ソードアート・オンライン ──月夜の黒猫──   作:夕凪楓

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お待たせです!どうぞ!

か、感想を……( ゚∀゚)・∵. グハッ!!


Ep.56 猫と鼠

 

 

 ────自分が、自分でなくなる感覚。

 

 

 それを体験した事がある、なんて人は少ないだろう。

 そんなの、小説やアニメだけの表現で、実際に体験する事など皆無に近い。

 

 

 だけど最近、何かがおかしいと、奇妙だと。

 歯車が噛み合っていないような、そんな感覚に陥るのだ。

 

 

 見た事も無い映像が、頭の中を駆け巡る。

 知らない景色、知らない人達。

 知らないモンスター、知らない状況。

 

 

 気が付けば、薄暗くて広大な場所にいて。

 見た事があるような、無いような広いフィールドの真ん中に立っていて。

 自身の立つ周りには、倒れ、動けないプレイヤー達がいて。

 目の前には、白い十字の盾を持った、赤い装備の剣士がいて。

 

 

 そして後ろを向けば、見た事の無い、アスナの泣き顔。

 

 

 

 

 

『──ト君ダメだよ!そんなのっ…そんなの無いよぉ!!!』

 

 

 

 

 

 何だ、これは。これは、一体何?

 

 

 こんなの、俺は知らない。

 こんな光景、見た事も無い。

 

 

 周りに倒れ、絶望の表情を浮かべている者も。

 憎悪を宿した瞳で、目の前の赤い剣士を睨み付ける者も。

 その中に混ざる、クラインとエギルの苦しげな表情も。

 

 

 見た事の無い、アスナのあんな涙を。

 

 

 

 

 ────違う。

 違うんだよ、アスナ。

 

 

 俺は君に。アスナに、そんな顔をして欲しかった訳じゃない。

 ただ彼女に、たくさんの笑顔を。

 

 

 ただ君に、笑っていて欲しくて────

 

 

 

 

 

 

 それが、『俺』の願いで────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ●○●○

 

 

 

 「っ…!」

 

 

 ガバッと、横にしていた身体を勢い良く起こす。

 最近、見る夢の種類が豊富になりつつあるこのどうでもいい事実に、アキトは汗をかきながら溜め息を吐いた。

 

 

 いつも独りになりたい時に来る、憩いの場所。

 何かから逃げたい時、考え事をしたい時、或いは、何も考えたくない時に来るこの場所で、夢に追われて飛び起きるなんて。

 

 

 その丘から見える太陽が湖に沈む夕暮れ時の景色も、酷く恐ろしく感じた。

 

 

 どんな些細な夢でも、どんなに優しい夢でも。

 一瞬身体がビクリと大きく震え、こうして目を覚ましてしまう。その時は決まって、こうして汗をかいて、呼吸が乱れている。

 

 何故か、怯えるかの様に身体が震え、止まらないのだ。あと少し、あと数秒でも夢の中に留まっていたら、自分は自分じゃなくなってしまっているのではないかと、そう思えてならない。

 そんな訳はないのかもしれない。そんな事、本当はある筈ないのだ。

 

 

 「…なら…何なんだよ……この感覚は……」

 

 

 まるで、内側からじわじわと違う何かが染みてきている様な、そんな感覚。

 ドクドクと脈打つ音が耳に響き、アキトの瞳は揺れ動いていた。

 

 

 夢から覚めた筈なのに、まだ夢の中にいるようなこの感覚。

 自分が、まだちゃんと(・・・・)()()()()()()様な、そんなよく分からない感覚が襲う。

 

 

 まだ、夢から全ての自我が帰って来ていないみたいな。

 

 

 「っ……」

 

 

 片手で顔を抑える。頭が、ズキズキと痛む。

 いつも綺麗に見える、広がる湖。ここから立ち上がって畔まで歩いて、すぐに顔を覗けば、そこにはちゃんと自分の顔が映っているだろうか。

 もしかしたら、自分ではない誰かが、映っているのではないか。

 

 

 アキト自身も気付かない。

 その瞳の片方が、青から黒へと、変わりつつあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ●○●○

 

 

 

 アークソフィアの商店街の景色は、アキトにとって、もう見慣れたものになっていた。

 行き交う人々、アイテムの売買を行う人々、カフェで休憩する人々。

 話した事は無くとも、見た事のあるプレイヤーが、チラホラと見える。

 視線が動き、その歩を進め、荒れていた呼吸は、もう通常通りに回復していた。

 

 

 そんな彼の黒づくめの装備に、彼らは奇異の視線を浮かべる。見た目、雰囲気、背中に収まる黒い剣。

 ヒソヒソと話される言葉の中には、もう聞き慣れてしまった単語が含まれていた。

 

 

 ────《黒の剣士》

 

 

 それは、かつての英雄の称号。

 この世界で最速、最強を意味した言葉。そしてそれはアキトじゃなく、キリトただ一人に与えられた不変のものだった。

 どれだけ見た目が近くても、どれだけ雰囲気が似ていても、使用する武器が同じでも、アキトとキリトは、全然違う。

 求めたもの、手に入れたもの、失ったもの。

 願ったもの、叶ったもの、受け取ったもの。

 それはパッと見るだけなら同じに見えるかもしれない。だけど、本質的には何もかもが違う。

 環境が、境遇が、強さが、力が、速さが、世界が違う。

 

 同じものを感じ、信じていた筈なのに、二人は違う道を歩んだ。

 キリトはたった一人、ゲームクリアの為に攻略を進め。

 アキトはたった独り、孤独の苦痛に苛まれていて。その場から動ける様になったのは、どのくらいの期間が経ってからだっただろう。

 変わり映えの無い、その場で足踏みするだけの毎日。そんな在り来りな世界を望んでいた筈なのに、独りになった途端に涙が出そうだった。

 現実世界ではずっと独りだったのに、平気だった筈なのに、と自分を励ましても何も変わらない。誰かと共にいた日々が頭から離れなくて、涙が止まらなかった。

 

 それは、後悔の涙。

 求めなければ、失う事も無かったのに。

 出会わなければ、もしかしたらまだ、彼らは生きていたかもしれないのに。

 この世界では、違う自分になれるのかもしれないと、望まなければ、こんな事にはならなかったのかもしれないのに。

 後悔しても、全ては後の祭り。そんな事は分かっている。それでも、この世界にいる限り、そんな事を考えるしかないではないか。

 

 

 美しくても、こんなに残酷な世界で。

 

 

 「……俺、は……黒の剣士なんかじゃ……」

 

 

 この世界に生きる全てのプレイヤーの、希望の象徴。

 それが、『黒の剣士』。

 ヒースクリフが死んだ今、唯一のユニークスキル保持者だった彼はきっと、この世界最後の希望だった。

 そんな大きな存在が、いつの間にか自分という事になっている事実に、アキトは暗い影を落とした。

 

 

 気が付けばエギルの店で、アキトはそれを視認した途端に瞳を伏せた。

 この入り口の先には、《黒の剣士》の守りたかった者達がいる。アキトが、キリトの代わりに守ると誓った人達がいる。

 キリトが成し得なかった事を、アキトが成そうとする、その理由がある。

 《黒の剣士》に出来なかった事を、《黒の剣士》の紛い物である自分が担おうだなんて、今にして思えば随分と大それた事だと苦笑するしかない。

 

 

 ────ズキリ。

 瞳が痛む。押さえれば、見た事の無い光景が瞼の裏に現れる。

 笑う者、涙する者、怒る者、叫ぶ者。そんな人達が、脳裏を駆け巡る。

 

 

 「……」

 

 

 疲れてる。今日は休もう。

 もう、そんな事しか考えられなかった。今になって、なんだか振り出しに戻った気分だった。

 自分の劣等感や、感じ方、他人にどう思われようと、この願いを貫くと、あの時のユイを見て決めたというのに。

 これではきっと、自分に好意を持ってくれてるユイ自身にも申し訳が立たない。

 

 

 「……?」

 

 

 ふと足を止め、その顔を上げる。店の中から、ワイワイと賑やかな声が聞こえてくる。

 現在はもう夕暮れだが、いつも夕飯を食べる為にこの店にくるプレイヤー達は、もう少し遅い時間に来るのだ。

 今日は珍しく早いのだろうか。

 だが────

 

 

 「っ……」

 

 

 聞き覚えのある声が聞こえる。仕事をしているエギルと、クラインを除くいつものメンバーに加え、ストレアと、そしてもう一人。

 久しく聞いてない、だけど耳につくその声を。

 

 

 「……まさか」

 

 

 アキトはエギルの店に入る。いつもの場所、カウンターの近くの円テーブルに、彼らはいた。

 そしてその中に、アキトの予想通りのプレイヤーがいた。

 

 

 

 

 特徴的なヒゲを左右に生やしたフードの少女が。

 

 

 

 

 「あんたは鍛冶屋のリズベットだヨナ。数少ないマスターメイサーノ」

 

 「え、あたしの事知ってるの?」

 

 「勿論ダヨ。マスターメイサーの鍛冶屋で、しかも女性。情報屋なら当然押さえておく情報だかラナ」

 

 「へぇ〜、リズさんって有名人なんだ」

 

 「そ、それほどでも……」

 

 

 リーファに感心され、頬染め照れるリズベット。そんなリズベットの有名な理由を話していたそのフードの少女。金褐色の巻き毛で、ショートヘアのその女性を、アキトは知っていた。

 

 情報屋、《鼠のアルゴ》

 元ベータテスターで、アインクラッドでは数少ない、『情報屋』のパイオニア。

 ゲーム開始当初に、自身がベータテスターである事を明かし、自分の持つ情報をガイドブックに纏めて無料配布していた勇気ある少女。

 

 久しく見ていなかったが、このアークソフィアに来ていたのか。

 アキトは目を丸くして見ていた。

 それと同時に、どうしてこんなところに、とも感じた。

 

 そんな中でも、会話は続いた。

 会話を聞くに、何人かはアルゴとは初対面らしかった。

 

 

 「そう言えばアルゴさんは、みんなの事は知ってるの?」

 

 「エギルの旦那とクラインは顔見知りダナ。それからリズベットにシリカに……」

 

 

 アスナの質問に、流麗に答えていくアルゴ。

 その中に自分の名前を確認したシリカは、驚きで目を見開いた。

 

 

 「あたしの事も知ってるんですかっ!」

 

 「初めてフェザーリドラをテイムした有名人ダ。勿論知っていルサ」

 

 「えへへ、なんか照れちゃいます」

 

 「あとはそっちのユイちゃんは知ってルナ」

 

 

 アルゴに有名だと言われて満更でもないシリカの隣りで、今度はユイが驚く番だった。

 

 

 「私の事も知っているなんて、アルゴさんは物知りなんですね」

 

 「1層であれだけキー坊と一緒にいれば、イヤでも耳に入ってくルサ。アーちゃんも軍相手に色々やらかしたらしいシナ」

 

 「うっ…さ、流石アルゴさん、何でも知ってるんですね〜…」

 

 

 痛い所を突かれたアスナは、リズベットやシリカとは違う意味で顔を赤くし、話題を変えるべく慌ててアルゴに取り入った。

 しかし、当のアルゴは胸を張った後、怪訝な表情を浮かべた。

 

 

 「当たり前……と、言いたいところだが、そうでもナイ。そちらのお嬢さん方と──」

 

 

 そう言ってアルゴはリーファ、シノン、ストレアを見た後、その身を乗り出し、彼女達の向こうに立ち尽くしていたアキトを見て、その表情をニヤリとさせた。

 

 

 「ソッチの黒いオニーサンについては殆ど知らないかラナ」

 

 「っ…」

 

 

 アルゴの視線は、間違い無くアキトを捉えていた。

 皆がアルゴの視線の先を追う事で、彼女達は漸くアキトの存在に気が付いた。

 一番に反応したのは、他ならぬユイだった。その表情を笑顔にし、トテトテとアキトに駆け寄った。

 

 

 「え……?っ、あ、アキトさん!お帰りなさい!」

 

 「アキト…! いつの間に帰って来てたのよ」

 

 

 リズベットが目を丸くしながら言い放つ。

 アキトは何か言い返す事も忘れ、アルゴを見据えていた。

 アスナはそれを見て、丁度良いと笑顔を作り、アルゴと彼女達の間に立った。

 

 

 「じゃあ、良い機会だし紹介しようか。アルゴさん、この子はリーファちゃん」

 

 「よ、よろしくお願いします…」

 

 

 アスナの紹介でたどたどしく挨拶するリーファ。ぺこりと頭を下げ、そのポニーテールが揺れた。

 アルゴはリーファの現実とは思えない容姿をまじまじと見つめ、感嘆の息を漏らしていた。

 

 

 「……森に妖精が現れたとか噂になった事があるけど、まるで本物の妖精みたいダナ」

 

 「ええと、これは……」

 

 「いや、これ以上タダで聞くつもりは無イヨ」

 

 

 アルゴはそう言うと軽く笑った。

 売れる情報は何でも売るのが彼女だが、ちゃんと良識もある。

 自身のポリシーをしっかりと確立させ、そのルールに従って動く、信頼のおけるプレイヤーである。

 アスナはシノンと目配せした後、再びアルゴに向き合った。

 

 

 「それから、こっちがシノン」

 

 「……よろしく」

 

 

 シノンはリーファと打って変わって淡々と言葉を放つ。アルゴは特に何かを言う事もせず、シノンを見つめる。

 そしてその後、彼女に対して何か思う事があるのか、考えていた事を口にした。

 

 「……ウム。ユニークスキルが開放されたって話を聞いたケド……」

 

 「えっ!?」

 

 

 これには流石にシノンも驚く。他のメンバーも目を丸くした。アルゴの情報力に改めて関心するところだ。

 シノンが弓を使うという噂は、アークソフィアに少なからず浸透し始めていた。この76層に来たばかりだとしても、《鼠のアルゴ》ともなれば、そんな噂を嗅ぎ付ける事も時間の問題だっただろう。

 シノンの反応で何となく察したのか、アルゴは再び口元を緩ませた。

 

 

 「正直過ぎる反応ダナ。まあ確証を得るまでは話さないカラ、安心しナヨ」

 

 「……そうだと良いけれど」

 

 

 シノンは表情を曇らせてそう返した。流石に初対面の相手は警戒するだろう。怪訝な視線を向けていた。

 そんなシノンとアスナの間に割って入って、今度はストレアがアルゴの前に躍り出た。

 

 

 「アタシは?アタシの事知ってる?」

 

 「……綺麗なオネーサンって事しか分からなイナ」

 

 「綺麗だってー!ありがとう!アタシはストレアっていうの、よろしくね」

 

 「ストレアか、覚えておクヨ」

 

 

 ニコニコとするストレアの目の前で、アルゴは表情を変えずにそう答えた。

 

 そして、漸くといった雰囲気で、彼女達の後ろに立つ黒いコートの剣士へと視線を動かした。

 皆が、その視線の先にいるアキトとアルゴを交互に見つめる。

 アキト自身も、アルゴの事を見つめ返していた。

 

 そんな中で、アスナはアキトの元へ寄り、アルゴに紹介し始めた。

 

 

 「それで、この人がアキト君。76層から攻略組に参加してくれてるの」

 

 「……」

 

 「……アキト、ね」

 

 

 そう呟くと、アルゴは女性陣の間を通り、アキトの元へと近付いていく。

 彼女達は不思議そうにそれを見ていた。

 やがてアキトの目の前まで歩むと、その場で立ち止まり、彼を上から下まで眺めた。

 そして、納得したのか、アルゴはアキトに向かって笑いかけた。

 

 

 「…初めまして、ダナ。ヨロシク、《黒の剣士》」

 

 「……」

 

 

 アキトは拳を握り締める。腹を立てた訳では無い。

 アルゴはキリトを知っている。ならば、アキトの事を《黒の剣士》と呼ぶ、その意図は何なのか。

 キリトを知っている筈なのに、自分の事を《黒の剣士》と呼ぶアルゴに、どういうつもりだと問い質したかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ●○●○

 

 

 クラインが帰って来てからは、いつも通りみんなで食事の流れに入った。新しくアルゴを加え、賑やかだったメンバー達が更に騒がしくなる。

 アルゴが知り得る彼女達やクラインの秘密の暴露大会を始め、ちょっとしたミニゲームや、クラインがどこからか持って来た壊れたカラオケボックスのくだりなど、いつも以上に騒いだのは確かだ。

 

 

 アキトは平常通りカウンターで飲み物を口に入れるだけで、彼らの中には入らない。

 ただ眺め、見つめ、憧れるのみだった。

 

 

 「ここ、邪魔すルヨ」

 

 「っ…鼠…」

 

 

 すると、いきなり隣りの席にアルゴが腰掛けた。その向こうでは、アルゴが抜けても尚談笑を続ける彼らがいた。

 エギルも今は注文が無いのか、珍しくカウンターの外で会話に混ざっていた。

 アルゴは飲み物と食事ものの皿をアキトの前に置く。どれもアスナとエギルのお手製で、どれもその為美味なものだった。

 

 ふと、アルゴを見ると、アルゴもアキトを見つめていて。

 その距離の近さに思わず目を丸くすると、アルゴは小さく笑って口を開いた。

 その声の大きさは、きっとアスナ達には聞こえないだろう。

 

 

 

 

 「…久しぶり、ダナ」

 

 「……ああ」

 

 

 アルゴのその挨拶に、アキトは素直にそう返した。

 

 

 そう、アキトとアルゴは、初対面ではない。

 彼女はとある時期から、交流を深めているプレイヤーだった。

 

 

 アルゴはニヤリと笑うと、グラスを手に持ってアキトを見やった。

 

 

 「見ない内に随分黒くなったじゃなイカ」

 

 「お前も見ない内に……いや、何も変わってないな」

 

 「女性相手に失礼な奴ダナ。……そういうお前は、随分と変わったヨナ」

 

 「……どうだろうな。変わったのは外側だけかもしれない。…まあそれも、変わったんじゃなくて、変えてるんだろうけど」

 

 

 自嘲気味に笑ってそう答える。アルゴは何も言わずに口に飲み物を含ませた。

 強い訳では無く、ただの強がり。それはイコール、自信の無さの表れだった。みんなの事を過去にしたくないと思う反面、過去の弱い自分を否定したいという矛盾を抱えたアキトの、小さな本音。

 アキトはそんなアルゴに顔を向けると、それを振り払うべく話題を変えた。

 

 

 「…お前、何でさっき…」

 

 「ン?」

 

 「…俺の事、知らないって…」

 

 

 先程、みんなの前でアルゴは、アキトの事を知らない様に振舞った。彼女達も、アルゴとアキトは初対面だと思っただろう。

 どういうつもりかは分からなかったが、アキト自身何となく気が楽になったのは事実だった。

 アルゴは思い出したかの様に『あー』と声を出すと、彼に向き直った。

 ポツリと、アキトは言葉を漏らした。

 

 

 「…ありがとな」

 

 「…詮索されたくなかったんダロ?依頼主の希望は遵守するのがオレっちのポリシーってだケダ」

 

 「……そう、だったな。別に隠してる訳じゃないけど…今はまだ、自分の口からは話せないと思ってたから……」

 

 

 アキトはそう言って笑う。

 アルゴもそれに返すように笑った。

 

 

そう、アルゴはアキトの過去、アキトの抱える事を知っている。

口に出して話した訳じゃない。ただ、キリトがギルドに入った事、それによってギルドのメンバーにアキトがいる事を知っていて、あの日、独りだけになったアキトを見て、何もかもを悟っていたのかもしれない。

 

 

 「…いつから、この層に?」

 

 「みんなと顔を合わせたのは初めてだケド、来たのは結構前ダヨ」

 

 「…じゃあ、キリトの事は…」

 

 

 きっと、聞かなくてはならない。

 アルゴはそれに反応すると、顔を下に向けた。フードの影で、その横顔は良く見えなかった。

 

 

 「ああ……知ってルヨ」

 

 

 アルゴのグラスを掴む力が、僅かに強くなる。それを見たアキトは、思わず顔を伏せた。

 そうだ、アルゴだってキリトの仲間。悔しくない筈が、悲しくない筈が無かった。

 76層より上に来ると下層に下りられなくなる事、もしかしたらアルゴなら事前に分かっていたかもしれない。それでもここに来たのは、新しい情報を手に入れるという建前で、キリトに会う為だったかもしれない。

 二人は決して悪い関係じゃなかった。アルゴがキリトを心配するのだって当然だった。

 アルゴがどれだけの思いを持っていたかは分からない。けれど、悔しさはきっと、アスナ達と同じくらい強かっただろう。

 

 

 ────何故か、涙が出そうだった。

 

 

 「…ゴメン、アルゴ…」

 

 「っ…」

 

 「あれだけ大口叩いたのに、俺……また(・・)間に合わなかったよ……」

 

 

 気が付けば、アルゴに頭を下げていた。アルゴは目を見開き、慌てたようにアキトを見下ろす。

 

 

 「や、やめてクレ、お前が悪いんじゃないダロ。みんなに見られルゾ」

 

 「……」

 

 

 いつの日かに、アルゴに自身の思いの丈を告げた。

 今後、自分がどうするか、どうなりたいか。

 それをアルゴは最後まで聞いて、見届けてくれると、そう言ってくれたのに。

 アキトは、アルゴの為にもキリト達の戦いの場に参加しなければならなかったのに。

 また自分は、誰かを救えずにここまで一人、独りのうのうと生きていた。

 このまま変わる事無く、誰も救えないまま、この世界から消えていくのかもしれないと思うと、恐怖で身体が震えた。

 アスナ達を救えず、自分は、また同じ事を繰り返すのではないかと。

 

 

 「……お前、前にオレっちに言った事覚えてルカ?」

 

 「っ…」

 

 

 アルゴの言葉に、アキトは伏せていた顔を上げる。丁度今、その事を思い出しつつあったからだ。

 アルゴは優しい眼差しで、アキトの事を見据えた。

 

 

 「…あ、ああ…覚えてるよ…」

 

 「忘れてなイカ?」

 

 「…当たり前だ」

 

 「また背負うものが増えたケド、辛くは無イカ?」

 

 「……」

 

 

 ────辛くない、と言ったら嘘になる。

 そんな人、この世の何処にいるというのか。

 だけど、もう決めた事で。

 それを成し遂げなければ、自分が自分で無くなってしまうから。

 

 

 「……あの日、宣言しただろ。ここから出る為に頑張るよ」

 

 「……なら、オネーサンも安心ダナ」

 

 

 にゃハハと笑う彼女は、屈託の無い無邪気な笑顔で。

 何が大丈夫で、何を安心したのか、アキトは困惑して何も返せなかった。

 

 

 「アンタ達、何話してんの?」

 

 「なになに、二人とももう仲良くなったの?」

 

 「まーナ、シューちゃんとオレっちはもう親友ダナ」

 

 「??? シューちゃん?」

 

 「っ…」

 

 

 アルゴとアキトの会話に、漸く気付いた彼女達がこちらに近付いて来た。

 アキトは普段より過剰に身体を震わせ、それを見てアルゴが笑って答える。

 やがて、ユイがアキトを引っ張り、円テーブルへと連れて行く。アキトをみんなが迎え、席に座らせ、会話に混ぜる。

 

 

 「何?何でシューちゃんなの?」

 「し、知らねぇよ…アイツが勝手に…」

 「もしかして、現実世界での知り合いとかですか?」

 「俺とアイツは初対面だ…!」

 

 

 アキトは質問の押収に困惑しながらも、その表情は軽くなっていた。

 

 

 

 

 

 「……良かっタヨ」

 

 それを見て、アルゴは心底安心した。

 気がかりだったのは、キリトだけじゃなく、アキトもだったから、元気そうな姿を見て、心が軽くなった。

 あの頃のアキトは、とても危うくて、今にも死にそうで。

 触れたら、消えてしまいそうで。

 

 

 アルゴは、あの日、アキトが自身に言った言葉を思い出していた。

 

 

 

 

 

 

 

『乗り越えたりなんて……出来るわけ無いだろっ……!』

 

 

 

 

 

 震えながら、拳を握るかつての彼。

 

 

 

 

 

『ずっと背負って行く…!俺が目にした全ての人の死、友達と仲間の死も…全部全部背負って行く…背負ったまま前に進むっ…!』

 

 

 

 

 

 その決意は。涙しながら呟く意志は、きっとこの世界のどんな剣よりも強くて。

 

 

 

 

 

『忘れて乗り越えたりなんかしない…!死も想いも何もかも背負ったまま、ここから出るんだっ…!』

 

 

 

 あの言葉は、嘘じゃない。

 だから、安心して良い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「…アイツは、ゲームをクリアすルヨ、キー坊」

 

 

 

 

 アルゴの瞳に映るのは、キリトの面影が重なる事の無い、紛うこと無き新たな《黒の剣士》だった。

 

 

 






アルゴ命名 アキトの呼び方

アキト→あきと→あき→秋→秋(しゅう)→シューちゃん

アキト「くだらなっ」

アルゴ「なんダト!」

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