ソードアート・オンライン ──月夜の黒猫──   作:夕凪楓

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知っていたはずだった。だが、それは思い込みだと神は嘲笑った。







Ep.4 後悔の兆し

 

 

 

 

 

 アキトの意識が覚醒した頃、既に五人は迷宮区の安全エリアへと転がり込んでいた。何故目を回していたのかを問えば、キリトとアヤトが必死に謝ってくる。

 首を引っ張られた事を思い出したアキトは、謝罪してくる二人にそれ以上何かを言う事はせず、一先ず揃って壁際へと寄りかかって、そのままずるずるとへたり込んでいた。

 左からコハル、アヤト、アキト、キリト、アスナの順に並んで休憩していると、一番右からアキトを呼び掛ける声がした。

 

 

 「ねえ、アキト君。もしかして、一人でボスと戦おうとしてた?」

 

 「え……」

 

 

 アキトが思わず顔を上げると、そこにはアスナだけじゃなく、キリトも同様の疑惑の瞳でこちらを見据えていた。左を見ると、やはりアヤトとコハルも不安げな表情でこちらを見てくる。

 恐らく意識が朦朧としている間に、剣とポーションを装備していたのを見て判断したのだろう。

 それにアキトが気が付いたタイミングで、アスナが再び口を開いた。

 

 

 「アキト君、ボスがどれだけ危険かって事、全然分かってない。幾ら実力に自信があっても、私達だけで倒せるようなモンスターじゃないんだよ?」

 

 「あ、いや……そんなつもりじゃ、なかったんだけど……なんかこっち向かって走って来てたから、つい反射的に……」

 

 

 ────嘘だ。

 あの時、アキトは確かに戦うつもりだった。臨戦態勢を取り、迫り来るあの青眼の悪魔に立ち向かうつもりだったのだ。

 それにアキトは一人で戦おうと思っていた訳じゃない。74層でキリトが《二刀流》を解禁する事を知っていたからこそ、このままボスと戦闘になるかと思っていたのだ。

 だからこそ、実際は四人が撤退を選んだ事に対して、少なからず驚いていた。

 

 

(まあ、ここが過去の世界だって決まった訳じゃないし……)

 

 

 そう言って、アキトは左をチラリと向いた。

 この世界に来てから、初めて出会い、初めて知った名前を持った二人のプレイヤー───アヤトとコハル。少なくともアキトは、アスナ達に二人の存在を一度も聞いた事は無い。

 これだけの実力者が、アキトの世界にいないのも、話題に出ないのもおかしな話だ。仮に彼らがもうアキトの世界に存在していなくとも、少しは彼らから聞く事もあるはずなのに。

 

 では、やはり過去の世界を再現したクエスト、という訳でもないのだろうか。

 

 彼らが何者なのか、それが気になって仕方が無かった。

 その二人は顔を見合わせると、先程のボスを思い出したのか渋い顔をし出していた。

 

 

 「でも……あれは苦労しそうだね……」

 

 「ああ……まあ武器はあのデカい剣だけだと思うけど……やっぱ少しぐらい戦っておけば良かったか?」

 

 

 とアヤトがキリトに向けて言うと、キリトは少し笑ってからアキトをチラリと見た。

 

 

 「そうだな。アキトはやる気だったみたいだし」

 

 「う……」

 

 

 アキトはバツが悪そうにすると、憮然とした表情を作る。するとアスナがキリトをジト目で見据えながら低めの声で告げた。

 

 

 「もう、キリト君?アキト君はボス戦初めてなんだから」

 

 「冗談だって。けど多分、特殊攻撃ありだろうな」

 

 「前衛に堅い人を集めてどんどんスイッチして行くしかないね」

 

 「盾装備の奴が十人は欲しいな……。まあ、当面は少しずつちょっかい出して傾向と対策ってやつを練るしか無いな」

 

 「ふーん……盾装備、ねえ」

 

 

 すると、そのキリトの発言の一部に引っ掛かったアスナが眉を吊り上げた。キリトを上から下までじっくりと見つめると、意味ありげな視線を向ける。

 アスナはキリトのその案に反対な訳では無い。寧ろ大賛成だし、攻略においては彼の今の発言こそセオリーだ。しかしアスナは今の彼の言葉を聞いて、前から思っていた不審な点を思い出していた。

 

 

 「な、なんだよ」

 

 

 キリトもその態度が鼻についたのか、耐え切れずそう切り出す。それに伴い、アキトやアヤト、コハルの三人も揃ってそちらを向いた。

 すると、アスナはストレートに聞いてきたのだ。

 

 

 「君、何か隠してるでしょ」

 

 「い、いきなり何を……」

 

 「だっておかしいもの。普通、片手剣の最大のメリットって、盾を持てる事じゃない。でも、キリト君が盾持ってる所見た事無いし。私の場合はレイピアのスピードが落ちるからだし……」

 

 

 ドが付く程の正論だった。

 アキトは自分が初めてキリトと出会った時の頃を思い出していた。思えば、《月夜の黒猫団》にいた頃から、彼はずっと盾無し片手剣士という戦闘スタイルを確立させていた。あの頃はまだ問題視する程でも無かったが、この先敵が強くなる中、盾を持てる事は最大のメリットになるはずだ。

 アキトに関しては、彼が《二刀流》保持者である為に盾が使えない事を知っているが、知らない者からすればそうはいかない。アスナはジーッと彼を見つめていた。

 指摘されたキリトはどうだろう。一気に額に汗が出来始め、彼をよく知るアキトからすれば、隠しているのがバレバレだった。

 

 

(まだ、アスナには話してないんだ……って、ん?)

 

 

 しかし、ふと隣りのアヤトを見ると、何故かアヤトも同様の反応を僅かにだが示しているではないか。アスナに問い詰められたタイミングで、キリト同様の仕草。

 

 

(え、なんでアヤトまで……)

 

 

 もしや、彼はキリトが隠している《二刀流》の事を知っているのだろうか。

 すると、コハルもアスナが話した事については気になっていたのだろう、アヤトの後ろからひょっこり顔を出してキリトを見ると、言われてみればと口を開いた。

 

 

 「……あ、もしかしてスタイル重視とか、ですか?今になって盾を持っても、逆に戦いにくい、みたいな」

 

 「その割にはキリト君、いっつも同じ格好だけど。スタイル重視にしてはその、ちょっとね……」

 

 

 コハルの質問にアスナが代わってそう返すと、全員揃ってキリトを見る。髪、剣、コート、シャツにパンツにブーツ。どれをとっても全身真っ黒で、ある意味イカした装備である。

 みんなが言わんとしている事を察したキリトは、言葉に詰まりながらも反論した。

 

 

 「い、良いんだよ。服にかける金があったら、少しでも美味いものをだなぁ……っていうか、アキトだって似たようなもんじゃないか」

 

 「言われてみれば、確かにな」

 

 

 すると今度は、四人揃ってアキトを見つめた。いきなり矛先が向けられたアキトは何も言えず、全員からの視線を一心に浴びる。

 キリト同様の黒い髪に黒装備。唯一違うのは剣の色くらいだろうか。両端に座っていたコハルとアスナはまじまじとアキトを見ると、それぞれ口を開いた。

 

 

 「……アキトさんってホント、見れば見る程キリトさんそっくりですね」

 

 「実力もあるし……どうして今まで無名だったのかしら」

 

 「あ、あはは……さあ」

 

 

 ────この世界にいなかったからです。なんて言えず、思わずキリトと顔を見合わせた。

 《アークソフィア》に来てからも、ずっと言われていた『キリトとよく似ている』という一言。初めの頃は、比べるまでもなく自分が彼に負けていた為、劣等感を覚えるだけの一言だったが、今にしてみると、そこまで似ているだろうかと考えてしまう。

 身長も年齢も殆ど同じなのは知っている為、シルエットくらいは確かに似ていると思うのだが。

 アスナがキリトとアキトを見比べていると、そのまま質問を続けた。

 

 

 「二人のその黒ずくめは、何か合理的な理由があるの?それともキャラ作り?」

 

 「そ、そんな事言ったらアンタだって毎度そのおめでたい紅白装備じゃないか」

 

 「仕方無いじゃない、これはギルドの制服なんだから。アキト君は?」

 

 

 アキトはそう聞かれ、思わず考えてしまう。

 いざそう問われると、一言じゃ答えられない。元々は白い装備だった。けど、いつしか白い色が嫌いになった。そして何色にも変われない黒も、自分みたいで嫌いだった。そうして色から連想して劣等感を感じていた時に、大切な人に似合うと言ってもらった色だから……と言っても、きっと伝わらない。

 アキトは適当に誤魔化した。

 

 

 「んー……最初はキャラ作りだったのかもしれないけど、今は装備整えているうちに黒くなった……って感じかな」

 

 「じゃあ、なんで君は盾を持たないの?」

 

 

 ────とばっちりだった。

 さっきまでキリトの話だっただけにその質問は予想外で、思わず言葉に詰まった。

 しかもその理由もキリトと同じで《二刀流》保持者だからであり、尚の事言えない。どうにかして誤魔化そうと、アキトは言葉を考えながら口を開く。

 

 

 「ほ、ほら……アスナと同じだよ。俺も剣の速度が落ちるから……はは」

 

 「嘘、その剣凄く重いんでしょ?アヤト君から聞いたわよ。剣速気にする人がそんな重い剣なんて持つはず無いじゃない」

 

(アヤト……)

 

 

 アキトは思わずアヤトを見てしまう。先程から黙って傍観していた彼は、気不味そうにアキトから目を逸らしていた。

 すると今度は、コハルがアヤトを見て爆弾を投げ込んで来た。

 

 

 「……そういえば、アヤトも盾無しだよね」

 

 「っ……!」

 

 

 全員の視線が、今度はアヤトへと向く。

 アヤトは一瞬だけビクリと震わせると、何事も無かったかのように視線を逸らす。しかしそれが逆に、彼が隠し事をしているであろう事を決定付けていた。

 

 

(え……アヤトも何か隠してるの……?)

 

 

 恐らく今まで黙っていたのも、自分に話の矛先が向かないようにという事だったのだろう。

 こうして、アスナとコハルの目の前には、偶然にも盾を装備しない片手剣士三人衆が揃っていた。

 

 

 「え、何……三人揃って盾持ってないんですか?しかも、三人して何か隠してる……?」

 

 「怪しいなぁ……」

 

 「 「 「……」 」 」

 

 

 なんて事だろう。まさかこの場の男性プレイヤー全てが何か隠し事をしているとは。かつて、こんなにも胡散臭い三人が居ただろうか。全員がよそよそしい所為で隠し事が最早隠し切れてない。

 女性陣二人の視線に挟まれながら、男子三人は黙って目を逸らしたり、俯いたり、兎に角顔を合わせないようにしている。

 

 

 ……なんだこれ。

 

 

 「まあ、良いわ。スキルの詮索はマナー違反だしね」

 

 「それもそうだね」

 

 

 すると、アスナとコハルは突然そう言った。

 瞬間、三人が同時に息を吐く。キリトとアヤトに関しては、信頼出来る二人だからこそ、喋っても良いのではと思っていたが、機先を制された為に口を噤んだ。

 途端にキリトとアヤトの腹の虫が鳴った。コハルがチラリと視線を振って時計を確認すると、目を丸くする。

 

 

 「わ、アスナ、もう三時だよ」

 

 「ふふ、じゃ、遅くなっちゃったけど、お昼にしよっか」

 

 「そ、そうだな、俺も腹減ったよ」

 

 

 アヤトが安心したようにそう呟く。

 するとその瞬間、アスナとコハルが同時に手早くメニューを操作すると、小ぶりのバスケットを出現させた。それを見たキリトは途端に色めき立った。

 

 

 「なにっ……て、手作りですか」

 

 「そっ。はい、どーぞ」

 

 「はい、アヤトも」

 

 「おー、サンキュー」

 

 

 アスナはバスケットから大きな紙包みを二つ程取り出すと、その一つをキリトに差し出した。アヤトはコハルから同様に、アスナが作ったであろうものとほぼ同じ包みを受け取っていた。どうやら、二人で前もって作っていたのだろう。

 その中身を覗いて見ると、丸いパンをスライスして、焼いた肉や野菜を挟み込んだサンドイッチだった。香ばしい胡椒にも似た匂いが鼻元に漂う。

 瞬間、キリトは物も言わず大口でかぶりついた。アヤトもまた、キラキラと目を輝かせながらそのサンドイッチを口に含む。

 

 

 「う、美味い……」

 

 

 立て続けに齧っていたキリトは、まじまじとそのサンドイッチを見つめていた。そして再び無我夢中で頬張り始めた。しかしアヤトは一口食べると放心しており、歯型のついたサンドイッチをぼうっと見つめていた。

 

 

 「どうしたのアヤト?」

 

 「いや、なんだか懐かしいなーって思ってさ。現実世界で行ってたファストフードの店の味に良く似てるというか」

 

 「やったねアスナ!」

 

 「うん!色々研究した甲斐があったわね!」

 

 

 どうやらアヤトの感想こそ、二人の求めていたもののようで、二人は嬉しそうにハイタッチを交わしていた。

 完食したキリトがこの味をどう再現したのかを問うと、アスナは自慢げにペラペラと説明し始める。

 

 

 「一年の修行と研鑽の成果よ。《アインクラッド》で手に入る約百種類の調味料が味覚再生エンジンに与えるパラメータを全部解析して、これを作ったの」

 

 

 そうしてアスナとコハルは小さな小瓶を取り出した。

 それをキリトとアヤトに与えると、二人は驚いていた。どうやらマヨネーズや醤油、ソースなどを再現したものだったらしい。

 一々驚く二人を見て、くすくすと嬉しそうに笑う彼女達。もうそれだけで、二人が彼らに抱いている感情の正体を理解してしまう───まあ、アスナについては前から知っているが。

 

 すると、そんなアキトに気が付いた四人が一斉にアキトを見る。同時に、彼らは困ったような表情を作った。見れば、そのサンドイッチは四人分。アキトが来る事を想定していなかったのだろう。

 彼女達はそれぞれキリトとアヤトの反応を見るのに夢中だった為、アキトの事を半ば忘れていたように思える。

 

 

 「あ……えっと、アキトさんの分……」

 

 「あー、俺は良いよ。自分のがあるから」

 

 

 アキトはそう言うと、メニューを開いてアイテム欄にあるものをタップする。オブジェクト化したのは、アスナやコハルのものと同じような大きな紙包み。

 中を開いて見ると、それは見るのも鮮やかな丸いパンだった。こんがりと狐色に焼き上げられており、その香りは現実世界でも嗅いだ事のある懐かしいものだった。

 一同、その既視感のあるパンを食い気味に見つめていた。

 これはまさか────

 

 

 「な、なあアキト。それ、カレーパンか?」

 

 「うん」

 

 「ど、何処でそんなの買って……」

 

 「……何処で買えるかは分かんないけど……一応、これは自前だよ」

 

 「自前!?」

 

 

 アスナとコハルが目を見開く。だがそれも無理はない。この世界で料理スキルを上げているものは少ない。そのうえこのカレーパンの香りから察するに再現率もかなり高い。

 これはスキル値が高くないと出来ない芸当で、それだけでアキトがどれだけ料理スキルをあげているのかを理解してしまった。

 四人の視線に居心地の悪さを感じつつ、アキトはカレーパンを頬張る。途端、中のカレーの香りが辺りに広がり始める。それを嗅いだキリトの視線は、もうアキトのカレーパンに釘付けだった。

 

 

 「な、なあアキト。その、俺にも一口──」

 

 「やだ」

 

 「え……」

 

 「キリトはアスナから美味しいサンドイッチ貰ったでしょ。俺もこれしか無いんだから」

 

 「そ、そっか、悪い……」

 

 

 即答すると、まるで捨てられた子犬の如く悲しげな表情を浮かべ、しゅんとするキリト。何故かこちらが悪いみたいになってしまい、アキトは溜め息を吐く。

 知った顔という事もあり、アキトは堪らず無言でカレーパンを差し出した。するとキリトは瞳を輝かせた後、そのままアキトの持つカレーパンにかぶりついた。

 瞬間、キリトの瞳が更にキラキラとし始め、そのまま震えた声でこう呟いた。

 

 

 「あ……なんか、泣きそうだ」

 

 「なんでさ」

 

 「……なあアキト、俺にもちょっとくれ」

 

 「あ、アヤトまで……」

 

 

 そうして結局、アキトのカレーパンに二人は釘付けになってしまった。途端コハルはあははと苦笑いし、アスナはむーっ、とむくれてアキトをジト目で見つめる。

 分かりやすいくらいに嫉妬されており、アキトは苦い顔で視線を逸らした。

 

 

 「……?」

 

 

 すると、逸らした視線の先に人影が映った。

 よく目を凝らすと、下層側の入り口から数人のプレイヤーがガチャガチャと鎧の音を立てながら入ってきていた。

 それに全員が気付くと、一瞬だけ警戒心が顕になる。が、オレンジプレイヤーがこんな危険な上層に来るはずは無い。ここに来るという事は十中八九攻略組だろう。

 現れた六人パーティーをよく見ると、和のテイストが入った装備で身を固めた集団だった。そしてその先頭に立つ───恐らくリーダーだが───男を見て、全員の力が抜けた。

 

 

 「っ……」

 

 

 それはアヤト達が、いや。

 アキトさえもが知っているプレイヤーだったのだ。

 

 

(クライン……)

 

 

 見間違えるはずがない。あんな無精髭に特徴的なバンダナの刀使いなど、知り合いでたった一人だけだ。

 

 

 「おお、キリトにアヤト!それにコハルちゃんじゃねぇか!暫くだな」

 

 

 その刀使い───クラインは、こちらに気が付くと笑顔で近付いて来た。

 

 

 「おう。久しぶりだな、クライン」

 

 「お久しぶりです、クラインさん!」

 

 

 アヤトとコハルがそうして挨拶を交わす中、キリトは少しだけバツが悪そうに顔を顰めると、皮肉っぽく口を開く。

 

 

 「……まだ生きてたか、クライン」

 

 「相変わらず愛想のねえ野郎だ。お、今日は大所帯だな、アヤトにコハルちゃんの他にもいるの……か……」

 

 

 キリトのすぐ隣りにいるアスナを見て、クラインは目を丸くして固まった。するとキリトはアスナに向き直り、目の前の侍男の紹介をし始める。

 その後、アスナはちょこんと頭を下げるが、クラインは口を開けて完全に停止してしまっていた。

 それを見たアヤトは、クラインの目の前で手を振ってやりながら、

 

 

 「……キリト、こいつフリーズしてね?」

 

 「マジか。おい、何とか言え。ラグってんのか?」

 

 

 キリトは肘で脇腹をつつく。

 すると、クラインはピシッと真っ直ぐに直立すると凄い勢いで頭を下げた。

 

 

 「こ、こんにちは!!くくクラインという者です二十四歳独身────」

 

 

 バキッ!ドゴッ!

 どさくさに紛れて変な事を口走り始めていたクラインの身体をキリトとアヤトが殴る蹴る。台詞が終わらない内にどやしつけたが、明らかに後半に要らぬ情報が入っていたのをみると、口説こうとしていたようだ。

 しかしその後に後ろの五人が駆け寄って来て、全員が我先にと自己紹介を始めていた。

 

 

(クラインが六人いるみたい……)

 

 

 アキトはそれを遠目から眺めていた。

 女性に節操が無い六人組《風林火山》と、不名誉な肩書きで覚えてしまいそうだ。だがその反面、あの場の空気がとても楽しそうで、温かく感じた。

 クラインはずっと、独力で仲間を守り抜いてここまで生きてきたのだと思うと、誇らしくあると同時に、羨ましかった。

 

 

(……やっぱ、凄いな。クラインは……)

 

 

 ────自分とは、とても大違いだ。

 

 

 そして、その羨望の眼差しはクラインから全員へと変わる。あの既に完成されたような空間。あそこに自分の入る余地は無い。

 けれどアキトには、あの場に負けないくらいに温かく、優しい空間を知っているのだ。けれど、この世界の彼らはそれを知らない。

 誰も、アキトという存在を知らないのだ。

 それが辛くて、どうにも耐え難い。

 

 

 「?……お、おいキリト。ソイツは一体……」

 

 「っ……」

 

 

 みんなで笑い合い、巫山戯あっていたはずのクラインが、離れて見ていたアキトに漸く気付いた。見つかった事でアキトは身体を震わせながらも、ゆっくりとクラインを見る。

 彼はやはり、他の人達と似たような反応を見せていた。キリトに似たような装備容姿を見て、目の前のキリトと見比べていた。

 

 

 「えーと、今日一緒に攻略する事になったアキトだ。アキト、こっちは《風林火山》のクライン」

 

 「え、あ、うん……えと、よろしく」

 

 「お、おう……いや、驚いたな……そっくりじゃねぇかよ……」

 

(……そこまで?)

 

 

 装備変えようかな……とアキトが苦笑いを浮かべた時だった。

 先程クライン達がやって来た方向から、また新たな一団が現れたではないか。訪れを告げる足音と、鎧装備の金属音が静かな迷宮区に響き渡る。

 そしてそれは嫌に規則正しいもので、視線を向けると、その正体に気付いたアスナが驚きつつも囁いた。

 

 

 「……《軍》よ」

 

 

 確認した全員の表情が固くなる。クラインは手を挙げてメンバー五人を壁際まで下がらせる。成程、指揮官として優秀な判断だと、アキトは自分で偉そうだと感じながらも思った。

 アスナが《軍》と呼んだ集団は行儀良く二列縦隊で部屋へと行進してきていたが、その足取りは何故か重い。表情を見ると、誰もが疲弊しきった表情をしていた。やがて部屋の端まで移動すると、列は完全に停止した。

 先頭にいた、他のプレイヤーとは若干異なる装備を身に付けた男が『休め』と命令すると、軍のメンバーは全員揃って力無く地面へとへたり込んだ。

 

 

(軍……《アインクラッド解放軍》か。あんまり良い噂は聞かないけど……)

 

 

 アキトは遠目から、彼らの出で立ちを眺める。

 全員が黒鉄色の金属鎧に濃緑の戦闘服。人数は十二人、前の六人は大型のシールドを保持し、武器は片手剣。残りの六人は後衛なのだろう、持っていたのは斧槍(ハルバード)だ。

 全員漏れなくヘルメットのバイザーを目元深くまで被っていて目は見えないが、それでも疲労は目に見えていた。

 

 すると、『休め』と命令していた男が、他の十一人には目もくれずにこちらに近づいてくる来るではないか。距離が縮まるにつれてかなりの高身長なのが分かる。

 じろりとこちらを睥睨すると、一番前にいたキリトとアヤトを交互に見てから口を開いた。

 

 

 「私は《アインクラッド解放軍》所属、コーバッツ中佐だ」

 

 

(……“中佐”?)

 

 

 アキトだけでなく、全員が眉を寄せた。

 そもそも《軍》と言うのは、その集団外部の者が揶揄的につけた呼称だったとはずだと、全員が記憶している。だが、いつの間に正式名称となったのだろうか。その上《中佐》と来た。どうやら階級制らしく、随分のこの世界に浸かっているな、というのがアキトの感想だった。

 

 

 「キリト。ソロだ」

 

 「アヤト」

 

 

 この場の人数を見てそう自己紹介するキリトも色々おかしいし、アヤトは完全に名前だけなのだが、突っ込んでる場合じゃない。

 コーバッツは小さく頷くと、二人に向かって横柄な口調で訊いてきた。

 

 

 「君らはもうこの先も攻略しているのか?」

 

 「……ああ」

 

 「ついさっきボス部屋を発見した所だな」

 

 「うむ。では、そのマップデータを提供して貰いたい」

 

 

 彼はさも当然だと言わん態度でそう言い放ち、キリトだけでなく全員が驚いた。後ろにいたクラインはそれどころでなく、怒気を孕んだ声で喚き出した。

 

 

 「な……て、提供しろだとぉ!?手前ェ、マッピングする苦労が分かって言ってんのか!?」

 

 

 マッピングが如何に貴重なデータかは、彼らより攻略組の方が骨身に染みて知っている。高値で提供される事もあるくらいだし、なんならアルゴと取引だってする。

 しかしコーバッツは眉を吊り上げ顎を突き出すと、大声を張り上げた。

 

 

 「我々は君ら一般プレイヤー解放の為に戦っている!故に、諸君らが協力するのは当然の義務である!」

 

 

 ────キリト達は呆れて声も出ない様子だった。傲慢不遜とは正にこの事だ。そもそも軍は25層の攻略時に半壊した所為で、これまでまともなボス討伐をしていなかったはずだ。それなのに今更解放の為だの義務であるだの、調子が良過ぎるのではないだろうか。

 

 

(っ……まさか……)

 

 

 アキトはここへ来て、一つの可能性を導いた。

 それは先程、五人で74層ボスの目の前まで来た時の事だ。アキトはこの層でキリトが《二刀流》を解禁する事を知っていた。だからあの場で彼らが逃げ出した事を不思議に感じていたのだ。のだ。

 だが、五人で挑むなんてよくよく考えれば自殺行為だし、きっと情報を集めてから万全の状態で挑むのだろうと、アキトはその時納得していた。

 

 

 だが、もし。

 もし、目の前の《軍》にこのままマップデータを提供して、彼らがその足であのフロアボスに挑むのだとしたら。

 そして、キリトがそれを追い掛ける形になったのだとしたら。

 

 

 「っ……!」

 

 

 アキトは自身の背筋が凍るのを感じた。慌てて軍を凝視する。人数は十二人とただでさえ少ないうえに、コーバッツ以外の十一人は疲弊しきっている。しかも《軍》はここ一年近くボス討伐に参加していないのだ。

 もし、このままキリトがマップを渡してしまったら───

 

 

 

 

 ────確実に死者が出る。

 

 

 

 

(っ、ダメだ……!)

 

 

 アキトは最悪の事態を想定して、慌てて口を開こうとする。

 が、それよりも先にアスナとクラインが爆発寸前だった。しかしそれをキリトが制すると、その手でメニューを表示し始めたのだ。

 それを見たアキトは戦慄した。キリトが今何をしようとしているのかを理解したのだ。

 

 

 「キリト、やめとけ。コイツら、自分達だけで攻略するつもりだぞ」

 

 

 しかし、キリトのその肩を掴んで制止させたのはアヤトだった。コーバッツを睨み付けると、キリトに向かってそう囁く。

 それがどうにか聞こえたアキトは安堵の息を吐く。どうやらアヤトには、この先の事が目に見えているのだろう。

 だが、キリトは────

 

 

 「分かってる。だから釘を刺しとくよ。どうせ街に着けば公開する予定だったデータだしな」

 

 「……っ」

 

 

 その発言に、アキトは思わず声が漏れた。

 しかしそんなアキトの掠れ声が届く訳も無く、キリトはトレードウィンドウで迷宮区の踏破データを送信してしまう。

 コーバッツは表情一つ変えずにそれを受け取ると、『協力感謝する』と気持ちが全く篭ってない形式的な礼を繰り出して踵を返そうとしていた。

 

 

 「渡した条件だ。ボスにちょっかい出す気ならやめた方が良いぜ」

 

 

 コーバッツは少しだけ振り返ると、その取引にもなってないキリトの言葉に鼻で笑うだけだった。

 

 

 「……それは、私が判断する」

 

 「さっきちょっとボス部屋を覗いて来たけど、生半可な人数でどうにかなる相手じゃない。仲間も消耗しているみたいじゃないか」

 

 「……私の部下はこの程度で値をあげるような軟弱者では無いっ!」

 

 

 “部下”、と言う所を強調してコーバッツは苛立ったように怒鳴ったが、当の部下達は床に座り込んだままで、正直全く同意している様には見えない。

 

 

 「貴様等!さっさと立てっ!」

 

 

 そうコーバッツが一喝すると、十一人が呻き声を上げながらのろのろと立ち上がり始めた。再び二列隊列に整列し、覚束無い行進のまま進んでいく。コーバッツはもう、こちらには目もくれなかった。

 もうこのまま見送るしかないと、キリト達はそれを眺めるだけだった。

 

 

 しかし────

 

 

 「ま、待って!」

 

 

 アキトは、違った。

 一番後方にいたアキトは、キリト達の間を縫って前に出ると、そのまま軍の先頭へと躍り出た。その予期せぬ行動に誰もが驚いた。特に一緒に攻略していたアヤト達からすれば、大人しい印象があったアキトがあの軍の前に立ち塞がるとは微塵も思っていなかった。

 コーバッツは足を止めると、焦った表情を向けるアキトを見下ろした。

 

 

 「何だ貴様は」

 

 「っ……キリトもみんなが消耗してるみたいだって言ってたでしょ、俺にもそう見える。人数だって少な過ぎるし、ボスの攻撃パターンだって、まだ割り出せた訳じゃないんだっ……もし、このままボス部屋に行ったって、良い結果にはならない」

 

 「貴様には関係の無い事だ」

 

 「なっ……!?」

 

 

 その物言いに、アキトは我慢ならなかった。

 どうしてこんなにも辛そうなのに、分かってやれないんだ。リーダーならもっと、周りをよく見るべきなのに。

 アキトは思わず、コーバッツを睨み付けた。そこに宿すのは、他人を道具のように扱う目の前の男に対する、怒りだった。

 アヤト達も先程までのアキトとは明らかに違う雰囲気に驚き、目を見張る。そこに、静かな怒りを感じて。

 

 

 「……リーダーなら仲間をよく見なよ。アンタには、みんなが本当に疲れてないように見えるのか?だったらリーダー失格だ。一般プレイヤーより部下の解放を優先した方が良い」

 

 「何だとっ!」

 

 

 アキトの言動に、無表情だったはずのコーバッツが憤慨を顕にした。アヤト達も、そんなアキトを見て唖然としてる。だが、アキトの怒りはおさまらない。

 

 

 「そこに情が無くたって、仲間なんだろ?だったら大切にしろ。……彼らはお前の駒でも、アイテムでも無いんだっ……!」

 

 

 その瞳は一点、コーバッツの瞳を捉えていた。

 睨み付け、そして物言わせぬようにと、静かに留まる怒りの感情。

 コーバッツに対するあの高圧的な態度に、アヤト達は口を開いて眺める事しか出来ない。今までの優しい雰囲気を纏っていたアキトとは大違いだ。

 

 

 「……死んだら……意味、無いだろ……」

 

 

 けれどその中でチラリと見せる、アキトの悲しげなその表情が、彼らには切なく見えた。

 

 

 「……失ってからじゃ、遅いんだからさ」

 

 「アキト……」

 

 

 アヤトは思わず、彼の名を呼んだ。

 その儚い姿が、何故か、どうしても放っておけなくて。

 そしてキリトも彼のその発言を聞いて、過去の記憶が呼び起こされるようだった。まるでアキトのその言葉が、自分に向けられてのものに思えて。

 アキトのその言葉にはとても重みが感じられ、キリト達は皆アキトを見て悲しげな表情を浮かべた。

 しかし、当のコーバッツには響いていなかった。

 

 

 「……私を諭したつもりかっ!一般プレイヤーが、私を愚弄するなっ!」

 

 「っ……!」

 

 

 コーバッツはアキトに対して苛立ちしか感じていないようだった。ダメージを与えないギリギリの力で、アキトを横に弾き飛ばしたのだ。

 アキトは体勢を崩してその場に倒れ込んだ。

 

 

 「っ……アキト!」

 

 「アキトさんっ!」

 

 

 アヤトとコハルがそれを見て慌てて駆け寄ってくる。キリトとアスナも目を見開いており、クラインはコーバッツを睨み付けて今にも突っかかりそうなのを、五人のメンバーに止められている。

 まるで、出掛ける前のクラディールの時みたいだと心の中で苦笑しながら、アキトは二人を見上げた。

 HPは減っておらず、コーバッツのカーソルの色も変わっていない。そのいやらしさに、アヤトはふつふつと怒りが沸いてきていた。

 

 

 「……おい、アンタ。いい歳して子どもに手をあげるなんて恥ずかしくないのかよ?育ちが知れるぜ」

 

 「……ふん。行くぞ貴様等!」

 

 

 コーバッツは、自身を睨み付けていたアヤトを鼻で笑うと、部下に一声を掛けて行進を再開した。

 今度こそ彼らは、上部へと進んで行き、やがてその足音は聞こえなくなって行った。

 すると、アヤトが盛大に溜め息を溢し、目の前のアキトを見て呆れたように笑った。

 

 

 「はあ……おいアキト、大丈夫か?良くやるよ全く……」

 

 「……ゴメン。ありがとう、二人とも」

 

 

 アヤトが伸ばした手を、アキトは躊躇い無く掴む。隣りではコハルが、はらはらとした顔持ちでこちらを見ていた。

 

 

 「アキトさん、急に人が変わったようになったから、ビックリしました」

 

 「はは……ちょっと、言ってやらないとって思って、さ」

 

 

 まるで、何も見えていない頃の自分を思い出してしまったのだ。あの頃は自分が彼らを守らねばという強迫観念が胸を襲い、自分が強くなる事で大切なものが守れると思っていた。それが独りよがりだと気が付いたのは、何もかも失った後だった。

 コーバッツはそんなアキトとは少し違うが、仲間であるはずの部下の事を全く見ていないという点においては、アキトと同じだ。だからこそ、こんなにも怒りが顕になったのかもしれないと、アキトは小さく笑った。

 

 

 「アキト」

 

 

 すると、そんなアキトの目の前からキリトが近付いて来る。アヤトがそれに気付いて、彼に道を譲るようにその場から退いた。

 アキトがキョトンとしながら視界の真ん中に立ったキリトを見ると、彼は表情を暗くして申し訳なさそうに口を開いた。

 

 

 「……ゴメン。俺がアイツに、安易にマップデータを提供したから……」

 

 「……ううん、気にしないで。それにあの様子じゃあ、マップデータを渡さなくてもきっと同じ結果だったと思う。なら渡した方が絶対安全だったよ」

 

 

 そう、キリトは間違ってない。

 初めこそアキトはキリトを止めようとしたが、あの様子じゃきっとこちらがマップデータを提供しなくとも自力でボス部屋まで辿り着こうとしただろう。そうなれば部下は更に疲労し、そのままボス部屋まで行こうものなら確実に全滅するだろう。

 ならば、良い意味でも悪い意味でも、マップデータを渡せば難無くボス部屋まで行けるだろう。結果オーライとまでは言えないが、部下の事を考えないコーバッツだ、これくらいはしなければ。

 アキトがそう笑いかけると、キリトのその不安気な表情は徐々に晴れ、やがて安堵したように息を吐いて笑ったのだった。その後クラインがアキトの事を男だの何だのと盛大に褒めまくった後、漸く一段落着くと、クラインは軍が消えていった方向を眺めて気遣わしげな声で言った。

 

 

 「でもよぉ、大丈夫なのかよあの連中……」

 

 「あのまま行かせて、良かったのかな……まさか本当にボス部屋まで行くんじゃ……」

 

 「幾ら何でも、ぶっつけ本番でボスに挑んだりしないと思うけど……」

 

 

 コハルとアスナが続けて、やや心配そうにボヤく。

 だがアヤトは、軍が消えた先を見据えながら、そんな彼女達の発言に異を唱えた。

 

 

 「どうかな。コーバッツの態度には、何処か無謀さがあったからな……もしかしたらって事もあるかもしれない」

 

 

 アヤトの言葉に、一同が強張る。だがそれは誰しもが、アキトだって感じていた。

 そもそも、ここへ来た時から既に全員が倒れる寸前に消耗していたのだ。なのにコーバッツはマップデータを要求して来た。それは部下の疲労を省みず、そのままボス部屋まで進もうとする意志を、確かに感じさせていたのだ。

 マップデータを渡しても渡さなくても結果は変わらなかっただろうとアキトは言った。だがまさか、ボス討伐までするとは誰も思わないだろう。

 

 

 けれど、アキトだけは知っている。

 これから起こるかもしれないであろう未来の予測が、誰よりもハッキリと見えていた。

 彼らはきっと、間違いなくボスと戦闘になる。だから────

 

 

 「……ゴメン、みんな。俺、ちょっと行ってくる」

 

 

 そう言ってアキトは、彼らに背を向ける。

 これから人が大勢傷付くと分かっていて、ここに留まる事は出来なかった。

 ボス部屋があった場所まではこの場の誰よりもレベルが高いであろうアキトが誰よりも速く着く。

 アキトは足に力を込めて、そこから駆け出そうとした時だった。

 

 

 「待ってくれ、アキト」

 

 

 後ろから声を掛けられ、身体の動きがピタリと止まる。

 視線を向ければ、アヤトが真っ直ぐな瞳でアキトを捉えていた。

 

 

 「俺も行く」

 

 「え……」

 

 

 その言葉を聞き、アキトの目が丸くなる。

 アキトの勝手な行動に、まさかそんな言葉を返してくるとは思っていなくて。

 すると、アヤトが急に吃り始める。

 

 

 「その……なんて言ったら良いか、分からないんだけどさ」

 

 

 アヤトはアキトにまじまじと見られ、複雑そうな表情を浮かべつつ視線を外す。が、やがて頭を掻くと、照れ臭そうに呟いた。

 

 

 「アイツみたいに、言ったところで分かって貰えない事もある。でもさっきの行動と言葉はその……凄く、正しかったと思うぜ」

 

 「アヤト……」

 

 「お前の言う通りだよ。失ってから後悔しても遅いもんな。《軍》であっても放って置けないし、明日になって全滅の話を聞く事になるのは勘弁だしな。……だから、俺も行くよ」

 

 

 小さく、カッコ良さげに笑うアヤトがとても頼もしい。アキトのあの行動で、この場の全員の心を確かに動かしたのだ。

 アキトが何もせずとも、このお人好しが代名詞の彼らはきっとコーバッツを追い掛けただろう。けれど、アキトがあの男に向かって放った言葉の一つ一つを受け止めた彼らはきっと、確かに彼に影響されていた。

 

 

 「そうだな。俺も行くぜ、アキト」

 

 「ふふ、私も」

 

 「みんなで行きましょう!」

 

 「キリト……アスナ、コハル……ありがとう」

 

 

 三人がアキトの傍まで来て、柔らかな笑みを向けてくる。

 アキトは知っている。きっとこれから死闘になるのだろうと。彼らはボス部屋へと直進し、あの無謀な人数で悪魔に挑んでいるのだと。

 そして、キリトがひた隠しにしていた《二刀流》がこの場で顕現する事も。

 それでも、きっとこのメンバーなら怖くない。

 

 

 「……ったく、何奴も此奴もお人好しなんだからよぉ。俺達も行くぜ」

 

 

 一番後ろにいたクラインが、アキト達の輪に近付く。他の五人もクラインの発言に相次いで首肯した。

 その様子を固まって眺めるアキトに向かって、アヤトはニヤリと笑う。

 

 

 「よし、あの馬鹿共を止めに行こうぜ」

 

 

 アキトは、ここへ来て思い出していた。

 自分が最前線に向かってレベリングを繰り返し、キリトに追い付こうとしていた時の事を。あの時はただ、キリトに追い付きたい、彼の支えになる為に攻略組になりたいと思った。

 けれど彼は────いや違う。

 ────攻略組には、こんなにも強い心を持つプレイヤーがいたのだと、アキトは再確認した。アキトが助けに行くまでもなく、彼らは強かった。

 もし、アキトがいた世界にも、目の前のアヤトのような少年がいて、キリトを支えてくれていたのなら。

 

 

 「────うん。行こう」

 

 

 そんな、あれば良いという幻想と共に、ボス部屋までの道に立った。

 

 

 

 

 

 








さあ、しかとその目に焼き付けろ。




憧れた英雄のあるべき姿と、




君の知らない彼の力を────












次回『二刀流と無限槍』



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