いや、その、私もそろそろ動いて欲しいなあって思ったり、思わなかったり……」

「……裏切り者」

 

 浴場内に小さな怨言が木霊した。


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