ソードアート・オンライン ──月夜の黒猫──   作:夕凪楓

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久しぶりに描いたので拙いと思います。
これは修正案件ですね……何か気に入らない描写や面白くない部分ありましたらアドバイス宜しくお願いします……私が傷つかない程度に……(´・ω・`)





Ep.96 虚ろな世界の中心で

 

 

 

 

 

 《ホロウ・エリア》管理区地下

 

 

 そこは、どのエリアとも違う、不思議な空間だった。

 地下にも関わらず管理区同様に星が連なり、闇色の雲がかかったその場所は、床も壁も透けていて、まるで宇宙に置き去りにされているかのような感覚に陥る。

 《アインクラッド》は、全体的に見れば、何処か西洋風な街並みをイメージする。だがこの場所は、それに当て嵌らない。何なら、地球上のどの場所も、ここと似たものは無いだろう。

 無機質なデジタル空間、ネットワークや電脳世界といった、次元を超えた場所に見えた。

 管理区中央のワープゲートから下ったアキト達が、一番に感じた印象だった。

 

 

 《開発機密エリア》秘匿領域

 

 

 そこが、管理区地下にあったラストダンジョンの名前だった。この世界の武器やスキル、モンスターなどを構築しテストする場所である《ホロウ・エリア》の最後のフィールドとしては、世界観は兎も角相応しい雰囲気だった。

 電子回路のようなものが透明の壁に何本も張り巡らされていて、入口と変わらずに、その向こうが透けて見える。銀河の渦にいるような感覚、それに伴って孤独感や恐怖が増大する。

 そんな中現れる敵は多種多様で、特に一定の法則があるわけでも無かった。

 《アインクラッド》では、法則性があるのかは不明だが、大体はその層のイメージに合ったモンスターが蔓延るものだ。森なら植物、洞窟なら虫や獣、沼地なら甲殻類、砂漠なら蠍やゴーレムなど。

 だが、そのどのイメージにも当て嵌らないこの《秘匿領域》なる場所では、実験するエリアというだけあって、この世界に存在する全てのモンスターがいるのではないかと思わせる程の種類を確認していた。

 当然だがモンスターによって、弱点武器やモーションが違う為、ただでさえ高難度エリアだというのに、レベルの高いモンスターがこうも多いと、倒す事は出来ても疲労が溜まっていく一方だった。

 ダンジョンは《アインクラッド》とは違い、下へ下へと下っていく。マップは曖昧で、具体的な場所は教えてはくれないが、どうやら地下10階まで下って漸く、中央コンソールへと辿り着くようだ。

 それは、決して簡単ではなかった。

 押し寄せるモンスターをたった三人のみで捌き、そのまま地下10階まで下りて行かないといけない。高難度エリアである《ホロウ・エリア》最後のエリア。モンスターの種類は疎らだが、まるで一つの意思として統率が取れているように見えた。

 

 “この先へは行かせない”という、そんな意思が。

 

 アキトが《二刀流》を解禁するのは時間の問題だった。

 ここで時間をかけるのは得策では無い。一瞬で鞘から二本を抜き取り、アスナとフィリアに迫る敵をソードスキルで屠る。それはとても鮮やかで、魅入ってしまう程綺麗で。“ソードアート”の名に恥じない動きだった。

 そのまま特攻を繰り返し、アキトの集中力は最高を越えていた。それをフィリアやアスナは頼もしく感じていたし、頼りにもしていた。

 

 

 だが、アスナは。

 どうしても重ねてしまう。懐かしく思ってしまう。

 

 

 二本の剣を持ったその黒い背中を、自身の想い人と。

 

 

 

 

 

 

 

 ●○●○

 

 

 現在地下5階。変わらず星々が煌めく地下エリアでは、一通り戦闘を終えた各々が、深く溜め息を吐いていた。

 

 

 「思った以上に……疲れる……」

 

 

 ポツリと誰かが切り出した言葉に別の誰かが同調する。弱音という程心にきている訳ではないのだが、別々のモンスターが大量に押し寄せ、それが地下10階まで続いていると考えるだけで嫌になってくる。

 一々敵に合わせて戦い方を考え、変えていかなければならない。身体だけでなく脳をフルに動かすこのエリアはまさに鬼畜。このまま地下の最深部に行けばボスがいるのではないかと想像してしまっているだけに、それまでの道のりでかかる負担は少なくしておきたかった。

 残り半分でこの消耗量。SAOにおいても疲労は確かに感じるのだ。それは身体的なものよりも精神的なもの。しかしそれは戦闘におけるパフォーマンスを低下させるのには充分だった。

 この調子では最下層まで持たない。一度休息を取るべきだろう。そうアキトが提案すると、各々が頷いた。安全エリアの無いこの場所での休憩は、それなりに警戒しなければならない。

 三人はエリアの隅に位置取り、アスナの持って来たサンドイッチを頬張りながら、警戒は怠らなかった。

 

 

 「改めて思うけど……アインクラッドと、世界観が全然違うね」

 

 

 アスナの言う通り、あまりにもアインクラッドとはかけ離れた印象を持つそのフィールドは、違和感を感じつつも、ラストに相応しい雰囲気を漂わせていた。

 アキトとアスナが辺りを見渡す中、フィリアが一面を見渡して口を開く。

 

 

 「PoH(アイツ)がどうやって、こんな場所を攻略出来たかは分からない……」

 

 「PoHは高位のテストプレイヤーだったし、この前戦った時も、知らないスキルを使ってた。多分、《ホロウ・エリア》のテストを利用して、特殊スキルを手にしていたのかもね」

 

 

 《ホロウ・エリア》は、《アインクラッド》に新たな武器やスキルを実装する前に、それがゲームバランスを崩すものでないかテストをする場所だ。一般のプレイヤーはまずこの場所に入れない為、PoHは未知のスキルというだけで相当のアドバンテージを手に入れていた。

 層が上がる程に手に入れられるスキルは強くなるのは自明の理。現在80層後半に差し掛かっている《アインクラッド》に実装するスキルになれば、かなり強力なものだろう。

 恐らくそれらのものを使用すれば、現実的ではないがこの場所の後略が可能なのかもしれない。実際、奴はここに一人で訪れた。

 アキトがそう説明すると、フィリアは不安になってきたのか、次第に表情が曇っていった。

 

 

 「私達で行ける……かな?強靭な敵に囲まれたり、迷い込んで抜け出せなくなっちゃったり……」

 

 「……でも、現状この状況を打破出来るのは俺達三人だけなんだ。だから、やるしかない」

 

 「……そうだよね。うんっ、分かった」

 

 

 アキトの言葉を聞いて、フィリアは覚悟が決まったのか、その瞳に闘志を燃やしていた。

 “世界の命運”、それは決して誇張表現ではない。《アインクラッド》に生きる凡そ六千人のプレイヤー達の存在維持は、ここにいる三人にかかっている。フィリアがそこに重圧を感じるのは当たり前だった。

 けど彼女は何処か吹っ切れたのか、もう何も言わずに黙々とアスナのサンドイッチを頬張っており、まるでリスみたいな彼女の可愛らしさに思わずクスリと笑みが零れた。

 やがて自身の分のサンドイッチを完食したフィリアは、伸びをして壁にもたれかかった。

 

 

 「あー、美味しかった!アスナ、ご馳走様」

 

 「ふふっ、お粗末様でした。随分早く食べちゃったね」

 

 「俺なんかまだ一口しか食べてないのに」

 

 「それは流石に遅過ぎだけど……」

 

 

 そんな軽口を叩く中、フィリアは二人を眺めると、勢い良く立ち上がった。いきなりの事で思わず見上げるアキトとアスナを見やりながら、フィリアは辺りを見渡した。

 

 

 「私、見張ってるから。二人はゆっくり食べててよ」

 

 「え……あ、いや、見張りなら俺が────」

 

 「良いから良いから、味わって食べててよ。警戒は任せてっ」

 

 

 立ち上がろうとするアキトの両肩に手を置いて、無理矢理座らせたフィリア。そのまま身を翻し、モンスターが現れる可能性のある位置まで背を向けたまま歩いて行ってしまった。

 確かに三人同時に無防備になるには些か危険な場所ではある。ここは安全圏ではないし、最下層に行くにつれて強くなるであろうモンスター相手にこちらのプレイヤーは変わらず三人。一人だって欠ける事は許されないし、そうなればアップデートの回避は絶望的だ。

 だからこそこの休憩はローテーションで行うのは当然だが、フィリアは半ば強引に見張り役を引き受けたように見えた。

 普段以上に積極的に動く彼女に、アキトは安心感どころか不安すら感じていた。まるで彼女のその行動は、今まで彼女自身が犯した罪に対しての償いのような面があるのではないかと思ってしまうから。

 

 

 「……罪悪感とか、感じてるのかな」

 

 「アキト君……」

 

 「だったら……やだな」

 

 

 彼女のその行動の理由は罪悪感から来る善意だろうか。償いやお詫び、そういった部分から来た行動なのだろうか。

 それは何となく悲しい。仲間なのだから、頼り頼られる関係でありたい。もしフィリアが償いのつもりで、お返しのつもりでこんな事をしてくれているとしても、手放しで喜べなかった。

 

 

 「……でも、フィリアさん明るくなったよね」

 

 「え……?」

 

 

 チラリとアスナを見れば、柔らかな慈愛の笑みで、離れた場所に立つフィリアを見据えていた。アキトはつられてフィリアを見て、そして目を見開いた。

 彼女は何故か笑みを零していたいたのだ。何か理由がある訳でも無く、ただ柔らかな表情だった。彼女と共に攻略していく中で、あんな表情は滅多に見れるものではなかった。

 

 

 「初めて会った時は、何処か影があったっていうか……大人しい、寡黙な人なのかなって思ったりしたけど、こうして一緒に攻略する中で少しずつ笑顔が増えて……なんだか印象変わったなぁ」

 

 「……」

 

 「きっと、あれが本当のフィリアさんなんだね」

 

 「……そう、かな。そうだね」

 

 

 アキトは目の前のフィリアを、いつも一緒に冒険してた時の彼女と重ねる。

 本当の彼女は、自称トレジャーハンターで。名乗るだけあって宝探しが好きで。宝箱を見付けるだけで嬉しそうで。その中身で一喜一憂して。そんな彼女を、アキトは知っている。

 あの屈託の無い笑顔を向ける彼女こそが、フィリアの本当の姿だと、自分はとうの昔に知っているではないか。

 なら、あれは彼女の優しさで、償いなんかじゃ全然無くて。

 そう思えて、アキトは胸を撫で下ろした。小さく安堵の息を吐き、柔らかな笑みでフィリアを見据えた。

 

 

 「……フィリアを待たせる訳にもいかないし、早く食べないと」

 

 「急ぎ過ぎて喉に詰まらせないでよね、アキト君」

 

 「そんな、キリトじゃあるまいし」

 

 「……ふふっ、今のちょっと面白かった」

 

 「キリトが詰まらせてるの想像したでしょ」

 

 「うん……キリト君凄く食べるから、良くあったの」

 

 「知ってる。なのに全然学習しないよね」

 

 「そうそう……あははっ」

 

 

 サンドイッチを頬張りながら、アキトとアスナからはそんな話が転がる。

 互いに良く知る彼の話は、決して空気を暗くするものでは無く、寧ろ共通の話題で盛り上がる友人間のような空気を作り上げていた。

 以前の二人なら、きっとキリトの名前が出ただけで悲痛に顔が歪んだというのに。

 だからこそこの時間、二人のこの会話は、互いに前に進めている何よりの証だったのかもしれない。

 

 

 「……?」

 

 

 そうして二人で壁にもたれかかっていると、アキトはふと、アスナの膝元にある、サンドイッチが入っていたバスケットに視線が動く。

 その中には、まだ結構な量のサンドイッチが入っていた。今まで食べてたどのサンドイッチとも違う材料が挟んであり、綺麗に敷き詰められていた。アキトは目を丸くする。明らかに三人分にしては多過ぎた。

 アキトは気になって、思わずアスナに問いかけた。

 

 

 「……アスナ、なんかサンドイッチ多くない?そんなに食べるの?」

 

 「っ……」

 

 

 その一言に、アスナは明らかな動揺を示していた。途端にバスケットの蓋を閉め、誤魔化すように笑った。

 

 

 「……あ、いや、これはその……あはは、作り過ぎちゃって……」

 

 

 ────その表情は、とても痛々しかった。

 

 

 「……」

 

 「ぁ……」

 

 

 そんな彼女を心配そうに見つめるアキトの瞳に、アスナは誤魔化す事も出来なくなっていた。小さな声が漏れ、アキトの視線に瞳が揺れる。

 無理に笑っていた表情が崩れ、儚げに小さく息を吐く。アスナは満天に煌めく星々を見上げて、やがて懐かしむように呟いた。

 

 

 「……これ、キリト君に作ったの」

 

 「……キリト、に?」

 

 

 アスナは膝の上にバスケットを乗せ、子どもをあやす様に優しく撫でる。蓋を開けてみれば、先程のサンドイッチが。

 良く見れば、アキトには見覚えのあるものだった。76層に来たばかりで、まだアスナと険悪な関係だった時に、彼女から礼として渡された品物と同じものだった。その時のものはとても香辛料が効いていて、辛いものが苦手なアキトは思わず噎せてしまった。その時のものと良く似ていて、そして思い出す。

 

 

 「……キリト、辛いものが好きだったよね」

 

 

 キリトの味覚エンジンだけ壊れてるのではと疑いたくなるレベルの辛党だった事。良く二人で出店の食品を食べ回っていた光景が蘇る。

 アスナの表情は変わらず儚げだった。過去を振り返るようにポツポツと言葉を紡ぐ。

 

 

 「……最近、みんなと攻略してると、キリト君との攻略を思い出すの。前もこうやって、パーティーを組んで、お弁当を作ったなぁって。美味しいって言って欲しくて、色々試行錯誤して、何度も味見を繰り返して……」

 

 「アスナ……」

 

 「アキト君の優しいところ、困ってる人を見過ごせないところ、ふと見せる表情とか雰囲気が、自然とキリト君と重なって。このお弁当も、気が付いたら四人分作ってた。私とアキト君とフィリアさんと……キリト君」

 

 「っ……」

 

 

 彼女のその声音と瞳が、アキトの胸を締め付ける。物憂げな表情、ほんの些細な仕草。キリトが居なくなった悲しみを、生きて今までずっと感じてきたアスナ。そして、そうさせたアキト。

 彼女に、自分とキリトは違うと、代わりにはなれないと、そんな風には言えなかった。寧ろ、そうさせてしまったのは自分自身で、アスナには何の非も無くて。

 アキトは自身の胸に片腕を持っていき、心臓の部分に触れる。装備の上からキュッと小さく握り締める。

 

 

 ────キリトはちゃんとここにいるのに、彼の声をアスナに聞かせてあげる事も出来ないなんて。

 

 

 キリトは生きている。

 けれどアキトと混在していて、自由勝手に入れ替わったりしない。

 それを聞いた時、アスナはどんな感情を抱いたのだろう。歓喜?悲哀?

 どちらにしても、想い人がすぐ近くにいるのだ、重ねて見ずにはいられない。

 アキトは、思わず顔を伏せる。

 

 

 「アスナ……俺は……」

 

 「アキト君」

 

 

 アスナはアキトの言葉を遮って、彼自身の名前を呼ぶ。

 見上げた先の彼女は、柔らかな笑みでこちらを見据え、目を細めた。

 

 

 「私、今まで生きてきて良かった。みんなと一緒に居られて、笑い合えて。アキト君がいなかったら、今こうしてお弁当なんて食べられなかったと思う」

 

 「アスナ……」

 

 「ありがとね、私を助けてくれて」

 

 「っ……そんな、俺は何も……大袈裟だよ」

 

 「ううん、そんな事無い」

 

 

 自然と目を逸らしてしまうアキト。アスナは変わらず笑みを零し、何かを決心したように、その言葉には強い意志を感じた。

 

 

 「私、みんなともっと一緒にいたい。だから、アップデート、絶対に止めようね」

 

 

 彼女には、もう“死”の選択肢は無い。迷いは無かった。

 アキトは目を見開いて固まって、暫く言葉を発せないでいた。けれど、そんな彼女に応えるように、最後は頷いた。

 

 

 「……うん、勿論だよ」

 

 

 そう、微笑んだ。

 アスナは嬉しそうに笑う。アキトは、何処か寂しそうに笑った。変わらず辺りに光を散らす星々は、揃って自分達を見ているように思えた。

 

 

 アキトは静かに目を細めると、アスナの膝の上に乗ったバスケット、その中のサンドイッチに視線を固めた。

 

 

 「……それ、どうするの?」

 

 「え?あ……えと、どうしようか……あはは」

 

 

 作った後の事を考えていなかったアスナは、誤魔化すように笑った。無意識に作ってしまってたそれは、あまりにも辛くて自分では食べられない。そうでなくとも、アスナは既に満腹だった。キリトの辛党には本当に手を焼いてしまうなと、心の中で苦笑した。

 耐久値が切れて自然消滅するのを待つしかないのかもしれない。そうアスナが思った瞬間、ふとアキトから声がした。

 

 

 「もし良かったらなんだけど……それ、俺にくれないかな」

 

 「っ……」

 

 

 アスナは思わず、顔を上げる。アキトを見てしまう。

 何度目だろう。こちらを真っ直ぐに見て優しく笑う彼の笑みが、またキリトに重なってしまう。

 心臓が高鳴る。頬が熱くなる。

 

 

 「ぇ……で、でもアキト君、辛いの苦手じゃ……」

 

 「まあ、そうなんだけど……食べないのも勿体無いし」

 

 

 アキトは頬を掻いて苦笑する。アスナは再び、自分の持つバスケットを見下ろす。キリトの為に作った、サンドイッチ。何も言わずそれを見て、瞳を揺らした。

 何故か、顔が赤くなる。心臓の音が聞こえる。

 

 

 「……その、じゃあ……食べて、くれる……?」

 

 「うん、貰うよ」

 

 「っ……」

 

 

 アスナが恐る恐ると差し出したサンドイッチを、アキトが片手で受け取る。

 触れ合った指に敏感に反応し、アスナはバッと手を引っ込める。アキトはそれに気付く事無くサンドイッチを受け取り、それをまじまじと見下ろしていた。

 それをアスナは、ただ眺めるだけ。アキトが辛いものが苦手なのは知っている。だから、良い感想は聞けないだろう。

 なのに、どうしてこんなにも、緊張するのか。

 

 

 「……じゃあ、いただきます」

 

 「うん……どうぞ」

 

 

 視線が、否応無くアキトの口元へと向かう。

 もう作り慣れたはずのサンドイッチなのに、堪らなく不安になる。口に含むその瞬間、アキトが辛さに悶絶するのが目に浮かび、はらはらと胸がざわつく。

 

 

 「……」

 

 

 しかし、サンドイッチにかぶりついたアキトは、目をぱちくりさせながら固まっていた。何度もサンドイッチを見ては何かに驚いているようだった。

 

 

 「……アキト君?」

 

 「……美味しい」

 

 「え?」

 

 「なんか……ピリッとスパイスが効いてて……や、凄く、辛いんだけど……普通に食べられる……凄く美味しい……」

 

 

 アキトは段々と口元が緩み、サンドイッチに目を輝かせている。どうやら美味しく食べられるみたいだ。

 それにアスナは少なからず驚いていた。キリトはその辺りの辛党よりも辛いものを平気で食すうえに好んでいる為、アスナもキリトにこれを作る際はかなりの辛さに仕上げているのだ。

 以前同じものを食べた時のアキトはその辛さに噎せていたのに、とアスナは目を見開いて呆然と見ていた。

 

 

 いつの間にか、辛いものが平気になったのだろうか。

 いや、それよりも────

 

 

(幸せそうに、たべるなぁ……)

 

 

 アスナは小さく、口元に笑みを作った。

 彼のその高揚とした表情、かぶりつく姿勢や、急いで食べるような動きが、また想い人と重なって見えた。

 自分の作ったものを、こんなにも美味しそうに食べてくれる人を、久しぶりに見た気がした。

 

 

 

 

 そう、まるで。

 

 

 

 

 本物のキリトのようで(・・・・・・・・・・)────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ●○●○

 

 

 《管理区地下》秘匿領域最深部

 

 

 地下10階の更に下、1階から変わらない風景に、ループしているのではと感じてしまう。無機質なデータの塊のような空間。暖かさも寒さも感じないはずなのに、星々煌めくこの場所は、何故か異質の冷たさを放っていた。

 中心部に転移した三人は、揃って目の前の門を見上げる。

 《ホロウ・エリア》にある《アインクラッド》とは違うデザインの転移石に描かれた紋章が中心に埋め込まれた、システムの壁。《ホロウ・エリア》各地のエリアボスを倒す事で解放されたものと良く似ていた。

 それが何重にも折り重なって、何処までも続いている。かなり厳重にロックされているようだった。

 壁に光が走り、それらは壁の中心に吸い込まれていく。それを見つめていたアキトは、封じられた門に近付く。

 すると、フィリアが何かに気付いたのか、驚きの声が辺りに響いた。

 

 

 「アキト……手が!」

 

 

 彼女の視線につられ、アキトは自身の手を見下ろす。

 そこには、初めてここに来て《ホロウリーパー》を倒した時に現れた紋章が浮かび上がっていた。

 瞬間、封じられた門とアキトの手の紋章が呼応し、共鳴する。門がアキトの手の紋章を認識し、次々とロックを解除していく。

 全ての門が消え去って見えるは、一本の光の柱。闇色の柱に挟まれた道を真っ直ぐに進むと、その光は虚空の彼方まで伸びていた。それがワープゲートだと認識するまでさほど時間はかからなかった。

 

 

 「いかにもね……」

 

 

 アスナがその柱に近付いて訝しげに見上げる。そのワープゲートはこのモンスターもいない最深部の中央にひっそりと聳え立っており、それが何処か恐怖を感じさせる。

 フィリアやアキトも光の柱へと近付き、漸くここまで来た事への達成感を少なからず抱いていた。

 ここが、《ホロウ・エリア》の最終エリア。《ホロウ・データ》であるPoHの企てたアップデートを止める為の中央コンソールが存在する、このエリアの基幹部分。

 未だ天に煌めく光の粒達が、彼らを祝福するかのようにキラリと光る。それを見上げては、またワープゲートへと視線を下ろす。

 

 

 「……嫌な予感がする」

 

 

 アキトと、彼の中のキリトが、そう感じ取る。この嵐の前の静けさといった空気。今まで何度も感じている。まるで、フロアボスへと続く迷宮区の扉のような、そんな雰囲気を纏っている。

 この先には、今までとは比べものにならない強敵が待ち受けているような気がするのだ。転移してすぐに、目的のコンソールがあるとは到底思えない。

 そんな場所にアスナとフィリアを連れて行くのは、アキトとしては躊躇われるものだった。

 しかし、そんなアキトの想いを敏感に感じ取ったのか、彼が口を開くより先にアスナ達は決意を改めた。

 

 

 「アキト、私は行くよ。これは私にとって、自分を取り戻す為の戦いでもあるの……だから、一緒に戦わせて」

 

 「フィリア……」

 

 「それに……早くアップデートを止めないと、私達だけじゃなくて、みんなが大変な事になっちゃうし……」

 

 

 フィリアは心臓部分に拳を持っていき、闘志を宿した瞳を向ける。そこには、もうそこには、何処か虚ろな瞳だった頃の彼女はいない。

 ずっと《ホロウ・エリア》に閉じ込められ、心を虚無にしたフィリアは、自分が人間として存在しているという意識を消失し、生きる意味を見い出せずにいた。

 PoHに唆され、自分がデータである事に何処か納得し、この世界でしか生きられないかもしれない事実に尚早を感じてた。

 だがフィリアは、アキトのおかげで人としての感情を、触れ合う事の温かさを思い出し、人として存在している自分自身を肯定し、実感出来たのだ。生きている事の素晴らしさ、温もりを感じられたのだ。

 PoHのアップデートは、そんな人の感情を根こそぎ奪い取る。プレイヤー全てがデータへと置換され、世界に操作されたAIが城を徘徊し、前に進む事をやめた、生きる事だけに執着した人形に成り果てる。そこに変化は無く、死んだのと変わらない世界が始まる。

 それを、生きているとは言わない。

 

 

 だから────

 

 

 「……分かった。一緒に行こう」

 

 

 そんな彼女の意志を汲み取り、アキトは深く頷いた。フィリアのその真っ直ぐな瞳と、言葉から滲み出る強固な意志を肌で感じた。今の彼女が傍に居てくれるなら、こんなに頼もしい事は無い。

 また、仲間を頼る事を忘れそうになってしまった。アキトは苦笑しつつ、その存在の大きさを実感した。

 

 

 「大丈夫だよ、アキト君」

 

 

 アスナが一歩前に出て、アキトに向かって微笑む。

 

 

 「今までだって色んな困難を、私達は乗り越えて来た。だから今回も、きっと大丈夫」

 

 「アスナ……」

 

 

 アスナもフィリア動揺迷いは無い。全ては、《アインクラッド》で待つみんなの為に。

 アキトは、グッと拳を握る。勇ましい表情で、光の柱を見上げた。それに合わせてフィリアとアスナも柱へと歩み寄り、アキトの両隣りに立った。

 

 

 ────これが、最後の戦い。

 

 

 「……行こう」

 

 「ええ」

 

 「うんっ!」

 

 

 三人は、その光の柱に足を踏み入れ、その身体を光らせた。

 転移の光を纏い、アキトはそっと瞳を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ●○●○

 

 

 眩い光から解放され、目が段々と視力を取り戻す。互いに互いの位置を把握しつつ、辺りを見渡し観察する。

 

 

 だが、そこには何も無かった。

 目的のコンソールも、透き通った壁も、多種にわたるモンスターの群れも。

 

 

 転移したばかりのアキト達は、この異様な雰囲気に思わず武器を取る。辺りは明らかに違和感の塊で、何もかもが奇怪過ぎた。

 

 

 三百六十度見渡して、あるのはただ広大な宇宙。

 透明で円形の床の下からも、星々が透けて見える。

 転移された場所は、お世辞にも広いとは言えない円形の透明な床が敷かれただけの、銀河の果ての一部だった。星雲が漂い、それが不安を掻き立てる。

 何も無い、だからこそ感じる恐怖。この広大な宇宙に捨てられた孤独感。

 

 

 何も無い。ギミックも、オブジェクトも。

 ただ、真新しいクリアな地面が小さく広がるのみ。

 

 

 ────まるで、戦闘を行う為だけの場所。

 

 

 

 

 「……っ!?」

 

 

 

 

 瞬間、アキトは何かの気配を敏感に察知する。

 第六感、虫の知らせ、そんなものがその身を震わせた。

 

 

 「……何か、聞こえる……」

 

 

 フィリアがそう言い切ったと同時に、また音が聞こえる。小さくはあるが、音の響かぬはずの世界で、角笛のような音が。

 

 

 何かの、咆哮が。

 段々と、近付いて来る。

 

 

 「っ……二人とも、気を付けてっ!」

 

 

 アスナがそう叫んだ瞬間────

 

 

 

 

 

 

 

 ────ソイツは、浮上した。

 

 

 

 

 「っ……!?」

 

 「なっ……!」

 

 「くっ……!」

 

 

 

 

 ビリビリと肌でその存在を感じ取る。身体全身が轟音によって震わされ、思わず目を瞑る。

 アキト達はそれに耐えながら、ゆっくりとその影を見上げる。

 下から浮上した異型の主は、正しくエイリアンと呼ぶに相応しい姿でこちらを見下ろしていた。

 その巨体に、一同驚愕で顔を強張らせた。

 

 

 湾曲して反り返った六本の黒い触覚。

 

 

 蛇のように細長い白い頭部。

 

 

 何でも掴み上げてしまいそうな丸みを帯びた鉤爪。

 

 

 翻す翼のように雄々しく巨大な、桃色の二本の剣。

 

 

 背中からは黄色と赤色の魔法陣のようなものが設置され、それは咆哮と共に広く展開された。

 

 

 

 

 《Occuldion The Eclipse(オカルディオン・ジ・イクリプス)

 

 

 

 

 この宇宙を支配する、全能の主。その名前だった。

 その名が表示された瞬間に、そのモンスターの頭部辺りに三本のHPバーが表示される。

 それが、目の前の奴をボスだと認識させた。

 

 

 「アキト君、このモンスター……!」

 

 「…… ああ、ボスモンスターだ……!」

 

 「じゃあ……コイツと戦うの……?この何も無いフィールドで……!?」

 

 

 フィリアは声を震わせる。しかしそれも無理は無い。

 戦闘開始時点でのボスのアドバンテージが明らかに大き過ぎるのだ。奴は今、下から浮上して来た。つまり、奴はこの銀河を自由に飛んで移動出来るのだ。

 それに対してこちらの移動範囲は広がる銀河にただ設置された、透明な床板一枚。最終ボスを目の前にして、明らかに腑甲斐無い。

 こちらが常に、ボスに狙われる側なのだ。それは、明らかに絶望的だった。

 こちらは本来踏み入る事の出来ない場所に紛れ込んだ侵入者だ。システム側としては、何としても排除したいイレギュラーなのだ。だからといって、これはあまりにも────

 

 

(っ……四の五の行ってる場合じゃない……!)

 

 

 アキトは《リメインズハート》と《ブレイブハート》を構え、剣を広げるボスの前に立つ。

 このフィールドの如何に不利かに絶望しそうになっていたフィリアとアスナは、驚きで目を見開く。

 アキトのその背が、とても頼もしくその目に映る。

 

 

 「っ……アキトく────」

 

 「どんな攻撃が来るか分からない!二人とも気を付けて!」

 

 

 アスナの言葉を遮って無理矢理指示を押し通すアキト。二人は思わず気を引き締める。

 瞬間、ボスのその二本の剣がアキトに向かって振り下ろされた。アキトは左右の剣を輝かせ、その両腕に全力を込める。

 

 二刀流範囲技《エンド・リボルバー》

 

 左右から迫る大剣に合わせて、タイミング良くそれをぶつける。

 

 

 「っ……なっ……!?」

 

 

 ────しかし、ソードスキルで奴の大剣を弾けなかった。それどころか、アキトのソードスキルを打ち消し、その二本の大剣でアキトを真っ二つにせんとその腕に力を込め出した。

 その筋力値に、アキトは驚きに目を見開いた。途端に焦りが顔に出る。

 

 

(なっ……重っ……こんなの、今までのどのボスよりも────)

 

 

 「はあぁぁっ!」

 

 「せああっ!」

 

 

 ────刹那。

 

 

 アスナとフィリアがそれぞれ、アキトを挟まんとする大剣をソードスキルで弾く。ボスは弾かれた剣の反動で思わず仰け反り、体勢を一瞬だけ崩す。

 だが、それも束の間。ボスはすぐにこちらに向き直り、静かにこちらを睨み付けていた。

 

 

 「アキト君、来るよ!」

 

 

 「っ……ああ!」

 

 

 アスナの言葉で、アキトも切り替える。すぐさま二刀を構え直し、ボスを倒さんと見上げた。

 

 

 

 

 誰もいない。誰も知らない。

 

 

 

 

 そんな虚ろな世界の中心で。

 

 

 

 

 今、世界の命運を懸けた、最後の戦いの幕が、人知れずに切って降ろされた。

 

 

 

 

 

 






アキト (辛っ!……けど美味い……おかしいな、いつの間に辛いの平気になったんだろう……)モグモグ

アスナ (凄く食べるなぁ、アキト君……少食だったはずなのに……キリト君みたい……)

フィリア (……なんか、楽しそうだなぁ……)











●○●○




彼は、自分にとってのヒーローだった。


届かないから羨望して。


かなわないから嫉妬して。


それでも大切な友人で。


目指すべき、理想のヒーロー像だった。


そんな彼に一度だって、勝ったと思えた試しは無い。




そして今、この瞬間────













“憧れ”が、そこにいた。






















次回 『銀河の果てで君と出会う』



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