時系列は、5巻の後。
――魔王軍の幹部、グロウキメラのシルビアを討伐し。
里の復興を見届けた俺達は、紅魔の里での最後の夜を過ごしていた。
めぐみんが、俺の隣で寝転がりながら。
「もしカズマが悪い事をしたと思っているのなら……。そうですね、それなら、逆にカズマが私に襲われてみるというのはどうでしょう?」
少し俺の方に身を寄せるようにして、そんな事を……。
…………。
「いや、お前は何を言ってんの? 昨日セクハラしようとしたのは悪かったけど、もう謝ったんだから、からかうのはやめろよ」
「からかってなんていませんよ。私は本気で言っているんです。それともカズマにとって、私は好きでもない相手なんですか?」
「ちょっと待て。嫁入り前の娘さんが、襲うとか襲われるとか、そういうのはどうかと思う! お前、アレだよ。いくらなんでも捨て身すぎるだろ。昨日の事は悪かったって! 俺も屋敷に帰ったら、しばらくはセクハラを控えるようにするから……」
「カズマは私の事が嫌いですか? 私に襲われるのは嫌ですか?」
俺は、俺をじっと見つめてくるめぐみんの紅い目から視線を逸らす。
めぐみんの事が好きか嫌いかと言えば、好きに決まっている。
アクアの事も、ダクネスの事も好きだ。
でも、これが恋愛感情の好きかというと……。
いや、そうじゃないだろう佐藤和真。
いざという時は何も出来ないヘタレだとか言われて、そのままにさせておいていいのか?
めぐみんは、どうせ俺が何も出来ないと思ってからかっているのかもしれないが、俺が本気で何かしようとしたら、向こうからごめんなさいと言ってくるだろう。
そうでないのなら。
めぐみんが本気だっていうのなら……。
これはもう、行くところまで行ってしまっていいのではないだろうか。
「お、お前の事は嫌いじゃないし、襲われるのも嫌じゃないよ。俺は……」
俺がそう言って、逸らしていた視線をめぐみんに向けると……。
「それじゃあ、すぐ済むからじっとして、目を瞑りな!」
そこにはニタリと歯を剥きだしにして笑いかけてくる、オークの顔が。
「最初は男の子がいいわねえ! オスが六十匹、メスが四十匹! そして海の見える白い家で、毎日あたしとイチャイチャするの!」
「うわああああああああ!」
目が覚めるとホテルの部屋にいた。
俺以外に誰もいないのは分かっていたが、慌てて周りを見回す。
と、開けっぱなしにしていた窓からロリサキュバスが部屋の中を覗きこんで。
「お客さーん、またですかー? 今日も精気が吸えなかったんですが……」
その言葉に、俺はベッドの上で膝を抱える。
紅魔の里から戻ってきて、数日。
俺はオークに襲われ傷ついた心をサキュバスのお姉さんに癒してもらおうと、例の店に行ったのだが……。
トラウマは俺が思っていたよりも深いようで、いかがわしい夢を見せてもらおうとすると、途中でオークが出てきて、最後まで夢を見る事が出来なくなっていた。
「す、すいません……。俺、こんなんですいません……」
「いえ、そんな、謝っていただくような事ではないんですが! 大丈夫です! 大丈夫ですよお客さん! こんなの大した事じゃないですから! 誰にでも起こり得る事ですから!」
膝を抱えてぶつぶつと謝る俺に、ロリサキュバスが労わるように肩を抱いてくる。
なんだろうこの、かつてなくいたたまれない感じ。
「あの、ちょっと待ってくれ。慰めてくれようとしてるのはありがたいが、その服装でくっつかれると、その……」
「あっ、すいません」
心は傷ついているのだが体はなんともなく、このところサキュバスの夢で発散出来ていないせいで、健全な思春期の衝動が溜まっている。
肌のほとんどを露出した際どい服装でくっつかれるのはマズい。
何がとは言わないがすごくマズい。
…………。
「なあなあ、相談なんだが、えっちな夢を見せるんじゃなくて、実際にその、そういう事をして精気を吸うっていうのは駄目なのか? 正直、もう限界なんだよ。俺が一緒に住んでる奴らは、見た目だけはすごく良くて、しかも風呂上がりに薄着でウロウロしてる奴とかもいる。これまではサキュバスサービスのおかげで、ぎりぎりのところで冷静さを保てていたんだが、このままだと自分でも何をしでかすか分からん」
「すいませんお客さん。ウチの店はそういうサービスはやってないんです。夢を見せるのではなく実際にやってしまうと、喫茶店ではなく風俗店になってしまうので税金も高くなりますし……。なので、そういうのは上から止められているんです。すいません」
「いや、俺の方こそ変な事聞いて悪かったな。精気を吸わせてやれなかったのは悪かったけど、俺の事は気にしないでくれ。せっかく外泊していて一人なんだし、自分で何とかするよ」
「じ、自分でなんてそんな! もったいない!」
俺の言葉に、ロリサキュバスが声を上げる。
精気を吸って生きているサキュバスにとっては、夢を見させて吸収するはずの精気を一人で発散されるのはもったいない事らしい。
「仕方ないだろ。夢を見せてもらっても、途中でオークが出てくるんだから。……というか、いつもリクエストの紙に書いておいて今さらだけど、女の子相手にこういう話をするのは気が引けるんですが」
「大丈夫ですお客さん。私達も精気を吸って生きていますから、人間の女性よりもそういった事には理解がありますし、それに仕事でやっている事なので気にしませんよ。私達にとって、冒険者の皆さんは美味しいご飯なんです。お客さんだって、野菜に悩み相談されてもいちいち照れたりしないでしょう?」
「ちょっと何を言ってるのか分かんない」
「そんな事より、自分でなんて絶対駄目ですよ! 明日! 明日また頑張りましょう! 今日の分のお代はいただきませんから!」
俺は、グイグイ迫ってくるロリサキュバスに少し引きつつ。
「そんな事言われても。トラウマなんてそんなに簡単に治るもんじゃないだろうし、明日になったからってどうにかなるとも限らないだろ? それに、サキュバスのお店の代金をサービスしてもらっても、俺の場合は外泊しないといけないから、宿泊代が掛かるじゃないか」
「お客さんは魔王軍の幹部や大物賞金首を討伐して大金持ちになったんですから、けち臭い事を言わないでくださいよ。トラウマについては心配しないでください。明日までに、私が何か策を考えておきます!」
「そりゃ助かるが。策って、どんな策だよ?」
「わ、私はサキュバスとしては未熟なので、今すぐには思いつきませんが……。大丈夫です! 先輩に聞けば、きっと対処法はあるはずです!」
「まあ、確かに俺もこのままってのは困るし、そこまで言うんだったら明日またここに泊まる事にするよ。でも、明日も駄目っぽかったら、自分で何とかするからな」
「分かりました! きっと私が何とかしてみせますので、任せてください!」
そう言って、ロリサキュバスは開けっぱなしの窓から飛び去っていった。
*****
「……という事なんだが、お前らもなんか対処法を思いつかないか?」
――翌日。
俺は、街を歩いていて出会ったダストとキースと、街の食堂で酒を飲みながら、夢の途中でオークが出てくる事について相談していた。
……よく考えるとすごく恥ずかしい事を相談している気がするのだが、夢の中での事だと思うとそれほど気にならない。
「なんだカズマ、その若さで不能ってか? 可哀相になあ! うひゃひゃひゃひゃ!」
早くも酔っぱらっているキースが、俺を指さして笑い転げている。
「いや、ちょっと待ってくれ。俺は単にそういう夢を見られないってだけで不能なわけじゃない。というか、そういう意味ではむしろ健康で、それなのに発散出来ないせいで屋敷での生活に困ってるくらいだしな」
「そういや、カズマの周りには綺麗どころが揃ってたな。だったら、夢の中でなんて言わずに、実際にやっちまったらいいんじゃねえか?」
と、キースのそんな不用意な発言に、ダストが。
「おい、やめねえかキース。お前さんはまだ分かってないらしいが、こいつはそんなんじゃねえ。あいつらに手なんか出してみろ、アレを切り落とされるよりも酷い事になるに決まってる。爆裂魔法を撃ちこまれるとか、素手で握りつぶされるとかな。それに、あのプリーストは何をしてくるかまったく予想が出来ねえ。最悪、また洪水でも起こされて、今度はこの街が丸ごと沈むなんて事もあるんじゃねえか……?」
「それは否定出来ないが、俺はアクアの事はそういう目で見てないから大丈夫だ」
「おいおい、冗談もほどほどに……、…………」
半笑いでツッコミを入れようとするキースが、俺とダストの真剣な顔を見て言葉を止める。
徐々に笑いを引っこめていき、やがて真顔になったキースは。
「……マジで?」
「あいつらの見た目がいいのは俺も認めるけどな、中身に問題がありすぎる。ダストが言ったような事は序の口だと思った方がいいぞ。嘘だと思うなら、お前が俺の代わりにしばらく屋敷に泊まってみるか?」
「い、いいのか? それって、そういう事だよな? 何か間違いがあってもいいって事だよな?」
「構わんよ」
……あいつらに彼氏が出来ると思うと、我ながらワガママな事に抵抗があるが、なぜかキースを屋敷に泊まらせるのはそれほど気にならない。
どうせロクでもない事にしかならないと分かっているからだろうか。
俺が少しだけキースに同情していると、ダストが。
「おいやめろ。悪い事は言わねえからやめとけって。カズマもやめてくれよ。お前さんが傍から見たら羨ましい立場にいるってのは分かるだろ? そんなんじゃあないって事を俺は知ってるが、こいつは知らないんだ。だからって思い知らせようとしなくてもいいじゃねえか」
…………。
「……そうだな、俺も不能とか言われてちょっとイラッとしただけなんだ。今の話は忘れてくれ。言っとくけど、これはお前のために言ってるんだからな?」
「おい、それはねえだろ! 分かったよ! 不能って言ったのは謝るよ! だからあいつらの事を詳しく! そこまで言うなら屋敷に泊まりたいとは言わないが、話を聞くくらいならいいじゃねえか!」
「詳しくって言われても。……そうだな、まずダクネスだが、言うまでもなくあいつはエロい。服の上からでも分かるとおり胸はでかいし、鍛えてるからスタイルもいい。それに、俺の事を誘ってるつもりなのか、たまに薄着でウロウロしてる事もあって、風呂上りとか、しっとりした髪の毛とかちょっと赤くなってる顔とか汗で肌に張りついてる服とかが正直たまらん。あの店がなくて、ダクネスの中身を知らなかったら、俺もうっかり襲いかかってたかもしれん。まあ、返り討ちに遭うだろうけどな。それと、めぐみん。……めぐみんは、俺は胸の大きい女の人が好きだし、正直言って棒じゃんって感じなんだが、爆裂散歩のたびにおんぶしてやってると少しずつ胸が成長していってるのが分かって、なんとなく俺が育てたような気がしてくる。色気って意味ではダクネスには全然敵わないんだが、本人もその辺りをまったく意識していないせいで、たまにやたら無防備だな。短いスカートを履いているのに平気でソファーに寝そべっていてぱんつが見えたり、襟の広い服を着ていて前屈みになると貧乳だから奥の方まで見えたり、色気がないせいで逆にドキッとする事もある。俺はロリコンじゃないが」
詳しくと言われたから話していたのに、なぜか二人はドン引きしていて。
「お、おい、なんだよ。お前らが聞いてきたから話したのに、どうして引いてるんだよ?」
俺の言葉に、二人はますます俺から顔を背ける。
二人が意識しているのは俺ではなく、俺の少し後ろらしく……。
…………。
「おお、お前達は、こんな時間から酒を飲んで、なんの話をしているんだ!」
俺が振り返ると、そこには、顔を真っ赤にしたダクネスが立っていて。
「ララティーナお嬢様、いつからそこに?」
「私をララティーナと呼ぶな。……お前が『詳しくって言われても』と言ったところからだ」
最初からじゃねーか。
ていうか、何コレ超恥ずかしい。
日本では高校に入ってすぐに引き篭もっていたし、経験はないが、エロトークを女子に聞かれたらこんな感じの空気になるのだろう。
俺は座ったままダクネスに向き直り。
「俺だって健全な男なんだからしょうがないじゃないか。そもそもお前が薄着でウロウロしているのが悪い」
「お、お前って奴は! この状況で開き直る気か! それに勘違いするな! 屋敷で私が薄着なのは、別にお前を誘っているわけではない!」
「嘘つくな! 誘ってたんだろエロ担当! お前、俺が領主の館にコロナタイトを送りつけた件で捕まりそうになってた時、薄着でウロウロしていると俺がチラチラ見てくるとか言ってたよな? なんでそれが分かってるのに薄着でウロウロするのをやめないんだよ? ひょっとして、俺にチラチラ見られて興奮してたのか? 羞恥プレイってやつだったのか?」
「ち、ちが……! そんなわけないだろう! 私が屋敷で薄着でいるのは、屋敷の中でくらい過ごしやすい服を着てのんびりしたいからだ。勝手にいやらしい妄想を押しつけるのはやめろ」
「じゃあ風呂上りにも薄着でウロウロしてるのはなんなんだよ? 言っとくけどお前、あれは滅茶苦茶エロいからな。出るとこに出れば金が取れるレベルだぞ」
「や、やめろ! エロい格好とか言うのは本当にやめろ! 風呂上りに薄着なのは暑いからに決まっているだろう!」
「ほーん? それならどうして、わざわざ広間に居座ってるんですかねえ? 広間は共有空間なんだから、過ごしやすいからって薄着でいるのはどうかと思う。俺に見られるのが嫌なんだったら、とっとと部屋に引っこむのが淑女のたしなみってやつじゃないんですか?」
「そ、それはその……。風呂から上がっても、まだ眠るまでには少し時間があるし、部屋に一人でいても退屈なので、皆と一緒にいたいからで……!」
「そうなのか? でも俺の記憶が確かなら、広間に俺しかいない時でも、お前が部屋に入らなかった事があったと思うんだが。何か俺に用があったってわけでもなかったみたいだし、あれはどういう事だったんだろうな?」
「それは……。それはだな……。そ、そんな事までは覚えていない! お前の記憶違いなのではないか!?」
「お前、ついに悪徳政治家みたいな事を言いだしたな。まあでも、俺もそんな事いちいち覚えてないし、記憶違いって言われたら否定はしないよ。じゃあ最後の質問だが、ここに嘘を吐くとチンチン鳴る魔道具を持ってきて、これまでの質問を繰り返してもいいか?」
「…………、ゆ、許してください……」
小さな声でそう言って、ダクネスは真っ赤な顔を両手で覆う。
どこまでが嘘でどこまでが本当だったのかは分からないが、嘘を吐いていた事を認めたので、とりあえず許してやる事にした。
というか、オークが夢に出てくる事を相談していたはずなんだが……。
*****
――その夜。
俺が、昨日と同じ宿屋の一室にいると、開けっぱなしの窓からロリサキュバスが入ってきて。
「こんばんは、お客さん」
「おう。……それで、俺のトラウマを治す方法は見つかったか?」
俺が早速質問すると、ロリサキュバスはグッと胸の前で両手を握りしめ。
「任せてください! ちゃんと先輩達からアドバイスをもらってきました!」
「おお、頼もしいな! 俺もなんとかしようと思って人に聞いたりしたけど、これといっていい方法は思いつかなかったんだよ」
「夢については私達サキュバスの本領ですから、人間よりは詳しく知っていると思います。それでアドバイスですけど、オークが出たら倒してしまいましょう!」
これで問題解決とばかりに笑顔で言うロリサキュバスに、俺は。
「いや、無理だろ。ていうか、倒せるんだったら最初に夢に出てきた時点で倒してるよ」
「それはお客さんの思いこみですよ。だって、夢なんですから。私達の見せる夢は、普通の夢よりリアルですし、目が覚めても覚えていられますが、夢である事に違いはありません。夢の中の事は、夢を見ている人の思いどおりに出来るんです。夢の中でなら、誰よりも強い剣士にもなれますし、強力な魔法を操る魔法使いにもなれます。オークくらい、いえ、例え相手が魔王であったとしても、夢の中でなら簡単に倒せるはずです。倒せる相手だって分かれば、トラウマに悩む事もなくなります!」
……なるほど。
なんとなく、向こうの世界でやっていた心理療法を連想する。
「うまく行くかは分からんが、とりあえずやってみよう。俺はこのまま寝ればいいんだよな?」
「はい! お客さん、頑張ってください!」
――俺は平原地帯にいた。
紅魔の里へ向かう途中にあった、オークの集落があるという平原地帯だ。
本来ならヤバそうなモンスターがうようよしている危険地帯だが、ここが夢の中だと分かっている俺は、警戒せずに進んでいく。
……と。
平原のど真ん中に、ぽつんと立つ人影が見えた。
近づいていくと、向こうも俺に気づいてこちらに向かって歩いてくる。
「こんにちは! ねえ、男前なお兄さん、あたしといい事しないかい?」
「お断りします」
……なんだろう、ものすごい既視感が。
いや、これはあの時と同じ光景だ。
思えば、この時にドレインタッチで体力を奪ったオークにトドメを刺しておけば、その後、大量のオークに追われ、トラウマを負うという悲劇は避けられたのかもしれない。
「あらそう、残念ね。あたしは合意の上の方が良かったんだけど」
この後の展開は分かっている。
俺は先手必勝とばかりに――
「『ボトムレス・スワンプ』!」
ここは俺の夢の中なのだから、俺はなんだって出来るし、どんなスキルだって使える。
そう、ゆんゆんがオークを撃退するのに使っていた、あの魔法だって。
俺が魔法で創った泥沼に飲みこまれたオークは。
力強い泳ぎで泥沼を突っ切り、俺の下へ……。
「!!!!????」
あかん。
ゆんゆんが使った時は大きな泥沼だったのに、俺が使うとすごく小さい。
リアルな夢だからって、こんなところまでリアルじゃなくていいと思うのだが。
「『狙撃』……!」
俺はどこからともなく弓矢を取りだし、矢を射る。
スキルのおかげでまっすぐオークに向かった矢は、オークに掴まれて折られた。
「上級魔法に、狙撃スキル? こんなに激しく愛をぶつけられたのは久しぶりだわ! こっちも本気で応えてあげないと失礼ってもんよね! あたし、絶対にあんたの子を産むわ!」
ちょっと待ってほしい。
この夢の中では俺が最強なんじゃなかったのか?
俺の中でオークの恐怖が強すぎて、倒せるイメージが湧かないって事なのか?
「く、『クリエイトウォーター』! 『フリーズ』!」
いつものコンボで足場を凍らせると、勢いよく突っこんできたオークは転んで滑っていく。
その隙に俺は逃げだすが、上級魔法も狙撃スキルも効果がなかったのだから、逃げてもすぐに追いつかれるだろう。
ちゅんちゅん丸を出したところで、俺のステータスではあのオークとまともに戦える気がしない。
何か他に方法は……。
…………。
いや待て、さっきは弓矢を持っていなかったはずなのに、狙撃スキルを使おうとしたらどこからともなく弓矢が出てきたし、今も自然にちゅんちゅん丸を出すとか考えている。
「それなら、これでどうだ! ダクネス! 助けてダクネス様ー!」
「任せろ」
俺が名前を呼ぶと、完全武装のダクネスがどこからともなく現れて、俺とオークの間に立ち大剣を地面に突き立てた。
夢の中なのだから、望めば好きなものを出す事が出来る。
それはもちろん、人間でも。
ものすごいスピードで駆けてくるオークに対し、ダクネスは。
「…………オスのオークはいないのか。……はあ」
「おいダクネス! 落ちこんでないでそいつを止めろよ! お願いします!」
オークのイメージに引っ張られてか、俺が襲われた時にダクネスが落ちこんでいた事が、夢の中でも再現されているらしい。
大剣の柄に寄りかかるようにして落ちこむダクネスの横を、オークが駆け抜ける。
駄目だコイツ、役に立たない。
「め、めぐみん! めぐみーん! 頼む! 爆裂魔法であいつを吹っ飛ばしてくれ! この際、俺を巻きこんでもいいから!」
「爆裂魔法は最強魔法。その分、魔法を使うのに準備時間が結構掛かります。準備が整うまで、あのオークの足止めをお願いします」
少し離れた場所に現れためぐみんが、杖を構えた姿勢でそんな事を言ってくる。
「それが出来りゃ苦労してねーんだよ! それ、カエルの時の台詞じゃん! 夢の中なんだからさっさと魔法撃てよ!」
「まったく、カズマは分かっていませんね。仲間と協力して長い詠唱の時間を稼ぎ、極大の魔法で敵を一撃のもとに葬り去る……。そういうのは紅魔族的にポイントが高いのです。カズマがもう少しピンチになったら爆裂魔法を撃ちますので、その間は自力で何とかしてください」
「ふざけんな! お前ら、何しに出てきたんだよ? 実は俺を陥れるのが目的なのか? 昼間ダストとキース相手にいろいろ面白おかしく話したのは悪かったから、こんなところで復讐するのはやめろよ!」
と、俺がめぐみんに文句を言っていると、アクアが。
「カズマさーん、カズマさーん! そんな事言ってる場合じゃないんですけど! もうオークがすぐそこまで来てるんですけど! 早く逃げてー、早く逃げてー!」
…………。
「いや、ちょっと待て。俺はお前を呼びだした覚えはまったくないんだが? なんでいるの?」
もう駄目だ。
アクアが出てきたのなら、確実に何かやらかす。
ここは俺の夢の中で、俺がそう確信しているのだから間違いない。
「ちょっとカズマってば何言ってるの? 私だって、あんたを助けるために出てきてあげたのよ? 女神である私がわざわざ夢の中にまで出てきたんだから、感謝してくれてもいいんじゃないかしら? ほら、ありがとうって言いなさいな! そして現実の私にお酒を奢ってね!」
「現実の私にも、もう少し優しくしてくれてもいいと思いますよ」
「わ、分かった! 分かったから、なんでもするから早くあいつを何とかしてくれ!」
俺の言葉に、詠唱を終えためぐみんは。
「『エクスプロージョン』!」
爆裂魔法が放たれたのは本当にぎりぎりのタイミングだったらしく、俺は背後からの爆風に吹っ飛ばされ、地面を転がる。
振り返ると、そこには大きなクレーターが出来ていて。
クレーターの坂道をものすごいスピードで駆けてくる、ちょっと焦げたオークの姿が……。
「あんたと愛し合うためなら、これくらいなんて事はないさ! あたしの心はもっと熱い愛の炎に焦がれているからねえ!」
…………。
「なあ、やればやるほど、俺の中でオークへの恐怖が増していく気がするんだが。ていうか、コレもう無理だろ。なんだよ、爆裂魔法に耐えるって。あいつの硬さはダクネス以上なのか? 俺はどんだけオークが怖いんだよ?」
思わず半泣きになる俺に、アクアが。
「待っててカズマさん、今助けるわ! 『セイクリッド・クリエイトウォーター』」
「おおっ! 確かにこれなら……! でかしたアクア!」
アクアが呼びだした大量の水がオークを押し流し、クレーターの底の方へと運んでいく。
しかし、水の勢いはまったく収まらず、ついには俺まで呑みこまれ。
「ごぼがぼ! い、いやでも、オークから逃げられるなら……!」
と、俺が溺れそうになっていた、そんな時。
洪水の激流の中を力強く泳ぎ、オークが俺へと近づいてきて。
抵抗するどころか自由に動けない俺を太い腕で掴まえ……。
「大丈夫かい? 心配しないでも、あんたは絶対死なせないよ! もしも気を失ったら、マウストゥーマウスで人工呼吸をしてあげる! なんなら、気を失わなくてもやってあげるけどね! 遠慮なんかする事ないさ! あたしとあんたの仲じゃないか!」
「…………」
目を覚ました俺は、無言で膝を抱えた。
「お、お客さん、どうでしたか? オークには勝てましたか?」
俺が目を覚ました事に気づいたらしいロリサキュバスが、開けっぱなしの窓から入ってくる。
「負けた。あんなの勝てるわけがない。なあ、この世界のオークって、ぶっちゃけどれくらい強いんだ? 俺はまともに戦った事がないからよく分からないんだが、魔王軍の幹部よりも強いのか? 爆裂魔法にも耐えたりするのか?」
「そ、そうですか。負けちゃいましたか。えっと、私は魔王軍の事はあまり詳しくありませんが、流石にそんなに強い事はないはずです。お客さんのオークに対するトラウマが強すぎて、そんな事になってるんじゃないでしょうか」
「トラウマって言われても、自分ではよく分からないんだよな。確かにあの時、ものすごく怖かったってのは覚えてるが、今では笑い話に出来るくらいだぞ?」
「詳しい事は分かりませんが、夢の中というのは精神がとても強い影響を与える場所ですからね。普段は気づいていない無意識の恐怖が現れているのかもしれません。でも、安心してください! 私が先輩達から聞いてきた対処法はもう一つあります!」
「そ、そうか。じゃあそっちにしよう。あのオークと戦うくらいなら、魔王と戦った方がマシだと思う」
「お客さんのストライクゾーンを広げて、メスオークも行けるように……」
「却下」
*****
――俺は平原地帯にいた。
「こんにちは! ねえ、男前なお兄さん、あたしといい事しないかい?」
……なんかいろいろ端折って出てきたが、俺の答えは決まっている。
「お断りします」
「あらそう、残念ね。あたしは合意の上の方が良かったんだけど」
俺は、歯を剥きだしにして笑いかけてくるオークに。
「ちょっと待ってくれ。お前らオークは、他種族の優秀な遺伝子を取りこむために子供が欲しいんだろ? だったら、俺みたいな最弱職の冒険者なんかお呼びじゃないはずだ」
「そうは行かないよ。ここはあたし達オークの縄張り。通ったオスは逃がさない。それに……、不思議ね、お兄さん。一見強そうに見えないあんたからは、なぜか強い生存本能を感じるわ。最弱の冒険者だからって関係ない。あんたとの間には、きっと強い子が生まれるでしょうよ。あたしの勘はよく当たるのよ。……さあ、あたしといい事をしましょう?」
そう言ったオークが襲いかかってくる前に、俺は隣を見て。
「まあそう言うなよ。強い子っていうなら、多分、俺よりこいつとの間に子供を作った方が強い子になるはずだ。そういうわけだから、あとは任せたぞ、カツラギ」
「誰がカツラギだ! 僕の名前はミツルギだ! ……いや、ちょっと待ってくれ。これはどういう状況なんだ、佐藤」
俺の隣に現れたミツルギは、魔剣を手に平原を見回し、俺とオークを見比べて。
「どういう状況って言われても。あのオークは強すぎる。俺のトラウマが強いせいでそうなってるらしいんだが、とにかく夢の中であいつに勝つのはもう無理だと思うんだ。俺の力だけじゃ勝ち目がなくて、ダクネスやめぐみんまで呼びだしてみたけど、爆裂魔法でも無理だったんだからもうどうにもならない。だからお前の魔剣を使って何とかしてもらおうと思ってな」
「そ、そうか……。君に頼られるというのは複雑だが、悪くない気分だ。確かに、僕の魔剣はあらゆるものを斬る事が出来る。相手がどれほどの強者だろうと関係ない。いいだろう、佐藤。僕がこのオークを斬ってみせる!」
「いい男ね! 飛びきりのいい男だわ! あんたみたいな強い男、初めて見るわ! あんたとの間には間違いなく強い子が生まれる! さあ、あたしといい事しましょう!」
「いくら相手が女性であっても、モンスターだというなら容赦はしない。考え直すなら今のうちですよ」
「考え直すなんてとんでもない! あんたには絶対にあたしの子を産んでもらうわ! ふーっ、ふーっ、ふーっ、ふーっ!」
荒い息を吐きながら襲いかかったオークを、ミツルギは冷静に魔剣で斬り捨て……。
…………斬り捨てる事が出来ず、オークは魔剣を腕で弾くと、ミツルギを地面に押し倒した。
「……!? なっ! 女神様から貰った魔剣で斬れないなんて……!」
「やっぱり駄目か」
「やっぱり!? ちょっと待て佐藤! どういう事だ! 僕にこのオークを倒してほしかったんじゃないのか!」
圧しかかってくるオークを、魔剣を構えて押し返しながら、ミツルギがそんな事を言ってくる。
「いや、だから言ったじゃん。倒すのは無理だと思うって言ったじゃん。めぐみんの爆裂魔法にも耐えるような相手なんだぞ? お前のその魔剣が神器だっていっても、どうにもならないだろ。魔剣で倒せるならそれでも良かったんだが、俺は最初から無理だと思ってたよ」
「そ、それならどうして僕を呼びだしたんだ!」
「お前の下の魔剣を使ってオークを何とかしてもらおうと思って」
「最低だ! 君は最低だ佐藤和真!」
「さあ、恥ずかしがらないであたしを受け入れるんだよ! じっとして目を瞑っていれば、すぐに済むからね……!」
「や、やめっ……! 僕には心に決めた女性が……!」
ミツルギの悲鳴と、びりびりと服が破れる音が聞こえてきたが、俺は二人に背を向けて歩きだした。
夢の中なので、平原地帯をすぐに通りすぎ、ベッドの置いてある薄暗い部屋に入る。
ベッドの上には……。
…………。
……………………。
「…………ふぅ」
目が覚めると朝だった。
夢の内容に満足し吐息する俺に、開けっぱなしの窓から入ってきたロリサキュバスが。
「……あの、お客さん。トラウマを克服出来たみたいで、それはおめでたいのですが、一体何をやったんですか? 正直、今日の精気はあんまり美味しくなかったです……」
「そうか。勝ったわけじゃないけど、オークが出てきてもどうにか出来る事は分かったから、トラウマは克服したと思う。精気の味も、次からは普通になってると思うから心配するな」
オーク相手に魔剣で奮戦するミツルギの姿がずっと頭の片隅に浮かんでいたから、精気が不味かったのはそのせいだと思う。
ムラムラする欲望の感情に、不純物が混じっていたのだろう。
だが、オークをどうにか出来る事は分かったのだから、俺はトラウマに打ち勝ち、次からはいつもどおりにいい夢を見られるはずだ。
――ミツルギは最後まで戦い続けていたが、どっちの魔剣を使っていたかは伏せておく。