言霊使いの上級生   作:見波コウ

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九校戦編
九校戦編-Ⅰ


 四月に起きた一件――『ブランシュ事件』と呼ばれるようになった――は既に過去の事件となり、第一高校の生徒の意識は別のことに向かっていた。

 一学期の定期試験。そして、その後に控えている全国魔法科高校親善魔法競技大会。

 魔法科高校の定期試験は魔法理論の記述式テストと魔法の実技テストにより行われ、実技の結果は全国魔法科高校親善魔法競技大会に出場するメンバーを選出する際にとても重要視される。

 全国魔法科高校親善魔法競技大会とは通称『九校戦』と称される学校単位の競技大会だ。

 魔法科高校は第一から第九まで存在し、毎年、夏に各校の生徒達が集い、自らの技術と実力を披露する。

 観客として政府関係者、魔法関係者のみならず、一般企業や海外からの研究者なども来場する大舞台だ。

 実技に自信がある生徒は選手として、魔法工学に自信がある生徒は技術スタッフとして活躍するために一学期の定期試験は多くの生徒が鎬を削る。

 すでに、先週の時点で定期試験は終わりを迎え、成績優秀者の発表が行われていた。

 

「やったー! 勝ちましたよ! 夏目くん!」

 

 小さな体でぴょんぴょんと跳ねながら喜びを表現しているのは中条あずさ。

 彼女の目の前には学内ネットで公表された理論のみの順位が映されている。

 一位、五十里(いそり)(けい)

 二位、中条あずさ。

 三位、夏目至言。

 あずさがここまで喜び勇んでいるのは、入学してから至言に理論の順位で勝ったことが無かったからだ。

 彼女は自分では自信があった魔法理論で至言に勝つことを目標に勉強を続けてきた。何の因果か、至言の順位がいつもより一つ落ちると続くように彼女の順位も一つ落ちていたので今まで彼より上になることがなかったのだ。

 

「五十里よりも順位が下なのはいいのか?」

 

 至言の言葉にピタリと動きを止めるあずさ。そして、「ちょっとくらい喜ばせてくれてもいいじゃないですか……」と拗ねるようにそっぽを向く。

 その様子に至言の隣にいた生徒が困ったように笑う。

 彼が話題に上がった五十里(いそり)(けい)だ。

 中性的な相貌と華奢な体格をしているために見方によっては女子と間違われることもありそうな男子。

 そんな彼だが、一年時の入試成績以外では理論の順位でトップをとり続けている。

 

「いや、でも点数を見ると中条さんと僅差だからね。ギリギリだよ」

 

 五十里のフォローにあずさも「そうですよね!」と元気を取り戻すが、結局自分より順位が上の人間が慰めているだけだと気付き、また拗ね始める。

 五十里は助けを求めるように至言を見るが、無言で首を横に振られる。

 

(そもそも君が発端じゃないか……!)

 

 仕方なく別の方法で励ます、というより意識を逸らすことにした。

 実技の順位を映して指で指しながらあずさに声をかける。

 

「ほら、中条さん。相変わらず夏目君が実技だとトップだよ。二位の服部君とも差が大きいしやっぱりすごいね」

 

 引き合いに出された至言が五十里に視線を向けるが、彼はそれに気づかないふりをしてあずさに話し続ける。

 五十里の頑張りもあってか、あずさも実技試験の結果に意識を持っていく。

 実技試験は計測された数値が公表される。

 その為、記述テストのように点数に上限が無い。

 そして、実技試験は、

 処理能力(魔法式を構築する速度)。

 キャパシティ(構築し得る魔法式の規模)。

 干渉力(魔法式が「事象に付属する情報体(エイドス)」を書き換える強さ)。

 この三つをそれぞれ計測、評価し、さらに三つを合わせた総合的な魔法力で評価される。

 この評価方法は至言に有利すぎる基準だ。

 言霊を使う人間として、先天的に与えられた才が遺憾なく発揮される。

 

「実技はやっぱり夏目くんの独擅場ですね」

 

 至言としてはあまりいい気がしない。もちろん、才能に溺れて努力をしないといったような事はしていないが、やはりアドバンテージが大きすぎるのだ。

 実技の順位で至言の下に位置する服部は「十師族に次ぐ位の家柄」を意味する「百家」の支流ではあるが無名に近い家の生まれだ。

 同じ服部という姓で『忍術』の名門である服部家が存在するが、彼とは関係がない。

 だが、彼はそれでも十師族に負けないように努力を続けて、今の順位に座している。

 至言はそんな彼を評価しているし、見習うべき点はいくつもあると思っている。二科生に対する態度はやや目に余るが。

 

「啓! ゴメン遅くなっちゃった!」

 

 そういえば最近は服部が司波に突っかかる様子を見ないな、と考えていると、教室の入り口から一人の女子生徒が顔を見せる。

 彼女はそのまま五十里に駆け寄り、彼の腕を取る。

 

花音(かのん)

 

 五十里が彼女の名前を呼ぶ。

 花音、と呼ばれた女子生徒は嬉しそうに頬を緩め、五十里の腕に体をすり寄せる。

 クラス内の空気が「またか」とでも言いたげな呆れ気味の空気で満たされた。

 千代田(ちよだ)花音(かのん)

 「千代田家」も「服部家」と同じように「百家」に属する家系だ。彼女はその直系に当たる。

 先の彼女の行動から分かるように、花音と五十里は恋人同士、というより互いの家が認めた許婚同士である。

 二人が周りを無視してイチャつく光景は互いのクラスで見慣れた光景となっていた。

 

「千代田さん。こんにちは」

 

 あずさがいつもの調子で彼女に挨拶をする。

 始めこそ二人のイチャつきを顔を真っ赤にして見ていたあずさだが、もういつもの光景と割り切ってしまっていた。

 

「あら、あずさ。こんにちは」

 

 今気付いた、とでも言いたげにあずさを見て挨拶を返す花音。

 そして、至言を一瞥(いちべつ)してから五十里に話しかける。

 

「来る途中聞いたよ。また啓がトップだって?」

「はは、今回は中条さんと僅差だったけどね」

 

 その返答を聞いた花音はまるで自分の事のように誇らしげな表情で至言を見た。

 そして、ニンマリと笑みを深めて弾んだ声で言う。

 

「へぇ~、夏目君。啓だけじゃなくてあずさにも負けたんだ? これは学年主席の座も危ういかな?」

「どうだかな」

 

 返ってきたのは短い返答。その声には微塵も焦りの感情が込められていなかったために花音はつまらなそうに顔を顰める。

 

「なによ、つまんないわね」

「花音」

 

 五十里が彼女の名前を呼び、注意を促す。

 許嫁に諫められた花音は頬を膨らませ、「はーい」と投げやりな返事をした。

 

「そういえば夏目くんは九校戦での種目はどうするんですか?」

 

 話題の転換としてあずさが出したのは九校戦での競技種目。

 九校戦での種目はその年によって幾つか変わったりするのが定例だったが、ここ数年は同じ競技が採用されている。

 スピード・シューティング。

 クラウド・ボール。

 バトル・ボード。

 氷柱倒し(アイスピラーズ・ブレイク)

 ミラージ・バット。

 モノリス・コード。

 今年も変更がなければこの六種目で行われるだろう。

 

「わからんな。恐らくだが十文字先輩と話して決めることになるだろう」

「あれ? 去年と一緒じゃないんだ?」

 

 至言が去年の九校戦で参加した種目は 氷柱倒し(アイスピラーズ・ブレイク)とモノリス・コードだ。

 どっちでも優勝してるんだから同じ種目でいいんじゃないの? と花音からの問い掛け。

 

氷柱倒し(アイスピラーズ・ブレイク)は当時教えてもらった魔法を試してみたくて志願しただけだ」

「そんな理由で……」

 

 他の選手は試し撃ちで優勝を掻っ攫われていたんですか……、とあずさが呟く。

 

「それじゃあ、モノリス・コードは?」

「あれは配点が高かったからな」

 

 種目にもよるが、戦績に応じて最大で六位までポイントが与えられる。このポイントの合計で競い合うのが九校戦のルールである。

 ちなみに、九校戦には本戦と新人戦が存在し、本戦は学年制限なし、新人戦は一年生のみと決められている。

 その新人戦の戦績で与えられるポイントというのは本戦で与えられるポイントの半分。

 半分とはいえ、それでも充分合計点には影響が出る為に六種目の中で唯一ポイントが他種目の二倍であるモノリス・コードに参加することになった。

 

「ふーん、まあ、男子の方は夏目君に任せるよ。それよりも! 啓!」

「どうしたの? 花音」

「今年は啓も技術スタッフとして参加できるわけだし、バス旅行楽しみね!」

 

 バス旅行、というのは言い得て妙だ。と至言は一人で納得した。

 九校戦は例年「富士演習場南東エリア」の会場で十日間に渡って開催される。

 会場まではバスで移動し、軍が保有するホテルを宿舎として貸し切りという形で使わせてもらえる。

 見方によってはバス旅行だ。

 だが――

 

「千代田。選手と技術スタッフは別の車だぞ」

 

 至言の突きつけた事実によって花音の笑顔が固まった。

 程なくして復活した彼女が出した声は焦りに満ちた物だった。

 

「え!? 嘘よね!?」

「そもそもお前は去年選手として参加しただろう。その時に技術スタッフは乗ってたか?」

「……乗って、無い」

 

 去年の事を振り返った花音が恨めしそうな声を出す。

 何故自分がそんな声を聞かされなければならないのだろうか。

 

「そういえば、技術スタッフは作業車での移動でしたよね」

 

 ぴょこっと視界の端で跳ねたあずさが口を挟む。

 技術スタッフというのはCADの調整要員だ。

 九校戦で使用するCADには性能上の制限が設けられる。形状は問われないがその規格内でなければ使うことができない。

 しかし、ハードの規格内であればソフト面の制限は無い。

 各選手に合わせたチューニングを施せるかどうかも、九校戦では勝敗を分ける要因となっている。

 

「……あずさも技術スタッフ志望?」

 

 へそを曲げた花音が五十里の腕を強く抱きながらあずさに問う。

 

「はい、私は、その……実技とかはあんまり……」

 

 困ったように笑いながら言うあずさだが、彼女の実技の成績は至言、服部に次ぐ三位である。つまりは女子のトップだ。

 だが、大勢の注目を浴びるのが苦手な彼女は選手として試合に望むのは無理です、と去年の時点から辞退していた。

 魔法は精神状態に大きく左右されるものだ。古式魔法は特にその影響が顕著だが、現代魔法も例外ではない。

 ただでさえ内気な彼女では難しいだろう。

 

「あっ! あたしは啓に担当してもらうからね!」

 

 何かを思い出したかのように声を上げた花音が自分のCADの調整を五十里に一任すると宣言する。

 

「それじゃあ私夏目くんのCAD触りたいです!」

 

 花音に便乗するようにあずさが名乗り上げた。それも「担当する」ではなく「触りたい」という願望を。

 

「ん? なんだ私のCADに興味あるのか?」

 

 一年間学校生活を送ってきて、あずさが至言のCADについて口に出したのは初めてだった。

 あずさがCADを基本としたデバイスオタクであることは多くの生徒が知っている。四月の服部と達也の模擬戦で達也の持っている『シルバー・ホーン』にいち早く反応し、解説を始めたのもそれが理由だ。

 至言が普段持ち歩いているCADは二つ。

 一つは鉄扇を模した汎用型CAD。

 これは北山家の伝言(つて)でオーダーメイドとして作ってもらったものだ。トーラス・シルバーほど有名ではないが、それでも国内有数の技師に手がけてもらった一品。

 ちなみに学校に持ってきてはいないが、九校戦の規格内に納まるスペックダウン版も存在する。これはわざわざ九校戦の為に作らせたのではなく、今のCADの初期サンプルとして送られてきたものだ。

 そして、もう一つがブレスレット形汎用型CAD。

 インストールされている起動式は鉄扇型CADとほとんど変わらず、スペックも下。

 用途は完全な予備のCADである。鉄扇型とは違い普段から身につけているものであるために、もし何かしらの理由で鉄扇型CADが手元から離れてしまってもこちらを使用すればいいという考えだ。

 余談だが、このCADは操作用のコンソールが内側に付いているタイプで雫が付けているものと同型だ。

 これは雫の母である紅音(べにお)が関係している。

 至言が現代魔法の基礎を教わったのは紅音からだった。

 彼女がこのタイプのCADを使用していたために、教えてもらった至言と雫はブレスレット形CADを扱う場合はコンソールを内側に持ってこないと多少の違和感を拭いきれない。そのためだ。

 

「まあ、お前が興味あるのはこちらだろうな」

 

 鉄扇型CADをあずさに見せるように取り出す。奇術師のように袖口から出したCADを見て「はい、それです!」と目を輝かせる。

 

「時間があるときにでも触らせてやろう」

「え、いいんですか?」

 

 表情が一転し、意外そうな顔を見せるあずさ。

 

「なんだその反応は。お前が見たいと言ったんだろう」

「そうですけど……ほら、夏目くんって古式の術式も使うじゃないですか」

 

 いいんですかね? と不安げに聞いてくる。

 古式魔法は呪文や魔方陣、呪符などを使用して発動する魔法ではあるが、CADを介して使えないわけではない。魔方陣や呪符に組み込んである術式を現代魔法用に書き換えた起動式をCADにプログラミングすれば使うことが出来る。

 古式魔法は現代魔法と比べて秘匿性が高い。長い歴史の中で伝統的に守られてきた技能だからだ。今でこそ現代魔法学の下で魔法の分類と体系化が進んでいるが、それでも古式の家には術式の秘匿を続けているところもある。

 あずさが懸念しているのはこの事だ。

 古式魔法をCADに入れて使うことにより、古式魔法の発動過程にある「思考以外のプロセス」を他者の目に見せなくすることが出来る。

 現代魔法に忌避感を持っていない古式魔法師は、秘匿性向上の為にCADに術式を入れていることが多い。

 少なくともあずさから見て、至言は古式魔法も現代魔法も両方使う人間で、現代魔法を嫌っているようなそぶりは見たことがなかった。

 

「それなら心配するな。元々CADに古式の術式は入れていない」

 

 至言は現代魔法はCAD、古式魔法は呪符などの道具と言霊で使う様に差別化している。

 これは今のように使用しているCADが第三者の手に渡ったとしても古式の術式が漏れることを防ぐためだ。

 

「そ、それじゃあ……今度時間があるときに――」

 

 嬉しさを隠し切れていないが、それでも彼女なりに平静を保った返事の途中で彼女の端末が震える。

 断りを入れてから端末を見たあずさが小さく声を上げたかと思うと、

 

「ああ! 会長から呼ばれていたのを忘れてました! すみません失礼します!」

 

 そういってパタパタと去って行った。

 

「あずさも大変ね。まあ、七草先輩に気に入られてるから仕方ないか」

 

 走り去っていくあずさの背中を見つめていた花音がそう呟く。

 彼女の言った通りに真由美はあずさのことを気に入っていた。次の生徒会長に、と考えているくらいだ。

 おそらく今回もさりげなく生徒会の重要な仕事を手伝わせて経験を積ませているのだろう。

 残された三人でそんなことを話していると、今度は至言の端末が震えた。

 

「今度は私か」

「夏目君も七草先輩?」

「いや、十文字先輩だ。どうやら九校戦の選手の話らしい」

 

 克人からのメッセージを読んだ至言は花音の問い掛けに返してから端末をしまう。

 

「さて、私も行くとしよう。先に失礼する」

 

 そう言い残して教室を出て行く至言に別れの挨拶をした五十里と花音は二人での会話に移った。

 話題は今さっきまでこの場にいた至言について。

 

「あずさは七草先輩だけだけど夏目君は三巨頭に引っ張りだこよね」

 

 三巨頭とは現在三年生の真由美、摩利、克人の三人を指す言葉である。他の生徒とは隔絶した実力を持っているが為にそう呼ばれている。

 

「これから忙しくなるし大変そうだね」

「なんだかんだ上手くやるでしょ。あたしあいつが疲れてるところ見たことないし」

「ハハッ、そうだね」

 

 花音の言葉に小さく笑う。そして、少し考えるそぶりをしてから花音に話しかけた。

 

「うん。僕も花音も九校戦関連で忙しくなりそうだし、今のうちにデートでも行こうか」

 

 五十里の言葉に花音は満面の笑みで頷いた。

 笑顔で手を繋いだカップルが去った教室では、残っている生徒達が如何ともしがたい表情を浮かべていた。


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