言霊使いの上級生   作:見波コウ

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入学編-Ⅹ

 同盟との討論会を控えた前日。その日の同盟は朝から精力的に活動していた。

 始業前から始まり、休み時間も至るところで賛同者を募っている。

 そうして迎えた昼休み。ニ科生のクラス前の廊下では相変わらず同盟による活動が続いていた。

 この学校は意図してなのか一科生とニ科生のクラスのフロアが違う為に、一科生がニ科生のフロアに行けば注目を浴びる。

 そして、至言はそのニ科生からの様々な視線を向けられていた。

 劣等感からくる嫉妬、上級生の一科生であり、風紀委員という理由からの畏怖。中には憧れの存在として羨望の視線もちらほら見受けられる。

 だが、今日は差別撤廃を志している同盟が多くいる為にその視線には敵意が込められているものが多かった。

 至言が目指しているのは一年E組。達也が所属しているクラスだ。

 様々な視線の中、至言が教室に到着し、扉が開かれる。下級生のそれもニ科生のクラスに顔を見せたことにより教室内が静まり返る。

 同じ風紀委員会だからだろうか、教室内の生徒の視線が達也に向けられる。昼休み前の授業が長引いたことにより、昼休みに入るのが少し遅れていた達也はまだ教室にいた。いつもならこの時間は生徒会室で深雪と昼食を取っているはずなのだ。

 周りの視線のみではなく近くにいたエリカに「達也くんじゃない?」と言われたために至言に声をかける。

 

「先輩、何かご用ですか?」

 

 達也としては教室まで足を運んで自分に何かを言いにくるとは思えなかった。用があれば連絡すればいいし、直接会うにしても昼休みは生徒会にいることが多いことは知っているはずだからだ。

 とはいえ、クラスのこの空気を無視したままと言うわけにもいかないし、先輩が自分の教室に訪ねてきたのならば交流がある自分が行くのが筋だろう。そう考えての行動だった。

 

「吉田幹比古に用がある。今居るか?」

 

 案の定、至言の用事は達也に対してのものではなかった。だが、至言の出した吉田幹比古と言う名前は達也に幾分かの興味を募らせた。

 クラスメイトわずか二十五人のクラスだ。達也もすでにクラスメイトの名前は把握している。

 そして達也は彼が古式魔法の名門、吉田家の直系であることも知っていた。「精霊魔法」を伝承する古い家系の為、知っている人は知っているだろう。

 だからといって、達也は幹比古と特別親しいわけではない。これは幹比古がクラスメイトと話す際に愛想が悪いのが理由だが、彼が特別誰かと親しく話しているのを見たことがなかった。入学直後のオリエンテーションも退出しても良いと許可が出たら一人で真っ先に教室を出て行くくらいだ。

 

「吉田ですか」

 

 そう口に出して達也は教室を見渡す。記憶を辿って幹比古の席を見ると彼が居心地の悪そうな表情でこちらを見ていた。多少の戸惑いも見受けられるため彼もなぜ呼ばれたのか理解できていないのかもしれない。

 そして、達也が意外に思ったのはエリカが至言のことを少しだけ睨みつけるように見ていたことだ。だが、それも近くにいた美月に諌められすぐにおさまったので気がついた人間はほとんどいないだろう。

 

「えっと……僕に用事、ですか」

 

 上級生を待たせるわけにはいかない、という考えから席を立ち至言の元まで幹比古が歩いてくる。表情は相変わらずどこか居心地が悪そうだ。

 

「ああ、少し話がしたい。時間は大丈夫か」

「……はい」

 

 幹比古の暗い様子から先輩にいびられている後輩の図に見えなくもないが、もちろん至言にそんな気はない。

 達也も短い付き合いながら至言がそんな人間ではないことを知ってはいたが、何も知らないクラスメイトはそうは思わない。

 教室を出て行った二人の様子を見ながら教室内はざわめきを取り戻していく。そのざわめきの中には幹比古がなにかしたのか、一科生が二科生を連れて行ったことに対する不安の声が見受けられた。

 そんな声を聞き流しながら達也はエリカに先ほどの視線について問いかけた。

 

「エリカ、さっき夏目先輩を睨んでたが何かあったのか?」

 

 それにはエリカが少し答えにくそうに反応した。

 

「うえっ⁉ 達也くん気づいてたか……ミキ、えっと幹比古くんとはちょっと知り合いでさ。本人のことだからあんま話せないんだけど、夏目先輩に連れてかれるっていい気分じゃないと思うのよね」

 

 敵対しているとかそういうのじゃないんだけどね、と付け加えて気まずそうに目をそらす。そこにレオが口を挟んできた。

 

「話してるとこ見たことねぇけどな」

「うっさいわね。教室じゃずっと避けられてたのよ」

 

 そう言ったエリカは微妙な空気になったのを察知してか「あーもう、この話はおしまい!」と話を打ち切る。

 エリカとレオが「アンタのでせいで変な空気になったじゃない」「人のせいにすんなこの野郎」と口喧嘩を始める。達也からすればもう見慣れた光景だ。だが、美月は言い争う二人を見ながらオロオロと狼狽えている。まだ慣れていないのだろう。美月からの救援を求める視線が来たので仕方ない、と思いながら達也は二人の仲裁に入った。

 

 

 

 

 至言の先導の元、幹比古は廊下を歩く。彼はとても複雑な感情を心に秘めていた。

 至言と幹比古に直接の面識はない。先ほど会ったのが初めての顔合わせになる。だが、互いに名前は知っていた。幹比古は一年前まで吉田家の神童と称賛されていたために、至言は言霊の始祖の夏目家の次期当主として名を知られていたために。

 そして、幹比古は一年前までは至言と直接会って話してみたいと思っていた。自分と歳が一つしか変わらず、その上で家から評価されているという点はそれなりに思うところがあった。

 だが、それも一年前までだ。一年前、とある事故に遭って以来、彼の「力」は失われてしまった。

 かつて強者として存在していたが今は弱者の地位に堕とされ、もがいている。そんな彼からしてみれば強者であり続ける至言とは出来ることならまだ顔を合わせたくはなかった。

 

「ここだ。……どうした?」

 

 ネガティブな感情が頭を占めているうちに目的の場所に着いたらしく、至言から声がかかる。なんでもないです、と言葉を返すと至言も特に気にせずに部屋の入り口に置かれている端末を操作する。

 数度の電子音の後に扉が開かれる。連れてこられたのはあまり広くない部屋で、机一つに椅子が向かい合うように二つ置かれているだけの部屋。

 至言曰く面談用の部屋だそうだ。

 

「自己紹介もせずに呼び出して悪かったな。二年の夏目至言だ」

「一年の吉田幹比古です」

 

 二人で向かい合うように座ってから至言が名乗る。

 知らないわけ無いだろう、と言いたくなるのを飲み込んで幹比古も自分の名前を名乗った。とは言っても至言は名指しで幹比古を呼び出しているので形式だけのものだ。

 

「昼休みもそんなに長いわけではない。本題を言わせてもらおう。明日、公開討論会が行われるのは知っているな?」

 

 その情報は今日の朝に全校生徒に通達されていた。そうでなければ同盟が賛同者を募っても意味はないだろう。

 

「実はその際の警備に当たる人員が不足していてな。協力してほしい」

「警備に……僕が?」

 

 幹比古は自分が何を言われたのか一瞬理解できなかった。

 

「正確には私と二人で図書館の警備に当たってもらう」

「ちょ、ちょっと待ってください! なんで僕が……。それに図書館って、会場は講堂じゃ……」

 

 続く至言の言葉にさらに混乱に陥る。

 

「ふむ、そうだな。何も知らないのにいきなりすぎたか。如何せん準備期間が少なくてな」

 

 すまないな、と付け加えてから一拍おく。

 

「まず、同盟についてだが、如何に不満が溜まっていようと先日のように鍵を盗み出してまで自分たちの意見を主張する、というのは高校生の行動力では無い。普通なら自制心が働いたり、メンバーの誰かが怖じ気づいて手を引くなりするものだ。だが、実際には行動を起こした。学内の同盟という規模では無い、より巨大な組織が活動を煽っている」

「巨大な組織……その組織が明日襲撃を仕掛けてくるってことですか」

 

 幹比古はさっきまでの動揺が嘘のようにすんなりと受け入れた。これには至言も多少驚いたが、話が円滑に進むのならばむしろ好都合だ。

 

「理解が早くて助かる。ブランシュ及び下部組織のエガリテが同盟の背後にいるのだが、目的が判明していなくてな」

 

 至言の出した組織の名前に幹比古が反応を示す。

 

「ブランシュって反魔法国際政治団体ですよ、なんでそんなところが……」

 

 魔法を学んでいる魔法科高校の生徒が魔法を否定する団体に属する。このことに幹比古は疑問を感じた。

 

「利用されている、と考えるのが自然なんだがな。実際のところは分からん。とにかく、そいつらが来る可能性がある以上は学内の重要な施設などは守っておいた方がいい」

 

 至言は話すことは話した、と言わんばかりに幹比古を見る。彼の返答を待っているのだろう。

 

「何故、僕なんですか……?」

 

 至言と目を合わせないように顔を俯かせ、呟く。

 

「異な事を聞くな? 実力があるからに決まっているだろう」

「だから! 今の僕はその「力」が無いんですよ!」

 

 自分で言うのも嫌なのだろう、机を叩きながら立ち上がる。至言を睨むその表情には怒りが強く表れていた。

 そんな幹比古を至言は表情を変えずに見返して彼に言葉を返す。

 

「話は聞いている。だが、通力が完全に無くなったわけではないのだろう?」

 

 本当に全ての力が失われたのなら一高に入学することすら出来ないはずだ。

 そして、それは幹比古自身も理解している。吉田家の神童は力を失ったと言われもしたが、魔法が全く使えなくなったわけではない。

 

「それは、そうですけど……。今の僕じゃ……」

「お前の入試のデータは見させてもらった。実技がずいぶんと不安定な結果だったな」

「っ!」

 

 幹比古の顔が忌々しそうに歪められる。それは至言が勝手に自分の入試成績を見たことに対してでもあるし、その入試成績の結果に対してでもある。

 幹比古が力を失った一年前の事故以降、幹比古は自分の魔法発動が遅くなっていると感じていた。父や兄からは「気の所為だ」と言われたが、その言葉が幹比古をさらに焦らせた。

 自分ではもっと早く術が使えるはずだと思っているのに、周りからは何時もと変わらないと言われる。その結果、彼は魔法がうまく扱えなくなってしまった。

 入学試験でもそれは変わらず、不合格にこそならなかったが、二科生という立場での入学。その事実は彼にはとうてい耐えられないものだった。

 

「だが、結界などを実用に耐えうる練度で扱える生徒がいないものでな」

 

 至言の言葉に幹比古が顔を上げる。それはおかしい、と思ったからだ。

 

「上級生の先輩方にも古式の人間はいるはずです」

 

 幹比古の指摘に至言の表情が少し崩れる。

 

「確かにいるにはいるのだが……。どうも私は嫌われているようでな」

 

 苦々しい表情でかぶりを振る。

 しかし、至言の言ったことは正確ではない。

 二年、三年にも古式魔法を扱える人間はいるが、至言を敵視している人間は一人もいない。

 だが、苦手意識は持っている人間はいる。学年主席という結果とそれを裏付ける彼の実力が相俟って「自分とは違う」と感じてしまったからだ。

 それは、一科生の大半が十師族の真由美と克人に引け目を感じているのと似た現象だった。

 古式魔法は歴史が長い。それ故に自分の魔法に確固たる自信を持っている古式魔法師は多く、自分と同い年、または一つ年下の人間が自分よりも優れているとなるとそのことから目を背ける様に関わるのを避けてしまっていた。

 

「不安なら結界の維持のみで構わん。先程は二人と言ったが、戦況によっては途中で応援も来るはずだしな」

 

 どうだ、引き受けてくれるか? と至言は言う。

 幹比古は大きく深呼吸をする。怒り、混乱している心を静めるため、今までの情報を整理するために。

 幹比古にとって同盟の活動などは興味がない。

 今は自分の力を取り戻すことが先決だ。だから――

 

「分かりました。結界だけじゃなくてしっかり働きます」

 

 幹比古は引き受けることにした。

 力を失ってからの一年間。勉学に打ち込み、今まで重要視していなかった武術にも真剣に取り組んだ。現代魔法にも手を出して別の方面からのアプローチをかけたりもした。

 それでも幹比古の力は戻らなかった。

 自分の身で出来る事はやったつもりだ。だったら、他者の力を借りるしかない。

 幹比古の頭に一人のクラスメイトが思い浮かぶ。

 司波達也。

 二科生でありながら風紀委員に抜擢され、新入部員勧誘期間に、魔法力で遙かに勝る上級生を打ち負かす実力を見せた男。

 焦りが積み重なり、クラスメイトと交友を深めることすら後回しにしていた幹比古だったが、彼とは話をしてみたいと思っていた。

 だが、それはいつでも出来る。同じクラスメイトなのだから。

 幹比古は対面の至言を見る。

 

「その代わり、一つお願いがあります」

「ほぅ……何だ?」

 

 言霊を使える夏目家の人間。言霊を使うには処理速度と演算領域が優れていなければいけない。

 だったら、

 

「僕の修練に付き合ってください」

 

 彼に話を聞きながら、修練に付き合ってもらい自分の魔法発動の遅さの違和感についての手がかりを掴む。

 それを実行できるチャンスは今しかない。二科生として入学してしまった以上、一科生と関わる機会なんて少ないのだから。

 

「……ふむ、私は構わないが……いいのか?」

 

 至言が心配しているのは吉田家としての立場だった。古式魔法を伝承する家では、自らの魔法技能を秘匿する傾向が強い。それは吉田家も例外ではない。

 それに、現代魔法を扱う魔法師に見せるのと古式魔法を扱う魔法師に見せるのでは術式について研究される可能性が違う。

 

「はい、大丈夫です」

 

 夏目家の人間に術式が漏れたりしても、家に文句は言わせない。自分が入学する時点で至言が第一高校にいることは周知の事実だったので、本当に漏れるのが嫌なら自分を入学させないか、第一高校以外に入学させればいいのだ。

 本人が大丈夫と言うのならそれ以上踏み込む必要はない。至言は「なら、頼むぞ」と言いながら幹比古に手を差し出す。

 

「こちらこそ、お願いします」

 

 少しでも力を戻すための手がかりを見つけてやる、その思いの下、幹比古は至言の手を取った。


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