言霊使いの上級生   作:見波コウ

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九校戦編-Ⅴ

 到着した警察に事故の様子の報告などを行い、その後現場を通行可能にする手伝いなどをしたために三十分程度の時間が経過した。

 もともと午前中に到着する予定だったのが諸々の事情が重なって目的のホテルに着いたのは昼過ぎだ。

 私服で来ていた生徒は夜の懇親会の為にドレスコードである制服に着替え、夜までの時間を過ごす。

 そして、懇親会が始まった。

 形式は立食パーティー。高校生のためアルコールの類いは無し。参加人数は三百から四百人程度だろうか。各校の制服を着た男女がまばらに集まっている。

 途中で予定されている来賓の挨拶などが始まるまでは好きに動いていいと真由美が皆に伝え、その言葉通りに思い思いの料理を取って歓談を始める。

 至言と雫も近場のウエイトレスからグラスを受け取り、談笑をしていた。

 

「――それじゃあ、夏休みには(うち)に来られるの?」

「ああ、そちらに足を運ぶのは久しぶりだな」

(わたる)も楽しみにしてると思うよ」

「そうか……何か別に好物でも持って行ってやるか」

「そんな事しなくても来てくれるだけで十分だよ」

 

 そう話している二人に近づく人影が一つ。

 それに気付いた至言が周りに悟られないように小さく嘆息する。

 彼のその行動、というより雰囲気は近くにいた雫にのみ伝わった。だが、彼女はそれに反応するでもなく少し不機嫌そうに眉を顰め、こう思った。

 

(スバルの言ってた通りに女の子が来た)

 

 と。

 

 

 

 

 ホテルに到着してから懇親会までの時間。

 雫は英美に誘われ、同室のほのかと共にホテルの中を見て回る事にした。

 英美の同室である里見(さとみ)スバルも加えて四人で歩き回り、一段落着いた為にロビーでお茶を片手に休憩している時だった。

 

「そういえばさ、先輩が懇親会はちょっと気まずい、みたいな事言ってたよね」

「これから戦いますって相手だからね。宣戦布告とかしてくるのがいるんじゃないかい?」

 

 英美の言葉に多少芝居がかった口調で返したのがスバル。

 彼女は自身が先天的に持つ「認識阻害」のスキルの反動で普段の振る舞いを派手にしてしまうらしい。

 外見が美少年的な彼女がそうしているとまるで歌劇団員のようだ、と雫とほのかは同じことを思う。

 

「でもね、部活の先輩が言ってたんだけどこの九校戦がきっかけでカップルが出来たりするんだって!」

 

 恋愛というのは年頃の女の子が話題にしがちなもの。とくにドラマチックなものであれば尚更だ。

 年に一度の競技会の場で出会った二人がカップルになり、遠距離での恋愛を始める。英美にとってはとても興味が惹かれる内容だった。

 

「そういえば部長もそんな事言ってたっけ?」

「たしか懇親会じゃなくて九校戦の後のパーティーでって話だったと思う」

 

 ほのかの思い出すかのような呟きに雫が補完する。

 そんな呟きに対してスバルが「なんだ、それじゃあ今日はそういうのはみれないのかな」と言う。ちょっとした野次馬根性が見え隠れしているが、そんなドラマの様なワンシーンを現実で見たいと思ってしまうのは仕方がないだろう。

 しかし、バスの中で至言が言ったとおりに戦う前の交流会でそんな浮ついた事をする人は少ないのでは無いかとも考えたのだ。

 そこでふと、英美が「そういえば……」と声を上げる。

 自分に視線が集中した英美は声を潜めて、特に雫に聞かせるように言葉を繋げた。

 

「これも部活の先輩からなんだけど、去年の懇親会の時は夏目先輩の所に他所(よそ)の女の子が何人か行ってたって聞いたよ」

 

 ピタリ、と雫が動かしていたティースプーンの動きが止まる。

 彼女の行動は三人の視線を集めたが、雫はそれをものともせずに英美に問いかける。

 

「なにそれ」

「いや、だから懇親会でも動く子は動くんじゃないかなって」

「そうじゃなくて至言さんの事」

「えっ、あっと、ね? 先輩が言ってた事だから詳しくは知らない……よ?」

 

 思った以上に食い気味に来られたために目を逸らしながらに答える英美。そんな彼女にほのかが助け舟を出す。

 

「し、雫……その、ね。エイミィ、別に至言さんが自分から女の子に話しに行ったりしたわけじゃないんでしょ?」

「う、うん。女の子の方から行って一言二言話して別れてたって」

「ほら! 至言さんは変なナンパ男と違うんだから大丈夫だよ!」

 

 雫に言い聞かせるようにほのかが言うが、そこにスバルが口を挟む。

 

「でもそれなら今年も似たような子が夏目先輩に近づくんじゃないかな?」

「ちょっと、スバル!?」

 

 今色々と普通の状態に戻そうとしているのになぜそのような事を言うのか。

 実際にスバルの言葉を聞いてから雫が何かを考えるように眉間に皺を寄せている。

 

(ああ、もう!)

 

 ほんの少しだけ楽しげな表情を垣間見せたスバルを横目に思案している雫の意識をこちらに呼び戻す為にあの手この手を尽くすほのかだった。

 

 

 

「ほら、スバルがあんな事言うから……」

 

 懇親会が始まってから至言の傍に付いて離れない雫を見ながらほのかが責めるように言う。

 

「いやいや、何だかんだ言って正解なんじゃないかい?」

「そうそう」

 

 悪びれる様子がないスバルに同調した英美が続けざまに声を潜めて「あっ、来たよ」と二人に言った。

 英美の視線の先には至言に近づく一人の女子生徒。制服の色が自分たちとは違うため、他校の生徒だということがすぐに分かった。

 しかし、傍目から見れば二人で話している男女に割って入るような図式だ。至言と雫が時折二人でいるのを知っている第一高校の面々からすれば「勇気あるなぁ」と思わなくもない。

 英美とスバルがこれから交わされるであろう会話に耳を傾ける。その為に二人は料理を取りながら自然な動きで至言たちと距離を縮めた。ほのかも「盗み聞きは良くない」と思いながらも欲望には耐えきれず二人の後に続く。

 三人が動いているのを視界の端で見止めたのだろう。雫が彼女らにジトっとした視線を送る。

 だが、その視線もすぐに外された。その他校の女子生徒が至言に声を掛けたからだ。

 

「その、第一高校の夏目至言さんですよね」

「ええ、そちらは?」

「はじめまして、わ、わたしは第八高校の――」

 

 話しかけて来た生徒は古式の家の人間だった。学校と名前を言うだけではなく、自分の家が古式の家である事、古式魔法師として至言に挨拶をしておきたかったと告げた。

 

「ふむ、他校の生徒を手放しで応援するのは難しいが同じ古式の人間として活躍を期待させてもらおう」

「あ、ありがとうございます!」

 

 至言が「同じ古式の人間として」と言ったところで隣にいる雫のムッとした表情がわずかに深まったがそれに気付いた人間はいなかった。

 そして、その生徒が離れると入れ違いに別の生徒が話しに来る。その別の生徒が離れるとまたまた違う生徒が話しに来る。それが幾度か繰り返された。

 

「人気者だね」

 

 繰り返し来る人波が一旦引いた時、ぶっきらぼうな声で雫が呟く。

 

「本当にそう思うか?」

 

 至言は微かに疲れを感じさせる声でそう返す。その小さな機微はこの場にいる人間では雫しか気がつかないだろう。

 

「……去年も人気だったって聞いた」

「去年も今年も古式の家ばかりだったがな」

「ゴマすりに来たって言いたいの?」

「大半はそうだろう」

「……どうだろうね」

 

 確かに中には明らかに下手に出て至言を持ち上げるような言動をする人間もいたが、そんな人間だけではないだろう。

 例えば、初めに声を掛けてきた女子生徒はそういうのでは無く純粋に至言に尊敬の念を抱いていたと雫は感じ取っていた。

 

「もし、そこの。夏目至言殿とお見受けする」

 

 二人の会話の最中またもや至言に声を掛けてくる人物が一人。

 

「お初にお目にかかる。四十九院(つくしいん)家の四十九院沓子(とうこ)という」

 

 そう言ってきたのは第三高校の制服に身を包んだ小柄な女子生徒だった。

 自分が所属する学校を言わずに古式の家であることのみを告げた彼女は古式魔法師として至言と話すつもりなのだろう。

 彼女の名乗りに対して至言も格式張った返礼を行った。

 

「うむ。……よし! 堅苦しいのはこれで終わりじゃ!」

 

 へにゃり、と人懐こい笑顔を浮かべた沓子(とうこ)は体の筋肉を弛緩させ先程まで纏わせていた真剣な空気を解く。

 

「いやぁ、スマンのう。家の方から挨拶をしっかりしておけと言われておってな。他の者たちも同じじゃろうて」

 

 彼女は軽く視線を巡らせながら「変に堅苦しいのは苦手じゃ」と付け加える。

 そんな彼女の視線が目の前の雫に向き、止まる。

 

「して、お主は?」

 

 そう問い掛けられた雫は一歩前に出てから声を出す。

 

「第一高校一年、北山雫」

「おお、同じ新人じゃったか。出場競技を聞いてもよいかの?」

 

 当たり前だが「競技大会」であるために当日に会場を訪れた人間が求めればトーナメントが載せられた紙のパンフレットが配られる。さらに試合の結果が逐一反映される電子版も九校戦が開催されてから配信される。ちなみに紙の方は学校を通して魔法科高校の生徒に前もって配布されている。

 とはいえ、紙のパンフレットを懇親会の会場に持ってきてはいないだろう。

 雫が至言を見る。

 どうせ調べれば分かることで、隠すような事でも無いが一応確認を、と意図を込めた行動だった。

 それに対して小さな頷きが返ってきたことを確認した雫は沓子に答えを返す。

 

「スピード・シューティングと氷柱倒し(アイスピラーズ・ブレイク)

「むう、残念じゃな……。儂とは出場競技がてんで違うようじゃ」

 

 眉尻を下げた沓子が心底残念そうに声を出した。しかし、その表情はすぐに別の表情に塗り替えられる。

 今度は一転して楽しげに目を細めた彼女は至言に対して口を開く。

 

「っと、そういえば夏目殿。スピード・シューティングの出場選手に貴殿の名が記されていて三高(うち)の先輩方が悲鳴を上げておったぞ。『古式魔法師がスピード・シューティングに出るとは思わなかった』とな」

 

 くつくつと笑いを堪えきれずに口に手を当てている沓子を見ながら至言と雫は二人して「随分と表情豊かだ」と同じ事を思っていた。

 

『えー、皆さん少しお時間をいただきます』

 

 ふと、壇上に姿を現したスタッフがマイクを使って参加者に呼びかけを行う。時間的にも来賓の挨拶が行われるのだろうと理解した。

 先ほどまで小さく笑っていた沓子もそれに気がつくと「それじゃあ儂は愛梨(あいり)たちのところに戻らせてもらおうかの」と言い残して二人から離れていく。

 

『本日の九校戦懇親会にあたり多数のご来賓の方々にお越しいただいております』

 

 その言葉から入れ替わり立ち替わりに魔法界の名士が壇上に現れ激励、訓示を述べていく。

 そして、司会が来賓の内のある一人の名前を告げると会場の空気が一気に変わる。それまでも皆生真面目な態度で話を聞いていたが、さらに緊張感を増して息を呑んで名前が告げられた人物の登壇を待つ。

 九島(くどう)(れつ)

 司会が告げた名前を知らない魔法師はいない。十師族という序列を確立した人物だからだ。

 会場の照明が落とされ、一拍挟んだ後に壇上に立つ人物にライトが当てられる。

 だが、そこに姿を現したのは烈では無かった。パーティドレスを纏った金髪の若い麗人が目を閉じて佇んでいる。

 会場内にざわめきが広がる。烈が九十近い老人である事は知られているのに、出てきたのが若い女性だ。何かのトラブルではないのかと呟く声も聞こえた。

 だが、雫はその大多数とは少しだけ別の事が気になっていた。

 

「至言さん……?」

 

 その事を確認する為に隣に目を向けた雫はそう呟く。

 目を細めて壇上を見つめる至言に雫の声は届いていないようで、彼はそのまま壇上を見続ける。

 が、それもほんの数秒で、軽く息をつくと手に持ったグラスを一息に(あお)り中身を飲み干した。

 そうしてから隣からの視線に気づく。

 

「ん? ああ、気にするな。そういうものだ」

 

 そういってまた壇上に視線を戻してしまう。雫も同じように壇上に目を向けるとドレス姿の女性がその場から横にどいた。

 会場の照明が元に戻り、そこまで女性が立っていた場所に佇んでいる一人の老人。

 ここにいる人間の殆どが意識していなかった人物。いや、意識はしていた。「次に壇上で話すのは九島烈だ」と。

 だが、すでに壇上に上がっているとは意識していなかった。

 

「まずは、悪ふざけに付き合わせたことを謝罪する」

 

 小さく笑みを浮かべた烈が発した言葉に全員の意識が集まる。

 

「今のはちょっとした余興で魔法と言うより手品の類いだ。だが、手品のタネに気づいた者は、私の見たところ数えるほどだった。つまり」

 

 会場を見回しながら言葉を繋げる。

 

「もし私がテロリストで、来賓に紛れて毒ガスなり爆弾なりを仕掛けたとしても、それを阻むべく行動を起こすことができたのはその限られた人間のみ、ということだ」

 

 淡々と告げられた言葉に動揺、静寂と時間が流れる。

 

「私が今用いた魔法は、規模こそ大きいものの、強度はきわめて低く、低ランクの魔法でしかない」

 

 スッと至言と烈の視線が重なる。

 

「似た魔法を扱うことから気づく人間もいれば」

 

 今度は至言から視線を外し別の方面を見る。

 

「違う視点から見たことで気づいた人間もいた。しかし――」

 

 また会場を見回すように視線を巡らせ、

 

「君たちの大半は私がこの場に現れると分かっていたにも拘わらず、私を認識できなかった」

 

 事実を告げた。

 烈は魔法の等級(ランク)ではなく使い方が重要だと繋げる。使い方によっては小魔法でも大魔法に勝てるのだと自ら実演したことを言葉にして補強する。

 十師族の長老という魔法師社会の頂点に立ちながら魔法は使い方次第と話す。

 まばらな拍手が少しずつ広がり、全員が手を叩く。それは圧倒されていた聴衆が烈の言葉の意味を理解したことを示していた。


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