ソードアート・オンライン ──月夜の黒猫──   作:夕凪楓

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最近ほぼ毎日投稿してましたが、これを境に暫く投稿出来ませぬ。

ご了承ください(´・ω・`)
↑いつも似たような事言ってる。

しかし、感想が私のモチベに変換される……!
オラに感想を分けてくれ……!

冗談はさておき、では、どうぞ!



Ep.67 薄れる感情

 

 

 

 

 

 アスナが涙するのを見た。

 想い人を失い、生きる意味を失い、それでも生きていくと決めたのに、何処か無理をしていたから。

 

 シリカの涙が流れたのを見た。

 大切だった人、力になりたかった人の為に赴いた場所には、支えるべき対象が何処にもいなかったから。

 無力で、何も出来ない、そんな自分を責めたから。

 

 リズベットが泣くのを見た。

 親友の為に自身の気持ちを押し殺した事、そして、ただ帰りを待つだけだった自分自身を呪って。

 そして想い人を失い、後悔を募らせたから。

 

 シノンが泣きじゃくるのを見た。

 強くなりたい一心だったのに、何一つ上手くいかなくて、自分自身じゃ何も出来なくて。

 無力な自分を、怯えて死ぬだけだと思い、恐怖したから。

 

 ユイが泣きながら訴えた願いを聞いた。

 父を失い、母までもが後を追おうとした時、自身の存在が消えた気がした事を嘆いていた。

 けどそれでも、彼女は他人の事を一番に考えて、そしてその願いを叶えたくて、必死に縋った彼女を、今でも覚えてる。

 

 そして、リーファが泣き叫ぶのを見た。

 兄の死から逃げるように、ログインした彼女。

 この世界で初めて手に入れた感情は決して『感動』なんかじゃなくて。

 兄を奪った仮想世界は憎いものでしかなくて。それでも、兄がどんな世界を旅しているのか、知りたくなって、ALOというゲームに触れた。

 だけど兄を失ってから、彼女の心はずっと揺れていたのかもしれない。ずっと無理していたのかもしれない。

 みんなと笑い合っている中でも、心の中ではみんなとの思いを共有していなかったのかもしれない。

 そう思うと、心が傷んだ。

 まるで、今までの時間を。

 否定されたみたいに感じたから。

 

 

 そんな彼女の為に。

 

 自分には、何が出来る────?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ●○●○

 

 

 

 「あ、いらっしゃーい、アキト」

 

 「……おう」

 

 

 この店の主であるリズベットとは対照的に、アキトは簡素な受け答えで返す。

 けれど、リズベットは顔色一つ変えずに、その笑顔のままこちらに歩み寄り、その腕をアキトに向けて突き出した。

 

 

 「武器のメンテでしょ?やったげるから、貸して」

 

 「……頼む」

 

 「はいはい、ちょっと待っててね」

 

 

 リズベットはそう言うと、アキトから渡されたエリュシデータを両手に抱え、ゆっくりと工房へと運んでいく。

 アキトは、リズベットより先に工房行きの扉に辿り着き、両手が塞がっているリズベットの為に、その扉を開けた。

 

 リズベットはそんな彼の行動に目を丸くし、そのままパチクリと瞬きを繰り返していた。

 だが、その口元は段々と弧を描いていて、その顔は優しげに綻んだ。

 

 

 「……ありがとっ」

 

 「……別に」

 

 

 アキトの横を通り過ぎ、リズベットは工房へと続く小さな階段を下りる。

 そこには鍛冶屋が使うハンマーや炉、台や鉱石など、色んなものが備わっていた。

 アキトは初めて見るものばかりで、目を見開いていた。

 そんな彼を見て、リズベットは小さく笑った。

 

 

 「工房見るのは初めて?」

 

 「まあ、な。大方予想通りだけど」

 

 「見ててもいいけど、メンテナンスの邪魔しないでよね。話し掛けられたら集中出来ないから」

 

 「その代わりちゃんとやれよポンコツ」

 

 「だからあたし、もうスキルコンプリートして……アキトも分かってて言ってるのよね……」

 

 

 リズベットは呆れたように笑うと、エリュシデータのメンテナンスに入った。

 チリチリと火花を散らし、その剣を削り、鋭くしていく。彼女のその瞳は、キリトの形見だけを真っ直ぐに見つめていて、とても職人らしく、それでいて、とても魅力的に見えた。

 アキトも、思わず見惚れてしまっていた。

 

 リズベットは今までこうして、みんなの為に武器をメンテナンスして、武器を作って、そうしてここまで築き上げてきたのだ。素直に凄いと思った。

 自分だけじゃない。努力しているのは、みんな同じ。だからこそ、報われて欲しいと切に思った。

 

 だが、こうしてただ待っていると、色々考えてしまう。

 何も無い時間が、アキトを悩ませる。

 そうして工房の周りをウロウロしていると、やがて剣が削れる音が鳴り止み、リズベットが立ち上がる。

 アキトもそれに気付いて振り返ると、エリュシデータを鞘に入れて担いだリズベットが立っていた。

 

 

 「お待たせ。はい、どうぞ」

 

 「……ん」

 

 「確か、明日だったわよね?86層ボスの攻略会議。何か、とんでもないペースになって来たわね」

 

 「そうだな……」

 

 「今日はもう良い時間だし、早めに休憩したら?」

 

 「……ああ」

 

 

 リズベットはそんな彼を見て首を傾げる。

 先程から受け答えが適当過ぎて、話を聞いているのかすら分からない。

 

 

 「……ねぇ、どうかしたの?」

 

 「……別に」

 

 「アンタがそんな感じに言う時って、大抵何かあるのよねー……」

 

 「……」

 

 「あ、もしかしてリーファの事?」

 

 「っ……」

 

 

 アキトは愚かにも、そんな彼女の言葉に反応を示してしまった。

 リズベットはそんな彼を見て、深く溜め息を吐き、その表情は呆れ顔だった。

 

 

 「何よ、アンタらまーだ仲直りしてない訳?明日はボス戦なのよ?」

 

 「……別にケンカしてる訳じゃない」

 

 「じゃあ何でギスギスしてるのよ」

 

 「……」

 

 

 リズベットはきっと、興味本位で聞いている訳じゃないのは分かっている。

 キリトの仲間達は、みんな優しい。こうした仲間内のいざこざを、見て見ぬ振りが出来ないのだろう。

 そんな姐御肌なリズベットを見て、小さく笑みを作るも、この話はなんとなく言いにくかった。

 リーファのこの世界に来た理由に触れる事になるし、それはある意味リアルの情報を他人に漏洩するという事だ。

 リーファのあの時の泣き顔を思い出すと、とてもじゃないけど言えなかった。

 

 何も言わずに押し黙るアキト。

 そんな彼を見続けていたリズベットだが、やがてその視線を左に逸らした。

 

 

 「……相談くらいなら、聞いてあげるわよ」

 

 「……リズベット……」

 

 

 リズベットはアキトの横を通り、入口前の階段に腰掛けた。

 両肘を膝に付き、その手のひらに顎を乗せる。その視線はアキトだけを見据えていた。

 

 

 「あたし達は仲間なんだから、悩みは打ち明けてくれれば良いのよ。そりゃあ、リアルに関わる話とか、どうしても言いたくないーとかなら仕方無いのかもしれないけどさ……」

 

 「……」

 

 「何もできないってのも、結構堪えるのよ……?」

 

 「っ……」

 

 

 その発言は、リズベットが言うからこそ、重みを感じた。

 アキトは言葉に詰まり、彼女から視線を逸らす。受け取ったエリュシデータが、いつもより重く感じて、アキトはその表情に影を落とした。

 

 だが、アキトは何かを決意したのか、エリュシデータを台を支える柱に立て掛けると、近くの壁にもたれかかった。

 そして、ポツリと、その口を開いた。

 

 

 「……もし、さ」

 

 「うん」

 

 「……お前が、その……この世界の誰よりも強くて」

 

 「うん……へ?」

 

 「目の前に茅場晶彦……ヒースクリフが、HP残り1ドットでその場に転がってたとする」

 

 「ちょ、ちょっと待って……何の話よこれ?……というか、何その状況……?」

 

 

 アキトの口から繰り出される珍発言に、リズベットは困惑を抱く。

 一体何の話なんだこれは。アキトも、言い方が間違ったかと、その頬をポリポリと掻いた。

 

 

 「あー……えっと、さ」

 

 「……」

 

 「茅場晶彦を……殺したいと思った事はあるか……?」

 

 「え……」

 

 

 アキトの口から、そんな言葉を聞いて、リズベットは固まった。

 けれど、彼の表情はとても真剣で、とても悲しげで、冗談じゃないだろう事が伺えた。

 

 

 「この世界に2年も閉じ込められて……その現況を、それ程までに恨んだり、とか……してないのか……?」

 

 

 言葉を続けるアキト自身も、何を聞いているのだろうと自分を責める。彼女に聞いても、そんな事に答えてくれる訳もないのに。

 

 アキトは軽く溜め息を吐くと、もたれた壁からスっと立ち上がり、エリュシデータを背中に収めた。

 

 

 「悪い、忘れてくれ」

 

 

 アキトはそう言うと、リズベットの隣り、空いた空間から階段を登って店へ出ようと、その足を進めた。

 けれど、そんな彼の目の前に座るリズベットが、小さく口を開いた。

 

 

 

 

 「……恨んでる」

 

 「…………え」

 

 「そりゃあ……恨んでるわよ……恨んでるに決まってるじゃない……」

 

 

 アキトは、小さな声でそう答える彼女を見下ろした。

 階段に座る彼女は、その膝を抱えて蹲っていた。

 

 

 「この世界には……いないんじゃない?茅場晶彦を恨んでない人なんて。まあ、全員かどうかは分からないけど……」

 

 「……そう、だよな」

 

 「さっきの、アキトが言ってた事。『殺したいっと思った事があるか』ってやつ。そんな風に考えた事は、無かったかな。そもそも、それって犯罪だしさ」

 

 

 ハハ、と乾いた笑みを浮かべるリズベットを、アキトは何とも言えない表情で見つめるばかり。

 だが、やがてリズベットはその笑いをやめて、表情を暗くした。

 

 

 「けど……キリトが死んだって聞いた時は、一瞬だけ思った」

 

 「っ……」

 

 「もし、茅場晶彦が目の前に現れたら、殺してやりたいって思うだろうなって……」

 

 

 言葉が詰まった。

 そんな風に、思いを打ち明ける彼女を、アキトは見た事が無かったから。

 いつも笑顔な彼女の、そんな黒い感情を、アキトは見た事が無かった。

 自分は、やっぱり何も理解していなかったんだなと、そう思った。

 だが、リズベットはやがて顔を上げ、アキトを見つめた。

 

 

 「……けど、けどね? もしそんな事をしても、心は晴れないと思う。それどころか、自分がやった事に後悔して、もっともっと辛くなるだろうし……そんな勇気も無いしねっ」

 

 「……」

 

 「それに……この世界に来たのも、悪い事ばかりじゃ無かったしね」

 

 「え……?」

 

 

 アキトは、そんなリズベットの言葉に目を丸くする。

 リズベットは温かい笑みを浮かべて、その瞳をゆっくりと閉じた。

 

 

 「この世界に来たからこそ、出会えた人がいたし、感動する景色があった。そりゃあ、この世界が無ければ、死ぬ事だって無かっただろうし、そう考えたら、やっぱり茅場晶彦のやった事は許せない」

 

 「……」

 

 「……けど、この世界に来た事、あたしは否定したくないんだ。この世界に来たおかげで、あたしはアスナって親友が出来たし、あの子を守りたいと思えた。……ここに来たから、キリトに会えて……好きになれた」

 

 「っ……キリトを……」

 

 

 そうやって告白するリズベットは、顔が少し赤くて、照れを誤魔化すように笑った。

 

 

 「この世界で過ごしたあたしは、この出会いと気持ちを無かった事には出来ないのよ、きっと。だって、こうして生きている世界は本物だと思うし……誰かと繋いだ手は、温かいって教えてもらったから」

 

 「リズベット……」

 

 「……だから、きっと恨みだけじゃないのよ。思ってる事は」

 

 

 リズベットは、閉じていた目を開き、前を見据える。

 炉心の火が燃えているのを見つめながら、その表情を曇らせた。

 

 

 「……そうやってみんなに会って、こうして仲良くなって、笑って……現実との隔たりとか、違いとかを感じなくなって行く内に……少しずつ、なのかな……茅場晶彦に対する憎しみっていうのが、段々薄れていっちゃって……」

 

 「……そうか」

 

 

 アキトはそう一言返すと、その目を伏せた。

 自分が作り上げたこの雰囲気で我に返ったのか、リズベットは再び誤魔化すように笑った。

 

 

 「あ……あはは、おかしいかな?あたしの思ってる事」

 

 「……いいや、何も。何もおかしくないよ」

 

 「そ、そう……な、なーんか語っちゃって!ゴメンね、アキトあたしだけ話しちゃって……」

 

 

 リズベットはその場から立ち上がり、炉へと近付いていった。

 その背中を、アキトは眺めるだけだった。

 

 

 彼女の言っている事は、大半のプレイヤーが感じている事だろう。

 憎しみ、恨み。それに限らず、人間は一つの感情をずっと持続させる事は不可能だ。

 最初は皆、茅場晶彦を恨んでいた筈だ。だがこうして2年経つと、そうでも無い連中が増えた。

 そのいい例がオレンジプレイヤーだ。

 

 そしてリズベットの言うように、茅場晶彦への憎しみだけじゃない。この世界で紡いだ絆は本物で、そんな出会いの場をくれた奴を、憎しみだけの目で見れない奴もきっといる筈なのだ。

 感情が持続出来ないという事もあり、茅場晶彦を殺したい程に憎む人々も少ないだろう。

 時間が経てば経つ程に、その感情は薄れていく。

 

 もしかしたら、リーファもそうだったのかもしれない。ずっと隠して、偽っていた訳じゃない。

 こうしてみんなと笑い合ったあの時間は、決して無駄じゃ無かったのかもしれない。リーファも、心の底から楽しんでくれていたかもしれない。

 けれどあのクエストを見付けて、兄への想いを、再確認して、茅場晶彦の事を考えるようになったのかもしれない。

 

 リズベットの言っている事が、この世界の大半の考え。

 それはきっと正しくて、それが常識なのかもしれない。

 

 

 だけど────

 

 

 

 

 「……憎しみが薄れる感覚、よく知ってる」

 

 「え?」

 

 

 リズベットが、そんなアキトの言葉に振り返る。

 アキトは、ほんの少しだけ、分かりにくい笑みを浮かべて、リズベットを見つめていた。

 

 

 「ましてや、好きな人を失った事考えたら……そう割り切るリズベットも、憎しみに駆られたのも、仕方無いと思う。誰も責められないよ」

 

 

 そう。だって、それが普通なのだ。

 仲間の死や、自身の置かれた状況を見れば、茅場晶彦を恨むのは当然だが、その感情が薄れてしまうのが、当たり前なのだ。

 

 だけど、それでも。

 

 

 「……俺も、似たような事があったんだよ」

 

 「え……?」

 

 

 そんな彼の言葉に、リズベットは思わず聞き返してしまう。

『似たような事』とは、キリトを失った自分のような事なのかと、そう考えてしまったから。

 アキトは、彼女から目を逸らすと、炉心の炎を見つめた。

 

 

 「絶対に茅場が許せなくて……納得するまで戦うって、そう決めた筈なのに……その思いは日に日に薄れていった」

 

 「……」

 

 

 それが、普通。

 感情が薄れてしまうのが、普通なのに。

 それでも。

 

 

 「……けど俺、気付いたんだよ……」

 

 

 そうやって自嘲気味に笑うアキトは、何処か辛そうで。

 リズベットは、ただ黙って見る事しか出来なくて。

 

 

 

 

 「納得するまで戦わない限り……この憎しみ(思い)は完全には消えないんだ、って……」

 

 

 「アキト……」

 

 

 

 

 その腕を、もう片方の腕で強く掴む。

 そう、そうなのだ。

 この思いは、どんどん薄れていく。けど、それでも完全には消えてはくれなかった。

 どこかで、必ず精算しなければならない事なのかもしれないと、そう思ってしまった。

 そうしなければ、前に進めない人だっている。

 

 勿論、過去に起こった事は悲劇だった。

 誰が悪い事でも無かったかもしれない。それでも、アキトは自身を責めて、茅場晶彦を責めた。

 出会いを否定したかった訳じゃない。この世界が無ければ出会えなかったかもしれないという事も理解している。

 けれど、アキトは思ってしまったのだ。

 この世界さえ無ければ、彼らが死にゆく事は無かったのに、と。

 

 

(……だから、リーファも……)

 

 

 彼女も、本当は楽しかったのだろう。あの笑顔は、紛れもなく本物に見えた。

 みんなといる時間を、思いを分かち、共有していた。けれど、どんなに楽しんでも、誤魔化しても、仮想世界への憎しみが薄れても。

 完全には消えてくれなかったのだ思う。

 

 そんな彼女に、自分のエゴを押し付けるのは間違っているのかもしれない。

 だけど、彼女はかつての自分に良く似ていた。大切なものを失った、かつての自分と。

 だからこそ、放ってはおけなくて。あんな苦しみを、感じて欲しくなくて。

 

 

(だから……俺は……)

 

 

 アキトは身体を反転させ、工房の入口、その扉へと手を掛けた。

 顔だけを後ろに向けると、リズベットが目を丸くしてこちらを見ていた。

 

 

 「悪い、リズベット。ちょっと用事思い出した」

 

 「わ、分かった……あっ!ちょ、ちょっと待って!」

 

 「……?」

 

 

 リズベットは慌ててアキトを呼び止めると、自身のウィンドウを開き出した。

 忙しなくその指を動かし、アイテムストレージを操作していく。

 

 すると、リズベットのその手元に、鞘に収められた一本の剣が顕現した。

 リズベットは重そうにそれを持つと、アキトに向かって歩き出した。

 アキトは彼女の行動が読めず、その場に立ち尽くすだけだった。

 

 やがて、リズベットがアキトの前にまで来ると、その手に持つ剣をアキトに差し出した。

 

 

 「……受け取って欲しいの」

 

 「……これ」

 

 

 アキトはリズベットから渡された剣を、鞘から抜き取った。

 それは、今まで見た事のある剣の中でも一際美しい、紅く輝く剣だった。

 とても重く、アキトが使うに適したもので、刃の付け根には、青く光る宝玉が嵌め込まれていた。

 そして、その剣の性能は、エリュシデータと同等、いや、それすらをも凌ぐステータスを誇っていた。

 

 

 「名前は《リメインズハート》。今あたしが作れる、最高傑作」

 

 「……どうしたんだ、これ」

 

 「前にシリカとリーファとで、この剣を作る鉱石と炎を手に入れたんだ。それで、この前アンタと二人で手に入れた《ヴェルンドハンマー》で、打ったの」

 

 「……」

 

 

 その話は、リーファに聞いていた。

 いつだったか、リズベットとシリカと、《レラチオン鉱石》と呼ばれる鉱石を採りに出かけたという話を。

 まさか、ずっとこれを作る為に────

 

 

 「……けど、どうして剣なんだよ。刀とかレイピアとか……お前がメイスで使うって事も出来た筈だろ」

 

 「馬鹿ねー、強い武器が作れるなら、一番有効に使ってくれる人に渡すべきでしょ?」

 

 「……けど、俺にはコレが……」

 

 

 アキトはそう言って、その背に背負う黒い剣《エリュシデータ》に目をやった。

 たとえ、リズベットの剣の方が優れていたとしても、キリトの形見であるこの剣を使う事に、無意識に拘っていたからだ。

 この剣が、自身を強くしてくれている気がして、彼と共に戦っているような気がしたから。

 

 リズベットは、それを聞いても表情は変えず、ただ笑顔でアキトを見上げた。

 

 

 「……分かってる。けどこれは、アンタの為だけに打った訳じゃないの」

 

 「え……」

 

 「自分の為……そして、キリトの事を思って作ったの。色々な事を乗り越えて、乗り切って、前に進む為の剣を」

 

 「……リズベット」

 

 

 だから、剣の形なのだ。

 彼の事を想って、本気で好きになってしまって。

 諦めなきゃと思っても、この気持ちを偽れなくて。

 そんな彼の為に、覚悟を決める為に、自分の集大成として作ったこの剣。

 その剣には、リズベットの心が確かに込められていた。

 

 

 「アンタは前科があるからねっ、予備としてとっておいても損は無いでしょっ!」

 

 「うっ……」

 

 「今度は折るんじゃないわよ?」

 

 「……分かった」

 

 

 そう言うと、アキトはその手の剣に視線を落とす。

 腕に自然と力が入るのを感じた。

 

 

(……重いな)

 

 

 まるで、この世界に生きる全ての人の意志と願いを、全て集めて収めた剣のように思えた。

 これを作るのに、一体どれほどの────

 

 

(想いを背負って、前に進む為の剣……か)

 

 

 アキトは《エリュシデータ》をストレージに仕舞い、《リメインズハート》を背中に装備した。

 それを見たリズベットは、驚きで目を見開いたが、やがて嬉しそうに、その頬を赤らめて笑った。

 

 

 「良いの?」

 

 「……ああ」

 

 「そっか……へへっ」

 

 

 そうして笑うリズベットは、本当に魅力的だった。

 アキトは、そんな彼女を一目見て、今度こそ彼女にその背を向けた。

 

 

 「じゃあ、行ってくる」

 

 「リーファの事、頼んだわよ」

 

 「……ああ、引き受けた」

 

 

 アキトはその扉を勢い良く開き、その部屋を後にした。

 だが、扉が自然と閉まるその瞬間、アキトはリズベットに向けて笑みを受け取った。

 

 

 

 

 「ありがとう、リズベット」

 

 

 「っ……アキ、」

 

 

 

 

 リズベットが何かを言う前に、その扉は閉まった。

 何気無く伸ばされたその腕は、自然と力無く落とされた。

 リズベットはその扉を見て、寂しそうに笑った。

 

 初めて聞いた、彼の感謝の言葉を思い出して。

 

 

 「言い逃げなんて……ずるいわよ」

 

 

 素の彼を垣間見たような気がして、リズベットは少しだけ嬉しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アキトはフレンドリストに最近登録された名前を見付け、位置情報を検索しだし、いつもの丘にいる事を知り、そこまで全力で駆け出した。

 人混みを抜け、裏通りを抜け、夕焼けに染まるその丘と、その目の前に広がる湖。

 その丘で小さくなりながら座る栗色の髪の少女を見て、アキトは途端に口を開いた。

 

 

 「閃光!」

 

 「ひゃあっ!」

 

 

 アスナはいきなり呼ばれた事でその身体を震わせ、慌てて呼ばれた方向へと視線を向ける。

 その声の主がアキトだと認識すると、その胸を撫で下ろし、ムッとした表情でアキトを見上げた。

 

 

 「も、もー、驚かさないでよー!」

 

 

 アスナにしてみれば、アキトに黙ってこの場所に来ている事に若干の羞恥を覚えていた。

 だが、そんな彼女の言葉を無視し、アキトはアスナの元まで駆け寄った。

 アスナは突然の事と、いきなりこちらに近付いてくるアキト、そしてそんないつもとは違う様子の彼を見て、困惑で心臓が鳴り響いていた。

 

 やがてアスナの隣りまで来ると、アキトはアスナと同じ目線になるようにしゃがんだ。

 アスナは目を見開き、慌ててアキトとの距離を少し離した。だが、彼のその表情を見て、その身体が固まってしまう。

 あまりにも真剣で、それでいて何処か辛そうな彼を見て、その瞳が揺れていた。

 

 

 「……アスナ」

 

 「は、はい……」

 

 

 突然、彼にその名を呼ばれ、アスナはその身体を震わせる。

 なんだ、何を言うつもりなのだ、彼は。

 アスナはその目を丸くして、彼を見つめた。

 

 やがて、その顔を上げた彼が、アスナを真っ直ぐに見つめて、そしてまた顔を逸らした。

 だが、アキトはポツリと、その口を開いた。

 

 

 「……相談が、あるんだ」

 

 「……相、談?」

 

 

 アスナは首を傾げる。

 そんな事でこんなに躊躇していたのかと思ってしまってはそれまでだが、人に頼る事を知らなかったアキトからすれば、かなりの勇気が必要だった。

 

 

 「……助けたい、人がいるんだ」

 

 「うん……」

 

 

 かつての自分に似ている、今のリーファ。

 もしかしたら、キリトを失ったばかりのアスナよように、いずれはなってしまうかもしれない彼女を、アキトは放っておけない。

 そんな生き方は、必ず死に繋がる。たとえ、彼女がそうなる事を望んでいたとしても、それは間違った望みだと思うから。

 

 

 「けど……それは俺のエゴでしか無くて……」

 

 「……そんな事無いよ」

 

 「っ……え……?」

 

 

 アスナのその言葉に、アキトは顔を上げる。

 彼女はアキトを真っ直ぐに見据え、顔を傾けて笑った。

 

 

 「誰かを助けたいって思うその気持ちは、絶対に間違ってないと思う。たとえ、それを相手が望んでなくても、そう思う気持ちは絶対に間違いなんかじゃない」

 

 「……アスナ」

 

 「……聞かせて、アキト君」

 

 

 アスナはそう言って、変わらず笑顔を見せてくれた。

 アキトは、その瞳を細めた。

 

 ああ、そうだ。

 

 

(俺は……君のそんな笑顔が見たくて……)

 

 

 だから、リーファも。

 

 

 「……早速、頼らせてもらっても良いかな……」

 

 

 それは、前にこの丘で交わした言葉。

 アスナの気持ちを聞き、自分には頼るべき人達がいるのだと自覚したあの時。

 

 そんな彼の発言を聞いて、アスナは当たり前だと、そういった表情で再びアキトに笑って見せた。

 

 

 

 

 アキトがずっと見たくて、守りたかった笑顔を、アキト自身に見せてくれたのだった。

 

 

 

 

 最前線に来た意味が、全うされた気がした。

 












誰かが願い、誰かが求めた。


だから今、この部屋の中心で、その願いが顕現していた。


愚かにも、誰もが希望を持ち、それを何処かで信じていたから。


理に背く願いを、幻想を抱いてしまったから。








皆が平伏すその中心で、彼は一人、目の前の敵と対峙していた。


「……どう、して……」


加速していく光の剣戟、呻き声を上げるボス。
その咆哮が、部屋に響き、空気を震わせる。

誰もが、その光景を見ていた。
誰もが、その姿に魅了され、希望を抱いた。

けれど、それでも。
割り切れない思いがある。




「何で……どうして……君が……!」




栗色の少女はどうにか叫ぶ。
彼女の仲間達も、各々が心の中で思っただろう。

その切実な疑問を。
僅かな期待と、大きな不安を。




────けれど、もう遅い。












『「…………」』













視線の先には、片目を黒く染めた、かつての剣士の姿が。


ただ、静かに敵を睨み付けていた。






















次回 『その◼の剣士の名は』

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