言霊使いの上級生   作:見波コウ

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入学編-XIV

「危険だ! 学生の分を超えている!」

「私も反対よ。学外の事は警察に任せるべきだわ」

 

 達也の発言は過激な物だったために真由美と摩利が反対したが、自分達はすでに当事者だと意見する。

 彼にとって自分と妹の日常を損なうものは全て駆除する対象だと。

 

「……分かった。端末を出せ、座標データを送る」

 

 至言の言葉に達也は無言で情報端末を取り出し、受け取る意思を示す。

 データが送られ、達也の端末から展開されたスクリーンに近辺の地図が表示される。

 

「何よこの距離……目と鼻の先じゃない」

「ったく、舐められたもんだぜ」

 

 覗き込むように見ていたエリカとレオが怒りの声を上げる。

 そんな二人を横目に達也と深雪がどう攻略するのかを話し始めた。

 結論は正面突破。相手側もこちらを待ち構えているだろうから小細工なしで叩き潰す。

 

「そうだな。車は、俺が用意しよう」

 

 二人の結論に賛同した克人が自分も協力すると公言する。

 

「えっ? 十文字くんも行くの? じゃあ――」

「真由美。この状況で、生徒会長が不在になるのは拙い」

 

 私も行く、と言う前に摩利に止められ、克人もそれに同意した。

 二人に行くなと言われ、真由美は不本意ながら首を縦に振る。

 

「でもそれだったら摩利もダメよ。残党がまだ校内に隠れているかもしれないんだから」

 

 真由美が返した言葉に今度は摩利が頷く。

 

「夏目、お前はどうする?」

 

 克人が至言に対して問いかける。

 学内には真由美と摩利がいれば戦力としては充分だ。

 

「私も残ります」

 

 至言は保健室に来るまでに一度雫と連絡を取っていた。

 雫はほのかと部活をしているところにテロリストが襲ってきたが、至言の頼みを受けて第二体育館付近を警備していた沢木とその際に近くにいた森崎が迅速な行動を起こしてくれた為に怪我もなく安全な場所まで避難できたと伝えられた。

 二人はまだ校内に残っているので至言は校内の危険を排除し、二人を家まで送ることを選択する。

 至言としても学校にまで入り込んで好き勝手したテロリストの本拠地を叩きたい気持ちは無いわけではないが、彼の体は一つしかない。

 夏目家を使うことも一つの手だが、既に克人が行くことが決まっているようなので最終的には十文字家の手が入るだろう。そうなると互いに敵意など無くとも一時的に夏目家と十文字家が接触することになる。

 害する気が無いとは言え戦いの場で接触するのは好ましくない。

 

「……了解した。留守を頼むぞ」

 

 至言の返答に克人はそう返してから達也、深雪、エリカ、レオの四人をつれて保健室から出て行く。

 彼らが出て行った保健室に残されたのは真由美と摩利、至言と紗耶香。それと初めからずっと居たが、見知らぬ上級生が多かったために空気に徹していた幹比古だった。

 図書館で迎撃した至言の協力者ということでそのままついてきてはいたが、どうも退室するタイミングを逃したらしい。

 部屋の中に知り合いが至言しかおらず、それ以外が全員上級生という状況に幹比古はどうすればいいのか迷っていた。

 しかし、そんな彼に至言が救いの手を差し伸べる。

 

「吉田、図書館の後始末に行くぞ」

 

 彼らが図書館内に貼り付けた呪符はまだ回収していない。すでに効力が切れているためにただの紙切れ同然だが、そんなものが貼ってあっても迷惑だろう。

 

「わかりました。えっと、失礼します」

 

 真由美と摩利に挨拶をして保健室を出ていく至言にならい、幹比古も同じように退室する。

 

「それで、どうだ? 違和感の手がかりは掴めたか?」

 

 至言からの問いかけ。

 戦闘中は集中するに従って魔法の発動も安定していたが、本人がそれを自覚しているかは別の話だ。その為の確認を行った。

 

「えっと、今までよりスムーズに扱えていたと思います……多分。でも、やっぱり……」

 

 まだ、自分のイメージと噛み合っていない。

 幹比古はそう答えた。

 

「そうか、私から見ても相応の練度だったとは思うが」

「ハハ、ありがとうございます」

 

 そのようなことはもう言われ慣れてしまったのだろうか。乾いた笑いとともに返事が返ってくる。

 魔法発動にのみ集中してもなお、イメージとのズレが生じているのなら発動速度に対する違和感というのはどこからくるのだろうか。

 

(もう少し詳しいことが聞ければ分かることもあるのだろうか)

 

 幹比古からはまだ詳しい事情が聞けていない。時間があるときに周りの耳がないところで、と彼自身が言ってきたからだ。

 如何ともしがたい空気の二人だったが、図書館に着いたためにそれぞれ別行動を取る。

 至言は別れる際に回収が済んだのなら今日はもう帰って良いとも伝えた。

 幹比古は委員会所属ではない一般生徒なのでこれ以上残っていてもやることがない。彼自身もいつまで協力すれば良いのか分からなくなってきていたためにこれを快諾した。

 幹比古と別れ、至言は特別閲覧室に向かう。部屋の前には一人の教員が立っていた。どうやら犯行現場でもあるために複数人で中のチェックを行っているらしい。 

 至言が結界用の呪符を回収したいと伝えると、一応のボディチェックの後に部屋の中に通される。特別閲覧室までの道に貼ったものは回収したのでこの部屋で最後だ。

 ここを鎮圧したのが至言だということは知られており、チェックをしている教職員にいくつか質問をされる。

 そんなに長引くことでもなかったために呪符の回収とともに短い時間で話は終わり、至言は図書館を後にした。

 

 

 

 

 呪符の回収も終わり、至言は校内の巡回を行っていた。

 とはいえ、騒動が落ち着いてから時間も経っているために残党の姿を見るようなことはなかった。

 そのために至言の仕事は残っている生徒に早めの帰宅を促すことに変更されている。

 生徒を見つけては帰るように伝え、また別の生徒を見つけたら同じ事を伝える。

 いっそ校内放送でも使えばいいものを……と辟易している至言に声が掛けられた。

 

「至言さん」

 

 声の主は雫。彼女の隣にはほのかも一緒におり、二人ともすでに部活のユニフォームから制服に着替えていた。

 

「雫、ほのかも悪いがもう少し待っていてくれ」

 

 家に連絡をして彼女たちを家に送るための人員は確保している。あとはその送迎がくるのを待つだけだ。

 

「うん、そっちは大丈夫なんだけど……」

 

 雫はそう言ってほのかに目を向ける。

 

「あの、至言さん。達也さんや深雪の姿が見えないんですけど……大丈夫ですよね?」

 

 不安そうな顔をしたほのかが至言に問いかけた。

 校内では風紀委員が残党の探索と一般生徒の誘導などを行っていたが、ほのかは慌ただしく動いていた風紀委員の中で達也の姿を見つけることが出来なかったために気が気でなかった。

 その様子を見た至言は少し考える。達也がテロリストの本拠地に襲撃に行ったなどと教えたら彼女の不安はさらに大きくなる。

 それに、克人が出張った時点で十文字家が情報統制を敷くだろう。

 

「……司波兄妹なら無事だ。今は所用で学外に出ているがな。なに、十文字先輩が付いているから心配することはない」

 

 詳しいことをボカした内容をほのかに伝える。

 二人は安全だ、という情報を印象付ける為に克人の名前も出した。

 

「だが、今日は色々あって向こうも大変だろう。心配ならば明日にでも連絡をしてみればいい」

「そう、ですね……分かりました」

 

 至言から暗に今日は連絡するなと言われ、多少不満そうではあるがほのかは頷く。

 

「さっきも言ったがもう少し待っていてくれ。……そろそろ着く頃だと思うんだがな」

 

 至言の発言と同時に彼の端末が震える。端末を確認した至言が二人に伝えた。

 

「ようやく家の者が着いたらしい。二人とも付いてきてくれ」

 

 

 

 

 結局、二人を家まで送らせてからは大きな動きはなかった。

 そうして迎えた次の日。 

 至言は自室でディスプレイと向き合っていた。

 

「それで、わざわざご連絡を下さったのですか。お手数をおかけします」

 

 ディスプレイ越しの相手に至言は頭を下げる。

 

『お前も当事者だ。学校に残ったとはいえ有権者の一人でもある。今回の顛末を俺の家で情報統制を敷いたとしても夏目家なら探ることも出来るだろう。情報の騙し合いで無駄な労力を割かせるわけにもいかないからな』

「感謝します。十文字先輩」

 

 先日の騒動の後始末は、克人が引き受けていた。

 十師族の権力は政治の表の舞台では振るわれない。だが、彼らの権力は政治の裏側ではなによりも機能する。

 十文字家として行った情報統制の内容を至言に伝えるために克人は至言に連絡してきたのだ。

 至言のディスプレイに幾つかのデータが映し出される。

 それは表向きに公表される予定の情報と公表されない情報がまとめられている。

 まず、今回の騒動は表向きには第一高校の生徒は全員が被害者という形でおさめられた。

 生徒に鍵を盗まれた事実も、紗耶香含めた生徒がスパイ未遂、及び襲撃側に荷担していた事実も全て隠蔽された。

 ブランシュのリーダーである(つかさ)(はじめ)が光波振動系魔法・邪眼の使い手だったこともあり、幾人かの生徒はマインドコントロールの影響が残っていないかを確かめるために入院やカウンセリングを行うことにもなったそうだ。

 データを見せながら克人が情報を読み上げていく。

 全てを読み上げた克人が「以上だ」と締めくくり、話を終える。

 十文字家が敷いた情報統制は十分な物だった。少なくとも自分の周りに大きな被害が出ることはなさそうなので問題はないだろう。

 

「確かに、確認しました」

『ああ』

 

 至言の言葉を確認した克人はその後に通信を切った。まだ騒動から一日しか経っていないために十文字家としては動かなければならない事があるらしい。

 聞くことも聞いたし、忙しい中連絡してきてくれたのに無駄に引き留める意味はないだろうと判断した至言は克人を引き留めることなく通信を終了する。

 通信を終えた至言はその場から離れ、自室を出た。

 純和風の邸宅である夏目家は和風庭園も持ち合わせている。

 先ほどまでの堅苦しい空気を緩和するために縁側から庭園に足を踏み出す。

 そのまま庭園の空気を感じていた至言だったが、邸内から掛けられた声により意識をそちらに向ける。

 

「至言ちゃん、ちょっといいかしら」

 

 縁側から声を掛けてきた静音(しずね)は至言に向けて手招きをしていた。逆の手にはいくつかの封筒を持っている。

 

「はい、コレ。至言ちゃん宛てよ」

「また、ですか……」

 

 静音が差し出した封筒を受け取った至言が疲れたような声を出す。

 彼に差し出されたのは他家からの縁談の依頼状。夏目家の次期当主である至言には本人が望む望まないに関わらず、このような話がいくつか入り込んでくる。

 縁談、までいかなくても夏目家と良縁を結びたいがためにアプローチを掛けてくる家も存在する。

 至言としては微塵も興味がないためにそもそも受け取らないという選択もしたいのだが、家としての「看板」や「面子」が大きく作用する時代では受け取りもせずに跳ね返すというのは少し難しい。

 その為に明らかな格下の家からの物は受け取らず、夏目家より少しだけ下の家、もしくは夏目家と同等かそれ以上の家――そもそもそんな家自体少ないのだが――には至言が自ら断りの文を返していた。

 なるべく相手の家の面子を潰さないように、そして夏目家としての立場を崩さないように文をしたためるのは至言としても出来ることなら避けたい労力であった。

 そんな至言を面白そうに見ていた静音が彼に言う。

 

「今回もいろんな家から来てねぇ。特に、ほら――」

 

 至言が受け取った封筒の中からスッと一つ抜き取り、差出人を表に見せる。

 

「七草、ですって」

 

 静音の言葉と封筒に書かれている差出人の文字を確認した至言が訝しげな表情とともに呟く。

 

「……どういうつもりだ?」

 

 それは縁談の話を出してきた七草家に対する言葉でもあったが、それ以上におそらく縁談の相手になるであろう真由美に対する言葉でもあった。


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