これもまた、語られることのないであろうパチュリーさんと煉の日常の一幕である。
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春分の日を過ぎたというのに、まだ冬の寒さの残る3月中旬。雪溶けはまだ先となりそうだ。
三寒四温を繰り返しながら、春へと向かうというが、実際にはそうはいかない。というか春の陽気はまだまだだろう。
そんなことはどうでもいいんだよ。
現在、俺は2、3駅離れた場所にあるデパートへと足を伸ばしていた。
来た内容はシンプルで簡単。パチュリーさんへのバレンタインのお返しというわけだ。
本来であれば、準備はかなり前からやっておくべきなのだろうが、勘が鋭いパチュリーさんのことだ。
すぐにお返しのことに気がつくだろう。なるべく、パチュリーさんにはサプライズ的な感じで渡したい。
なので3月14日の当日に買うしかないのだ。
「喜んでもらえたら1番いいんだが……」
そうは言いつつも、何を贈れば、パチュリーさんは喜ぶのかが分からない。
パソコン。確かに喜ぶだろう。だが、そのような高価なもの、俺の現在の資金では足りない。
クッキーのような菓子類。それであれば資金的にも大丈夫だし、ちょっと高めの物でも持っていけば普通の人なら喜んでくれるだろう。しかし、パチュリーさんにとってお茶会で飲むようなものを想定する人は咲夜さんのものが舌に馴染んでいる。
デパートのクッキーでは満足しないだろう……。
「難易度高すぎんだろ、これ」
菓子類と考えると、1個だけ閃いた。
菓子類で考えていると、どうしても洋菓子で考えていた。洋菓子で考えると、咲夜さんや紅魔館で働いているメイドの人たちが作った方が確実に美味しい。
ならば、和菓子ならどうだろうか。彼女が比較的慣れていないもの。資金で買える範囲内で割高なもので考えれば、パチュリーさんも喜んでもらえるのではないだろうか?
「よし、これなら大丈夫だな」
多分という言葉は付きまとってしまうが。
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「パチュリーさん、ただいま帰りました」
「おかえり、どうしたの? いつもよりかなり遅かったけれども」
「いやまあ、ちょっと二駅ほど離れたところに用事が」
嘘はついていない。
俺の勝手な誓いなのだが、パチュリーさんの前では絶対に嘘をつかない。嘘をついてしまえば俺は罪悪感に悶え苦しむだろう。
それにしても、パチュリーさんはお昼ご飯を作って下さっていたようだ。匂いで感じるならばカレーといったところか。
「パチュリーさん、これ。バレンタインデーのお返しです」
「あ、ありがとう」
パチュリーさんの手に、小さめの紙袋が渡る。
パチュリーさんは中身を見ると、何処と無く微笑んだような気がした。
「バウムクーヘンなのね」
そう。
俺がパチュリーさんにお返しとして渡したのは洋菓子である、バウムクーヘンだった。
あの後、色々なことを考えた。
和菓子であれば、パチュリーさんはきっと喜んでくれるだろうと考えていたが、和菓子は好き嫌いがはっきり別れることが多い。
それでもし、パチュリーさんの苦手な部類に入るようなものを選んでしまってはいけない。
そこで、ホワイトデーにおいて意味のある洋菓子にした。
意味のあるというのは、例えばマシュマロは「嫌い」の意味が含まれ、飴であれば恋愛の「好き」という意味が含まれる。飴の場合、味によって意味が大きく異なってくるが、そこは割愛する。
そして、俺が選んだバウムクーヘンの意味は。
「このまま変わらない関係を煉は望むのね」
「はい、俺にとって今が1番ですから」
パチュリーさんは煉らしい、と呟いて、台所へと向かった。
「ランチが終わったらティータイムにしましょう」
「了解しました」
「お茶請けはそのバウムクーヘンにしましょう」
「了解しました。冷やしておきますね」
偶にパチュリーさんは俺に何か欲しいものはないの?と聞いてくることがある。もちろん、俺にとってはパチュリーさんがそこにいてくれているという現状に満足している。
ただ、1つだけ欲しいものがあるとするならば、それは、
どれだけ経とうが変わらないこの関係を。