八月の夢見村   作:狼々

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終わりかけた続く恋

 暫く彼女の隣で談笑していても、煌めく星々の輝きは、各々のそれを弱めることはなかった。

 つい先程まで沈んでいた空気も明るみを取り戻し始めていた。

 しかし、隣の佳人は変わらず星の恩恵を受けて輝いている。

 

 空気の色までもが変遷していたが、彼女の輝きが燻ることはない。

 自分がこんなに可愛げのある美人さんと話していることが、不思議でたまらなくなってくる。

 しかも、一つ屋根の下でお泊りだ。夢のようなシチュエーションだ。知り合って半日も経っていないのだが。

 

「――それでは、今日はもう寝ましょうか」

「あ、あぁ。今日は本当にありがとう」

「いいんですよ。話していて楽しかったですし、対価があるならばそれでおしまいです」

 

 純黒で染まった空色の中、たったひとつだけ太陽が浮かんだ。

 全く、この笑顔にはどのくらいの明るさを孕んでいることだろうか。

 そうして、彼女の笑顔に、深みへ深みへと惚れてしまう。

 

 外見もとても好みだが、この明るく楽しそうで、前向きな性格も好み。

 俺にとっての『理想の女性』と言っても過言ではなかった。

 

 縁側に座っていた状態から、風鈴の鳴き声を合図にお互い立ち上がる。

 足の裏に木独特の感触が思い出されると、ふと思った。

 

「……あれ? 俺ってどこで寝ればいいの?」

「あ、そうでしたね。ちょっと待っててください。……お母さ~ん」

 

 とことこと彼女は歩き出して、廊下へと消えていった。

 静寂の中、聞こえるのは鈴虫の鳴き声。

 霧雨のように流れて降り注がれるそれは、俺の心を落ち着かせる。

 

 ひそひそと小声の如く広がり、夜空へと霧散していく。

 縁側の向こうへ広がる鬱蒼の中でも、夏が紡がれているのだろう。

 

「えぇぇぇえええ!?」

「うわぁぃ!?」

 

 突然に響いた叫び声に、夏の風物詩は掻き消された。

 俺もそれに驚いて、奇声を上げてしまう。一体、どうしたというのだろうか?

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

「い、いやいやいや、()()()()()()()()って……大丈夫なの?」

 

 近所迷惑になってしまいそうなほど大きな声を、夜遅くに出してしまっていた。

 先程のお母さんの言葉に、驚かずにはいられなかったから。

 

 ――私の部屋に、二人で寝ることになりそう。……恥ずかしい。

 

「でも、()()()()()()()()()()()()でしょ? 大丈夫だと思って連れたんじゃないの?」

 

 そう。今までに何回か彼みたいな人はいた。

 列車でここまで来て、宿のあてがないような。

 そんな人はここに連れて、泊めていた。

 

 けれども、今までに男性の方は連れてきたことがなかった。

 やはり、見ず知らずの男の人を家に上げて泊まらせるというのは、少し抵抗がある。

 今回が、初めての男性客なのだ。

 

 自分自身、どうして彼を家に入れる気になったのかはわからない。

 直感、というのが精々だろうか。それ以外に言い表しようがない。

 

「そうだけど……」

「嫌だったら、今から別の部屋にもできるわよ?」

 

 私はその質問に首肯――しようとした。

 自分の中で迷いがあった。実際、迷いとは別のナニカなのだが。

 

 同じ部屋でもいいんじゃないかと考え始めた。

 一緒に寝れば、まだ話をできる時間はある。さっきの続きを、まだ。

 

 少しだけ開いた窓から、夏夜の風が侵入してくる。

 肌寒くもある風が皮膚を撫でる感触が、妙に心地良い。

 隙間風に運ばれるのは、冷温だけでなく、虫の合唱もだった。

 

 昼にはあれだけ元気に騒いでいた蝉も、寝静る今頃には合唱はお休み。

 代わりに、鈴虫のオーケストラが聞こえてくる。どちらも、夏の風情を感じられる。

 

 都会では、街灯等の人工光による明るみと、夜の気温の高さにより、夜でも蝉が鳴くときがある。

 が、ここではどちらも満たされない。

 都会ほど人工光は多くないだろうし、自然の多いここ夢見村は、夜に気温が高い、なんてこともない。

 

 村特有の自然を感じて、頭を冷やして冷静に。

 そう考えても、心と頭のどこかが冷静になりきっていなかった。

 

「……いや、やっぱり一緒で」

「そう。布団は別だから、大丈夫よ」

「それ、別じゃないこともありえたってことなんじゃ……」

 

 取り敢えず、『あれ』は別のところに置き直そう。

 どうしても隠さないと。……バレたら、困る。

 

 しかし去ることながら、緊張しないわけではない。

 今でも心臓はドキドキと煩いし、何を話せばいいのかわからなくなる。

 先程の話の続きと言っても、他愛のない話だけで、面白みもなくなっていくだろう。

 

 ……どう、しようか。

 

 そう思っている自分の中でもう一人の自分から、問いかけられる。

 

 ――じゃあ何で、一緒に寝ることにしたの?

 

 断ることだってできたはずなのだ。でも、そうしなかった。

 一緒に話したいとは思ったが、そう悩んでまで話すことでもないはず。

 

「ねぇ、お母さん。お願いしたいことがあるんだけど、いい?」

「うん? どうしたの?」

「彼を泊めることなんだけどね――」

 

 ……体感温度が一気に上がったのは、気のせいなのだろうか。

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

 深更。今から寝入るのだが。

 

「……えっと、本当に一緒の部屋に寝て大丈夫なの?」

「は、はい……」

 

 どうしてこうなったし。

 男女が同じ部屋で、同じ布団ではないにしろ一夜を共にするのだ。

 いやぁ緊張しないわけないよね。

 

 鈴虫の鳴き声は、既にこの部屋に入ってから遠くへと追いやられた。

 何も聞こえないと感じるこの部屋で、照明も落とされて。

 隣同士に、くっついている布団二つ。

 

 ……いや本当に、どうしてこうなった。いいけども。

 俺としては、得でしかないんだけれどもね?

 この部屋は、恐らく彼女の部屋。可愛らしい置物から察するに、だが。

 

 彼女が先に布団に入って、横を向いた。

 向いた先は、俺の布団の方。

 

「もう少し、お話しましょう?」

 

 目を閉じてもう寝る体勢に入っているというのに、この言葉。

 嬉しい。純粋に、嬉しかった。

 自分の好きな彼女が、会話を楽しいと感じてくれていると、間接的に知ったから。

 

「あ、あぁ。え、ええっと、お邪魔します……?」

 

 俺の頭も大分おかしくなってきた。

 用意されたもう一つの布団に、お邪魔しますというそぐわない挨拶に後ろに疑問符付き。

 なんやかんや言っておきながら、自分も相当に緊張気味のようだ。

 

「あ、あ~、その……明日の昼前まで、お世話になるよ。昼になったら帰るから」

 

 列車が夢見村に到着するまで、もう半日か。

 寂しいが、この少女とも別れを経験しなければならない。

 俺の恋も、ここで終わりか。

 

「……そ、そのこと、なんですがね? ――()()()()()()()()()()()()()()()?」

「……はい?」

 

 どうやら、俺の恋はまだ続くようだ。




初の女の子視点。

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