「……ここは?」
ふっと意識が回復し、目を開けると見覚えのない天井が視界に入った。
そのまま数十秒ボーッとしていると、ようやく意識が鮮明になってきた。
確か自分は百年ガエルに向かって魔法を……それからどうしたんだっけ。
どうにも記憶が曖昧だ。
「あら、やっと起きた?」
「……ロザリー」
とりあえず体を起こそうとしたら、扉が開いてロザリーが入ってきた。
「気分はどう? どっかおかしい所ない?」
「と、特には……」
気だるさが少しあるが、どうってことはない。
「えっと、ここは?」
「ここはギルドの中の救護室よ。あんた百年ガエルに魔法当てた後、魔力切れで城壁の上でぶっ倒れてたのよ」
気を失っていたわけか……道理で記憶が。
「あ、百年ガエルは!? あれからどうなったの?」
「ん、ちゃんとウィズの魔法が当たって粉々に砕けたわよ。外に行けば残骸が回収しきれてないから残ってるはずよ」
「そ、そう……」
どうやら緊急クエストは無事に達成できたようだ。
よく耳を澄ませば、いつも以上に冒険者達が騒ぐ声が聞こてくる。
みんなもクエスト達成のお祝いか何かをしているのだろう。
「……そういえば私どれくらい寝てたの?」
ふと窓の外を見ると太陽が真上くらいの位置にあった。
しかし百年ガエルを相手にしていたときは既に昼過ぎで、夕方近くまで差し掛かっていたはずだ。
しかし外の様子を見る限り夕方どころか夜にすらなっていないのが不思議に思った。
「あぁ、丸一日よ」
「え?」
「だから、丸一日だってば。もうあれから1日経ってるのよ」
なんと……そんなに経っているとは思わなかった。
……まてよ、ということは……
「じゃあ特に体の調子が悪いわけじゃないなら、今から祝杯あげにいきましょ。みんなあんたを待ってるんだから」
「……いや、それはできないよロザリー」
「は?」
丸一日寝てた……ということは1日に一回以上は行うあの行為をしていないということだ……!
「な、なに? やっぱり体調が優れないの? それなら回復魔法かけてあげるわよ」
「違うよロザリー、私が言いたいのはね……」
「い、言いたいのは?」
そう、毎日の楽しみである……
「私昨日お風呂に入ってない!」
「…………」
これは極めて重大な事態だ。
至急に対処せねばならない。
「……う、うん。まぁそうよね……不衛生だもんね。待ってるから遠慮せずに済ませてきていいわよ」
「うん、行ってきます!」
まずはお風呂セットを部屋に取りに行くため、ダッシュでギルドを飛び出す。
入浴を済ませ、身支度を整えて再びギルドにやってきたのだが、扉を開けた瞬間いつも以上に濃い刺激臭が鼻腔を刺激してきた。
多分お酒の匂いだろう。
先ほどギルドを出たときは裏口を使ったので気付かなかったが、酒場の方は思っていたよりも大宴会になっているようだ。
緊急クエストに参加した冒険者達が、いつも以上に楽しそうに騒いだりしている様子を見ると、街を守れて本当に良かったと感じられる。
「おっ、ちゃんと目が覚めたようだな」
「お帰りー、本当は待ってたかったんだけど、みんなもう我慢出来ないみたいだったから始めちゃったわよ」
ギルドの中へと入ると、少し顔色が火照ってるブラッドとロザリーが声を掛けてきた。
この二人も既にお酒に手を出したようだ。
「それは別に構わないけど……あ、私もお酒飲みたいんだけど」
冒険者同士でお酒を飲み交わし、共に騒ぐ。
やはり冒険者になったからには、そういうのにちょっと憧れてたりする。
以前一度飲んでみたときは、すぐに酔い潰れてしまったらしいが、多分今回は大丈夫であろう。
前回は初めての体験にビックリしてしまっただけかもしれないし。
「やめとけウィズ、というかやめてくれ」
「ダメよ、あんたにお酒はまだ早いわ」
「え……え?」
何故か二人に即否定されてしまった。
おかしい、前は軽くこちらの要望を承諾してくれたというのに……
「それより報酬受け取りに行こうぜ、まだ受け取ってないの俺たちだけだしな」
「そうね、早く行きましょう」
「あ、あの二人とも……?」
そのまま二人に手をグイグイと引っ張られ、ギルドのカウンターへと連れていかれた。
そしてカウンターにはこちらを見るなりニコニコした顔をするサンがいた。
「あら! 目が覚めたのねウィズ。倒れたって聞いたときは心配したのよ……? あ、報酬の件よね」
そう言ってサンは、カウンターの奥から小さな袋を二つ持ってきた。
「はい、まずはそっちの二人の分がこれです」
ブラッドとロザリーに袋が手渡される。
早速中身を確認する様子を見る限り、結構な額が入っていたようだ。
たまには贅沢をしてみたいし、自分も報酬を受け取ったらいつもより豪華な美味しいものでも食べようかなと、報酬の使い道を考えているうちにサンが再びカウンターの奥から戻ってきた。
やけに大きな袋を持って……
「……その大きな袋は何?」
「何って、ウィズの分よ。ウィズには特別報酬として四億エリスの報酬が与えられるのよ」
「……よん……おく?」
四億というと、四の後にゼロが八個並ぶやつだろうか。
「ま、待って! なんで私だけ……?」
あまりにも現実離れした桁に疑問を持つと、今までこちらを静寂して見守っていた冒険者達が代わりに答えた。
「おいおいアークウィザードの嬢ちゃん! あんたがいなければこの街は今頃跡形も無くなってたんだぜ!」
「その通りだぜウィズリーの嬢ちゃん、時にそれの使い道がまだ決まってないならパーっとここで少し使っていかないか? 夜中まで付き合うぜ!」
次々と称賛の声が冒険者達からあげられる。
なにこれめっちゃ恥ずかしい。
「ねぇウィズ、全く関係のない話なんだけどエリス教に入信しないかしら? そしてこの街のエリス教会にちょこっとだけ寄付とかするつもりない? いや別にウィズが大金手に入れたからとかじゃないわよ断じて、ただこの街にも立派なエリス様像とかあったら良いなって」
「いや、本音ダダ漏れだよ。台無しだよロザリー」
彼女なりの信仰心なのだろうけど、いきなり勧誘するのはどうかと思う。
「そうだぞロザリー、大体ウィズがエリス教に入るのは向いてないんじゃないか?」
「? なんでよ」
「ほら、エリス教の女性は貧乳が多いって噂があるし、ウィズは場違いな感じするだろ?」
「ちょっと、誰よそんな出鱈目な噂流したの!?」
「トーン達」
「よし、後であんたも含めて制裁してあげるから遺言考えといてね」
「え、俺も!?」
あーこの流れはいつもの流れに入ったようだ。
「口に出した時点であんたも同罪よ、どうせ胸が大きい娘が好みだからそんな噂鵜呑みにするんでしょあんた!?」
「え、まぁ確かに大きいのも良いかもしれないけど、別にお前みたいな貧乳な娘でも俺は好きだぞ?」
おっとブラッドさん、どうやら言ってはいけないことを言ってしまったようだ。
ロザリーにそういう類の話をしたらいつも殴り掛かられるというのに……もしくは殴られると分かっていてからかっているのだろうか。
どちらにせよこの後はいつものキャットファイトが始まるだけなのだが……
「は、ちょ……! な、なにバカなこと言ってんのよ!」
しかし今回は違った。
なんとあのロザリーが頬を朱色に染めてなんだが恥ずかしそうにしているではないか。
もしかしてロザリーって案外押しに弱いのだろうか?
もしくは単にお酒が入っているからいつもとは違う様子なのか。
ともかくいつもの展開とは違って新鮮味を感じるのか、気が付けば自分だけでなく、さっきまで騒いでいた冒険者や、カウンターの奥から見守るように覗いている職員達が静かに二人を注目していた。
「バカとは失礼だな、俺は正直な気持ちを述べただけだぞ? ……ん? どうした顔真っ赤にして、飲み過ぎたのぐはぁ!?」
あー結局手を出しちゃったか。
恥ずかしさに堪えきれなかったのか、ロザリーの見事な右ストレートがブラッドの腹を鋭く捉えた。
その後はいつものキャットファイトが開催されたので、他のみんなも期待外れだと言わんばかりに再び騒ぎ始めた。
さて、自分も二人の取っ組み合いが終わるまで他の所で騒ぐとしよう。
「なぁ悪かったって……ほら、俺の唐揚げやるから機嫌なおしてくれよ」
「……ふん」
口では不満気な声を出しながらも、体は正直なのか差し出された唐揚げを受け取りもくもくとリスのように食べるロザリー。
二人とも酔いが少しは醒めたのか、いつもの調子に戻っていた。
「まぁなんだ、そんなに怒るとは思わなかったんだ。考えてみれば自分の宗教についてバカにされたら誰だって怒るよな……悪かった」
と、素直な謝罪をするブラッドにロザリーはより一層不満気に言葉をこぼした。
「……そっちのことじゃないっての」
「ん? 何か言ったか?」
「言ってないわよバカ、それより本当に悪いって思ってるなら今日は全部あんたの奢りにしなさいよ」
「はいはい……」
うーん、なんか見てるだけで甘酸っぱさが伝わってくる。
ロザリーも意外と乙女なんだなと思っていると、ギルドの職員の人がやってきた。
「あの……ロザリーさん。お手紙が届いてますよ」
すると手に持っていた便箋らしきものをロザリーに手渡した。
基本的に宿暮らしなどの自分の家を持っていない冒険者宛の手紙はギルドに送られるらしい。
それなら確実に渡すことができるからであろう。
「手紙? 一体誰から……あぁ」
手紙を受け取ったロザリーは、封を開けて中身を一目しただけで納得したような様子だった。
知り合いとかからだろうか。
「何の手紙だったの?」
聞くのは野暮かもしれないとは思ったが、何となく気になって仕方がなかったので聞いてしまった。
しかしロザリーは特に気にした様子もなく、普通に答えてくれた。
「両親からよ、そろそろあたしの誕生日が近いから一旦帰ってきてお祝いパーティーでもしないかって」
「へぇ、誕生日近いんだ」
これはプレゼントを用意しなくては、ちょうど大きい収入があったので多少奮発してもいいかもしれない。
「まぁわざわざ祝ってもらって無邪気に喜べるような歳じゃないんだけど……」
「そういうなって、せっかくなら今年もやろうじゃないか。俺も久々に家族に会いたしな」
家族……家族かぁ。
母と父は元気にしているだろうか……
「……そうよね、じゃあ近々そっちに行くって連絡の手紙あんたも家族宛に用意しときなさいよ。一緒に郵便屋に出せば料金安く済むし」
「はいよ、明日には用意しとくよ」
こうしてみると普通に仲の良さそうな男女なのだが……いや、いつもの取っ組み合いも単なる戯れ合いで、あれが二人にとっての友情というやつなのだろう。
「そういえばウィズは手紙とか出さないの? なんならこの機会に故郷に向けて書いてもいいんじゃないかしら。どうせ出すならまとめて出した方が安いし楽だし」
先ほどから会話に入れていない自分に話題を向けてくれるロザリー。
しかし手紙か……出して届くものならとっくに出しているのだが。
「……いや、私はいいよ。手紙書いても届ける相手がこの世界には居ないし」
少しナイーブになっているのか、つい正直に思ったことを口に出してしまった。
「えっ……あ、あーその……ご、ごめん」
しかし吐いた言葉はそう簡単には戻せない。
多分何か勘違いしているロザリーに訂正を加えたいが、どう訂正すればいいか思いつかない。
まさかさっきのは全部嘘です、なんて言うわけにもいかないし……
「お、おい……やばいんじゃないか? 何か嫌なこと思い出させたんじゃないかお前」
「し、仕方ないでしょ……知らなかったんだから」
と、何やら小声で話をし始める二人。
会話の内容は聞き取れないが、何を言っているかはだいたい予想できる。
「えっと、別に気にしないで! 私も気にしてないから……」
「そ、そう? ならいいけど……」
いかんいかん、せっかくの宴会なのだからこんな空気にしては申し訳がない。
なのでここは派手に騒いで空気を変えることにしよう。
「すいませーん! 追加の注文お願いします!」