言霊使いの上級生   作:見波コウ

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プロローグ-Ⅱ

 至言が夏目家に雫が来ると知らされた次の日の朝、件の北山雫は自室で四月から通うことになる第一高校の制服に袖を通していた。まだ高校に行く日では無いため制服を着る必要は無いのだが、これから会う人に自分の制服姿を見せたいという気持ちがあったのだ。

 制服を着てから姿見の前に立って身だしなみを整える。おかしいところが無いかを確認してから部屋を出た。

 

「あら、もう出るの? じゃあ、静音によろしく言っておいてね」

 

 家を出る前に両親に言ってから出ようと思い、母である紅音に声をかけた雫に返ってきた言葉は簡単なものだった。

 途中、弟である(わたる)と会い軽く話をしてから玄関に向かう。

 後ろから聞こえる「至言さんに今度は家に来てもらおうよ」という言葉に簡単な返事をしながら、荷物を使用人に渡す。そのまま使用人と一緒に玄関を出てから車に乗り込んだ。

 

 

 

 

 夏目家の本邸はいわゆる純和風の邸宅で、それこそ昔の日本の貴族が住んでいるような家だ。

 雫が門の前にいる門番の役目を果たしている使用人に声をかけると、雫が来ることは伝わっているようで特に用件を伝えることも必要とせずに門を通される。

 中に入ると一人の女性が待っていた。それは雫にも面識がある人で、夏目家に長いこと仕えている使用人の一人だ。

 

「雫様、ようこそお越しくださいました」

「お久しぶりです」

 

 自分が小さいときから夏目家に出入りしているためにこの女性にはずっとお世話になっていた。

 女性は「ではまず、静音様の所へご案内します」と言って雫を先導する。それに続きながら、歩いている邸内を見る。ここ最近は互いの事情で来ることが出来なかったが、雫の記憶と大きく変わっている点は無かった。

 そうしていると、過去に何度も入ったことのある部屋の前に着いていた。女性が中にいる人物と幾度か言葉を交わしてから、襖を開ける。「どうぞ」と言われたために「失礼します」といってから部屋に入る。

 

「雫ちゃん。よく来てくれたわぁ」

 

 部屋に入った雫を出迎えてくれたのは、この家の最高権力者である夏目静音だ。

 

「静音さん、お久しぶりです」

「ええ、久しぶりねぇ。お互いに時間が取れなかったから本当にねぇ」

 

 昔からの付き合いがある人物とはいえ、礼儀を忘れることはしない。一通り格式張った挨拶を交わしたのちに、静音のほうが口を開く。

 

「それにしても雫ちゃん、制服着てきてくれたのね。似合ってるわぁ」

「ありがとうございます」

「至言ちゃんと会えなくて寂しかったでしょう?」

「い、いえ、そんな……」

 

 昔からそうだが、この人は人の心を覗き込んだかのように言葉を放り投げてくる。このままだとからかわれるだけだろうと思った雫は、軽く咳払いを挟んでから話題を変える。

 

「あの、これ、母からです」

 

 前日に母の紅音にあらかじめ渡されていた菓子折りを取り出して差し出す。

 

「あら、ありがとう。そうねぇ、私も雫ちゃんとお話したいけど至言ちゃんも待ってるから、先にあの子の所へ行くといいわぁ。案内してあげて」

 

 静音が使用人に雫を至言の部屋まで案内するように命じ、「またあとでね」と雫に声をかける。雫もそれにしっかりと返事をしてから部屋を出た使用人に続いて部屋から出て行った。

 

 

 

 雫が出て行った襖を静音は穏やかな笑みで見つめていた。少ししてから満足そうに頷き、受け取った菓子折りを手に取る。

 

「あら、相変わらず紅音ちゃんは良いものくれるわねぇ」

 

 菓子折りを眺めながら小さな声で呟く。一通り眺めてから菓子折りを置き、茶を飲んで一息つく。そうしてからまた一言。

 

「これ……私だけで食べちゃおうかしら」

 

 

 

 

 使用人に付いて歩きながら雫は自分の服装に乱れているところが無いか確認をする。

 

「こちらで至言様がお待ちになっています。……フフッ、大丈夫ですよ、特に乱れているところはございませんよ」

 

 自分の行動を見ていたようで使用人が笑いながら声をかけてきた。 

 なんとなく気恥ずかしい気持ちになったが、その場しのぎに「ありがとうございます」と返しておく。先程使用人が言った通り、既に部屋の前に着いていた。

 

「それでは、どうぞごゆっくり。私はお飲み物を用意して参ります」

 

 そう言って背を向けて去っていく使用人。その姿が廊下の角を曲がったことにより見えなくなったのを確認してから襖を開ける。開いた先は客間。昔から来るたびに通される部屋なので何か変わったりしていればすぐに気が付くが、特に変わったところは見受けられない。もちろん部屋にいる人についてもそうだ。

 

「雫、久しぶりだな」 

「うん、久しぶり。至言さん」

 

 部屋にいる至言に声をかけられる。互いに久しぶりとは言っているがあくまで直接会うのが久しぶり、というだけだ。

 

「制服を着てきたのか」

「うん、……どうかな?」

 

 至言からの言葉に対し、自分の制服姿を見せるようにその場でクルリと体を回してから問いかける。

 

「ああ、似合っている」

 

 簡素な返事ではあったが、雫は至言が適当な返事をしたわけではないことを理解していた。至言の返事に対して「ありがとう」と言ってから至言の対面に腰を下ろす。雫が座ったのを確認してから至言が口を開く。

 

「しかし……そうか、四月からは雫も後輩か」

「ほのかも忘れないでね?」

「大丈夫だ、分かっている。お前たち二人と同じ学校に通うことは今まで無かったからな。少し新鮮だ」

 

 小学校、中学校ともに至言と雫が通っている学校は違っていた。そのため、二人が同じ学校に通うということは初めての体験だった。

 そもそも、この二人がどのくらいの付き合いなのかといえば、互いが生まれた時からと言っても良いくらい小さい頃からの付き合いだ。至言の母である『夏目静音』、雫の母である『北山紅音』。この二人は同い年で互いに親友と言えるほどの関係であり、二人が身を固めてからもその関係は続いていた。そうして、子供が生まれてからも続いている二人の交友に付き合わされる形で至言と雫は知り合った。ちなみに、ほのかは小学生の頃に雫と知り合ってから呼ばれた北山邸において開かれた雫の家の誕生日パーティにおいて至言と顔を合わせているが、本格的に交友を始めたのは中学生に上がってからである。

 年が一つ違うとはいえ、小さい頃から顔を合わせ、雫が魔法に興味を示してからは夏目家で一緒に勉強を行うこともあった。そして雫とほのかの二人が中学生に上がってからは、ほのかも一緒に魔法の勉強に参加させてもらっていた。

 

「至言様、お飲み物をお持ち致しました」

 

 二人が互いの近況を話していると、部屋の外から声がかかる。至言が入室を促し、それに従って使用人が部屋に入ってくる。そうしてから持ってきたお茶を二人の間に置き、手のひらサイズの小さな箱を取り出して至言に手渡した。至言は小さく礼を言ってからその箱を受け取り、使用人を下がらせた。

 使用人が部屋を出るのを待ってから雫は問いかける。

 

「至言さん、その箱は何?」

 

 手の平に収まる小さな箱は、木で出来ており、余計な装飾などはされていなかった。

 

「ああ、なんというか……入学祝い、というやつだ」

 

 そう言ってからその箱を雫の方に差し出す。雫はその箱と至言に幾度か視線を行き来させてから問いかける。

 

「私に?」

「ああ、そうだ」

 

 当たり前だ、と言わんばかりに返される。雫は箱を受け取り、さらに至言に問いかける。

 

「開けてもいい?」

「ああ」

 

 返事を聞いてから箱を開ける。一番最初に目に入ったのは透き通った青い宝石。その石がティアドロップ(雫)の形に加工されており、先端に付いている金具にチェーンが通されている。雫はすぐにこれがネックレスだということに気がついた。そして、使われている石をよく見てみると一つのことに気がつく。

 

「あれ? 至言さん、この石って……反言石(はんげんせき)?」

「正解だ。純度が高いものを加工して製作した物だ」

 

反言石(はんげんせき)

 

 古式魔法の家にはよく知られている聖遺物(レリック)の一種である。見た目はただの青い石なのだがその名の通り『言霊を(かえ)す石』でもある。ただ正確には『反す』のではなく『弾く(無効化する)』なのだが。

 持っているだけで所有者にかけられる言霊を無効化する石。そして、それは石の純度が高ければ高いほど強い言霊を無効化することが出来る。

 しかし、雫は何故? と思った。もちろん入学祝いを渡されたことではない。こうしてプレゼントを貰えたことはとても嬉しいし、明日からこのネックレスを着けて過ごすだろう。だが、その素材に反言石を使用されたとなると話は別だ。

 言霊を使用する家は多くはない。古式魔法の呪文を言霊として数えるのならその数は跳ね上がるが、反言石が無効化するような言霊を使用する家はそれこそ古式魔法家で見ても一握りだ。そして、雫の目の前にいる男はその言霊を使用する家の中でも始祖として伝えられている様な家系の人間だ。言霊を使用する家で夏目家に敵対している家は無いし、雫自身、夏目家の人間からは好意的に扱われていることを知っていたので、そもそも自分に言霊をかけてくる存在に思い至らなかったのだ。

 雫が少し考えに耽っていると、至言が雫の疑問を解消する内容の言葉を紡ぐ。

 

「四月からはお前も一高生だ。だが入学したてというのは浮つく奴も多くてな、高確率で新入生同士の喧嘩が起こる。そうでなくとも一科生だの二科生だので定期的に衝突も起きているしな。そういう際に風紀委員として場の鎮圧に勤しむのだが……私の場合は言霊を使用しての鎮圧を行っている。特に複数人が集まっていた場合は迅速に治める為にその場にいた人間全員に言霊を使用することも少なくない」

 

 つまりはそんな時に雫を巻き込まないように、との配慮があっての今回のプレゼントらしい。

 

「でも――」

 

 と、雫は言葉を切り出す。

 

「私が問題を起こしていたらどうするの?」

 

 別に雫自身、そんな気はないがもしかしたらというのもある。一応聞いておこうと思い、口にした疑問だったが、その答えは至極単純なものだった。

 

「その時はその反言石でも弾けない強さで無理矢理にでも押さえ込むか、言霊を使わずに対処することになるだろうな」

 

 そう言った至言は、続けて「まあ、そんな事はめったに無いと思うが」と呟く。

 至言からの説明を聞き、雫は確かにそうだ、と考える。この人の技量は知っているし、実際に自分が何かしらの問題行動を起こしてもすぐに対処してくれるだろうと確信していた。

 

「うん、そうだね。……ありがとう、すごく嬉しい」

 

 そう言って箱を自分の胸元に持っていき、大切そうに抱える。その様子を見た至言は安心したように息を吐く。

 

「そうか、喜んでもらえたようで何よりだ」

 

 一度お茶を口に運んでから一呼吸おく。それからまた言葉をかけられる。

 

「さて、途切れてしまってはいたがさっきの話の続きを聞かせてくれ」

 

 使用人がお茶を持ってくる前まで話していた内容の続きを促される。どこまで話したっけ、と考えてからすぐに思い出す。

 

「確か、ほのかが試験会場でノイズのない魔法を展開している人を見たって所まで話したよね」

「全くノイズを感じなかった、と言っていたらしいが」

「うん、ほのかが言うには至言さんよりも綺麗だったらしいよ」

 

 その言葉を聞いた至言は少し興味を持ったかのように反応する。

 

「ほう、それはまた」

「それと、もう一人女の子なんだけど他の人と圧倒的に隔絶した魔法力を持ってる子が居たって言ってたよ。計測タイムも二位以下とすごく差をつけてたって」

「もう一人、と言うことは最初の人物とは違うのか」

 

 至言の頭の中では、昨日生徒会で話題に上がった主席の生徒である『司波深雪』のことだろうと思っていたが、雫が口にした言葉でその考えを改めることになる。

 

「うん、最初の人は男の人らしいよ」

 

 至言は先日生徒会室で入試成績順の生徒のリストを見たように幾度か見たことがあったため、成績上位者の中の男子を思い出しては見るが記憶の中では特に有力な家系の人間には思い当たらなかった。『森崎』の家系がいたが彼らの『クイック・ドロウ』は魔法式ではなくCAD操作技術なのでその線は薄いだろう。そもそも家系だけで見るなら主席の司波深雪の『司波』という家も聞いたことはないのだが。

 

「至言さん? どうしたの?」

 

 至言が何も言葉を発しなくなったのを不審に思ったのか雫が声をかける。

 

「ん? ああ、いや、お前たちにライバルが出来そうで良かった、と思ってな」

 

 そう言ってからお茶を飲む。一息ついてから言葉を繋げる。

 

「同世代の同性のライバルというのは自身の向上に良い影響を与えるものだ。存分に競い合ってこい」

「分かってるよ。ほのかも私も色々勉強するつもり」

 

 雫の返事に至言は満足したようで話題を打ち切る。それから別の話題へと転換し、途中で静音も加えて三人で時間を過ごした。

 

 

 

 

 雫が夏目家を訪ねてから数日後、四月に入り国立魔法大学付属第一高校の入学式が行われる日になっていた。

 これから新たな魔法技能師の卵たちがこの学校に入学することになる。だが、同じ魔法技能師の卵でも平等に扱われることはない。その不平等を受け入れる者もいれば、意義を唱える者もいる。不平等を無くそうと努力する者も存在する。

 

『劣等生の兄』と『優等生の妹』

 

 この二人が入学することによりその不平等が大きく揺らぐことになる。


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