ソードアート・オンライン ──月夜の黒猫──   作:夕凪楓

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Ep.49 『妖精と太陽』の続きです。

リーファの気持ちを書くの難しくて……もしかしたら文体修正するかもです。

そろそろ、完結見えて来そうかな……(見通し甘過ぎ)


Ep.64 黒猫と月

 

 

 

 

 

 

 「ほらアキト君、早く早く!」

 

 「……」

 

 

 リーファに急かされるままに、アキトは足を動かす。アキトは溜め息を吐きながら、背を向けて走るリーファの後を追った。

 

 現在二人がいるのは、85層のフィールド。

 一面が霧で覆われ、酷く薄暗い。まだ日は昇ってる時間帯だというのに、湿気が多いこの土地は、その霧の濃さで何も見えない。

 夜中と勘違いしても仕方無い程だった。

 

 この湿地帯に足を踏み入れている事には理由がある。

 リーファが76層で受けたクエストの続きである。83層で手に入れた《太陽のペンダント》は、今はリーファの首に下がっていた。

 

 クエストの内容はこうだ。

 

 かつて、名を馳せた彫金師が想い人の為に、《太陽のペンダント》と《月のペンダント》を作った。

 二人はそれぞれにペンダントを身に付け、愛を誓い合ったという。

 だが禁忌を犯した二人は、神に酷く嫌われ、遂には引き裂かれてしまったという。

 彼女は神の手によって天へ誘われ、二人は決して会えなくなってしまった。その時彼女の身に付けていた《月のペンダント》が85層に落ちたという。

 

 概ねこんな感じだろうか。

 76層にいた占い師は、この《太陽のペンダント》と《月のペンダント》を揃えて欲しいようなのだ。

 このクエスト、何故かリーファが物凄くご執心で、かなり真剣に取り組んでいる事が、アキトには気になっていた。

 

 あの時、彼女の真剣さを感じたからこそ、このクエストを受ける事を断り切れなかった。

 リーファには、このクエストを絶対に成功させたい切実な願いがあるのかもしれない。

 だからこそ、アキトも敢えて何も言わなかった。

 

 

 そんな時、突如リーファが下げていた《太陽のペンダント》が光を灯し始めた。

 それに反応したリーファは、途端に目を丸くする。

 

 

 「《太陽のペンダント》が、急に光出して……!」

 

 

 そして、その光は一つの線となり、霧の奥まで伸びていった。

 まるで、その方向へ行けと、そこに《月のペンダント》があると、そう言っているみたいで。

 途轍もない既視感に、アキトは苦い顔をした。

 

 

 「……飛行石かよ」

 

 「あっちに何かあるって事かな?」

 

 「大方、《月のペンダント》だろうな」

 

 

 それを聞いたリーファは、段々と嬉しそうな顔をする。

 《太陽のペンダント》を手に取り、小さく口を開く。

 

 

 「きっと二人は……《太陽のペンダント》と《月のペンダント》が呼び合ってるんだよ。これは愛の力だね!」

 

 「やめろ恥ずかしい。そういうシステムなんだろ」

 

 「もう~すぐそういう事言うんだもん」

 

 「……取り敢えず、行ってみるか」

 

 「うん!」

 

 

 そうして、二人は光指す方向、霧の奥へと足を踏み入れたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 未だ真っ直ぐに伸びる光を辿る二人の間には、会話は無かった。

 リーファは自身のペンダントと、その光の先を交互に見ながら歩いている。

 でも、リーファも時折何かを話そうとしてか、アキトをチラチラと見ながら、その口を開いたり閉じたりしていた。

 それを見たアキトは、フッと息を吐いた。

 

 

 「……慣れたかよ」

 

 「え…?」

 

 「この世界……SAOに」

 

 「あ……うん。最初は不安だったけど、みんな凄く優しくて……」

 

 

 リーファは色々思い出したのか、嬉しそうに呟いた。

 だが、段々とその表情も暗くなっていくように見えた。

 

 

 「最初の頃は……ちょっと興奮しちゃって。ゲームの中の宿屋で、本当に寝るなんてやった事無かったんだ。……お兄ちゃん達は、この世界でずっと生活を送ってきていたんだよね」

 

 「……」

 

 「なんて言うのかな……ALOとは街の人達の空気が全然違う。生活感があるっていうか、ログアウトしないでゲームの中で暮らすって、こういう事なんだって感じ」

 

 「……ALOってのは、お前がここに来る前にやってたVRMMOか?」

 

 「うん!ソードスキルは無いけど、その代わり魔法があって、空も飛べるんだよ!」

 

 「空、か……なんか良いな、そういうの」

 

 「でしょでしょ?」

 

 

 リーファのこちらを向かって笑った顔を見て、アキトは小さく笑う。

 彼女もこの世界に慣れてきたようで何よりだった。勿論、それが良い事だとは言い難いが、それでもこの世界で生きるには仕方無い事でもある。

 ここは色んな意味で人間の生活が詰まっている。一つの現実とも言えなくないのだ。

 もうこの場所は、SAOプレイヤーにとって、もう一つの現実と言える世界になっているのだ。

 

 

 「……まあ、お前が言ってる事も当然だ」

 

 「へ?」

 

 「この世界のプレイヤーの生活感の話だ。俺達はここで2年間も暮らしてるからな。そういうのも自然と身に付く」

 

 「そっかぁ。あたしも長く暮らしてたら、アキト君みたく強くなったのかなぁ……」

 

 「……剣道、やってるんだよな。何だっけ……全中ベストエイト?」

 

 「そう!高校だってそれで推薦貰ったんだから!」

 

 「リアルの個人情報はタブーだぞ」

 

 「アキト君から言い出したのに……」

 

 

 そうして会話をするだけで、互いの空気が和らぐ。

 自身の兄の死。それが原因で、この世界にログインしたリーファ。

 今彼女は、何を思って攻略に望んでいるのだろうかと、ずっと考えていた。

 ずっと、違和感を感じてた。

 

 たまに見せる空元気な笑顔。まるでどこか、無理しているような。

 モンスターに向ける視線の強さ。目の前の敵を屠る攻撃の力強さ。

 

 まるで、かつてのアスナを見ているようで。

 だから、もしかしたら。

 

 

 もしかしたら、彼女は────

 

 

 

 

 「アキト君!あ、あれ!」

 

 「っ…」

 

 

 リーファの言葉に、アキトは意識を引き戻す。

 随分と森の奥まで来たようで、最初よりも霧の濃さが目立った。

 リーファが指さす先には、白いオーラを纏う鳥人型のモンスターがいた。

 そこら辺にポップするような雑魚とは違う、明らかに異質な存在だった。ゆっくりと翼を上下に動かし、宙に滞在するそれは、こちらを白い眼で睨み付けていた。

 

 

 NM :《Crescent Wing》

 

 

 「……ボスだな。83層ではすんなり手に入ったから、今回もそうかと思ったんだけどな」

 

 「…どうするの?」

 

 「引き上げる」

 

 「え!? そんな……」

 

 

 リーファはアキトの言葉に驚いたのか、目を丸くしてこちらを向いていた。

 その顔は、まるで『嫌だ』と、そう言っているようで。

 だが、いきなりのボス戦はかなりのリスクがある。この世界に来て日が浅いリーファなら尚更だ。

 もう一度準備を整えてからでも遅くない。

 

 

 「アイツが攻撃動作に入る前に離脱するぞ」

 

 「でも……早くペンダントを手に入れなきゃ、もしかしたら他のプレイヤーに先を越されちゃうかもしれないし……」

 

 「仕方無えだろそんなの、そうなったらそれまでだ。正直、命の危険に晒されてまでクリアしなきゃならないようなクエストだとは思わない」

 

 「で、でも……あたしは……引き裂かれた二人をもう一度会わせてあげたいの!」

 

 

 リーファは、その想いを吐き出すように叫ぶ。

 アキトはそんな彼女を、ただ黙って見据えた。彼女は本当に辛そうに言葉を続ける。

 

 

 「あの二人はただのNPCで、単なる作り話だって分かってるけど……それでもSAOの中では同じ人間で……どうしても二人を放っておけなくて……」

 

 「ならそれこそ、まともに準備してない俺達よりも、後から来た奴らに任せるべきだな。俺達よりも早く、その二人を再会させてくれるだろ」

 

 「そ、それは……」

 

 「命には変えられないだろ」

 

 「っ……」

 

 

 リーファは途端に言葉に詰まる。

 兄を失った彼女に、こんな言い方が酷なのは分かっている。

 だけど、まだ経験の浅い彼女に、まともな準備無しで挑ませたくないのだ。

 

 だが、そんな思いをボスは叶えてはくれなかった。

 奇声を上げたかと思えば、その翼をはためかせ、辺りが一気に炎に包まれた。

 アキトとリーファは急いで後ろを見るが、来た道までもが炎のオブジェクトで消え去っていた。

 

 

 「わわっ!通路が!?」

 

 「……くそ」

 

 

 何とも酷いトラップだ。ボスを倒すまでここから出さないつもりとは。

 アキトが舌打ちをすると、リーファが途端に困惑したような表情を見せた。

 

 

 「あ……あたしのせいで……」

 

 「……剣を抜け」

 

 「え……?」

 

 

 アキトは背中からエリュシデータを抜き取り、ボスの目の前に立った。

 睨みを聞かせつつ、リーファに声を掛ける。

 

 

 「コイツを倒さなきゃ帰れない。生きるか死ぬかだ、付き合ってもらうぞ」

 

 「う、うん!あたしの力、見せてあげるんだから!」

 

 

 リーファはアキトの言葉に意気込んだとか、勢い良くその腰の剣を引き抜いた。

 その瞳にはほんの少しの焦りと、強い闘志が。

 アキトは彼女に若干の不安と、大きな期待を抱いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ●○●○

 

 

 

 ボスは、普段の準備、そして普段通りの連携なら倒せる筈の敵だった。

 使ってくるのは翼で打つ攻撃や、火を吹く攻撃、それに風起こしに足蹴り、そんなものだった。

 だが、どういう訳なのか、リーファの動きがおかしかったのだ。焦るように、怒るように、ただ一心不乱に剣を振り抜く。そんな風で。

 連携を考えずに動いていた。それがわざとなのか、無意識なのかも分からない。

 けれど、ただただ必死さを感じた。

 

 

 「それは予備動作だ!隙じゃねぇ、躱せ!」

 

 「っ…!?くっ…うぅ……!」

 

 

 リーファはアキトの声に反応するも、ボスの攻撃に対処出来ずに吹き飛ばされる。

 アキトはその隙にボスの背中に連撃を叩き込む。宙に浮いていたボスが、身体のバランスを崩し、地面へと落下した。

 その瞬間に、アキトの剣からオレンジ色の光が宿る。

 

 片手剣六連撃《カーネージ・アライアンス》

 

 回転しながら、ボスの身体に刃を当てていく。叫び声にも似た声が森に響き、アキトも一瞬、その瞳を思わず閉じる。

 だが、知っている(・・・・・)、次にこのモンスターがとる行動を。

 

 アキトの瞳に、一瞬光が走った。

 ボスがいきなり空中へと飛び上がった瞬間、アキトは既に地面を蹴って先回りしていた。

 ボスがこちらに気付き、見上げた時にはもう遅い。

 アキトは上段の構えでエリュシデータを持ち、その刀身を光らせた。

 

 片手剣単発技《ヴァーチカル》

 

 一気に振り下ろしたエリュシデータは、ボスを頭から真っ二つに斬り裂いた。

 やがて二つに割れた身体が、ガラスのように砕けて散った。

 

 

 アキトはそのまま地面へと着立すると、ふうっと息を吐いた。エリュシデータを左右に振りながら、鞘へと収める。

 途端に、自身の目の前にウィンドウが開かれる。確認してみると、ボスを倒した事による報酬と、そして《月のペンダント》。

 アキトは《月のペンダント》をオブジェクト化して、ウィンドウを閉じた。

 

 振り返ると、リーファが恐る恐るとこちらを見ていた。

 

 

 「や、やったの?アキト君……」

 

 「……ああ。ほら」

 

 「わわっ…!?」

 

 アキトはリーファに向かって《月のペンダント》を放る。リーファは思わず目を見開き、慌てるようにキャッチした。

 そして、そのペンダントを手のひらに乗せて確認する。

 三日月に象られた宝石に、ハートの片割れのような石が付けられたペンダント。

 《太陽のペンダント》と合わせると、ピッタリくる感じのデザインに、リーファは安堵した。

 それを見ると、ゆっくりと胸に抱き締める。

 

 

 「よかった……」

 

 「……」

 

 

 アキトはそんなリーファを見て、先程までの戦闘を思い出していた。

 彼女の攻撃、動作はいつもの調子じゃなかった。

 いつもはもっと、周りとの連携をしっかりと考え、指示も聞いていた。

 だからこそ、今回のこのクエストが如何にリーファにとって成しえたいものだったのかが伺えた。

 彼女は、何か大きな理由の元で、こうして無理を通してボスに挑んだ。

 

 

 「……アキト君」

 

 「……」

 

 「ありがとね。あたしのワガママ、聞いてくれて」

 

 「……リーファ」

 

 「どうしても……どうしてもね。二人を会わせてあげたかった。いつまでも引き裂かれたままじゃ、可哀想だもんね。えへへ……」

 

 

 リーファは、本当に嬉しそうに笑った。心の底から良かったと、そう思っているように見えた。

 アキトは、そんな彼女を見て、何も言えなくなってしまっていた。

 

 なんとなくだが、分かってしまったのだ。

 

 彼女は、このクエストに登場する、離れ離れになった二人に、自身を重ねていたのかもしれない、と。

 兄をゲームに奪われ、現実で待つだけの日々。そうして、二年の時が過ぎ、会う事を決意して。

 それまでずっと、長い期間、リーファは兄と二度と会えないかもしれない恐怖を感じ続けたのだ。

 このクエストの、愛し合った二人のように。

 

 

 気付けば、声に出してしまっていた。

 

 

 「……重ねてたんだな、自分と」

 

 「っ…」

 

 

 リーファは顔を上げ、アキトを見た。

 アキトの表情は、悲しげで、苦しげなものだっただろう。

 彼女はアキトの言葉を聞いて、その表情を見て、観念したように笑った。

 

 

 「……気付いてたんだ」

 

 「確証があった訳じゃない。ほんの予感だった」

 

 「……」

 

 「あんまり乗り気じゃなかったけど、考えたんだよ。このクエストの事」

 

 

 それは、リーファがこのクエストにとても入れ込んでいた事。

 今か今かと85層の解放を心待ちにしていた事。

 それらが気になって、アキトは思考を凝らしたのだ。

 

 そして、クエストの内容。

 愛し合った二人が、互いにペンダントを付け、そして禁忌によって引き裂かれる。

 それだけ聞けば、その二人がどんな関係で、どんな禁忌を犯したのかなど分かるはずもない。

 だからこそ、リーファのこの行動と、今までのクエスト内容の全てを一から調べ直したのだ。

 態々アルゴにまで頼んで。

 

 

 「……このペンダントの持ち主、兄妹なんじゃないかってさ」

 

 

 だからリーファは、あそこまで必死だったのだと、そう感じた。

 リーファは目を丸くするが、すぐさまその口元に笑みを作った。

 

 

 「それも気付いてたんだ……凄いね、アキト君」

 

 「……愛し合ってるって言うから、恋人なのかと思ってたけど」

 

 

 なら、その『禁忌』っていうのは兄妹間の恋愛事情なのかと考えなくもなかったが、そこはあまり深く調べなかった。

 

 だが、アキトのその言葉を聞いた瞬間、リーファの表情に、暗い影が差した。

 

 

 「……アキト君は……兄妹が愛し合ったら、おかしいと思う?」

 

 「え…」

 

 「そういう事、有り得るかもって、考えた事無い?」

 

 

 何を言ってるんだと、そう斬り捨てる事は出来なかった。

 リーファの表情と、その言葉の意味。

 それを知っているから。

 

 とても冗談に聞こえなくて。

 俯く顔が悲哀に満ちていて。

 アキトは、ポツリと言葉を発した。

 

 

 「……確か、血が繋がってないんだよな」

 

 

 この世界にリーファが来た日に教えてくれた、彼女のここへ来た理由の一端。その際に聞いた、彼女の境遇。

 リーファは表情を変えず、ゆっくりと口を開いた。

 

 

 「うん……この事件が起きてから少し経った時に、お父さんとお母さんが教えてくれたの……お兄ちゃんが本当は……お母さんのお姉さんの子どもだって……それを聞いた時、あたし凄く混乱しちゃって……お母さんにも酷い事、いっぱい言っちゃった……」

 

 

 リーファは、年齢的にもまだ幼い。事件が起きて少しという事は、教えて貰ったのは二年前。

 それなら、彼女は今よりもっと幼くて、そんな事情を聞いても心の整理は付かなかっただろう。

 

 

 「頭グチャグチャだったけど……一番気になって不安だったのは、お兄ちゃんの気持ち」

 

 「っ……」

 

 「お兄ちゃんはずっと前から、あたしが本当の妹じゃないって知ってたんだって。じゃあお兄ちゃんにとって、あたしは何なんだろう……それが、分かんなくなっちゃって。まるでお兄ちゃんの妹だった事が、嘘になっちゃった気がしてた」

 

 

 彼女の言葉の一つ一つが、自身の心に刺さる。

 アキトは、心臓を鳴らしながら、それでも彼女の言葉に耳を傾ける。

 

 

 「でも、その事を聞きたくても、お兄ちゃんはSAOに行ったまま、もう話す事も出来なくて……だから、あたしはここに来ようと思ったの」

 

 

 リーファはその瞳に強い意志を宿し、アキトに向き直った。

 その瞳に、アキトは一瞬飲み込まれそうになる。二人の距離は、ほんの2メートル程で、それなのに、ここから先へは踏み込めないような気がした。

 

 

 「……なのに……」

 

 「っ……」

 

 「この世界は……あたしのお兄ちゃんを奪った……あたし……許せないの……ずっと憎かったVRゲームへの気持ちで……もうどうにかなりそうなの……!」

 

 

 気が付けば、リーファの頬には涙が伝っていた。

 悔しさと悲しさ、それらが綯い交ぜになったような表情で、こちらを見つめながら。

 アキトは、それを見て目を見開いた。笑顔が絶えなかった筈の彼女の涙を、初めて見たから。

 

 そうだ。彼女は、兄のいないこの世界に飛び込んで来たのだ。自分と兄の関係を知りたくて、この世界に来ようと思ったのに。

 もう一度会いたいと、そう願っただけなのに。

 

 そう、きっと。

 この目の前のリーファという少女は。

 兄の事を想い、慕っていたのだろう。

 

 

 「……仇討ちでも考えてるのか」

 

 「いけないっ!?」

 

 

 リーファはアキトの一言に、その気持ちを顕にした。

 流れる涙を抑える事もせず、ただ、その想いをぶつけるだけ。

 

 

 「あたし……悔しいの!悲しかったの……目を覚まさないお兄ちゃんを見て、泣いてたの……他の病室のSAOプレイヤーは一人ずつ亡くなっていって……次はお兄ちゃんの番なんじゃないかって……」

 

 

 普段の彼女からは考えられない程に激昴して、アキトを睨み付けていた。

 

 

 「病室のドアを開けるのが……いつも怖かった。あたし達は家族なのに……一緒にいるのが当たり前なのに……あたしっ、何も出来なかった!ただお兄ちゃんの傍で怯えてる事しか!」

 

 「……」

 

 「そんな生活、耐えられると思う……?」

 

 「……リーファ」

 

 「っ……アキト君には、分かんないよ……決意した矢先に、大切な人の死の知らせを聞いたあたしの気持ちなんて……」

 

 

 そんな事、無い。

 そう言ってやりたかった。

 だけど、何を言っても、今のリーファには逆効果に思えた。

 リーファはずっと、こんな想いをひた隠しにしていて、取り繕って、我慢して。そうしてみんなと過ごして来たのだと知って。

 アキトは、言葉に詰まった。

 

 

 「……そんな事、お前の兄貴が望むとでも思ってるのか」

 

 「……分かんないよ、そんなの……お兄ちゃんは、もういないんだもん……現実世界にも……この世界にも……どこにも……!」

 

 

 リーファは途端に後ずさる。

 その両手を顔に押し付け、必死に涙を抑える。

 だけど、とめどなく溢れる涙は、リーファの心を段々と壊していく。

 

 兄と会う為に手に入れたナーヴギア。

 兄の力になる為に決意した心。

 でも、いざ使うとなるととても怖くて。

 そんな時に、病院にいる母から電話がかかってきて。怖くて、怯えて、聞きたくなかった。

 自分でも、こんな風にナーヴギアを使う事になるなんて思ってなかったのだ。

 この世界に来て、初めて手に入れた感情は、『悲しみ』だった。

 

 

 「お願い……アキト君……」

 

 「……」

 

 

 

 「あたしを……一人にして……」

 

 

 

 

 現実世界と仮想世界。

 二つは交わらないようで、繋がってる。

 それは、目の前の、現実世界からやって来た少女を見れば明らかだった。

 

 兄に会いたかった。

 勇気がなかった。

 でも、飛び込む決意が出来て。

 ずっと、茅場晶彦を恨んでいて。

 仇を取りたいと、無意識にもそう思っているだろうリーファの涙の止め方を、アキトは知らない。

 

 現実にはまだ、自分達の帰りを待ってくれている人達がいて。

 病室で死んだ人達に覆い被さって、涙する人達がいて。

 この世界では、現実の身体がどうなっているのか分からない。だから、本当に死んでいるのかさえ分からなかった。

 なのに、こうして自分の目の前で、止まらない涙を拭う少女がいて。

 

 

 困惑した。

 動揺した。

 どうして、自分は。

 

 

 こんなにも無力で。

 

 

 

 

 ヒーローを目指していた筈なのに。

 

 

 

 

 

 正義の味方になりたかった父親の想いを知ったのに。

 

 

 

 

 

 自分は、目の前の少女を救う方法を知らなかった。

 

 




森のど真ん中

リーファ 「えっぐ……うぅ……ひっく……」

アキト(……これ、一人にしづらい……)


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