言霊使いの上級生   作:見波コウ

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入学編-Ⅷ

「すまないが帰りは遅くなる」

「いえ、お気になさらず行ってらっしゃいませ」

 

 達也がFLT(フォア・リーブス・テクノロジー)に行くということで今日一日は深雪が一人で行動することになる。

 深雪はその一人の時間で九重寺(きゅうちょうじ)に出向き、先日の暴漢について八雲から聞こうとしていた。八雲からは「自分たちに任せておけ」と言われたが、やはり自分だけ何もしないというのは彼女自身が許せなかった。

 昼頃に九重寺に到着したがどうも人の気配がない。この時間帯なら門人が修行をしていないはずがない。そう思いながら山門をくぐった深雪の耳に信じられないくらいの大声が響く。深雪はたまらず耳を塞ぐが大きな効果が見られない。

 

「深雪くん! 任せておきなさいって言っただろう⁉︎」

 

 声を聞けば誰の声かは分かった。八雲の声だ。その声は耳を塞いでいる深雪にも響いてきてある種の痛みを与えてくる。

 それから解放されるために深雪はある考えのもとにCADを操作して領域干渉の干渉力を強める。

 過去に深雪は天狗術と言われる古式魔法の中に声のみで対象にダメージを与える魔法があると言うことを達也から聞いたことがあった。あくまで魔法だと言うのなら、他者からの魔法による事象改変を防止する対抗魔法である領域干渉を用いてこの魔法の干渉力を上回れば、自身に向けられている魔法は阻害されるはずである。

 深雪の目論見通りに領域干渉によって響いて来る大声はなくなり、さらに先ほどまで誰もいなかったはずの境内に修行中の門人の姿が現れる。

 

「弟子達が驚くから大声は出さないでね」

 

 いきなり現れた門人に驚き声を出しそうになる深雪だったが、背後からの小声での忠告に意識がそちらに向く。

 

「っ⁉︎ 先生、急に忍び寄るのはおやめくださいと……」

「いやいや、実はずっと後ろにいたさ」

 

 両手のひらをこちらに見せて悪びれずにそう言った八雲だったが、すぐに表情を引き締める。

 

「どうしても気になるっていうのかい?」

「はい」

 

 深雪の返事に八雲は綺麗に剃り上げられた頭を掻きながら少し考える。

 

「まあ、僕が強制することじゃないしね。仕方がないついてきなさい」

 

 結局、八雲は深雪を先日の暴漢のところへ連れて行くことに決めたようで、彼女を連れてその場から離れてある場所へに向かって歩く。

 八雲の先導の元、コンクリートで出来た階段を下っていく。八雲は裸足だが深雪はヒールを履いているためにコツコツと音がなり、静けさも相まってその音がやけに浮いて聞こえた。

 

「ああ、そうだ。先客がいるって伝えてなかったよね?」

 

 途中、八雲が振り返り深雪に告げる。

 

「先客、ですか」

「至言くんだよ、深雪くんが伝えたんだろう?」

 

 八雲の言葉に深雪は至言にこの件を伝えていたことを当事者である八雲に伝えていなかったことを思い出した。

 

「申し訳ありません。勝手な真似をしてしまいました」

「いや、いいんだ。前も言ったが彼とは知り合いだからね。むしろ情報を聞き出すにあたっては至言くんがいるのはありがたいよ」

 

 人の良さそうな笑みを浮かべてそう言った八雲は続けて階段を降りたこの場所の説明を始める。

 地下に作られたこの場所は、止観行という瞑想を行うために作った修行部屋らしい。光や音といった外部からの刺激を遮断し、各部屋の四方から微弱な振動を送り、中にいる人間の不安を煽る造りになっているとのことだ。

 

「まあ、僕だって無駄な血は見たくないからね。そんな酷いことにはなってないはずだよ」

 

 目的の部屋に着いたのだろう。扉の前に立った八雲がそう言いながら扉を開けた。鉄製の分厚い扉が太く低い音を立てる。八雲の背中越しに深雪が見たのは一人の人間の後ろ姿。後ろからだと確信は持てないが先ほど八雲が言った先客である至言だろう。

 

「どうだい? 話してくれたかい?」

「残念ですが。……司波妹か」

 

 八雲の問いかけに至言が半身だけ振り返りそう答えた。深雪は至言の姿を認めると静かに一礼する。

 一礼の後に深雪は至言の服装を見る。学校の制服ではなく、着物に袴、それに羽織を重ねていた。だが、深雪が気になったのは服装そのものではなく羽織に入っている紋だった。そこには家紋ではなく瞳が描かれていた。正確には二重円の中に簡易的な瞳が描かれている紋だ。洒落紋かとも思ったが、どうもそんな気がしない。

 多少の疑問もあったが、相手のことをジロジロと見るような礼を欠いた行動はする気はないので、一旦疑問を頭の端に追いやって至言と挨拶を交わす。

 そんな二人の様子を横目に八雲は先程まで至言の後ろ姿に隠れて見えなかった男に近づく。その男は地面に座り込みながらもこちらのことを敵意のある目で睨みつけている。

 

「さて、話してくれないのは困るんだよねえ」

「黙れ! お前達に話すことなんてあるわけないだろう!」

 

 八雲の問いかけに男が目を見開きながら声を荒げ、その様子に八雲は困ったように頭を抑える。

 

「やれやれ、聞く耳持たずか。困ったねえ……」

「穏便に済ませたいとのことですが」

「まあ、ね」

 

 至言が八雲の隣に移動して八雲の意思を確認する。

 

「っ! このバケモノどもめ! お前達みたいなのがいるから世界が崩壊に近づくのだ!」

 

 至言が八雲に近づいたからだろうか、多少怯えが見え隠れする中、男が二人に声を放つ。

 男が言った「バケモノ」という単語に深雪が不快そうに眉を顰める。彼女としても魔法師というだけでそのようなレッテルを貼られるのは不本意でしかない。それだけではなく、彼女の敬愛する兄が魔法を道具としてではなく、別の道で生かすことを模索していることを知っているのも大きな理由だろう。

 深雪が男に近づこうと足を踏み出そうとした時に至言の呟きが聞こえる。

 

「バケモノ、か」

 

 小さく呟いた後に息を吐く。そして男に近づき目線を合わせるようにしゃがみこむ。

 

「魔法が使えない人間からはそう見えるのかもしれんな」

 

 言葉の後に袖口に手を入れCADを取り出す。普段学校に持ち込んでいる鉄扇を模したCADだ。閉じた状態のそれをゆっくりと男の首筋に近づける。

 

「まあ、バケモノ結構。その言葉は今私が聞きたい言葉でもなんでもないからな。貴様からの情報も欲しいが私の幼馴染に牙を剥いたことに対する謝罪の言葉も欲しいものだな?」

 

 いつもとは違う不機嫌さが込められている声でそう告げる。

 

「悪いのはお前達だ! 我々が謝るわけ無いだろう!」

 

 首筋に添えられているのがCADだと理解しているのだろうか、顔を青ざめながらも気丈に抵抗の意を示す。

 男のその様子に八雲が「まるで狂信者だね」と呆れ声を出す。

 

「……そうか」

 

 至言が放った言葉は短く簡素なものだった。だが、男を見る目は侮蔑するような冷たい目に変わっている。

 そして、男の首筋に添えていたCADで男の首をトンッ、と軽く叩いてからその場を離れる。自分が何をされたのかが理解できない男は怪訝そうに至言を見るが――

 

「ぐっ、がぁ⁉︎」

 

 瞬間、男が首を手で押さえながら呻き声を上げる。地面をのたうち回りながら、首の周りの何かを必死に外そうと手でもがく。しかし、男の首に何かが付いている様子はなく、ただ空を切るのみ。

 

「なっ、――に、を……⁉︎」

 

 男は必死にもがきながら顔を涙で濡らし、声を絞り出す。そんな男の様子を見て至言が感情のこもっていない声で応える。

 

「魔法を知らない貴様にわかりやすく言えば呪術――呪い、というやつだ」

 

 魔法理論などを知らない男でも「呪い」と言われればどういうものなのか感覚的に理解できたのだろう。至言を怯えた目で見る。

 至言と男の様子を見ていた深雪もその単語には得体の知れない恐怖を感じた。魔法が体系化しているとはいえ、古式魔法などは秘匿されているものも多い。中には何故そんなことが出来るのか理解できないようなオカルトのようなものもある。「呪い」などオカルトの最たるものと言ってもいいかもしれない。

 

「悪いな、私は母と違って呪術の修練はあまり積んでいない。故に手違いで貴様を呪い殺してしまうかもな」

 

 至言の言葉を聞いた男の顔が恐怖で引きつる。もう声が出せないのだろう、ぎこちないながらも体の動きと目で必死に助けを求め、終いには八雲の足に縋り付きはじめる。

 

「ふむ、それじゃあ話してくれるかい?」

 

 八雲の問いかけに必死に首を縦に振り肯定の意を示す。その様子を見た八雲はくつくつと笑い至言に目配せをする。

 目配せを受けた至言は、男の背後から先ほどやったようにCADで首を軽く叩く。

 途端、溜めていた息を吐き出すかのように男が咳き込み、息を整えるように何度も大きく深呼吸を行う。

 幾度かの深呼吸の後に男は何かに気づいたように顔を上げ、至言から離れるように後ずさる。

 

「あらら、嫌われちゃったねえ」

 

 未だに小さな笑いを止めない八雲がからかうように言った。

 

「もとより外道に好かれようとは思いませんが」

「それもそうだね。ただ、この様子だと僕が一人でじっくりと聞いた方が良さそうだ」

 

 男は体を震わせながら至言を視界に入れないように顔を下げ、小さく「ごめんなさい、ごめんなさい」と呟いている。この様子だとまともに対話すら出来ないだろう。言外に今日は引きあげろと言っているのだ。

 

「そのようですね。では、あとはお願いします」

「任せなさい。深雪くんもそれでいいかい?」

 

 若干置いてけぼりをくらっていた深雪にも八雲は引き上げるように伝えた。深雪としてもこの状況で自分が残ったとしても意味はないだろうと考え了承する。

 

「すまないな」

 

 部屋を出る際に至言が放った謝罪の言葉、深雪がここに来て得られた情報が何もないために無駄足になってしまったことに対する謝罪だろう。だが、どちらにせよ後で八雲から聞き出した情報は貰えるのだ。特に気にすることでもなかったために「いえ、構いません」と返してから続くように部屋を出る。

 気が付かないうちに部屋の入り口に門人の一人が来ていたようで、地上まで案内された。

 至言は家の人間と車で山門とは別の車両用の通用口から来たらしく、そちらに向かうようで、別れの挨拶を交わしその場で別れる。

 深雪は帰り道の最中、なるべく兄の達也に負担がかからないように事が進むことを願っていた。

 

 

 

 

 その日の夜。夏目家に一通の封筒が届けられる。九重寺の修行僧が手渡して持って来たこともあり、中身が容易に推測できた。

 至言の手に渡されたそれの中身は数枚程度の書類だった。書類には昼の男から八雲が聞き出した情報が書かれている。

 とはいえ、大した情報は得られなかったのだろう。書かれている情報の大半がすでに夏目家の調査で分かっていることだった。

 

「収穫はなし、か。ままならないな」

 

 至言の呟き通り下っ端だからこそ知っている情報はあったが、重要な情報はない。

 それでもないよりはマシか、と考えている至言の耳に聞き慣れた音が聞こえる。至言の部屋の電話機が鳴らす着信音だ。端末を操作しながら部屋に備え付けられているモニターの前に行く。至言の部屋は和室であるために壁に取り付けられたモニターはひどく浮いた印象を受ける。

 

『こんばんは。至言さん』

 

 モニターには寝間着姿の雫の姿が映し出されている。だが、どうにも元気がない。

 

「……どうした?」

『さっき深雪から聞いて……その、ごめんなさい』

 

 至言としては雫から謝られる事に心当たりがなったために、内心首をかしげる。そんな至言をよそに雫は言葉を続ける。

 

『襲われたこと。至言さんが怒ってたって深雪が……』

「お前達に怒っているのではない。お前達を襲った輩に怒りを覚えているのだ」

 

 すれ違いがおきては困るために初めに間違いがありそうなところは正しておく。

 

『うん、そう聞いてる。でも「心配かけるな」って言われたのに心配させちゃったから、ごめんなさい』

 

 申し訳なさそうに頭を下げる雫に珍しく至言は少し狼狽えた様子で返事をする。

 

「待て、それは不用意な行動で危険なことをするな。という意味だ。今回のことはお前達に非はないだろう」

『違う。あの時私たちは自分から危ないことに首を突っ込んでた』

 

 襲われた時、雫達は(つかさ)(きのえ)を尾行していた。そして、彼が路地裏に入ったのを追いかけたとこと、急に現れた男達に囲まれて襲われたらしい。

 

『三人居れば大丈夫って慢心して、結局は何もできずに深雪に助けられた』

 

 少しずつ小さくなっていく声で弱々しく呟いた。泣いてはいない。ただ、自身の不甲斐なさにショックは受けているだけだ。

 

「実戦経験のない人間にいきなり戦えと言うのは酷な話だろう。お前達は学び始めたばかりだ、これから自衛の(すべ)も学べるだろう。言い方は悪いが時期が悪かったようなものだ」

 

 慰めの言葉に雫はあまり納得がいっていないようで、暗い表情のまま、『でも、深雪は……』と呟く。

 

「司波妹、というより司波兄妹はなにかしらあるのだろう。少なくともただの一般人が《忍術使い》に師事を受けるというのは考えづらい。司波兄が正式な弟子ならまだしも剃髪もしていないようだしな」

『……達也さんが剃髪は似合わないかも』

 

 ほんの少しだけ元気が出たのだろうか、声色が少し明るくなる。そんな雫の様子を見ながら「全くだな」と返す。

 

『……至言さん。深雪たちって――』

 

 ――十師族と関係があるのかな。

 口に出すことはしなかった。それでも至言には言いたい事が伝わったようで目を伏せる事で反応を示される。

 

「……もし知りたいのならば調べるが」

 

 幾ばくかの沈黙の後に至言がそう提案してきた。

 

『……ううん。いいよそんなことしなくても』

 

 自分のことを助けてくれた友人。わざわざその友人の隠しているかもしれないことを探る気にはなれなかった。

 それに、もし二人が相応の血筋の人間だったとしたら、それを探った夏目家にも何かしら被害が出るかもしれない。そんなことは考えたくもない。

 

「そうか」

 

 至言としても頼まれないのなら自発的に調べる気はない。未だに本調子に戻ったとは言えない雫に返事をしてから別の話題に転換させる。

 内容は他愛のない日常会話。先ほどまで暗い話題を話していたのだから普段の日常に近づけるべきだ。

 余談だが、雫と至言の趣味、嗜好は似通っている。互いに抹茶と和菓子が好きなのが相まって定期的に茶会を開いたりもしている。この場合の茶会はいわゆる様式に沿ったものだ。

 しかし、雫が受験生になる時期からは開く事がなかったために随分と長い間、茶会を開いていない。

 

「久しぶりに茶会でも開くか」

 

 至言のその言葉に雫が嬉しそうに微笑む。

 

『本当? それじゃあ日時決めよう?』

「ああ、私の方で空いている日はだな――」

 

 雫もある程度の元気は戻ったようで二人で日程を確認し、暫定的な日を决めるために色々と話し合う。

 二人の会話は雫が眠気に負けて船を漕ぎ始め、見かねた至言が眠るように諭すまで続いた。


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