言霊使いの上級生   作:見波コウ

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入学編-Ⅺ

 公開討論会当日。

 討論会が始まろうとしている時、至言と幹比古は図書館で各々とある作業を行っていた。

 特別閲覧室の壁に呪符を貼り、一定間隔を開けてまた別の場所に貼る。何度かその作業を繰り返し、作業を終えたのを確認してから端末で連絡を行う。

 

「吉田、そっちは終わったか?」

「少し待ってください……はい、終わりました」

 

 連絡を取った相手は幹比古。彼も図書館の裏口で至言と似たような作業を行っていた。至言との会話の最中に作業を終えた彼はその旨を伝える。

 

「なら、正面入り口で合流だ」

「わかりました」

 

 特別閲覧室に鍵を掛けてから正面入り口へ足を向けた。

 

「夏目先輩」

 

 至言が図書館の正面入口につく頃には幹比古が既に到着しており、何処かそわそわしていた幹比古は至言を見つけると声をかける。

 合流した二人はそのまま正面入口脇に待機する。

 このまま何も起こらずに終われば良し。終わらなければ警備としての仕事を全うする。

 ふと、幹比古が至言に話しかける。

 

「でも、本当にいいんですか?」

「何がだ?」

「僕が離れてるから人払いの結界の効果も弱いですよ」

 

 図書館への入る方法は二つある。

 至言たちがいる正面入口から普通に入る方法。

 先程幹比古が作業をしていた裏口から入る方法。

 裏口は文字通り裏口でしかなく、一般生徒が利用することはほとんど無い。

 とはいえ、通ることは出来る。警備する人数が二人しかいないのなら二人で別れるしかないのでは? と幹比古は考える。

 だが、至言は幹比古に人払いの結界を裏口に張るように頼んだだけで警備は正面入口で行うと言ってきた。

 人払いの結界は確かに相手の意識から指定した範囲を逸らすことができる。だが、術者が近くで結界を行使し続けなければ大きな効果は生まれない。

 術者である幹比古がその場を離れてしまった以上、大した効果は見込めないだろう。

 

「構わん。そもそもあれは図書館内の一般生徒が裏口に行って侵入者と鉢合わせにならない様にするための保険だ」

「その言い方だと裏口から敵が入ってくるように聞こえるんですけど」

「裏口からも、というのが正しいな」

 

 それは暗に両方から侵入されると言っていた。

 

「図書館に侵入するのなら、目的は特別閲覧室からアクセスできる機密文献だろう」

 

 魔法大学が所蔵する文献の中には一般閲覧禁止の非公開文献が存在する。図書館の特別閲覧室はその非公開文献にアクセスできる数少ない場所だ。

 

「データを盗み出す、という行動はそれなりに時間がかかる。時間稼ぎなしでそんなことをする奴はただの馬鹿だ。ブランシュはそれなりに規模の大きい組織。行動を起こす際は計画を練ってから来るはずだ」

「どちらかを陽動に使ってくるって事ですか」

正面入口(ここ)は囮で裏口が本命だろうな。裏口からの道は人とも会わなければ、通路も狭い。狭い場所ならアンティナイトと拳銃でもあれば魔法師に十分対抗できる。少人数で入り込むには絶好の場所だ」

 

 幹比古は自分が通った裏口までの通路を思い出す。確かに通路として広いものではないし、直線距離が長いところが少なく、曲がり角で鉢合わせになることもありそうだった。

 確かに正面入口で陽動として大人数で騒ぎを立て、戦力がそちらに片寄ったところでデータを盗るチームを裏口から送りこむのが楽な方法だろう。

 

「裏口から入ってくるって分かってるなら、それこそ裏口で待っていた方が……」

「敵の目的を潰すだけならそれでいいのだが……七草先輩と十文字先輩から『生徒の安全を優先しろ』と言われてな。最悪文献のデータは盗られてもいいそうだ」

 

 そう言って小さくかぶりを振る。放課後の時間とはいえ、図書館に来ている生徒ではCADを持っていない生徒の方が多いだろう。

 やはり準備期間が短すぎた、と心の中で呟く。

 

「とはいえ、簡単に盗まれました、と言うわけにもいかないからな。敵が図書館内部に入ってきたことを確認したら私はそちらに向かう」

 

 至言が特別閲覧室に仕掛けていたものも結界だ。幹比古の人払いの結界とは違い、人が入ってきたことを感知するだけの単純なものだ。それを特別閲覧室と裏口から特別閲覧室に行く際に通る道にいくつか用意しておいた。

 

「敵が中に来たら僕一人か……」

「場合によってはお前にも来てもらうぞ」

「え?」

 

 幹比古は自分の呟きに帰ってきた言葉に驚きの声を上げる。

 

「戦況を見て、というやつだ。敵の数とこちらの戦力によってはついてきてもらうぞ」

 

 聞いていない、と言いたげな表情の幹比古に対して至言は素知らぬ顔で返す。

 

「お前が結界以外でも働くと言ったんだろう。まあ、頑張ることだ」

 

 結構容赦ないな、この人……と内心冷や汗をかいていた幹比古だったが、次の瞬間、彼は意識をすぐに切り替えることになる。

 

 

 

 

 耳に余る大きな爆発音とともに辺りに小さな振動が伝わる。

 至言はCADと呪符を懐から抜き取り、前を見据える。

 しかし、彼らの視界には混乱している生徒の姿が映るだけだった。まだ近くに来ていないのかそれとも隠れているのか。

 呪符を構えて精霊を行使していた幹比古がチラリと実技棟を見る。壁面が焼け、窓にひびが入っている。

 

「あんなものまで持ち出してくるなんて……」

「血気盛んなことだな」

 

 二人が辺りを警戒しながら言葉を交わす。

 ふと、混乱している生徒の一人が至言を見つけ、助けを求めるように話しかける。

 

「あっ! 夏目君! 何が起きたの!? どうすればいいの!?」

 

 声を掛けてきたのは至言と同じクラスの女子生徒だった。

 

「CADは持っているか?」

「持ってない……」

 

 震え声を発した彼女の顔色は良くない。明らかな異常事態でCADを持っていないことがどういうことか理解しているのだろう。

 至言と彼女が話しているのを見て周りの生徒の何人かが駆け寄ってくる。

 

「CADを持っていないものは持っているものと行動を。魔法を行使する際は相克が起きないように連携をとれ。来るぞ」

 

 至言は言い終わるのと同時に視線を前に向ける。

 視線の先には明らかにこちらに敵意を向けている男達が走ってくる。手には警棒を持っていたり刃物を持っているものもいた。

 姿を認めた生徒達が散開する。

 不揃いながらも横一列になってこちらに向かってくるテロリストに対し、至言が操作したCADを横に薙ぐ。

 CADの軌跡を辿るように真一文字の風が起きる。それは向かってくるテロリスト達を吹き飛ばすほどの威力はなく、彼らの足を止める程度の効力しか生まなかった。

 至言の隣で幹比古が呪符を前に突き出す。同時に風によって一瞬足を止めていたテロリストの頭上に球電が生じ、直下の彼らに雷撃を落とす。

 

「っ、すみません! 何人か逃しました!」

 

 地面に倒れ伏すテロリストの中から数人、雷撃から免れた人間が武器を構えながら走ってくる。

 

「いや、上出来だ」

 

 幹比古の言葉に至言は彼が討ち漏らした内の一人を移動系魔法で吹き飛ばしながら応える。続けて倒れた男を加重系魔法で押さえ付ける。

 周りを見ると他の生徒達もそれぞれテロリストに対処していた。

 しかし、続くようにテロリストがどこからともなく走ってくる。先ほどとは違い、至言たちを挟むように向かってきていた。

 すでに混戦模様になっているため、至言が風で足止めし、幹比古が用意していた精霊の座標を微調整してからの一掃、というのは出来なくなっている。

 だが、先発隊を短時間で無力化したのが功を奏して、続く援軍にも焦らずに対処できる。

 多少敵の数が多いが、それでもこのままいけばそう時間がたたないうちに無力化できるだろう。

 数人を相手した後に至言の張った結界に反応が示される。裏口から特別閲覧室に行く道に張った結界だ。

 

「吉田、結界に反応した。移動するぞ」

「わかりました」

 

 至言の言葉に幹比古は素早く反応を示す。身を翻した至言に続くように幹比古も走る。

 図書館に入りそのまま正面の階段の前にスタンバトンを持った人間が二人。立ちふさがる二人を排除するために至言が魔法を発動しようとするが、止める。隣の幹比古が既に魔法を発動していたためだ。

 頭上に現れた球雷に気付いた一人が飛び退き雷撃から免れるが、着地点に仕掛けられた至言の移動魔法により強制的に壁に叩き付けられる。もう一人は幹比古の雷撃に気付かなかったようで既に無力化されている。

 至言は隣の幹比古をチラリと見ながら、いい傾向だ、と感じていた。

 幹比古からは魔法の発動が遅く感じる、としか言われていなかった為に、彼に起きている魔法発動の不調の原因までは分かっていない。

 焦りが焦りを生むと言うのはよくあることだ。至言はとりあえず、魔法の発動が遅いと感じることを完全に頭から排除し、ただ機械的に魔法を使うことをしてみるべきと考えていた。

 だが、一度不信に感じたことを完全に無視するというのはそうそう簡単にできるものではない。

 しかし、今幹比古はそれに限りなく近い状態になっている。侵入したテロリストを倒す、という一点に集中し始めているためだ。

 

「誰だ!」

 

 階下の二人が倒された音を聞きつけて制服を着た男子生徒が階上から体を乗り出す。至言と幹比古の姿と倒れているテロリストを見つけると二人にCADを向ける。

 その生徒の制服にはエンブレムが無かった。つまりはニ科生だ。

 一科生の至言とニ科生の生徒。才能というアドバンテージは相手より先にCADの操作を始めたとしても埋まらなかった。

 相手の生徒が魔法式を構築するよりも早く、至言が発動したエア・ブリットによって撃ち出された圧縮空気の弾が相手を捉える。

 当たった部位は側頭部。魔法の発動に意識を集中させていたのだろうか、放たれた圧縮空気弾は吸い込まれるように当たり、意識を刈り取った。

 至言がそのまま階段を駆け上がろうとすると、何処かに隠れていたのか、数人の後ろから走ってくる足音とこちらを排除しようと叫ぶ声が聞こえる。

 だが、その音は魔法を発動した幹比古の手によって途切れることになる。

 

「先輩! ここは僕が!」

「頼むぞ」

 

 後ろの敵とまだ隠れているかもしれない敵は幹比古に任せることにして至言は階段を上がる。

 階段を上がりきるのと同時に硬化魔法をかけたCADを左に振るう。

 金属と金属がぶつかり合う甲高い音が鳴り響く。

 音のもとには驚いた顔をしたニ科生の生徒が一人。手に持っている真剣で至言が振るったCADを防いでいる。

 彼は階上で見張りをしていた仲間が倒されたのを遠目で見ていたために、階段を上がってくる至言に不意打ちを仕掛けようとしていた。

 しかし、奇襲は失敗し、それどころか先手を打たれた。

 それでもこの距離なら、と至言に斬りかかろうとするが――

 

「邪魔だ」

 

 至言の言葉とともに足下が揺れ、宙に吹き飛ばされる。そのまま階下に落とされ、叩き付けられた痛みで気を失う。

 自分の魔法によって二階から一階に落とした生徒に見向きもせずに、至言は特別閲覧室へ向かった。

 

 

 


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