克人からの呼び出しで至言が足を向けたのは部活連本部。
本部内には克人しかおらず、入室した至言にすぐ本題を切り出してきた。
「急にすまんな。メッセージでも送ったが選手について少し話したいことがある」
そう言って差し出してきたのは今年の九校戦の競技リスト。
去年までの種目と変更は無いようで、六種目すべてが継続されることになっている。
「知っての通り去年から変更は無い。その為、二年と三年はそれぞれ去年担当した種目でもいいだろう。問題は新人戦だ」
九校戦の選手を決めるときに一番時間がかかるのは新人戦のメンバーだ。
二年、三年と違い、実力を判断できる材料が入学試験の成績と一学期の定期試験だけしかない。
だが、実技成績が良いからといって選手として出場するかは別。あずさのように実技が上位でも技術スタッフとして参加する場合もあるからだ。
九校戦はスポーツタイプの魔法競技による対抗戦。魔法競技のクラブに所属している生徒のみならず、非所属の生徒も有望なら選出される。
その為、部活連で各クラブから選出するのが初めにする行動なのだが、
「各部活の三年に話を聞き、ある程度は選出することが出来たのだが……どうも男子の層が不安でな」
「確かに今年の一年はやけに女子が強いですからね」
二人はこう言っているが、別に一年の男子が他校と比べて実力が特段劣っているわけではない。
むしろ、九校ある魔法科高校の一年生の中では平均以上の実力者が揃っているだろう。
それでは何故、一年男子に戦力を求めるかというと、
「新人戦は
第三高校に克人と真由美と同じ十師族である
今年から本戦だけではなく新人戦も男女別で行われるので、男子で彼に対抗できる人材が欲しい。
もしそれが無理なら、彼が総取りするであろう点数を賄えるだけの一定水準以上の実力者が複数欲しいところだ。
男子の実技のトップは至言と同じ風紀委員に所属している森崎だ。
だが、彼では十師族には届かないし、彼を含めた男子の上位では少し心許ない、というのが克人の見解だった。
「とは言っても、ないものねだりは出来ないでしょう」
「ないもの」と自分で言っておきながら至言は一人候補者がいなくは無い、と考えていた。
だが、その考えもすぐに振り払う。
至言が思い当たったのは幹比古だ。
四月の一件で約束した「修練に付き合う」という約束はしっかりと遂行されていた。
そして、その修練の中で彼の実力が本来は一年男子のトップレベルである事はすぐに分かった。
だが、それは本来の実力だ。今はまだその水準に戻っていない。
「分かっている。そこでだ、これを見てくれ」
克人が見せてきたのは九校戦のスケジュールだ。
九校戦は十日間に渡って開催され、すでにどの種目がいつ行われるかの通達も来ていた。
最初の三日間に本戦。四日目から八日目に新人戦を挟んで、残りの九日目と十日目に本戦で締めくくる。
「九校戦は学校単位の競争だ。その為、個々の実力も大事だが選手のモチベーションも重要になってくる」
魔法は精神状態に大きく左右される。いや、魔法だけではない。勝負で自分の実力を発揮するには大なり小なり関わってくる問題だ。
特にこのような団体戦でチームが負けているときにプレッシャーを感じないのは余程の楽天家か、自分の実力に自信がある人間だけだ。
逆に、自分の出番までにチームが優勢を保ってくれていれば気が楽になるし、中にはそれに続こうと意気込む者もいるだろう。
「選手の層が薄いのは仕方が無い。四日目の新人戦までに男子のモチベーションを良い形で持っていきたい」
「新人戦までの三日間、先輩方が参加するはずですが」
初めの三日間で行われる種目は、
スピード・シューティング。
クラウド・ボール。
バトル・ボード。
この四つだ。
この内、スピード・シューティングとクラウド・ボールは真由美。バトル・ボードは摩利、
これは去年の彼らの戦績を鑑みての予想ではあるが、ほぼ確定的なものだ。
少なくともこの三人が出る四種目は優勝したも同然と考えており、一高としても良い滑り出しで新人戦に繋げるはずだ、と至言は考えている。
「ああ、だが市原が言うにはまだ足りないらしい」
「というと?」
鈴音は選手でもなく技術スタッフでもなく、作戦スタッフとして参加することになっている。
そんな彼女が言うには、
「七草と渡辺で女子は三種目、男子は俺で一種目だ。そうなると逆に一年男子のプレッシャーになり得るらしい」
新人戦までに一高が優勢でも、それがほとんど女子の手柄となると男子としては肩身が狭いだろう。
加えて、新人戦女子は深雪を筆頭とした優勝候補者が控えている。そんな中、自分たちが戦う男子には十師族がいて、点を取られる可能性が高い。
「そういうものでしょうか」
「そういうものらしい。確かに当校は全体的に見ても女子が優秀な面もあるが……」
至言も克人もその
だからだろうか、至言もその感覚は理解できなかったし、鈴音から直接理由を聞いた克人も同じだ。
「ともかく、諸々話し合った結果……夏目。お前を初日に持ってくることにした」
「他の男子の参加種目は決めていなかったはずですが、大丈夫ですか?」
「ああ、構わん」
「誰がどの種目を担当するか?」というのを考えたとき、初めにすることは当たり前だが「優勝確実な選手を選ぶ」だ。
競技によって要求される魔法の系統が違うので過去の戦績を踏まえて優勝できる人選をする。真由美、摩利、克人がそれにあたる。
そして、次に「その種目で活躍が見込める選手」を選ぶ。
選手として参加する生徒でも、残念ながら自分の魔法を十二分に発揮できる種目があるとは限らない。そのハンデの中で活躍の場を見つける。実は桐原がそうだ。
最後に「柔軟性のある選手で穴を埋める」。
もちろん全種目に戦力が均等にいけばその必要はないのだが、そうもいかない。
どの系統も飛び抜けているわけではないが、持ち前の技術などでカバー出来る選手を用いて他校に点数がいかないようにする。これは服部が該当する。
至言も同じく「柔軟性のある選手」だ。
しかし、彼の場合は「どの種目でも優勝できる」という言葉が加わるが。
至言にも得意不得意がある。だが、九校戦はあくまで競技だ。ルールが設けられ、使用するCADの性能にも制限がかけられている。
CADは補助装置でしかない。それが無くとも魔法は使えるが、あれば素早く、楽に魔法を使用できるだけのもの。
では、持ち前の処理速度とキャパシティを持っている至言からみたCADとはどういうものか?
答えは「楽をするための道具」だ。最悪、速度は自分で賄える。
その為、他の選手が規定内のCADで魔法を発動するよりも早く自前の処理速度で発動してしまえばいい。
自分には影響がないCADの規定と言霊を用いた古式魔法。
この二つを併用すれば、九校戦に出てくる程度の魔法師を相手取るには十分すぎる。
「分かりました。初日というとスピード・シューティングですか」
「ああ、七草と同じ競技だがお前たち二人で一高のスタートダッシュを切ってもらう」
そして、そのまま二日目、三日目にある
これで新人戦に勢いを持った状態で望めるとのことだ。
「そして、もう一つ。作戦スタッフからの案でお前をモノリス・コードにも参加させようかと思っている」
モノリス・コードは各校三名選出し、その三人でチームを組んで他校と競う競技だ。だが、
「モノリス・コードには十文字先輩が出ると思っていましたが」
「もちろん、俺も出る」
克人の言葉に至言が怪訝そうに眉を顰める。
この種目は唯一点数配分が他の種目の二倍ある競技なので他校も実力者を揃えてくる。
だが、こういってはなんだが克人一人で十分だ。
この競技だと高校生レベルでは克人に三人がかりで挑んでも勝つことは出来ない。
「……流石に過剰戦力では?」
至言の言葉は自惚れでは無く事実だ。
他校が実力者を揃えてくるとはいえ、十文字家の次期当主と夏目家の次期当主が揃ってしまったらどうしようもない。
克人一人でも勝てるのだから至言は他の種目で点数を取る方が得点に繋がるだろう。
「まあ、そうだな。だが、これも新人戦のためだ」
そう言ってスケジュールの九日目と十日目を示す。
「モノリス・コードは九日目に予選、十日目に決勝トーナメントがある。見ての通り最後の種目だ。つまり、新人戦で予定よりポイントを稼げなかった場合、挽回できるチャンスはここしかない」
正確には九日目に女子のミラージ・バットも予定されている。だが、モノリス・コードは配点が二倍。それは大きく影響してくるだろう。
だからといって自分が出る必要はあるのか? と至言は思ったが、すぐに「新人戦のため」という克人の言葉の意味を理解する。
初めての大舞台、相手には十師族。自分たちの戦績如何では先輩達が一位を取らなければ優勝できなくなってしまうかもしれない。
そんなプレッシャーを和らげるための気遣いのようなもの。
実際は新人戦で得られるポイントでそこまで大きな差がつくとは思えない。もし、新人戦の結果が芳しくない状態で他校と大きく点差が開いていたのなら、それは本戦の結果が悪かっただけだ。
だが、精神的に未熟な面が残る一年生だ。そこまで余裕を持てないかもしれない。
おそらく、新人戦に臨む男子に発破を掛けると同時にこういうのだろう。
お前達の後には三年の男子トップと二年の男子トップが控えているから安心して戦ってこい、と。
「いくらなんでも新人戦に気を回しすぎでは?」
至言にはこの作戦に意味があるとは思えなかった。さすがに一年生に手を掛けすぎだ。
たしかに自分たちの後に至言と克人が控えているのは心強いかもしれない。
だが、その役目は克人だけでも充分にこなせるものだ。
むしろ、至言が初めの三日間のウチの種目に参加し、新人戦までに点数を伸ばした方が安心感がある。
もしかしたら、今年の作戦スタッフは一年女子の印象が強すぎて一年男子を軽視しすぎているのかもしれない。
「確かに少し過保護かもしれん。だが、後輩たちの心労を減らすのは先輩の務めだろう」
上に立つ人間として下の人間に対し出来ることを、というのが克人の考えらしい。
「誰をどの競技に当てるか、どのように点数を取っていくか」を決めるのは作戦スタッフだ。
学校同士での対抗戦である以上出場する選手の意見だけが選ばれるわけではない。むしろ、彼らが考えた作戦通りに進むように本番で実力を発揮するのが選手の務めだろう。
(自分の考えが絶対に正しいなどという確信もないしな……)
九校戦は色々な側面で生徒の今後を左右する行事ではあるが、それでも高校の一行事であることは変わらない。
上手くいかなかったら参加者全員のミス、全員でカバーするために知恵を絞る。それでいいのだ。
そう結論づけた至言はモノリス・コードに参加することを了承する。
その後、二人は仮決定している選手達の成績などを見比べ、選手候補の入れ替えなどを話し合う。
「忘れてはいないだろうが明後日、木曜日の放課後に部活連本部でメンバーの最終調整を行う。遅れるなよ」
二人の会合は克人のその言葉によって締めくくられた。