伸ばされた手を掴まなければ、絶望は始まらなかったのに────
《ソードアート・オンライン》という名のゲームに興味を惹かれたのはいつだっただろうかと、たまに考える時がある。
そもそもゲームを初めて手にした理由は、母親がゲーマーだったらしいからだ。
らしい、と言えば察するかもしれないが、桐杜は物心ついた時には既に母親が他界していた。
彼女が生粋のゲーマーだった事は、当時父親から聞いていた。父親もゲームは齧っているが、母のようにやり込んだりする人では無かったらしい。
父が母と出会ったのは高校の時。当時みんなに人気の上、清純そうに見えていた母がゲームセンターで嬉々として遊んでいるのを、偶然父が暇潰しに同じくゲームセンターに立ち寄った時に出会ったらしい。
周りからの評価も高く、期待されていた母は、その重圧とストレスを発散する為にゲームをしていたらしい。それ以前から、元々ゲームは好きで、周りの目を盗んで遊ぶ背徳感がたまらないと、母は言っていたらしい。
そんな彼女の学校では見せない笑顔に、父は魅せられたという。母の我儘や無茶振りに付き合いながらも、楽しい時間を過ごせたのは、ひとえに共通の趣味、ゲームがあったからだと、桐杜の父はよく言っていた。
母親を知らない桐杜にとって、ゲームとは母親を知る為のもので、逆に言えばこれだけが彼と母親を、家族を繋ぐ絆なのだと、そう思った。
だからゲームを始めたのだ。遊んでいれば、父が仕事でいない時だって一人じゃない気がしてた。楽しくなれば、それだけ母と父を身近に感じた。
人との関わり方が分からず、友人と呼べる存在がいなかった桐杜はその分ゲームにのめり込むようになった。遊ぶような友達がいない為に、趣味と呼べるものはこれしか無かった。
気が乗らなければ読書や勉強。おかげで要らない事まで覚えてしまい、子どもにしてはかなり優秀に育ってしまった桐杜は、それでもゲームを手放したりしなかった。
そしてそうしていく内に、掲げた理想は廃れていった。
いつしか一人の女の子に、将来の夢を聞かれた事があった。友人がいなかった桐杜に対してでさえ、話し掛けてくれた一人の女の子。
父の親友の娘だとかで、たまに顔を合わせるだけの関係だったが、学校が同じだった為に会話する事も何度かあった。
当時、将来の夢を課題にした作文が宿題に出された時に、何故か父親の話を思い出したのだ。
“正義の味方” “ヒーロー”
何処かのアニメの主人公みたいだと鼻で笑っていた事もあった。けれど、真剣に話す父親の顔が何度も脳裏を過ぎる。
誰かの為になりたいと告げた父の気持ちなど、誰かと関わった事も無い当時の桐杜には意味不明のものに聞こえた。
けれどいつしか、誰かが幸せそうに笑っているのを見るだけで胸が綻ぶようになった。嬉しい、幸福、そんな気持ちが現れた表情が、とても綺麗に思えたのだ。
父親がなりたかったヒーローという存在が何を守るのかと問われれば、それはひとえに自身の眼前に広がる笑顔に違いなかった。
きっと、笑顔が見たいと思ったのは。
人と関わりたいと、心の何処かでそう願った桐杜の気持ちの裏返しだったのかもしれない。
誰かの笑顔が見たいというのは、きっと桐杜が誰かを笑顔にさせたいと思ったから。
自分が誰かと関わる事で、その誰かを笑顔にさせる存在になりたいと、子どもである桐杜は思ったのかもしれない。
願い、夢、欲望とは裏腹に、ずっと孤独だった故に人との関わり方を知らない桐杜にとって、その理想は高過ぎるものだった。
きっと、掲げた瞬間に諦めたのかもしれない。ヒーローなんて柄じゃない。ただ、笑った人達の輪の中に、自分がいたのなら───と、考えてしまっただけ。
一人の時間にのめり込んだ桐杜はいつしか、女の子の前で誓った理想すら諦めの境地に立っていたのだ。
父親が死んでから。
だからこそ、仮想世界は魅力的に見えたのかもしれない。
ゲームである上に、誰もが夢見たもう一つの世界。人と関わる事が出来るこの世界なら、現実とは違う自分になれるのかもしれないと、そう思った。
誰もが現実とは違う自分を演じられる。顔も、名前も、経歴も。
そこは嘘偽りだらけかもしれない。けどそれでも、この格好悪い自分を消せるならと、そう思ったのかもしれない。
届かなかった理想に手が伸ばせるかも、と。
《ソードアート・オンライン》。
通称《SAO》。完全なる仮想世界を構築するナーヴギアの性能を生かした世界初のVRMMORPG。
自らの体を動かし戦うという、フルダイブ機器《ナーヴギア》のシステムを最大限体感させる為に魔法の要素を完全に排し、ソードスキルという必殺技とそれを扱うための無数の武器類が設定されている。
魔法は無いが、デバフや索敵などの戦闘補助スキルと言った魔法と同様の効果を持つスキルは存在する。
また戦闘用以外のスキルも多数用意されている為、この世界で生活する事も可能。
誰もが求めた、理想の世界。なりたい自分になれる世界。何より凄く魅力的で。
それは、多くの人達に感動を与える筈だった。
けれど、その先にあるのは絶望だけだった。
人を楽しませる為に存在したはずのものは、デスゲームと化したのだ。
ゲームにログインして数時間後、ログアウトボタンが無い事に気付いた後の強制転移。移動した先は、《はじまりの街》の広場。
そして、その上空から現れたのは、巨大な赤いローブを来た何かだった。
その赤い血のようなローブを来た何者かは、1万人のプレイヤーにこう告げた。
曰く、自分はこの世界の創造主、茅場晶彦だと。
曰く、ログアウト出来ないのは仕様だと。
曰く、この世界におけるプレイヤーのあらゆる蘇生方法は機能せず、HPを全損すれば、それは文字通り『死』を意味すると。
ナーヴギアはそれを可能とする、その理由や過程さえもを奴はご丁寧に教えてくれた。
曰く、この世界から出る為にはこの世界、《浮遊城アインクラッド》を100層まで突破しなければならない事。
彼らは震え、怯えた。中には我慢出来ずに文句を放つ者もいた。βテストでは、録に上がれなかったと聞いた、と。
外部からナーヴギアを無理矢理外そうとしてもプレイヤーは死に至る。既に忠告を無視して試みた人間が何人かいたようだ。200人以上の死者が出ていると、赤いローブの何かは告げた。凡そ現実的では無い数字の、ほぼ同時の死。このテロとも呼べる現状に、冷静な判断が出来ない。
桐杜は頭の中が真っ白だった。
何を考えるべきなのか、何が正解なのか。βテスターでもない上に、VRMMOは初めて。右も左も分からないド素人なのだ。
そして初めて魅入られたこの世界は、この瞬間に悪夢に変わる。いや、悪夢で済めばどれほど良かっただろう、
これは紛れもなく、現実そのものだった。
最後にその赤ローブが自身に送ってきたのは、ただの手鏡。
この世界は本物で、現実と何も変わりはしないと、そう桐杜に突き付ける為の鏡。
アキトではなく、お前は桐杜だと。
それだけで、桐杜の心は大きく揺れた。
そんな一声で奴は姿を消す。
僅かばかり空気が静まり、そして暴動。
ふざけるな、ここから出せ、騒いでも願ってもそれは叶わない。
現実と何も変わらない。そう世界が言っていた。
その場で崩れ落ちる者、泣き叫ぶ者、諦めた者。そこには1万人ものプレイヤーが存在していたが、みんな反応は同じだった。
桐杜はもう笑うしか無かった。
ああ、何処の世界もきっと変わらない。
この世界なら、自分は変われると思っていた。
けれど、現実と変わらない世界だと気付いた途端に、この世界の自分も、現実と何ら変わりは無いのだと痛感した。
瞳が揺れる中、視界を人影が覆う。誰もがこの先自身がすべき事を分からずにいる。けれど、助けてくれる者など誰もいない。救ってくれる人など、この場にいるはずがない。
自分の事しか、きっと考えられない。他人の事など考えていられるほどの余裕なんて無い。自分が生き残るだけできっと精一杯だ。人助けなんて無理に決まってる。
この世界の方が、余程死を身近に感じるであろう事を、一瞬で理解した。死ぬという事実は現実と変わらなくても、この世界の方がきっと、死のリスクは高いだろう。
街の外に出た瞬間に気が付けば死んでいた、なんて有り得ない話じゃなかった。
死にたくない。
こんなところで、意味もなく理由もなく、茅場晶彦の自己満足の為に自分が犠牲になるだなんて考えられない。
ふざけるな。何故自分がこんな目に合わなくちゃならないんだ。
こっちはゲームをしに来たのだ。間違っても異世界転移しに来た訳じゃ無い。
そんな中で響く数多の悲鳴。
桐杜が見たかったものとは正反対の表情が眼前に広がっていた。
耳を劈くように、周りの悲鳴が聞こえる。その甲高い声に耳を塞ぐ。目を瞑り、全てを拒絶する。
うるさい、黙れ。お前らだけが辛い訳じゃない。こっちだって死にたくない。みんなと変わらない。助けて欲しい。
願っても来てくれないだろうその助けに。いないであろう神様に、願う事しか出来ない無力な自分。
助けて、そう懇願するしかなかった。
だからだろうか。
その時伸ばされたその手を、何の躊躇いも無く取ってしまったのは。
それが、後悔の序章だとも知らずに────
●○●○
────良かったら、俺達と一緒に……
「……」
────君、名前は?
「……」
────え……ちょ、おい!それ絶対本名だろ!初心者かよ!
────お、俺聞いてないから!聞いてないからな!?
────ち、因みに誕生日とか血液型は?
────おい!悪ノリするなダッカー!見ろ、答えちゃったじゃないか!
「……アキト?」
「……」
「……おーい、アキト?」
「っ、ご、ゴメン……何だっけ?」
突然の呼び掛けにアキトは思わず身体を震わせる。
辺りを見渡せば見渡す限りの草原に続く、細い砂利道。夕暮れとまではいかなくとも、大分傾いて来た日差し。
隣りを向けば、自分よりもほんの少し背丈のある槍使いのケイタが立ち、アキトに合わせて歩いてくれていた。
変わった反応を示すアキトを見て、ケイタは首を傾げている。
「……さっきから上の空だけど、何か考え事でもしてんの?」
「え……ええっと……」
「モンスターはいないけど、一応気は抜くなよ……と言っても、アイツらがあれじゃあ説得力無いけどさ」
そう言って笑うケイタにつられ、前方へと視線を動かす。そこには、自分を引き入れてくれた仲間達が楽しく談笑していた。
ダッカー、ササマル、テツオ、そしてサチ。
話に花を咲かせ、笑顔を浮かべながら歩いていた。
今日は既に狩りが終わり、今は彼らが普段拠点にしている宿屋へと帰宅している途中だったのだ。今回の戦闘で思わぬ報酬があり、それでこれからちょっとした宴会を開こうという事らしい。
ギルド《月夜の黒猫団》
ゲーム開始当初、《はじまりの街》からアキトと行動を共にしてくれるパーティメンバーが結成したギルドの名前。もう彼らと出会って半年以上も経っている。その間ずっと彼らはアキトを見捨てずに戦ってくれていた。
彼らはこの殺伐としたデスゲームの中で他のプレイヤーとは違う雰囲気を醸し出していた。たった一つの戦闘に勝利した事を全員で大喜びし、検討を称え合う。
死が飛び交うこの世界を、絶望一色で攻略していくプレイヤー達の中、このギルドのメンバーだけは希望を見て進んでいたように、少なくともアキトには見えていた。
だからこそ────
「……」
全てが始まったあの日、何の躊躇いも無く伸ばした手を取ってしまったが、思えばあの状況で助けてくれるなんて、絶対に有り得ないと今更ながらに思ってしまった。
完全未知の、死が隣り合わせの世界。情報は無く、途端にモンスターは恐怖の対象となり、自分の命は、何よりも大切。
他人の心配などしている暇など無い。ゲーム開始当日ならば尚更だった。
それなのに。
それなのに、彼らは────
「……初めて会った時の事、思い出してたんだ」
「え……?」
前の4人を見て笑っていたケイタが、アキトの小さな呟きに反応し、視線を向けて来た。
肩に担いでいた片手棍は、力無く下ろされる。歩く速度は変わらなくとも、秘める心は揺れていた。
「黒猫団のみんなと、結構一緒にいるけど……まだちゃんと聞いてなかったから。……僕をこのパーティに入れた理由」
「それは……」
「知人ならまだしも、僕となんてあの時が初対面だったじゃん。それに……パーティに加えるなら、もっとマシな人がいたんじゃないかって、ずっと思ってた。僕なんか《はじまりの街》で震えてずっと動けてなかったし」
皮肉を込めて、自虐を重ねて、自嘲気味に笑う。
アキトが彼らと過ごして、共に攻略していく中で感じたのはパーティ構成のバランスの悪さだった。
アキトを除いた5人編成のうち、前衛と言えるのはメイスと盾を装備したテツオ一人。あとは短剣のみのダッカーにクォータースタッフを持ったケイタ、長槍使いのササマルとサチ。
テツオのHPか減ってもスイッチしてくれる仲間がおらず、後退するのは必至の編成。アキトはそれを考えて、前衛として戦えるようにスキルとステータスを構成した。
当時の武器は曲刀。現在はそれが派生して、エクストラスキルである《刀スキル》を手にしている。
怯えていた頃のアキトとは確かに違うかもしれないが、ゲーム開始時ではそうなるとは考えられなかったはずだ。あの時は《はじまりの街》で恐怖を覚えるプレイヤーの一人で、その場から動けない弱虫だったアキト。
そんなアキトをあの場で誘うメリットも、騙すにしたって得る物も、捨て駒としたって使い道も存在しなかった。
彼らが何を考えているのか分からない。
そして、そんな彼らを何故か信頼し切ってしまった自分も。そして、自分という足でまといのせいで誰かが死ぬのが怖かった。
ケイタはそんなアキトの心情を察したのか、目を細めてこちらを見据えていた。
「……だからいっつも一人で攻略してるのかー?危ないからやめろって言ってるのに……」
「っ……だ、だから、僕は纏まった行動は苦手なんだって……あんまり、その……団体行動とかした事無いし……」
「けど、今日は一緒に来てくれたよね。ありがとう」
「人数がいた方が良いでしょ。僕がいなきゃ、パーティバランス最悪なんだし」
「ぐっ……痛いところを……」
あはは、と笑うケイタを尻目に、アキトはバツが悪そうに目を逸らす。
ケイタの言う通り、アキトはみんなとこうしてパーティとしてフィールドに出るのとは別に、一人で攻略に向かう事があった。
そしてそれは特に、黒猫団のみんなに知らせたりはせず、殆ど無断である。
そこには、アキトの複雑な心情が含まれていた。
彼らの気持ちが分からない。何を求めているのか分からない。死なせるのが怖い。そんな気持ちが、アキトを逆に一人にしていた。みんなが攻略する中で、アキト一人だけが別行動を取るといった光景は珍しくなかった。
アキトはアキトなりにレベリングをしていたが、この手のゲームの進め方や効率の良い狩り場や戦い方の事はてんで素人で、レベルアップも中々にままならない。
それでも彼らに迷惑はかけまいと、アキトなりに必死だった。手に入れたアイテムやお金は勿論黒猫団の仲間達と分け合ったし、彼らが寝静まっては外に出て、一人追い付かないレベルを上げに走っていた。
今回はこうしてみんなと狩りに赴き、共に帰路に立っているが、それでも、それまでの意図が知りたかった。
どうしてあの時、自分の事でさえどうにも出来なかった人が沢山いた中で、黒猫団のみんなは他人に目を向ける事が出来たのだろう。
あの大勢のプレイヤーの中でどうして、自分を選んだのだろうか────
「……どうしてアキトを誘ったのか、か……」
ケイタは懐かしむように快晴の空を見上げる。
「あの時……まあ、僕らもこの先戦っていくなら、パーティのバランスが悪いっていうのは分かってたけど、だからって名前も知らない奴を誘うってのは抵抗があったなぁ。まだスキル上げも始めたばかりだし、ポジションも変えられたんじゃないかな」
「……じゃあ、なんで……」
「んー……多分、放っておけなかったんだろうな……」
ケイタは困ったように笑うと、まるで他人事のように呟いた。そしてケイタは視線を前へと向ける。アキトは不思議に思い、その視線を追い掛けると、そこには黒猫団のメンバー達がいた。
そしてアキトは、ケイタはが見ているのはサチだという事に気が付いた。サチはこちらに気付く事無く、他の3人との会話でクスクスと笑みを浮かべている。
ケイタとサチを交互に見やり、アキトは少し違和感を感じた。
「……サチ、が、どうかしたの?」
「ああ、いや……」
ケイタがアキトの視線に気付き慌てて取り繕う。誤魔化すように笑う彼に、続けて口を開こうとするが、その矢先前方から声が響いた。
「おーいリーダー、アキト!なーにしてんだよ!」
「っ……」
「ああ、ゴメン、すぐ行くよ」
ダッカーにそう返事したケイタはそのまま彼らに駆け寄る。アキトもすぐに集団に追い付くも、一歩後ろに引いて彼らを視界に収めた。
結局また聞けなかったなと思いつつも、こうして温かい雰囲気を醸し出す彼らの空気に当たったのか、とても和やかな気分になったのも事実だった。
(……また今度聞けば良いかな)
そう思ってしまうのは、この空気を壊したくなかったからか。それとも、聞いたら何か変わってしまうのではないかと思ってしまったからだろうか。
けれど、アキトの不安は消えなかった。こんなにも誰かと親密に関わる事が、今まで無かったから。
「アキト」
「え……っ、さ、サチ……?」
すぐ隣りから声が聞こえる。
ふと隣りを見れば、そこには槍を抱えたサチが並んでいた。アキトは思わず目を見開く。
どうやら前の集団から離れてアキトの隣りに並ぶまでペースを遅くしていたのだろう。自分を待ってくれたのかもしれないというその事実と、すぐ近くに女の子がいる状況にアキトは顔を少しばかり赤くした。
ふわりと、女の子特有の香りがゲームの癖に漂う中、サチが小さく口を開いた。
「……何、話してたの?」
「え……?」
「さっきまで、ケイタと話してたじゃん」
「あ……ええと……」
サチの純粋な疑問にアキトは口を閉じる。
何故自分をこのパーティに入れたのだと、今更ケイタに聞いていたなどと女々しい事を正直に言うべきだろうかと考えたアキトは、サチのその真っ直ぐな瞳に耐えかね、つい本音を告げてしまう。
「……このパーティに僕を入れた理由を聞こうと思って。結局聞けなかったけど」
「っ……どうして、急に?」
少しばかり驚いたのか、サチは上擦った声を出した。アキトは気付く事無く言葉を続ける。
確かに、今更だと思うだろう。でも────
「……あの時、僕達はまだお互いを知らなかった。それなのに、僕を誘ってくれた理由っていうのが気になって……」
「……そっか」
「今はみんな僕を仲間だって言ってくれるけど、じゃあ誘ってくれた当時は何が目的だったんだろう、って……そんな事ばっかり考えて……」
「……不安、なの?」
サチのその声こそ不安そうだったが、その質問は的を射ていた。アキトは誤魔化すように笑う事しか出来なかった。
「……そうかも。いつか離れていくんじゃないかって……はは、女々しいよね。ゴメン……」
けれど、それが素直な気持ち。ソロでの行動はその裏返しとも言える。
いつ別れを切り出されても良いようにと、強くあろうとしているのかもしれない。一人でも、寂しくないように。孤独の恐怖に打ち勝つ為に。一人でも生きられるように。逆に言えばそれだけ彼らを大切に思ってしまっている事に他ならない。
サチはアキトのそんな後ろ向きな言動にムスッと顔を膨らませる。アキトはそんな彼女の表情に戸惑いながらも、続く言葉を待ち受けた。
「アキトは、私達の事どう思ってる?」
「……死んで欲しくないとは思ってるよ」
そうして目を逸らす。サチの不安そうな顔と視線が痛かった。
「もう、すぐそうやって……じゃあ質問を変えます。仲間だと思ってくれてますか?」
その質問は狡いんじゃないかな。思ってるから、こうして悩んでるんじゃないか。この思いは、一方通行なんじゃないかって。
だって、初めての“仲間”なのだ。
「……仲間、だと……思ってる」
「……私も、アキトの事仲間だと思ってる」
サチは小さな声で、控えめに笑った。
きっとそれを言う事はとても照れるものだったのだろう。けれど、アキトが仲間だと言ってくれた、その事実に頬が緩む。
サチは、満足したのかそれ以上は何も言わなかった。
アキトも、結局また聞けなかった、と一人項垂れるが、また今度で良いかなと、そう思った。
そうして、サチから視線を外し。
彼ら全体を、《月夜の黒猫団》を見た。
“攻略組の仲間入りをする”
それがケイタの、ひいては黒猫団の目標だった。
いっそ、その為に自分を招き入れて少しでも戦力を上げようとしたと言ってもらえれば少し納得したのだろうか。少なくともゲーム開始時はそんなところだろうと決め付けていた。
彼らが攻略組に参加するという目標の為に自分を利用するように、自分も生きる為に、黒猫団にあやかるだけ────と、最初の頃は本気でそう思っていた。
けれど、今は少し違う。損得だけの関係でありたくないと思っているのかもしれない。
だからこそ、黒猫団の真意を聞きたかった。きっと、そんな我儘の為にアキトは理由を探しているのだろう。
黒猫団のメンバー達同士と違って、現実世界では彼らとは何の関わりも持たない自分が、彼らの仲間として、ギルドメンバーとして、ここに居ても良い理由を。
ここまで特定の誰かと長く関わったのは初めてだったから。
こんなに誰かに必要とされたのは初めてだったから。
だから、この関係が偽りであって欲しくないと、子ども染みた事を想う自分は間違っているだろうか。
大切にしたいと思ってしまったのは、いけない事だろうか。
ケイタ 「ここの店、美味しいって評判らしいから。じゃあ、何食べよっか。僕は────」
ダッカー 「肉だろ!」
テツオ 「魚だな」
ササマル 「パスタで!」
アキト 「……今日は野菜かな」
サチ 「わ、私も野菜……が、良いな」
ケイタ 「み、見事にバラバラじゃないか……」
END√(辿る道にさほど変化はないが、導く結果は変化する)
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√HERO(キリトが主人公ルート)
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√BRAVE(アキトが主人公ルート)
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√???(次回作へと繋げるルート)
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全部書く(作者が瀕死ルート)