奪われるだけの世界だった。それでも立ち上がれたのはきっと、まだこの手に残されたものがあったから────
《ジリオギア大空洞》
《ホロウ・エリア》の区分エリアであるその場所の中、一つのダンジョンに彼らはいた。
名前は《少年が投獄された牢屋》。薄暗くひっそりとした雰囲気はその名の通り牢屋だった。
鉄格子の中には凶悪なモンスターが牙と敵意を向けており、それらを監視するかのように、大鎌を持った死神のようなモンスター達が徘徊していた。
PoHと戦った世界観無視のデジタル空間はそこには無く、いつものSAO、それを取り戻したかのような景気。
久しく忘れていた違うベクトルの恐怖を、彼らは感じていた。
PoHに罠に嵌められてから、この《ジリオギア大空洞》エリアは探索が途中であったが、そこからこの牢屋に来るまでは想像よりも早かった。
時間が無いアキト達からすれば有り難いが、未知が恐ろしいものである事には変わりなかった。
それでも、PoHのアップデートを止める為の中央コンソールがある場所に辿り着く為には、この《ホロウ・エリア》の踏破が前提条件なのだ。
高難易度だろうと、進んでいくしかない。
マップを見れば左右対称だが、まだ奥のエリアには手を付けていなかった。先へと続く道は暗がりで何もかもが謎に包まれている。
時間的には昼頃だが、屋内で陽の光とも無縁であろうこの監獄のエリアは、相応の不気味さが漂っていた。
それに伴って感じる肌寒さに、クラインは震えた。
「……なんかよぉ、寒くねぇか?」
「……良かった。私だけかと思ってた」
フィリアがクラインに同意した後、腕を摩った。
辺りを警戒しながら歩くも、何も見えないに等しいこの状況下は不安だろう。その肌寒さはこの霊でも出るんじゃないかと感じさせる雰囲気による鳥肌だった。
先頭を歩くアキトも、二人の気持ちが分からないわけでも無かったからだ。
暗闇の中においては視界に頼る戦闘が圧倒的に不利だ。ここに来るまで戦闘続きで、少し休憩した方が良いのかもしれないとは思っていた。未知の場所による恐怖と焦燥の中での戦闘、余分な体力の消費は避けられない。
アキトはフィリアとクラインの様子を交互に見やった。
「……二人共、少し休む?」
「私は平気……クラインは?」
「おうよ!俺様もまだまだ大丈夫だっての!」
フィリアに強気な自分を見せたいのか、クラインは胸を張る──訂正、彼はフィリアでなくとも女性の前ではカッコよく見せたい病気であったと、アキトは溜め息を吐いた。
PoHのアップデートを止める為には、この《ホロウ・エリア》の全エリアを解放し、踏破しなければならない。
区分された各エリアのボスを倒す事で、次のエリアが開かれて来たのを考えれば、今回の《ジリオギア大空洞》エリアにもボスがいるはず。
そのエリアボスを探して討伐するのが今回の目的であったが、その討伐に参加する事を、クライン自らが志願したのだ。
アキトに加えてもう1人だけしか《ホロウ・エリア》に入れない。故に、アキトに協力したいと殆どが志願した中で、クラインの決意は珍しく固く見えた。
アキト自身、みんなには協力して欲しいとは思っていたが、《ホロウ・エリア》へ連れていくとなれば人選は絞られた。
それが、アスナかクラインだったのだ。
理由は二つ。一つ目は、彼らが攻略組の中でも極めて優秀なプレイヤーだからだ。シリカやリズベット、リーファやシノンは彼らよりレベルが低く、経験も浅い。高難易度エリアである《ホロウ・エリア》に足を踏み入れさせる事は躊躇われた。
これだけならエギルを連れていくのも選択肢の一つではあるが、それは二つ目の理由に引っかかる為に選べない。
その二つ目は、《ホロウ・エリア》の仕組みによる制限だ。
ユイの説明で明らかになった事で、アキトも確認している。本来一般のプレイヤーが介在する事が有り得ない《ホロウ・エリア》だが、一度でもこのエリアに来てしまえば、そのプレイヤーのAI、《ホロウ・データ》が削除されてしまう。
そうなった場合、PoHのアップデートにより、AIが無いプレイヤーは消失し、『プレイヤーは存在していない』状態となり、現実世界のナーヴギアが作動する恐れがあるからだ。
既にアスナとクラインは自身が《ホロウ・エリア》に連れて来てしまっているが故に事後なので仕方がないとして、これ以上《ホロウ・エリア》にAIが無いプレイヤーを連れて来る事は出来なかったのだ。
それらの理由が無くとも、彼らは誰を連れていくのかはアキトに委ねるつもりだったのだろう。みんなが何も言わずにアキトの意見に納得していた。
ずっと一緒に攻略していたアスナに関して言えば、クラインと変わる事に僅かに不服が無いわけでもない様だったが。
アスナには《血盟騎士団》の団長としての責務があり、ずっと《ホロウ・エリア》に付きっきりというわけにもいかなかったのだろう。そうなれば、それだけゲームクリアまでの時間が伸びてしまうのだから、迷宮区の攻略も怠ってはならない。
あちらにいるアスナ達にそれは任せて、アキト達は今この瞬間に、エリアボスを倒さなければならない。
クラインが何を思ったここに来る事を決めたのかは分からないが、ボスとの戦闘を控えている今、疲労させるわけにはいかない。
「……」
「ん?どうした、アキト?」
それが表情に出てしまっていたのだろうか。
クラインはこちらを見つめるアキトに気が付いた。
「……無理しないでよ。辛かったら相談してよね」
「けっ、良く言うぜ。オメーにだけは言われたくないっての!」
「なっ……」
言い返そうとしても言葉が出てこない上に見つからない。クラインの言葉は全て真実だったから。
昨日シノンに言われた言葉を思い出す。心配させて欲しかった、秘密にされていた事が寂しかった、と。
クラインも、そんな気持ちで居てくれたのだろうか。だから、今回はアスナに変わってここに来てくれたのだろうか。
「……ゴメン」
「いやよ、別に謝って欲しかったわけじゃねぇけどよ……」
クラインはバツが悪そうに頭を掻く。以前のアキトよりもしおらしい彼にやり辛さを感じる。思わず目を逸らすも、状況は変わってなかった。
ただ、アキトがキリトにとても良く似てたから。雰囲気だけじゃない。その行動、みんなに心配させまいと振る舞うその行動が。
そしてその行為が逆に心配させている事にも気付いてなくて。
「私が悪いの……アキトが私を庇ったから……」
「だから、別に責めてねぇっての。それにその話はここ来る前にしただろ」
そう言ってフィリアから顔を逸らすクライン。
《ホロウ・エリア》に来てすぐにフィリアからの謝罪を受けたクラインだったが、被害者でも無いクラインにとっては、アキトが許すならそれで良いと決めていた。
行為自体は許される事ではないかもしれないが、フィリアがどんな人間なのか、クラインは会っていたから分かっていた。
一気に暗くなる雰囲気に気付き、アキトの言葉に皮肉で返した事を後悔した。
アキトが人一倍優しく、責任を感じる奴だというのは分かっていたはずなのに、それを理解せずにいつもの様に振舞ったのは間違いだった。
この肌寒さを誤魔化そうと、場を和ませようとしたのは褒められるべきものだろうが、言葉は選ぶべきだったのだと、クラインは顔を顰める。
けれど、本当はこう言いたかっただけなのだ。
「……まあ、その……なんだ、今回の事でみんながお前さんを心配してたってのは分かったろ?お前さんが俺達を心配する様に、俺達だってお前さんを心配してる。お互い様だっつー事よ」
「……そう、だよね。ありがとう」
アキトはクラインの言葉に驚いたのか目を見開いていたが、やがて柔らかく笑みを浮かべた。素直な感謝の気持ちを受け、今度はクラインが驚く番だった。
「へっ、オメェがそんな素直に礼を言うとはな」
「……まさかクラインがそんな事言うなんて思わなかったから、ちょっと驚いた」
「そりゃねぇよ……」
確かに格好付けた言い方をした事は否定しないが、本当に思っている事を口にしたのだ、その感想はあんまりだろう。クラインは肩を落とし、苦笑いを浮かべた。
アキトとフィリアは共に微笑しながら、そんなクラインを見つめていた。
それから暫くしての事だった。
何度も何度もモンスターを斬り潰しては前に進むという行動の先の出来事だった。
いや、何時そうなったのか、詳しい事は分からないが、目の前のモンスターばかりに気を取られていて周りが見えていなかったのかもしれない。
閉鎖的で視界も悪いこの監獄というエリアに蔓延るモンスターは、どれも凶悪に思えてしまうから困る。
中でも監視役の様に辺りを移動する死神のようなモンスターは、手に持つ大鎌の攻撃力の高さとレンジの広さがネックとなり、壁と壁の幅も狭い空間だととても戦いにくいのだ。
間合いを詰めるにも間隔が狭いと近付けない。連携し辛いエリアだった。
加えてそこにモンスターが集まりつつあり、そのヘイトが3人に一斉に向いた瞬間、彼らは散らばる事に決める。
普段は固まるのがセオリーだが、ただでさえ狭い場所で固まるのは危険と判断したのだ。
彼らは各々で対処出来る部分で庇い合い、隙を見て一撃を加える。集団相手にそれを続けていた。
そして、最後の死神型のモンスターとの交戦後に、それに気付いた。
「フィリア!」
「了解!はあっ!」
アキトが弾いた死神型の大鎌を視界に捉えたフィリアは、一瞬でモンスターの懐に入り込む。
闇色の布、そのフードから見え隠れする顔目掛けてその短剣をぶつける。ソードスキルのエフェクトが迸り、モンスターの身体に傷を入れていく。
やがてHPがゼロとなり、モンスターは四散する。暗い空間によく光るそのポリゴン片を眺めながら、漸く戦闘が終わりを告げた事を実感して、軽く息を吐いた。
各々が失ったHPを回復すべく、ポーションを取り出す。親指で蓋を弾き、一気に喉を潤した。HPが段々と回復していくのを確認し、アキトは近くにいたフィリアへと顔を向けた。
「……平気?」
「うん……アキト、は?」
「……大丈夫」
お互いに小さく笑う。
フィリアはまだ罪悪感が抜け切っていないのか、よそよそしい反応を見せる。でも、その顔に映る笑みは、以前よりも吹っ切れたように見えた。
だから、今はまだ何も言わなくて良いのかもしれない。
アキトはそのままフィリアから視線を外し、クラインがいるであろう方へと身体を向ける。
しかし────
「クラインは大丈……クライン?」
その先に、クラインは居なかった。
アキトは目を丸くし、途端に周囲を見渡す。だが、右も左も何も無い暗闇が広がっており、モンスターはおろかプレイヤーの気配が無い。
その事実がアキトの心臓を煩くさせる。
今の戦闘で、クラインが視界から消え失せていた。それだけで、アキトの身体は震えた。
「……クライン……クライン!」
フィリアもアキトに感化され、慌てて周囲を見渡し、クラインの名を叫ぶ。
だが────
「クライン!何処にいるの!?」
その声は空間に響くだけで、彼の声は聞こえない。
今の戦闘ではぐれたのか、それとも────
(……まさか、死────)
その考えを必死に振り払う。
アキトはフレンドリストにクラインを登録していた事を思い出し、咄嗟にリストを可視化させる。空中に開いたそのリストを必死にスクロールさせ、クラインの名前を探す。
フィリアもアキトの行動に気付き、その傍へ駆け寄り、アキトの隣りからリストを覗き込む。
背筋が凍りつくような思いで彼の名を探し、そして────
「……」
フレンドリストのクラインの名前を見つけ、それが正常を示しているのを確認して、アキトとフィリアは一気に脱力した。
「っ……はぁ〜〜〜……」
「ま、紛らわしい……」
全くだ。確かに散開する事でヘイトを散らばせる作戦ではあったが、今の戦闘で何処まで遠くに行ってしまったのかと思うと溜め息が出てしまう。
こちらは最悪の事態まで考えてしまったのだ、憤慨ものである。
しかしクラインが戻って来る気配も無い事を念頭に置くと────
「……って事は、単純にはぐれたな……」
「一人は危険だし、早く見つけなきゃ」
初見の上に高難易度エリア。道に迷うであろう可能性が高いのは勿論、先程のような戦闘が続くとクライン一人では危険だ。
そう考えれば、最悪の事態は時間の問題だ。それが分かった瞬間、先程の恐怖が蘇る。早く見つけて合流しなければ。
アキトとフィリアは互いに頷き、マップを開きながらクラインを探し始めた。
●○●○
「アキトー!フィリアー!」
クラインはたった一人でこの牢屋のエリアを徘徊していた。辺りを見渡しながら、声を上げる。
幸いモンスターの気配は無い為に大声は上げられるものの、音がこもって遠くまで浸透していかない。
アキトとフィリアが気付いてくれるかは五分五分だった。
「……はぁ〜……まさか、あんなに吹っ飛ばされるとはなぁ……」
先程の戦闘を思い返し、クラインは頭を掻いた。
ヘイトを散らばせる為に散開した後、クラインはモンスターの攻撃を捌き切っていた。
だが一瞬の不意を突かれて大鎌であらぬ方向へと吹き飛ばされ、気が付けば視界にアキトもフィリアも居なかった。
何処まで飛ばされたのかと考えるより先に、見知らぬエリアに一人という事実がクラインを小心にさせていた。
アキトとフィリアが動いている為、クラインは動かない方がいいと思われるが、クラインがその事実を知っているわけも無く、クラインは知らないエリアのマップを開きながら歩いた。
バグなのかエラーなのか、パーティメンバーの位置が分からない。完全なお手上げ状態ではあるが、マッピングはしなければという攻略組としての強迫観念染みたものが働き、クラインはまだ行っていない場所へとその足を動かしていた。
恐らくアキトとフィリアも、同じ考えに行き着くであろう、となんとなくではあるが信じていた。
「……」
薄暗い道、進む内に次第とモンスターの気配が僅かにだが感じられる。怖くないと言えば嘘になるだろう。それも当然だ。
死が直結した仮想の世界、情報が命であるこのSAOで、初見、未知といったエリアやモンスターは生存の確率を著しく下げる。
先程までアキトとフィリアがいたはずなのに、一瞬で一人になったこの感覚、クラインは初めて感じた。
「っ……!? クソッ!」
瞬間、こちらに一気に近付く気配を察知して咄嗟に刀を引き抜いた。
迫り来る大鎌を持ったモンスターの攻撃に、その刃をあてがう。火花が散り、一瞬だけ辺りが明るくなるのも束の間、目の前の死神型は思い切りその鎌を振り抜いた。
「うおっ……!」
予想外の威力にクラインは地と並行に吹き飛んだ。ゴロゴロと床を転がり、摩擦でどうにか止まる。慌てて立ち上がれば、そこには似たようなモンスター達が集まって来ていた。
ゾワリ、と鳥肌が立つのを感じる。この数を一人で相手に出来るだろうかと、慌てる事無く冷静に分析する。そして、流石に無理だと判断したクラインは、警戒しながら奴らに背を向けて走り出した。
モンスター達は当然の如く追い掛けて来る。鎌を振り抜き、クラインの行く手を阻もうとする奴らに死の恐怖を感じながら、クラインは刀でなんとかいなしながら走る。
────怖い。
誰もが感じるであろうその感情が、この状況で大きくなる。
逃げても、倒しても、湧いてくるそのデータの塊は、徐々にクラインの精神を摩耗させていく。
「チィ……!」
その身を翻し、その刀に光が纏う。
周りを囲うモンスター達に向けてその身体を捻らせ、そのソードスキルをぶつける。
かなりの威力の斬撃、奴らはその威力と風圧でクラインから距離が離れる。
瞬間、クラインはモンスターとの間を全力で突破し、その先にある道へと走っていった。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
刀を地面に置き、その場にへたり込む。
どれくらい走っただろうか、それを考える事も無く、荒い呼吸を整える。モンスターが追って来ない事に安堵の溜め息を吐き、低い天井を見上げた。
あれほど死の恐怖を身近に感じたのは何時ぶりだろうかと、ついぞ考えてしまう。今までもフロアボスと戦って来た中でそれを感じる事は何度もあった。
ただ、今回のはいつものそれとは何かが根本的に違っていた。恐怖の感じ方、その在り方みたいなものが。
「っ……」
自身の手が震えているのを感じる。心臓が高鳴り、瞳が揺れているのが分かる。
クラインには何が違うのか、それが既に分かっていた。
「……キリトの野郎も、こんな感じだったんだろうなぁ……」
懐かしみ、慈しむように呟く。
そう。この恐怖はきっと、一人──孤独から生じるものだった。
周りには誰もいない。自分はこの場に一人、独りだけなのだと自覚する。誰にも見られる事も無く、知られる事も無く死んでしまうかもしれない恐怖。
それが、今のクラインが感じたものだった。
キリトはずっと、こんな気持ちでソロを続けてきたのかと思うと、胸が痛む。
キリトが完全に周りを拒絶し、ソロを貫いていた頃。彼のギルドが全滅した後の、生きる気力を失いつつあったあの頃のキリトを思い出す。
《月夜の黒猫団》
その名はキリトから、嬉しそうな声で聞く予定のものだった。いつかそのギルドが攻略組として上層に上がり、戦力としてその名を轟かせ、キリトから自慢げに聞くはずの名前だった。
全滅しただなんて、そんな事は聞きたくなかった。震える声で切り捨てる彼の表情は、悲痛に歪んでいた。
今も頭に焼き付いて離れない、彼のその表情。
仲間を失って、独りになる感覚。これがそうなのか、とクラインは辺りを見渡す。その狭き空間にはモンスターの気配も無く、完全にクライン一人。
アキトとフィリアという仲間とはぐれ、一人になったこの状況は、あの頃のキリトとよく似ていた。
「っ……」
その拳を、強く握り締めた。悔しそうに、その怒りをどうしようもなく鎮める。けれど、収まってくれなくて。
────ずっと、後悔していたのだ。
ゲーム開始当時、キリトを一人にしてしまった事を。あの時から、キリトもクラインに少なからず罪悪感を感じていただろう。けどそれは、クラインも同じだったのだ。
絶対に死んで欲しくない、いつの日か今にも壊れてしまいそうなキリトに、そう確かに思った事、忘れるはずが無い。
75層のボス戦の時も、ヒースクリフとの戦いの時もそうだ。ボスの鎌はキリト達に任せ、自分は側面から不意を突くだけ。ヒースクリフの時は、何も出来ずに眺める事しか出来なくて。
キリトがいなくなり、誰もが悔しがり、諦念を抱く中、クラインの心も、アスナ程では無くとも壊れかけていたのかもしれない。
募るのは後悔ばかり、助けてもらっていたのは自分達ばかり。
自分はキリトに、何かしてやれただろうか、と。
アスナ、シリカ、リズベット、エギル、ユイ。彼らから感じるものは自分と同じ。後悔や哀しみ、そればかりだった。
あの時ああしていれば、なんて何度問い返しても遅かった。ゲームクリアは大事でも、この世界でそれ以上に大切な者達と出会ってしまったから。
だからこそ、キリトを失った事による攻略組の崩壊は時間の問題で、もしかしたらもう、ゲームクリアなど望めないのかもしれないと、何処かでそう思っていたのかもしれない。
そんな時、キリトに良く似た少年と出会ったのだ。
名前はアキト。
容姿、戦闘スタイル、態度の何もかもが違ったのに、纏う雰囲気や言葉やその態度の中で見え隠れする優しさが、キリトそっくりで。
顔も知らない、それほど親密でもない、そんなプレイヤーの命の危機に身体を張って飛び込んで来るその心の強さに、誰もが心を揺さぶられたはずだ。
クラインもその一人だった。気が付けば、彼をいつの間にかキリトと重ねて見てしまっていたのかもしれない。
そして彼が《月夜の黒猫団》、キリトと同じギルドにいたと知った時、これは戒めだと、何処かで思ってしまった。
もう同じ過去は繰り返さないと、そう心に誓ったはずだった。だからこそ、今回フィリアの救出の際、アキトが自分達に黙って《ホロウ・エリア》に赴いてしまった時も、気付けなかった自分に腹が立った。
もし間違えれば、アキトは死んでいたかもしれない。そう思うと、キリトを死なせてしまったあの頃を思い出してしまって。
アキトの中にキリトがいる、それを信じさせられたあのボス戦の時も結局、最後まで彼の《二刀流》に任せ切りだった。キリトは自分達の前から姿を消しても尚、自分達の為に戦ってくれていたのに、自分は────
(俺は……っ!)
クラインは足を地面へと突き立て、力強く立ち上がる。
変わらず辺りにモンスターがいない事を確認し、マップを開く。まだ行っていない部分を景色と見比べ、その方向へと足を進ませた。
そうだ。こんなところで座っている場合じゃない。
今、自分の仲間が。キリトの大切な人が、そしてアキトが、PoHのアップデートによって苦しめられようとしている。
アキトが、キリトがそれを食い止める為に躍起になっているのなら、自分もそれに応えなければならない。
今度こそ────
(今度こそ俺はっ……!)
クラインは目の前の他と違う禍々しい扉の前に立つ。紅い宝玉が埋め込まれているのを見ると、恐らくここがエリアボスの部屋。
そして、自然とその扉が開かれ、その先に転移石が浮いていた。
クラインは突然の事で驚いたが、そのまま意を決して足を踏み入れる。もしかしたら、既にアキトとフィリアはこの転移石の先にいるかもしれない。
そう思うと、ここに留まる訳にはいかないと思った。
クラインはそっと、その転移石に触れる。
眩い光が、クラインを包んだ。
「……ここは」
身体を纏う光が消え、細めていた瞳をそっと開く。その広大なフィールドに、一瞬だけ身体が固まった。
すぐ下へと続く長めの階段をゆっくりと下り、辺りを見渡す。
何処か既視感を覚えるそのフィールドに、クラインは息を呑んだ。
その場所は、一言で言うと『赤』
血のような赤がフィールド全体を多い、天井は仄かに白く光を帯びている。
以前戦ったエリアボスの時のフィールドとは、明らかに違う。この場所、ボスエリアは桁違いに広かった。
クラインは、部屋の中心近くまで来て、漸く察した。
そして、鳥肌が立つ。
「────っ」
気付いた。気付いてしまった。
アキトが初めて《ホロウ・エリア》に行った時に聞いた話を、今更思い出した。
そして、この空間に対する既視感。それは既視感なんて言葉で済ませられるものじゃなかった。
忘れるはずがない。このフィールドは。
このボスエリアは────
────75層と、よく似ている。
「っ……!」
クラインは咄嗟に上を見る。
その身体を中心に巨大な影が辺りを覆う。段々と巨大となっていくその影に背筋が凍りつき、気が付けばクラインはその足を動かしていた。
瞬間、クラインが先程までいた場所に何かが落ちて来た。巨大な振動が地面を刺激し、思わず体勢が崩れる。地震でも起きたのかという感覚がクラインを襲う。
舞う煙が晴れ、目を見開けばそこには、見覚えがあり過ぎる姿が現れていた。
白い頭蓋、百足の足を思わせる無数の骨剥き出しの強靭な鋭い脚。頭蓋の両脇から鎌上に尖った2本の腕。
その身体はあまりにも巨大で、何より死の恐怖を助長する。
もう会う事は二度と無いと思っていたはずの、75層のフロアボス。
「おいおい、冗談だろ……!」
《
その定冠詞を持つ巨大な怪物は、クラインを真っ直ぐに見据え、その眼を光らせる。
クラインは刀を抜き取り、歯軋りした。確実に近付いている死の感覚に、脳が侵されてしまいそうだ。死ぬ、死んでしまう。そればかり。
先程までのクラインなら、きっとそうだった。けれど。
ふと、キリトとアキトの顔を思い出す。
一人になっても、独りでも尚戦った、優しい勇者達を思い浮かべる。
どんな理不尽でも、どんな逆境でも、誰かの為に一生懸命になれる存在。
そんな二人の在り方を、自分と生き方と重ねて────
クラインは笑った。
「情けねぇ……情ねぇよ!」
瞬間、骸百足はクライン目掛けて2本の鎌を振り下ろした。
クラインは1本目の鎌を刀で流す。その目は闘志を燃やし、本気を示す。
そして2本目の鎌を、身体を捻らせて躱す。
一瞬で懐に飛び込んだクラインは、その刀を光らせる。
「うおおおぉぉっ!」
刀単発高命中範囲技《旋車》
眩い光が刀に纏い、そのまま骸の顎に直撃する。
奇声を上げて仰け反った隙を見て、クラインは後退する。上手くいった事実と、この手に握る刀の手応え。
クラインは、また笑った。
ああ、情けない。
自分より年下の奴らの方が、カッコイイ生き方をしてるなんて。
これは、きっとチャンスで。
きっと、偶然じゃない。
そうでなくとも、偶然だと思いたくない。
目の前のボスは、きっと75層での不甲斐ない自分との決別をさせてくれる存在。
何も出来ずに友を死なせた自分との決別。
そして、大切なものを守り抜くとする意志、その誓いを果たす為の存在。
キリトやアスナに任せ切りじゃない。
今度はちゃんと、力になるんだ。
「あの時の……リベンジってわけか……!」
クラインは刀を強く握り、ボスを鋭い目付きで見上げる。
「クライン!」
「クライン、大丈夫!?」
その声が背中から聞こえ、思わず振り返る。
そこには、クラインが一緒に現実に帰りたいと願う二人の仲間がいた。
アキトと、フィリアだ。
こちらを心配するような表情で、慌てて走って向かってくる。
クラインとホロウリーパーを交互に見て、その武器を急いで構える。
その一瞬、アキトの姿がかつての仲間と重なり、クラインは目を見開く。
「っ……キリの字……」
それは一瞬だったけど、けど確かに、アキトの中にキリトがいる。
それが見えた。だから、クラインは笑う。
ああ、なんと頼もしい事か。
けれど、今度は違う。力になる。そう決めたから。
「……よう二人とも、丁度良い時に来てくれたぜ……!」
ニヤリと、嬉しそうに笑うクラインに、アキトとフィリアは目を丸くする。
急にカッコよく見えるクラインに、頼もしく見える彼に、アキトは僅かに羨望を覚えたような気がした。
自信か、強がりか。そんなの、今の彼を見れば分かる。
絶対に勝てる、勝ってみせる。そんな自信だ。
───そして、それはきっと現実のものとなる。
クラインは大地を踏み締め、刀を構えた。
見上げる瞳が、挑戦的な態度を示す。
さあ、あの頃の
「コイツを全力でぶっ飛ばしてぇ……!頼む、手ぇ貸してくれ!」
「当たり前だ!」
「うん!」
二つ返事で応える二人に、クラインも、アキトも、フィリアも笑う。
クラインの元に辿り着いた二人は、武器を手に顔を上げる。
見上げたボスは、大地を震わす程の咆哮を上げ、彼らに襲い掛かろうとしていた────
※戦闘描写カットしようか思案中……
クライン 「うおい!俺様の勇姿!(ガチギレ)」
キリト 「今回のがお前の主役回だからもう良くね?キャラじゃない事ばっかり言って」
クライン 「良くねぇに決まってんだろ!カッコイイだろーが!」
アキト 「けど早く完結させたいらしいし……」
クライン 「そんな裏事情聞きたくねぇっての!」
※本編とは無関係です。