パチュリーさんは現代の家で居候しています。   作:閏 冬月

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30話 パチュリーさんと仲直りがしたいです。

「ただいま戻りました」

「おかえりなさい、煉」

 

いつもの帰宅のあいさつでしかないが、俺とパチュリーさんの間には妙な緊張感があった。

平手打ちされた原因を俺は未だに分かっていない。

俺はどんな言葉をパチュリーさんにかければいいのか判断することができない。最初からそれができればどれだけ楽になることか。

 

「……あの、パチュリーさん」

 

緊張の走る空気に、口を開くことをためらいながらもなんとか第一声。まずここから、ここから……? 

あれ、俺はどう言おうとしていたんだっけ。

あらかじめ、言おうと思ったこことはメモしていた。Aにからかわれながらも台本を用意していたのだ。ああそうだ、手を動かした記憶はある。

しかし、肝心の中身を忘れてしまった。

 

テンパって台本をとばすってバカだろ、何やってんだ俺!

 

自分の馬鹿さ加減に自分で呆れてしまうが、なんとか言葉を続けなければ。

一言目からなんとも頼りなさすぎる言葉だが仕方がない。

ここからは即興(ヤケクソ)だ!

 

「俺が思ってること正直に言います。俺、パチュリーさんに嫌われるようなことしました?」

「それは……」

「なるべく他人のことを考えようって思ってるんですけど、やっぱりパチュリーさんが何を怒ってるのか本気で分からなくて、自分でも頭が悪いことは自覚してます。だから、お願いします。パチュリーさんが何に対して怒ってるのかとか、聞きたいんです」

 

俺からすると些細なことでだったとしても、相手からするととんでもなく傷つけてしまっていたなんてことよくある話だ。特に男女、更には俺とパチュリーさんは種族や住む世界が文字通り違う上、常人とは比較できないほど深い思考を巡らせているお方であらせられる。

そんな相手では、自分の思いもよらないところで傷つけてしまっている可能性の方が高いに決まっている。

 

「今後完全に無くせるかどうかってのは確約できないんですけど、無くすような努力はしますので」

「えっと……」

 

パチュリーさんは言い淀む。とても言いづらそうな表情を浮かべていた。

それでも俺はパチュリーさんが言葉を発してくれるのを待つことしかできない。

正座していた足の痺れがそろそろ限界を迎えそうになったところで、パチュリーさんは小さく口を開いた。

 

「あなたは何も悪くないわ」

 

……はい? この御方は今なんとおっしゃいましたか?

私めの耳が腐り落ちていなければ、この榊原 煉は悪くないとおっしゃられておりましたか?

いやいや、そんなはずがない。だって私はパチュリーさんを怒らせた大罪人である。かのモリアーティ教授もびっくりの今世紀最大の犯罪者だ。

 

「いやいやいやいや、私の聞き間違いですよね? いやいや、非があるのは私の方なんですから」

「煉には非がないわ。私が勝手に暴走して、勝手に八つ当たりしていただけ。だから」

 

この雰囲気は知っている。少しの配慮もできない低脳なこの俺よりもパチュリーさんが頭を下げることなんてあってはならない!

ならば、俺はこれをやるしかない!

 

「パチュリーさん! 頭を下げないでください!」

 

俺は足の痺れなんてものを気にせず、バネのように真っ直ぐに突き出して、その勢いのままに伏せの状態を取る。

平身低頭、それは相手に謝罪や懇願する時に必要な姿勢。その最大が土下座だ。

しかし、俺がしたのはその先。

土下座を超えた謝罪の領域、土下寝である。

身をこれ以上となく平らに伏し、膝をつく関係上少し浮いてしまう頭を確実に地につける。これこそが平身低頭の最奥。

それにこれだったら、パチュリーさんが頭を下げようとする場面を見ずに済む。

 

「あの、煉。何をしているの……」

 

おずおずといった感じでパチュリーさんが俺に声をかける。

 

「日本の伝統的な懇願の姿勢です」

「よく分からないけれども、馬鹿にされているような感覚があるわ」

「いえ!  そんな意図など一切なく!」

 

勢いよく顔を上げてみれば、よく分からない表情を浮かべているパチュリーさんと目が合う。何を言えば分からないままじっとしていると、馬鹿みたいだと彼女はコロコロと笑ってくださった。

 

「ふふ、悩んでたことも馬鹿らしく思えてきたわ。けれども、私も悪いのだから、謝らせて。ごめんなさい、煉。私の勝手な行動で振り回してしまって」

 

さっきまで彼女が頭を下げることをあそこまで拒んでいたのに、俺は一つも動けなかった。それもそのはずだ。パチュリーさんのすることであれば俺が止められるはずがない。

 

「これで仲直りということで、いいわね?」

 

俺はただ真っ直ぐに頭を動かす。

 

「それじゃあ、煉。紅茶を淹れてもらえる?」

「もちろん、喜んで」

 

そう言うと、ずっと張り詰めていた緊張の糸がようやっと緩んで、疲れが一気に襲ってきた。

いつもは恐れ多いということでやったことがないが、一緒に紅茶をいただこうかなんて考えが頭によぎる。

今日もパチュリーさんはお疲れになっていることだろう。疲労回復効果があるフレーバーなんてものは……。

 

「あー、あの、パチュリーさん。紅茶の茶葉切らしてました……。麦茶でもいいですか……?」

「……むう」


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