言霊使いの上級生   作:見波コウ

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九校戦編-Ⅲ

 至言と克人の話し合いから二日経ち、七月十四日。

 部活連本部には二、三年生の選手とエンジニア、実施競技各部部長、生徒会役員、部活連執行部と大所帯が集まっていた。

 この二日の間に正式に決定したのは出場する選手だけだった。

 エンジニアとして参加する生徒が見つからないのだ。

 もともと今年の三年生は魔法師志望が多く、実技方面が優秀な生徒が多かった。二年生も似たような物であずさや五十里の様に魔法工学に長けている生徒は一定数いるが、どうも絶対数が不足気味だ。

 エンジニアは選手個人に合わせてCADの調整を行わなければならない。

 基本的に魔法師はCADが展開した起動式を自分の無意識領域にそのまま取り込むのだが、その際に魔法師の精神は使用するCADに対して無防備な状態になっている。

 実力のない人間が調整したCADを使った場合、酷い場合は幻覚症状などが引き起こされ、精神的に多大な影響が与えられてしまう。

 入学したばかりの一年生はこの時期にはまだ本格的なCADの調整の授業を受けていない。必然的に二年、三年から選ぶのが通例だ。

 しかし、その上級生のエンジニアが少ない。

 少ない人数で負担をかけるか、独学でも最低ラインの技術を持ちうる新入生を探すか。

 九校戦に関わる生徒が頭を悩ませる中、今日の昼休みに真由美の推薦で技術スタッフに達也が選ばれた事を至言はあずさから聞いていた。

 とはいえ、その推薦はあずさが昼休みに人材に悩む真由美に達也の名前を出したことが発端なのだが。

 着々と席が埋まり、達也も含めてこの場に呼ばれていた生徒が全席を埋めたところで真由美が議長となり会議が始まった。

 しかし、「会議」と銘打っておきながら、その会議は議長の真由美が議題を言う前に一部参加者の声によって進まなくなっていた。

 達也が座っている席は、エンジニアとして内定を獲得した生徒が座る席だった。

 これに反応したのが達也と同じエンジニアに選ばれた生徒たち。

 過去に一年生がエンジニアとして参加した例はない。それがニ科生ともなれば反発する人間が出てきてもおかしくはなかった。

 だが、議長を無視して勝手に不満を言い始め、その結果会議の進行が滞るのは良いことではない。

 いつまでも結論が出ない会議とも呼べない不毛な口論に良識的な参加者たちが辟易していると、克人が「要するに」と自分が発言する前置きを口にする。

 とりわけ大きい声では無かったが、それでも言い争いをしていた人間は口を閉じ、克人に注目した。

 発言者の声の質、存在感、そのようなものが彼らをそうさせたのだろう。

 克人が続けた言葉は、「達也が実力を示せば結論が出る」というものだった。

 それは会議室にいる人間全員が心の内で思っていたが、口に出すことはしなかったことだ。

 エンジニアとしての実力を示すにはCADの調整を行わなければならない。

 だが、実力が定かではない人間に調整をさせたCADを使った場合のリスクは計り知れない。

 言い方は悪いが「誰が実験台になるか」というのが彼らが発言をしなかった理由だった。

 こういうものは言い出した人間が担当者になる羽目になりがちだ。

 いわゆる「マーフィーの法則」的な経験則のようなものだが、それにリスクが伴うとなれば言い出さないのも道理だった。

 

「何なら俺が実験台になるが」

 

 克人のその発言は発案したが故の責任感からか、それとも達也の実力を疑っていないからなのか。

 だが、責任感というのであればもう一人、実験台に名乗り出る人物がいた。

 

「いえ、彼を推薦したのは私ですから、その役目は私がやります」

 

 克人の代役として名乗りを上げたのは真由美。

 実際に彼を推したのはあずさだが、生徒会長として達也を正式に推薦したのは真由美だ。

 

「会長、その役目、俺にやらせてください」

 

 真由美の発言のすぐ後に名乗り出るものがもう一人いた。桐原だ。

 彼が発言をしたのは大半の参加している人間からみて意外なものだった。

 四月の一件で桐原は達也と共にブランシュのアジトを襲撃した。

 その際に桐原は達也に対する悪感情の一切を捨てることが出来たのだが、その事実を知るのはここには数人しかいない。

 責任感からではなく、単純に達也の実力を測るために立候補した桐原。

 彼が達也の実力を測るための相手として選ばれた。

 

 

 

 

 九校戦のエンジニアとしての実力を測るために九校戦の規格に合わせたCAD、実際に当日使用する車載型の調整機を用意してテストを行うことになった。

 

「夏目、達也くんの整備の実力はいかほどか知っているか?」

 

 目の前で調整機の準備が行われている中、近くにいた摩利が至言に問いかける。

 

「暇を見つけて委員会本部のCADを調整していることは知っていましたが実力までは……」

「そうだろう、なんでも一流メーカーのクラフトマンに勝るとも劣らない仕上がりだそうだ」

 

 他者の知らないことを知っているという小さな優越感からか少し弾んだ声が返ってきた。

 

「ちなみにその評価は中条のものですか」

 

 至言の言葉の中に含まれた自分の苗字にあずさが「どうしましたか?」と反応をしたが、彼女は今調整機の準備をしている最中だ。そもそも呼んだわけではないので反応されても困るわけだが。

 

「……たしかにそうだが、もう少し反応が欲しかったところだな」

 

 つまらん奴だ、と付け加えてから摩利が肩をすくめる。

 一生徒がプロにも負けない腕前だと言っているのに驚きもしない。彼女にはそれが不満だったらしい。

 摩利はCADの調整が苦手だ。自分が普段使っているCADの調整も満足にすることが出来ない。その為、一年生の時点でそれほどの実力を持っている達也に対して大きな評価をしているのだ。

 もっとも、彼女自身も魔法師としての腕を見れば高校生レベルにとどまっていないので、言いっこなしだろう。

 九校戦の準備は人材面で不安が残るだけで道具や物資面での準備は淀みなく進んでいる。二人のその短い会話が終わる頃には調整機の準備が終わっていた。

 

「桐原くんのCADの設定を競技用CADにコピーして、即時使用可能な状態に調整してください」

 

 真由美の口から達也の実力を測るための課題が上げられる。

 だが、達也はその課題の内容に少し思うところがあるらしく、難色を示した。

 スペックの違うCADの設定をコピーするのは望ましくない、と。

 

「……仕方ありませんね。安全第一でいきましょう」

 

 だからといって課題の内容に変更を求めるでもなく、安全マージンを取った上で最良の調整を施すことに注力する。

 

「では、始めます」

 

 桐原から受け取ったCADを調整機に接続し、達也は作業に取り掛かった。

 

 

 

 

「しかし、お前が司波兄を支持するとはな」

「茶化すな、夏目。あいつの技術が優れているのは事実だし、エンジニアが不足しているのも事実だ」

 

 会議が終わり、機材を片付けるために運び込んだ部屋の電子錠をかけている服部は無愛想に応える。

 達也が披露したCADの調整技術はその道の人間には大いに興味が持てる内容だった。

 自動調整機能に全く頼らない完全マニュアル調整。

 普通ならば自動調整結果にマニュアルでより精密な調整を施すところを達也は自分の腕のみで調整を行った。

 調整を終えたCADを使用した桐原は「全く違和感がない」と感想を漏らした。

 だが、使用者でもなく、CADの調整技術に精通していない人間からはただ魔法をスムーズに発動できた、という平凡な結果にしか見えなかったのだろう。

 その条件に当てはまる一部の二年生の選手からはいくつか否定的な評価が下された。

 中途半端な知識しか持たない生徒からは、「当校の代表とするほどのレベルとは見えない」と。

 結果だけを見た生徒からは、「仕上がり時間も平凡なためあまり良い手際とは思えない」と。

 粗という粗を見つけられなかった生徒からは、「やり方が変則的すぎる」と。

 その評価にいち早く反論をしたのがあずさだった。

 彼女は達也の披露した技術の深さを()()()()()()()()()()数少ない人間だった。

 しかし、もともと気弱な性格であり、雄弁でもない彼女は討論には向いていない。

 相手との対話が進むにつれて彼女の語気が弱まっていくのが見えた。

 服部が達也のことを支持したのはその時だった。

 学内で服部が達也(というよりはニ科生)に対して棘のある態度で接していることはよく知られている。

 そんな彼が達也の実力を評価し、彼のチーム入りを支持した事実はそれまで意見していた反対派の口を(つぐ)ませるには十分な効果だった。

 まだ納得していない表情を見せる生徒がいる中、服部に続くように克人も達也のチーム入りを支持する。

 すでに、服部の発言で場の空気が達也のチーム入りに傾いているところに影響力の大きい克人の賛同。

 達也のチーム入りが決定した瞬間だった。

 

「問題は司波兄が誰を担当するかだ」

 

 服部と二人で廊下を歩く至言が口に出したのはチーム入りした達也の配属をどうするか、ということだった。

 

「普通に考えたら新人戦だろう。さっきの様子じゃ本戦の選手があいつの調整を受けたがるとは思えない」

「お前も含めてか?」

「……」

 

 返ってきたのは沈黙。

 服部としてもなまじ達也の実力を認めている為に「ニ科生だから」などという理由で拒否出来ない。

 それでも心の中では達也に対する対抗心が燻っている。その葛藤が故だろう。

 

「新人戦も男子の方は駄目だろうがな」

「ああ、確か森崎とかいう奴が司波と揉め事を起こしていたな」

 

 仮にも一年生男子の実技トップで、それでいて風紀委員に選ばれた森崎のことは服部も知っているようだった。

 

「そいつも、あれか? 司波を認めてないのか?」

「同じ一年ということで二人に同じ仕事を振ったことがあるのだがな……」 

「それで?」

「駄目だな。司波兄は普段通りだが、森崎の方は仕事中に暇さえあれば敵意をぶつけている。結局、効率が下がるだけだ」

「……そうか」

 

 至言も服部も他の一年男子が達也に対して抱いているイメージは知らない。それでも男子のトップがそこまで敵意をあらわにしているのであれば他の男子も担当してくれとは言いにくいだろう。

 

「結局の所、一年女子か。よくよく考えれば司波妹は司波兄の調整を望むだろうしな」

 

 至言の言葉に服部が苦々しく「確かにそうだな」と返す。

 その直後、彼らが通りかかった職員室からあずさが出てきた。

 礼儀正しく職員室にお辞儀をした彼女はその途中で二人に気が付き、職員室の扉が閉まるのを確認してから至言たちに言葉をかける。

 

「夏目くん、服部くん。後片付けお疲れ様です」

「ああ、中条も用事は済んだのか?」

 

 服部の問いかけにあずさは「はい、大丈夫です」と返す。

 彼女は会議の後にすぐに職員室に脚を向けた。

 それは、今日までに提出する課題があり、それを提出した為だ。

 今のご時世、課題提出はデータで行われる。

 実際、今回の彼女が提出した課題もあるテーマに対するレポートだ。提出形式はデータであり、職員室まで顔を出す必要はない。

 だが、先程までの会議で提出が遅れたこともあり、わざわざ担当の教員に謝罪をしにいっていたのだ。謝罪ついでに今回の課題のテーマについて色々な教員から話を聞いていたりもしていたが。

 

「あっ、そういえば!」

 

 ふと何かに気づいたように声を上げたあずさは至言の方を向く。

 

「古式魔法には飛行魔法を使える術者がいますよね? 夏目くんって使えるんですか?」

 

 飛行魔法は文字通り空を自由に飛び回る魔法だ。

 あずさが先ほど提出した課題のテーマである『加重系魔法の技術的三大難問』の中の一つでもあり、そのことについてのレポートで行き詰まっていたのが提出が遅れた理由でもある。

 今回のレポートは現代魔法で汎用的飛行魔法が何故実現できないのか、という理由をまとめることだった。

 彼女は昼休みに生徒会室で上級生や達也の意見に耳を傾け、そのレポートを書き上げた。

 その際に一度話題に出た古式魔法での飛行魔法について身近な古式魔法師に聞こうと思ったのだ。

 残念ながら古式魔法の術者が扱う飛行魔法は少数の術者にしか扱うことが出来ない一種の特異的なスキルのような物だ。

 その為、多数の術者が扱えるような術式ではないため今回の『汎用的飛行魔法』としては扱えない。

 

「ふむ、一応形だけは、といった感じだな」

「形だけ?」

「浮遊して多少移動することは出来るが、それだけだ。飛行速度もなければ持続力もない。正直あれで使えるとは言いたくないな」

 

 現代魔法の加速・加重系統で()んだほうがマシだ、と付け加える。

 

「夏目くんでも難しいんですね」

 

 現代魔法の特徴として、発動しようとする魔法に対して演算規模(キャパシティ)と干渉力のどちらか片方でも不足している場合には魔法は発動しない、という特徴がある。魔法の暴走というのは基本的にその魔法を発動できるだけの技量を持った魔法師が変数の設定を失敗したときに起こる。

 しかし、古式魔法は違う。専門性の強い魔法が多く、適正の様なものがない場合は発動はしても満足な結果が得られない。さらに精霊魔法のように別のモノの力を借りる際に術者の力量が不足していた場合、その足りない部分を無理矢理引き出され、結果、魔法の暴走が起きることもある。

 元々古式の飛行魔法は古式魔法の中でも術者を選ぶかなり稀有な魔法だ。少しでも発動できただけで御の字とも言える。

 結局、あずさが聞きたかった古式の飛行魔法ならではの話は出来なかった。

 至言自身ほとんど扱うことのない魔法でもあるので大した知識も何も詰め込んでいなかったからだ。

 少し肩を落としていたあずさだったが、古式魔法師から古式の術式を聞けたこと自体が珍しいことでもあるので至言に謝辞を述べる。

 

「それじゃあ、私は失礼します」

 

 技術スタッフとしてまだ準備が溜まっているらしく、そういった彼女は早足でその場を離れていく。

 

「服部、発足式の準備はどの程度進んでいる?」

「ん? ああ、足りないのはエンジニアだけだったからな。そこが決まった以上終わったも同然だ」

 

 来週の内に予定されていた代表チームの発足式。

 メンバーが決まりきっていなかったために具体的な日程が決められずにいたが、その問題はなさそうだ。

 

「ここからも忙しくなるな」

 

 九校戦が行われるのは大会前の懇親会も含めて八月一日から。

 残りの期間、選手として選ばれた生徒は参加する種目の練習を行わなければならない。それだけにとどまらず、エンジニアと連携を取るためにCADの調整を頼んだり、作戦スタッフと話し合って試合の運び方も考える。

 そして、至言と服部はそれに加えて各自風紀委員と生徒会の仕事も消化しなければならないのだ。

 

「風紀委員より生徒会(こっち)の方が仕事は多いんだがな」

 

 全体的に見れば生徒会のする仕事は多い。特にこういう行事になると一気に増える。

 その際に服部に降りかかってくる仕事量も笑い事ではない。なにせ現生徒会唯一の男子でもあるのでなにかと仕事を回される。

 

「人手不足なら風紀委員から貸しても構わんぞ。司波兄あたりはどうだ?」

「……遠慮する」

 

 服部が見せた苦々しい表情は達也本人に対するものか、達也が来ることによって深雪と彼が生み出す空気を想像してのものか。

 まあ、どちらもだろうな。と至言は心の中で小さく笑った。


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