時系列は、3巻の後。
魔王軍幹部にして地獄の大悪魔バニルを討伐し、魔王軍の関係者ではないかという冤罪を晴らした俺は、手に入れた屋敷でようやくのんびりとした時間を過ごしていた。
――そんなある日の事。
屋敷の広間にて。
暖炉前の特等席を巡りソファーの上で俺とアクアが取っ組み合っていると。
「わ、私も買い物に行きたいのだが……」
ダクネスがおずおずとそんな事を言いだした。
「おっ、そうか。今日の買い物当番は俺だったが、ダクネスがそんなに行きたいのなら代わってもいいぞ」
「ねえ困るんですけど! カズマさんが買い物に行ってくれないと、女神の安息の地が奪われそうなんですけど!」
「何が安息の地だよ! お前は俺がめぐみんと爆裂散歩に行ってる間ずっとここにいたんだから、俺に代わってくれてもいいだろ! おら、さっさと退けよ!」
「やめて! やめて! ここは賢くも麗しいアクア様にだけ許された聖なる場所なの! 心の汚れたニートはあっちへ行って!」
「俺よりも心が汚れてるくせに何言ってんだこの駄女神が!」
「わあああああーっ! また駄女神って言った! アクシズ教のご神体として天罰食らわせてやるからね!」
ダクネスそっちのけで取っ組み合いを続ける俺達に、ダクネスは言いにくそうに。
「いや、その……。私は自分で買い物に行った事がなくてな。できれば私ひとりではなく誰かについてきてくれないか」
「そういえば、ダクネスは貴族のお嬢様でしたね」
爆裂魔法を使い魔力を失ったせいでだるいのか、めぐみんがテーブルにほっぺたをくっつけたままポツリと言う。
「……なーに? ダクネスったら買い物もできないような箱入り娘だったの?」
「さ、さすがに買い物くらいはできる。冒険者になってからも買い物はしていたのだからな。だが庶民が行くような商店街には行った事がないので、その……」
ダクネスがなんかごにょごにょ言っているが、要するについてきてほしいらしい。
「しょうがねえなあー。まあ、もともと俺の当番なんだし構わんよ」
俺が渋々ソファーから立ちあがると、ダクネスがホッとしたような表情を浮かべ……。
「いってらっしゃい!」
「……『クリエイト・ウォーター』」
いい笑顔で見送るアクアにイラっとした俺は、アクアの上から魔法で水をぶちまけた。
「ふわーっ! 何すんのよ鬼畜ニート! せっかく暖炉の近くなのにびしょ濡れで寒いんですけど!」
*****
屋敷を出た俺達は商店街へとやってきた。
あの屋敷に住むようになってからは生活用品を買ったり食材を買ったりと世話になっているところだが、そういえばダクネスがひとりで買い物に来る事はなかったかもしれない。
「よし、俺は後ろで見ていてやるから、お前ひとりで買い物をしてこいよ」
「……!? 待ってくれ。だから私は買い物をした事がないと……!」
買い物かごを渡しながらの俺の言葉に、ダクネスがオロオロしだす。
「……? 買い物した事がないからやってみたいって話だろ? いいから、ほれ、行ってこいって」
「し、しかし私は買い物の作法もよく知らないし……!」
作法て。
「さっきは買い物くらいできるって言ってたじゃないか。冒険者になって買い物する時はどうしてたんだよ?」
「あ、あれは……、…………その、買い物はクリスがやってくれていて……」
……アクアにからかわれ見栄を張ったらしい。
「まあいいから行ってこいよ。買い物なんて、商品指してこれくださいって言うだけだ。特別な作法なんてないから心配すんな」
「そ、そうなのか? ……本当だな? 私を騙しているわけではないんだな?」
「ああもう、面倒くせーな! たかが買い物くらいでオロオロしてんじゃねーよ! いいよもう、俺が行ってくるからお前はそこで見てろよ!」
なぜか疑ってくるダクネスに、面倒くさくなった俺が買い物かごを奪い返そうとすると。
「たかが買い物! そこまで言われて引き下がれるか。仲間を守るクルセイダーとして、前に出るのは私の役目だ!」
俺の言葉で吹っ切れたらしいダクネスが店の方へと歩きだす。
……仲間を守るクルセイダーだとか、そんなに気合を入れるようなものではないと言っているんだが。
と、ダクネスが店の前で足を止める。
「……おい、どうした? そんなとこに立っていたら店の迷惑になるだろ」
動かなくなったダクネスに俺が近づき声を掛けると、ダクネスは答えずにジッと店内を見つめていて。
その視線の先には、顔が怖い店主。
ダクネスに見つめられた店主は、そんなダクネスをにらみ返しているが……
「おいダクネス、ここの店のおっちゃんは、顔は怖いけど気が弱いんだからにらむのはやめてやれよ」
「に、にらんでなど……! ……そ、そうか、気が弱いのか」
顔が怖い店主と見た目だけならクールな女騎士といった感じのダクネスは、お互いに内心ビビりながら見つめ合っていたらしい。
「失礼した、店主。これを貰えるだろうか」
「は、はい。五百エリスになります」
「……ん。ではこれで頼む」
「毎度!」
店主に五百エリスを払い、買った物を買い物籠に入れたダクネスは、礼を言う店主に丁寧に礼を返すと。
「どうだカズマ! 私にも買い物くらいできる!」
得意げにそんな事を言ってきた。
「だから買い物くらい誰にでもできるって言っただろ。その調子で次の店も頼むよ」
「任せろ!」
……だからそんなに気合を入れるほどの事ではないのだが。
初めての買い物が成功し自信をつけたのか、ダクネスが揚々と次の商店に行くと。
「店主、これを貰おう!」
「はいよ! そいつはひとつ二百万エリスだよ!」
「えっ」
店主の冗談にダクネスが固まった。
「に、二百万だと! ……そ、その……、すまない。そんなに手持ちがないのだが……」
「……は? あ、ああ、そうかい。それじゃあ二百エリスでいいよ」
冗談を真に受けるダクネスに、店主の方が困惑しながらもそう言って……。
「バカな事を言うな。二百万エリスの品物が二百エリスになるものか。……この金髪か? 私が貴族だと察して気を遣っているつもりなら不要だぞ。ダスティネス家の名誉に懸けて、市民の生活を守る事こそが私の望みだ」
「は? はあ……。こ、これは失礼を……。貴族のお客様でしたか……」
このところ貴族の令嬢だった事が知られ、冒険者ギルドではララティーナちゃんララティーナちゃんとからかわれているダクネスだが、商人にとっては貴族というのは敬意を払う相手らしい。
「二百万エリスと言ったな? 少し待っていてくれ、銀行で金を下ろしてくるから……」
「ちょ!? ま、待ってください! 違うんです! これは本当に二百エリスで……! そ、その……。二百万エリスと言ったのは言葉の綾と言いますか……」
慌てる店主にダクネスは。
「なんだと? それは詐欺という事か? 事と次第によってはただでは済まさんぞ!」
「ひいっ! 違います! 違います! 申し訳ありません!」
冗談を言っただけなのに世間知らずのお嬢様に絡まれ平身低頭する店主。
「カズマ、この男はタチの悪い詐欺師だぞ。警察を呼んでくれ」
「警察……!?」
俺はバカな事を言いだしたダクネスの後頭部を引っぱたいた。
「おいやめろ。冗談を真に受けた挙句、罪のない店主を脅すのはやめろよ。お前は知らないかもしれないが、今のは商人がよく言う小粋なジョークってやつだ。すまんねおっちゃん、こいつは世間知らずだから許してやってくれよ」
「い、いえ、貴族様とは知らず失礼を……!」
ダクネスは納得がいかないという顔で首を傾げていて。
「おいカズマ、どういう事だ? どうして二百エリスが二百万エリスになるんだ?」
「どうしてって言われても。ジョークの意味を詳しく聞かれても俺だって知らんよ。お前はもっと頭をやわっこくしたらどうだ?」
「!? わ、私がおかしいのか?」
俺にツッコまれダクネスがオロオロと視線をさまよわせるも、ダクネスと目が合った店主は目を逸らす。
「と、とにかく、犯罪行為ではないのだな? 店主、騒がせてすまなかった」
「いえ、そんな……! 貴族様に頭を下げていただく事では……!」
そんな店主に、ダクネスは財布を取りだすと。
「では改めて、……二百万エリスだったな?」
ニヤリと笑ったダクネスが、店主に二百エリスを差しだした。
――店を出たダクネスはふうと息を吐くと。
「よし、これでひとつ買い物を終えたわけだな。この調子で次も……」
ひと仕事終えたような顔で呟くダクネスに俺はツッコんだ。
「いや、お前は何を言ってんの? 買い物くらいひとりでもできるって言ってたのはなんだったの? 俺がいなかったら店主の顔が怖くて最初の店には入れなかったし、次の店では警察沙汰になってたところだからな?」
「そ、それは……。しかしあの店主は詐欺師ではなかったのだから、警察沙汰にはならなかったはずだ」
「詐欺師でもない相手を詐欺師扱いしたんだから訴えられるのはお前の方だぞ」
「……ッ!?」
「この調子で次も……なんだって?」
「……次も手伝ってください」
*****
そんなこんなで俺達は買い物を続け。
――魚屋では。
「魚? これが魚だと? 私が知っている魚というのは、もっとこう……」
「は、はあ……? お客さんが何を言っているのかは分かりませんが、魚と言えばどれもこんな感じですよ」
「そんなバカな。魚には目も口もついていないし、もっと小さくて……」
「……ひょっとして、この切り身の事を言っているんですか?」
「あ、ああ、そうだ……? 私が知っている魚はまさしくこの……切り身……? て、店主? その……、切り身とはなんだ……?」
ダクネスが、魚とは切り身の状態で泳いでいると思っていた事が発覚したり……。
――八百屋では。
「ふわーっ! 玉ねぎに目をやられたーっ! クソ、なんで買い物に来て野菜に襲われないといけないんだよ!」
「油断するなカズマ。野菜に対しては常に毅然とした態度を見せなければ襲われるぞ。ふふ、お前は私を世間知らず扱いするが、野菜に対する扱いがまだまだ甘いな」
「俺がいたところでは野菜が襲ってくる事なんてなかったんだよ」
「仕方がないな。買い物をするのにも慣れてきたところだ。お前は店の前で待っていてくれ、ここは私ひとりで行ってこよう」
俺が玉ねぎの汁をクリエイト・ウォーターで洗い流している間、信じて送りだしたダクネスが古い野菜ばかり掴まされていたり……。
――酒屋では。
「おっ、カズマじゃねーか。なんだ、ララティーナも一緒か? 二人して買い物かよ」
「なんだお前ら、付き合ってんのか? 同棲か? イチャコラしやがってよお!」
「やめろキース。こいつはそんなんじゃねえって言ってるだろうが」
珍しく酒場で安酒を飲むのではなく、ちょっと高めの酒を買っていたのは、チンピラ冒険者のダストと、そのパーティーメンバーのキース。
そろそろ買い物に慣れてきたダクネスに用事を任せ、俺は店の隅で二人と話しこむ。
「おう、お前らとこんなとこで会うなんて珍しいな。酒場で飲んだ方が安上りだって言ってなかったか?」
「ま、まあな。今日はその、酔っ払うと夢を見られなくなるからよ」
店主と話をしているダクネスをチラッと見て、キースがどこかソワソワしてながらそんな事を……。
「把握」
ダクネスの耳を気にした俺は言葉少なに答える。
例の喫茶店で夢を依頼した二人は、酒を飲み過ぎないように、酒場へ行くのではなくここで酒を買って宿で飲むつもりらしい。
「なるほどなあ、今日は二人ともお楽しみってわけか。俺もあそこの世話になりたいが、うちにはアクアがいるからな」
「聞いたぜ。お前さんに夢を見せに来たサキュバスが払われかけたんだって?」
「……そうなんだよ、後日ごめんなさいしに行ったよ。しかも屋敷に悪魔祓いの結界まで張られちまったから、夢を見せるのは無理ですって言われた」
どんよりと落ちこむ俺にダストは。
「そ、そうか。まあお前さんは借金返して金持ちになったわけだし、どこかの宿を借りて外泊すりゃいいだけだろうが……」
「!!!!????」
そんな手が……!
いや、考えてみれば当たり前だ。
アクアの結界のせいでサキュバスが来られないなら、結界のない宿に外泊すればいい。
MOTAINAI精神を持つ日本人として、屋敷を持っているのに同じ街に宿を取るなんて思いつかず、今日まで喫茶店のサービスを受けられずにいたのだが。
「ありがとう、早速今夜にでも外泊する事にするよ。教えてくれた礼に酒を一本奢ろう」
「おっ、マジかよ? さすがは成金冒険者のカズマさんだな! ありがとうよ!」
「いいって事よ。……今成金冒険者って言ったか?」
俺とダストが固く握手をしているところに、買い物を終えたダクネスがやってくる。
「酒は買えたぞ。ふふ、今度こそカズマの手伝いがなくても買い物ができたな」
「おう、お前に教える事はもう何もない。俺は急に大事な用事ができたから、ここからの買い物は任せても大丈夫か? ひょっとすると、今夜は帰れないかもしれない」
ひとりで買い物ができた事に嬉しそうにしていたダクネスが、真剣な顔をしている俺を見て表情を引き締める。
「……相手がそのチンピラだというのはどうかと思うが、友人のために何かするというなら私は止めないし多くを聞くつもりもない。買い物くらいは私に任せて行ってきてくれ」
なんか勘違いしてるっぽい。
「ありがとう」
俺はダクネスの勘違いに乗っかり礼を言う。
そう、俺にはサキュバスの喫茶店に行って見たい夢を注文し、高級ホテルに部屋を取ってひと晩豪遊するという大事な用事があるのだ。
俺達は酒屋の前で別れ……。
「店主! 百万エリス分の塩をくれ!」
――浮かれていた俺の耳には、背後から聞こえてきたそんな声は届かなかった。
*****
翌朝。
いろいろとスッキリした俺が屋敷に帰ると。
屋敷の庭に塩をいっぱいに詰んだ荷車が置かれていた。
「……いや、何コレ?」
「あーっ! ようやく帰ってきたわね! 昨日はダクネスが大変だったんだから!」
庭にいたアクアが俺に気づくと、俺を指さし声を上げる。
そのアクアの声にめぐみんとダクネスも屋敷から出てきて。
「おかえりなさい、遅かったですね。昨日はカズマも一緒だったのに、どうしてこんな事になってしまったんですか? というか、ダクネスを放っておいて今までどこへ行っていたんですか?」
「す、すまない。本当にすまない」
責めるような目を向けてくるめぐみんの隣で、ダクネスが小さくなっていて。
「ええと、どういうこった? この大量の塩はどうしたんだよ?」
「ダクネスが買ってきたんですよ」
めぐみんの言葉に俺がダクネスを見ると、ダクネスは両手で顔を覆った。
聞けばこういう話らしい。
昨日、ダクネスは俺と別れると、その足で塩を買いに行った。
そこで、買い物ができるようになって気が大きくなっていたダクネスは、聞いたばかりの小粋なジョークを口にしたのだという。
「その……、百万エリス分の塩をくれ、と……」
見た目だけならクールな女騎士といった感じのダクネスは、冗談を口にしても冗談に聞こえず……。
さらに前の店で起こした騒ぎのせいで、商店街の人達にダクネスが貴族だと知られていたらしく、店主はダクネスの注文を真に受けたらしい。
「ダクネスったらアホの子なの? 百万エリス分の塩をくれって言ったら、百万エリス分の塩を買う事になるに決まってるじゃない」
「ちちち、ちがー! その、これは……!」
事情を知らないアクアに正論でツッコまれ、ダクネスが顔を赤くし必死に否定する。
……まあ、何も違わないわけだが。
商品を運んでくれると言われたり、ここの住所を聞かれたりしたはずなのだが、こいつはその時におかしいと思わなかったのだろうか?
「まあ、注文しちまったもんはしょうがない。でもこれだけの量の塩は俺達だけじゃどうにもならないだろ。返品できないのか?」
「無理でしょうね。ダクネスが貴族だと知って、店の人が大口の取り引きに全力を出したそです。方々から塩を掻き集めたので、返品となると店が潰れると言われました」
俺の質問に、ダクネスではなくめぐみんが答える。
大量の塩が届いてオロオロしていたダクネスの代わりに、めぐみんがその辺りの話を聞いたらしい。
百万エリス分の塩となると店にある分だけでは足りず、大金をはたいてこの塩を用意したために、返品されると赤字になるのだろう。
と、ダクネスが覚悟を決めたように。
「……仕方ない、この塩は私が責任を持ってどうにかする。私のせいで市民に迷惑を掛けるわけには行かないからな」
貴族としての義務というやつなのか、ダクネスが力強く宣言する。
そんなダクネスにめぐみんが。
「ですが、これだけの量の塩となると一生掛かっても使いきれるか分かりませんよ? 屋敷は広いですから置く場所はありますし、塩なら腐る事もないので保管には困らないでしょうが……」
大量の塩を前に頭を悩ませている二人に、アクアがひょこひょこと歩み寄って。
「ねえねえ、こんなのはどう? コップ一杯の水を用意します。そこに塩を入れ、私が指を突っこみます。すると、あら不思議! コップの中の塩水は真水に変わるのでした! これを続けていけばあの塩の山もすぐになくなるんじゃないかしら」
いい事を思いついたと言わんばかりのドヤ顔のアクアに、めぐみんが声を上げる。
「ダメですよ! そんなもったいない事は許しませんからね!」
「えー? でもめぐみんもあの塩の荷車は邪魔だから、カズマになんとかしてもらわないとって言ってたじゃない」
「そうですけど、塩だって大切な食材のひとつですからね。無駄にするのはダメですよ。アクアは塩のスープだけで一週間過ごす人の気持ちが分かりますか?」
「……塩は食材じゃなくて調味料だと思うんですけど。でも悲しい気持ちになるからその話はそこまでにしておかない?」
めぐみんが塩スープで過ごす一週間について話し始め、アクアが耳を塞ぐ中。
「カズマ、お前なら何か思いつかないか?」
ダクネスが縋るようにそんな事を言う。
「まあ、どうにかする方法がないわけじゃないけどな」
「ほ、本当か! 教えてくれ、私にできる事ならなんでもする!」
…………。
「今なんでもするって」
「……!? あ、ああ、言ったとも! なんだ? 私にどんな鬼畜な提案をするつもりだ? ……はあはあ……。さあ言ってみろ! 私はどんな責めにも耐えきってみせる!」
ダクネスの言葉に反応する俺に、ダクネスが興奮し。
「ふへへへ、お前が泣いて嫌がるような事だよ! 俺の話を聞いたら後悔するかもしれないが、それでも聞く気はあるか?」
「い、いいだろう! 聞いてやる! さあ言ってみろ!」
そんな俺とダクネスに、アクアとめぐみんが冷えきった目を向けていて……。
「ねえ引くんですけど! あの男、ダクネスにあんな事言ってるんですけど!」
「というか、ダクネスが失敗したのは初めての買い物なのにカズマがきちんと見張っていなかったからですよね。これってマッチポンプというやつなのでは?」
*****
――目的地に着いた俺達は、塩が満載されたクソ重い荷車を固定する。
「よしダクネス、手筈通り行ってこい」
「ほ、本当にこれしか手はないのか? 確かになんでもするとは言ったが、これは私が思っていたのと違うのだが……!」
「往生際が悪いぞ! いいからとっとと行け!」
最後の最後で煮え切らない事を言いだしたダクネスを俺が押しだすと。
「か、帰ったぞ!」
門の前に立ったダクネスが声を上げた。
そう、そこはダクネスの実家にして王家の懐刀、ダスティネス公爵家。
大物貴族の屋敷ともなれば、百万エリス分の塩を消費する機会もあるはず。
こっちの方がお願いを聞き入れてくれるだろうとお嬢様っぽいドレスを着せられたダクネスは、決意に満ちた表情で開かれた門をくぐっていき――!
……ダクネスが生まれて初めて自分で買った塩で料理を作ると、それを食べた親父さんは目に涙まで浮かべて喜んだという。