言霊使いの上級生   作:見波コウ

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入学編-Ⅸ

 一週間が経過した第一高校では、生徒会と風紀委員会、部活連のメンバーが慌ただしく動いていた。

 勧誘期間の忙しさが嘘のように無くなり普段通りの学校生活になるはずが、放課後に起きたある出来事によりその平穏は崩された。

 エガリテに所属している二科生の生徒による放送室の不法占拠。それだけではなく、二科生の待遇改善の交渉の要求を放送室の設備を使用して行なった。彼らは学内の差別撤廃を目指す有志同盟と名乗っていた。

 

「な、な、夏目くん! こ、これどうしましょう⁉︎」

 

 いきなりの大音量の校内放送。さらにその内容を聞いたあずさが同じクラスの至言に助けを求める。

 

「落ち着け、とりあえず放送室に行くぞ」 

 

 至言がそう言って足早に教室を出て行く。その後ろをあずさも遅れながらも小走りで追う。

 途中、あずさが真由美からの連絡で別の道に逸れる。どうやらこの件について真由美が先生と話し合うために同伴してほしいとのことだ。生徒会の代表としては鈴音が放送室に向かうらしい。

 至言が放送室の前まで着くと、そこには克人と部活連の生徒が二人いるだけだった。

 

「来たか。夏目」

 

 至言の姿を確認した克人がそう声をかける。

 克人という戦力がありながら放送室に踏み込んでいないところを見ると鍵でも閉めているのだろうか。そのことを確認する。

 

「鍵でもかかっていますか」

「ああ、残念ながらな」

 

 二人の会話の最中にも続いていた放送がプツリと途切れる。おそらくは大元の電源を切ったのだろう。

 

「無理やり突破するのも可能ですが」

「学校側の対応次第だな。だが、出来ることならしっかりと向き合うべきだろう」

 

 どんな理由であれ不満が溜まってこのような事態が引き起こされたのは事実。相手が納得するまで付き合うべきだと克人は言う。

 

「っと、もう来ていたか」

 

 克人が学校に問い合わせている間に摩利と鈴音が到着する。さらに、少し遅れて数人の風紀委員と部活連の生徒も集まった。

 

「で、状況は?」

 

 先に来ていた至言たちに摩利が説明を求める。

 至言は鍵を閉められていること、克人が学校に警備管制システムの方から開けられないか頼んでいることを伝える。

 

「どちらにせよ中の連中の確保はしないとだからな、準備をしておけ。それと一般生徒が来ないように通路の封鎖もだ」

 

 摩利の指示に風紀委員と部活連の生徒がそれぞれ動き始める。

 部活連の生徒が興味本位で遠巻きに見ている一般生徒たちを近づかせないように抑え、風紀委員は中に踏み込んだ時の行動を打ち合わせる。

 話し合いの終わらないうちに一般生徒たちの間を達也と深雪が抜けて走ってこちらにやってきた。

 

「鍵まで盗るとは明らかな犯罪行為じゃないですか」

 

 摩利が達也に現状の説明を行うと、彼が呆れたように口に出す。そして現状をどう打開するかを生徒会、風紀委員会、部活連の方針が少しずつ食い違う。

 鈴音は刺激しないように慎重に対応すべきだと主張し、摩利は多少強引でも早期解決が望ましいと意見する。

 二人の意見を聞いた達也が克人に考えを求めると、しっかりと向き合うべきだとは思うが無理矢理に突破するほどのことではないと答えが返ってくる。

 どうやら学校側に問い合わせた警備管制システムからの開錠は拒否されたらしく、生徒でどうにかしなければならないようだ。

 このまま待つだけでは何も進展しないと考えた達也は携帯端末を取り出し、ある人物にコールをかける。数回のコールの後に相手に繋がった。

 

『……何かしら』

「壬生先輩ですか? 司波です」

 

 達也の口にした名前によって数人からの視線が集中する。達也の使用している通話ユニットの性能上、通話相手の声が聞こえることはないが通話中に視線が集まるのはあまり良いものではないだろう。だが、そんな視線をお構いなしに達也は会話を続ける。

 

「……それで、今どちらに?」

『…………放送室よ』

「放送室、ですか。それはなんともお気の毒です」

『っ、何よそれ⁉︎ バカにしてるの⁉︎』

 

 紗耶香の怒鳴り声に達也の顔が不快そうに歪む。ボリュームコントローラーの音量自動調節機能が間に合わなかったのだろう。

 その後、達也は紗耶香との交渉を始めた。紗耶香たちの要求である交渉の場を用意するために日程などの打ち合わせを行いたいと彼女に伝える。

 数回の対話の後に達也は通話ユニットと携帯端末をしまい込む。そして摩利たちに紗耶香たちが鍵を開けて出てくることを伝えた。

 

 

 

 

 鍵が開けられたのと同時に至言を含めた風紀委員数名が放送室に踏み込んで行く。中にいたのは紗耶香含めて五人の生徒でいずれもCADを所持していた。

 風紀委員が無遠慮に入って来たことに驚いていた面々だったが、自分たちを拘束しようとしていることに気がつきCADを構える。しかし、彼らの抵抗虚しく一人、また一人と拘束されていく。拘束された生徒から「話が違う!」「どういうことだ⁉︎」と怒りの声が上がる。

 そんな彼らの様子を見た紗耶香が達也に詰め寄り声を荒げる。彼女だけは他の生徒と違って拘束されてはいなかった。

 

「どういうこと⁉︎ あたしたちを騙したのね!」

 

 達也は紗耶香との交渉で「先輩の自由は保証します」と伝えていた。だが、それは言葉通り紗耶香の自由を保証するだけであり、他の生徒は別だ。そもそも達也は交渉中に一度も自分が風紀委員会の代表として交渉しているとは言っていない。

 つまり、紗耶香が勝手に勘違いしているだけなのだが、紗耶香本人からすれば騙されたと感じたのだろう。

 

「司波はお前を騙してなどいない」

 

 未だに達也に言葉をぶつけようとしている紗耶香に克人が声をかける。克人の声の質、体躯などが相俟って威圧感を生じさせ、紗耶香の動きを止める。

 

「お前たちの言い分は聞こう。交渉にも応じる。だが、お前たちの要求を聞き入れる事と、お前たちの執った手段を認める事は、別の問題だ」

 

 克人のこの言葉に紗耶香が呆然としていると放送室の入り口から声がかかる。

 

「それはその通りなんだけど、彼らを放してあげてもらえないかしら」

 

 入り込んで来たのは先ほどまで先生と話し合っていたはずの真由美だ。彼女は先生と話し合った結果、今回の鍵の盗用、設備の無断使用に対する措置を生徒会に委ねられたと説明する。

 

「壬生さん。これから貴方たちと生徒会の、交渉に関する打ち合わせをしたいのだけど、ついて来てもらえるかしら」

 

 紗耶香含めた五人のメンバーがそれに頷く。すると、真由美の後ろに控えていた鈴音が声を出す。

 

「渡辺委員長、夏目くんと沢木くんを借りてもいいですか。日程を決めた場合、風紀委員との連携が必要になるので早めに情報共有をしておきたいのですが」

 

 鈴音は情報共有と銘打っているが、打ち合わせの際に紗耶香たちが変な気を起こさないように張った予防線でもある。もちろんCADも取り上げているために何かあったとしても真由美が遅れをとることはないだろうが、風紀委員が同席すればそもそもそんな行動を起こさないだろう。

 この二人を選んだのは風紀委員の中で差別意識がなく、実力があるという点だった。抑止力というのならば生徒会の服部でも十分だが、彼の場合二科生を下に見ている傾向があるために打ち合わせが進まなくなることが予想できた。

 摩利はこの要求に応じ、至言と沢木の二人に真由美たちについていくように言う。

 

「もうリンちゃんったら……。まあ、いいわ。お先に失礼するわね」

 

 鈴音の発言の意図に気がついたのだろう。小さく抗議の声を上げるが、すぐに切り替えた。その後に達也と深雪に下校の許可を出す。

 そして、真由美の後ろには紗耶香たち、さらにその後ろに至言と沢木が続き、真由美が先んじて借りていた部屋に移動した。

 

 

 

 

「それじゃあそこに座ってくれるかしら?」

 

 部屋に到着した真由美は紗耶香たちに椅子に座るように促す。真由美が借りていた部屋は小さな会議室だ。部屋の中央に大きめのテーブルが置かれており、それを囲むようにして椅子が並べられている。

 紗耶香たちが座ったのを確認して、真由美と鈴音がその対面に座り、至言と沢木は座らずに真由美たちの後ろに立つ。

 鈴音が携帯端末を操作してからテーブルの中央に置いた。今から行われる会話を録音するためのものだ。そしてそれとは別のタブレットサイズの端末も用意する。こちらは録音ではなく打ち合わせの内容をまとめるためのノートのようなものだろう。

 鈴音の準備が整ったのを確認した真由美が話を始める。

 

「まず、貴方たちの考えをもう一度確認させてもらってもいいかしら」

 

 真由美の問いかけに紗耶香が毅然とし態度で答える。

 

「あたしたちが求めているのは一科生と二科生の平等な待遇です」

「平等、というと具体的にはどのような?」

 

 真由美の返した言葉に紗耶香が言葉を詰まらせる。それは彼女が前に達也と話した際に同じことを問われ、具体的な返事が何もできなかったからだ。

 だが、この場にいるのは紗耶香だけではない。一人の男子生徒が強めの口調で発言する。

 

「それは、生徒会で考えるべきだ! それが生徒会の仕事だろう!」

 

 その発言を聞いた至言は内心呆れることしかできなかった。自分たちの扱いを良くしろと言っておきながら具体案がないどころではなく、待遇改善を求めている相手にそれを考えろと言う。確かに第一高校は一般的な学校と比べて生徒会の権限は大きいが、発言をした彼は生徒会が学校を牛耳っているとでも思っているのだろうか。

 

「生徒会がですか……。意見申し立てをする以上はそちらからどういうことをするのか提案すべきだと思うのですが」

 

 真由美の言葉にまた同盟の他の生徒が反論する。内容はさっきの発言と同じようなものだ。

 ここまでくるともはや押し問答のようなもので話が進まなくなってくるだろう。そう判断した真由美は話を一旦終わらせる。

 

「わかりました。そもそもこの場は今後の交渉についての話し合いの場です。そちらの話をしましょう」

 

 紗耶香たちは感情的になっていても多少の理性は残っていたのか、真由美の言葉を受け入れた。

 

「こういうものは早期解決が望ましいし、生徒会だけで学校の制度を簡単に変えられるものではないから学校側にも聞いてもらわないといけない。そうね、どうかしら? 学校側にも聞いてもらえるように公開討論会を開くというのは」

「討論会……ですか」

「ええ、私たちだけでここで完結しても仕方がないでしょう?」

「……わかりました。いつやりますか?」

 

 多少真由美が挑戦的な雰囲気を出していたのが理由なのか、簡単に食いついてきた。

 

「それじゃあ、明後日。土曜日の放課後に講堂で開きましょう。こちらからは私一人、貴方たちからは何人でも参加していいわ」

 

 舐められている。そう感じたのか男子生徒の一人が強い口調で返事をした。

 了承を得られた真由美はそのまま具体的な段取りの打ち合わせに入る。

 

「それでは、打ち合わせをこれで終わります。討論会、お互いにベストを尽くしましょう。何か質問はありますか?」

 

 打ち合わせが進み、決めることも決めたので最後に疑問が残っていないか確認を行う。特に疑問が上がることもなかった為、そのまま打ち合わせは終わり、紗耶香たちは部屋を後にする。

 

「……随分と踏み込みましたね」

 

 紗耶香たちが退室したのを確認した鈴音がテーブルに置いた携帯端末を回収しながら真由美に言う。

 

「どちらにせよ正面からぶつからないと、ね」

 

 真由美の返事に「そうですか」と淡白な返しをして鈴音は席を立ち、部屋に備え付けられている端末の前に移動して操作を始める。

 少ししてから端末から離れ、情報メモリを至言に差し出す。

 

「今回の打ち合わせの内容をまとめたものです。風紀委員内で共有しておいてください」

 

 至言が受け取ろうとすると真由美から声がかけられる。

 

「あ、リンちゃん。悪いんだけどこの後至言くんと少しお話ししたいのよ」

「そうですか、それでは沢木くんお願いします」

 

 至言に渡そうとしていた情報メモリを一度手元に戻して沢木に手渡す。沢木が「かしこまりました」と返事をして受け取ったのを見てから真由美が言う。

 

「それじゃあ、私たちも解散にしましょう。さっきも言ったけど至言くんは残ってもらえるかしら」

「わかりました」

 

 鈴音と沢木の二人が退室してから真由美が至言に座るように促す。

 対面に腰を下ろした至言は真由美の言葉を待つ。程なくしてから彼女の口から言葉が発せられる。

 

「彼らを討論会に参加させることは出来たけど、どう思う?」

 

 正面対決のことでもあるし、それ以外のことに対することでもあるだろう。

 

「もともと言いがかりのようなものです。七草先輩一人で問題ないかと。ただ、登壇する際は服部も一緒に上がった方がいいと思います」

 

 その言葉に真由美の表情が曇る。

 

「護衛ってことよね? やっぱり動いてくるかしら」

 

 討論会という大舞台だ。粛々と進めばそれでいいが背後にいる組織が組織。真由美にはそんな簡単にことが進むとは思えなかった。

 

「……先日、情報を集めさせていた部下からブランシュの動向について新しい情報が入ってきました。今までとは違い大きな準備を行なっている、と」

「大きな準備って……」

「今までのような抗議活動よりも過激なものでしょう」

 

 つまり、明後日の討論会で何かを仕掛けてくる可能性が高いということだ。

 

「それじゃあ警備は厳重にしないとかしら」

「ええ、それとエガリテのメンバーにも監視をつけましょう。討論中に何かしてくるかもしれません」

 

 有志同盟に所属している生徒が全員エガリテに所属しているわけではない。事実、先ほどの紗耶香たち五人の中にもエガリテに所属していない生徒もいた。

 

「目的としてはなにかしら。魔法による差別撤廃を主としているのなら図書館の機密文献ってわけでもなさそうだけど」

 

 魔法を使えない人間に魔法の研究成果などは意味を持たない。魔法が使えない人間が魔法による差別を批判しているのならばその情報は必要ないはずだ。

 

「でも、学内に外部の組織が侵入するとなると普通ならそういうものを狙うわよね」

「過激派なら魔法師の卵である生徒の殺害というのもありそうですが、当校の生徒がメンバーにいる以上違うでしょう」

 

 真由美がどうしたものか、と頭をかかえる。が、何かに気がついたように顔を上げる。

 

「あれ? 至言くん、準備を行なっているのはブランシュ(・・・・・)なのよね? エガリテ(・・・・)じゃなくて」

「ええ」

「下部組織のエガリテじゃなくて大元のブランシュが動いているってことは規模も相当なものよね」

 

 そう呟いて今度は考え込むように頭をかかえた。

 

「それほどの規模なら色々な思惑が重なっていそうだから図書館とかが狙われても不思議じゃないわよね」

「それ以外にも実験棟も狙われるでしょう。実験のための機材はかなり重要なものです」

「警備の人数にも限界があるわ。先生方も全員がつけるか分からないし」

 

 生徒会、風紀委員、部活連のメンバーのみではどうしても警備に穴ができてしまう。かといって明日のうちに一般生徒から大々的に募集なんてことをすればブランシュ側に気取られてアプローチを変えられるかもしれない。

 

「……機密文献のある図書館は私が担当しましょう」

「至言くん一人で?」

 

 図書館の警備を一人にすれば他の所に人員を回せるのは確かだが、それは無茶が過ぎると真由美は言う。

 

「一人でするつもりはありません。協力者は用意します」

「協力者?」

「明日のうちに話を通しておきます。それと一般生徒の避難場所も必要です。先程はああ言いましたが有力な魔法師の卵として一科生を狙う可能性も捨てきれません」

「……なんか一気にやることが増えたわね」

 

 今までの真面目な雰囲気も何処へやら、真由美はテーブルに上半身を投げ出しながら疲れた声で呟く。

 

「もう少し時間があればそれなりの用意もできるのですが」

 

 至言の言葉に真由美が拗ねたような声を出す。

 

「なによう、それじゃあ同盟の子たちに時間を与えちゃうじゃない」

「分かっています。七草先輩の行動を批判する気はありません」

「本当かしら……」

 

 不満げな態度は崩さない。そんな真由美の様子を見て至言は小さく息を吐く。

 

「とりあえず今日はここまでにしましょう。それと、警備のことは私達に任せて七草先輩は討論会の準備の方をお願いします」


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