太陽の光が、真上から降り注ぐお昼時。
特にこれといった目的もなく、アクセルの街をぶらぶらと散歩をする。
時が流れるのは速いもので、この異世界に来てから既に1ヶ月ほど。
春という季節が終わり、夏という季節が始まったのか、太陽は日に日にその輝きを増しているような気がする。
とはいっても、日本の夏に比べたら全然暑くはないし、むしろ快適さを感じる風が頬を撫でる。
こんな日は散歩をするのに限る。
ちなみに今日自分達のチームは、冒険者稼業がお休みとなっているので一日中暇ということになる。
朝起きてからは、宿屋の部屋で読書に勤しんでいたが、一日中そればっかりはどうかと思ったので外出する事にしたというわけだ。
「……お腹すいてきたなぁ」
くぅ、とお腹の虫が音を鳴らす。
朝ごはんはしっかりと食べたが、たくさん食べたというわけではないので、そろそろお腹もすいてくる頃合いでもあった。
基本的に食事はギルドの酒場か、宿で簡単な軽食を主としているが、たまには自炊したものを食したい気持ちもある。
残念ながら自分で調理できる場所がないのだが。
わざわざギルドの酒場に行くのも面倒くさいので、そうなると必然的にこの辺のお店か屋台でお昼を済ませなくてはならない。
どこか手頃な場所はないかと辺りを見回していると、ふと見覚えのある人影が四人分目に入った。
間違いない、あの火が燃えるような真っ赤な髪の毛は同じチームのブラッドだ。
それと以前にダンジョンで出会った、トーンとその仲間のミラーとエイヤだ。
リリィを除くトーンのチームと、ロザリーがそばに居ないブラッド。
男一色の団体は足並びを揃えて歩いていることから、一緒に行動していることがわかる。
時間も時間だし、もしかして自分のようにこれからお昼を食べに行くのだろうか。
そう考え、もしそうなら一緒に仲間に入れてもらう事にしよう。
「おーい、ブラッドー」
小走りで駆け寄りながら声をかける。
声をかけられた本人と、その仲間達は一瞬何かに驚いたようにビクッと震え、ゆっくりとこちらの方に振り向いて行く。
なぜか少し驚いたというか、驚愕の表情で。
「お、おうウィズか。何か用か……?」
まるでイタズラを親に見つかったような子供のような、そんな顔をしているブラッドに首を傾げながらも用件を伝える。
「用というか、見かけたから声をかけたんだけど……これからみんなでお昼?」
「え……あ、あぁ! そ、そんな感じだ」
なぜか少しうわずった声で答えるブラッド。
隣にいるトーン達も、どこか落ち着きがない様子だ。
「私もちょうどお昼食べようかなって思ってたんだけど、一緒について行っていい?」
「え」
今日のブラッドは表情がよく変わる。
さっきよりもより一層困惑した表情を浮かべる。
……もしかして自分とはお昼は食いたくないということだろうか。
「……そ、そのだなウィズ。実は俺たちは……うぉっ!」
そうしてブラッドは何かを言う前にトーンに首根っこを掴まれて、男四人で何やらヒソヒソし始めた。
「いいかブラッド、よく聞けよ?」
「な、なんだよ」
「お前の今夜のお楽しみは俺たちで注文しといてやる。だからお前はウィズリーの嬢ちゃんと遠慮なく楽しんでこい」
「! い、いいのか……?」
「ああ勿論だ、お前にもようやくあの
「それを愛でる機会くらいあってもバチは当たらんさ……それにこっちに聞こえるほど腹を鳴らしてる女の子を放って置くわけにはいかんだろ?」
「トーン……ミラーにエイヤ……お前ら……!」
「なーに気にするな、俺らの仲じゃないか」
ふむ……何を言ってるかはまったくわからないけど、なんとなく男の友情を感じるのはなぜだろうか。
「あの……都合が悪いなら別に」
「いや! そんなことはないぞウィズ! さぁ行こう、何処へでもご一緒しようじゃないか! なんなら奢ってやるぞ!」
「そ、そう? あれ、トーンさん達は?」
「あぁ、あいつらは用事ができたんだとさ。だから気にせず気にせず」
やけにテンションが高いブラッドに背中を押され、流されるまま足を動かす。
ふと後ろを振り返ると、ニヤニヤしながらこちらを見守るような目で見ているトーン達がチラッと視界に入った。
「お待たせしました、リザードランナーの肉焼き定食になります」
「ありがとうございます」
ブラッドと共に近くの定食屋に入り、注文をしてから10分ほどだろうか。
二人分の料理がテーブルの上に並べられていく。
「おぉ……カエルのお肉もそうだけど、このリザードランナーっていうお肉も硬過ぎず柔らか過ぎずの弾力さ……ところでリザードランナーってどんなモンスターなの?」
少しマナーが悪いとは思うが、フォークでお肉を突いてみると、これまた食べ応えのありそうな弾力。
ブラッドのオススメは何かと聞いたところ、リザードランナーの肉と答えたので注文したのだが、どんなモンスターなのかは知らないため好奇心で聞いてみた。
「リザードランナーか? そうだな……簡単に言うと、草食性で、二足歩行で走り回るやつらかな。足の筋肉が発達してるから、腿肉が美味いんだなこれが。他にも走り鷹鳶っていうやつもいるが、こいつの肉ともいい勝負でな……」
「……走り高跳び?」
なんだろう、話の流れ的にそいつもモンスターの名前だと思うが……
うん、まぁいいや。
折角の出来立て料理が勿体無いので、速めにいただくとしよう。
「……んぐっ。うん、なかなか美味しい」
日本では豚や牛のお肉をよく食したものだが、この世界の肉料理に比べたら霞んでしまうだろう。
しかしますます麺料理が知られてないのが惜しいところ。
この世界のお肉をラーメンにでも乗っけて食べたいものだ……
「……なぁ、それどうやってるんだ?」
「え? 何が?」
ブラッドがふと呟いたので、手と口を一旦止めて聞く姿勢に入る。
「いや……その頭のクセ毛がなんか左右に揺れて……」
「???」
クセ毛……確かに自分の頭には寝癖のように見えて、アンテナのように突き出ている髪の毛の束が一つある。
どんなに水に濡らしたりしても直らないので、もう直すのは諦めているのだが、そのクセ毛が左右に動いているとは一体どういうことなのだろうか。
ここは店の中、外からの風が吹き抜けから来ているというわけでもなく、頭を揺らしてるわけでもない。
しかし髪の毛が一人でに動いたりするわけが……まぁ魔力を込めたら自分の髪は動くかもしれないが、今は当然魔力を込めてるわけでもない。
となると導き出される結論はただ一つ。
「気のせいじゃない?」
「え、でも……いや、なんでもない」
お互い食事を再開する。
「……それにしてもウィズは肉を食べるのに抵抗はないのか?」
「え、どうして?」
今度は疑問の声がブラッドからあがる。
「ほら、女の子って自分から進んで肉とか食べるのあまりしないんじゃないのかって思ってな……脂肪がつくとかなんとかで」
あーなるほど。
確かに年頃の女性は自分の体型を気にするだろう。
とはいえ世界中の女の人がそれを理由に肉を避けるということは無いとは思うが……そもそも自分は男だ。
身体は女だが、心まで女になるつもりはない。
「まぁそれは人それぞれだと思うよ。私は別に気にしない方だし、どちらかと言うとお肉好きな方だし……」
食への好みは完全に父親譲りなのかは定かではないが、自分はどっしりとした食べ物の方が好みだ。
小さい頃はよくハンバーガーを食べに父親と一緒に朝から店に行ったものだ。
「まぁそうだよな……悪いな変なこと聞いて。ロザリーなんかは積極的に肉は食べようとしないから気になってな」
言われてみればロザリーはあまり肉料理を食べない。
エリス教にはあまり肉を食べるな、なんて教えがあるのか、ブラッドの言ったように太るのを気にしているのかはわからないが。
「まったく、そんなんだからいつまで経っても成長しないんだぞあいつ……」
ブラッドはロザリーのどの部分を想像しながら言ってるのだろうか。
「ふふ、本人には言っちゃだめだよ?」
まぁなんとなく察しはできる。
多分身長とかではなく、もっと別の部分のことだろう。
「いや、もう昔に言った。そしたら無言で往復ビンタされたな……結構強めで」
「…………」
二人の付き合いがどれくらいかは知らないが、ブラッドは昔からそんな調子なのだろうか。
だとするとよく今日まで生きてこられたものだ。
「さて、この後は何か予定あるのか? なんなら付き合うぞ」
気が付けばお互い既に食べ終えたようだ。
ブラッドが席から立ち上がり、筋肉や骨のコリをほぐそうと伸びをしながら聞いてきた。
「予定というか、街を適当にぶらぶらしようかなって……」
あとは適当に買い物だろうか。
「それなら商店街の方に行かないか? 今日は街の外から来た商人が結構来てるらしく、賑わってるみたいだぞ」
「へぇ、じゃあそうしようか」
「ねぇ、あれも美味しそうじゃない?」
「そ、そうだな……それにしても食べ過ぎじゃないかウィズ? さっき昼食べたばっかじゃなかったか……?」
「何言ってるのブラッド、美味しいものは別腹っていうでしょ? ブラッドこそ男ならもっとたくさん食べなよ」
「む……そ、そうかな? 甘いものは別腹とは聞いたことあるけど……というか、美味しいものになったらそれほとんどが当てはまるのでは……?」
ブラッドの言う通り、今日の街の商店街はいつもより賑わっていた。
いつも見かける店を始め、初めてみる店もちらほらと。
そんな商店街の中をブラッドと供に食べ歩きをしながら進んでいく。
実に休日らしくて良いではないか。
「それにしても人が多いな……あそこなんて人集りができてるし」
ブラッドが呟く。
商店街のとある一角、そこには数十人単位の人が集まり、何やら盛り上がっている様子だった。
「さぁさぁ、挑戦者はもういませんかな? 魔力に自信のある方なら、冒険者だろうが何者であろうが構いません! もしこの挑戦に成功したら、見事賞金が送られますよ!」
近づいてみると、そんな張り上げた声が聞こえてきた。
その人集りの奥には、何やら台の上に乗った石らしきものと、その側で大声で客呼びをする人と、小さいハンマーを持ったガタイの良い男の人が立っていた。
「やり方は簡単、この特殊な石に魔力を込めるだけ! この石は込められた魔力の量や質によって強度を変えるといった性質を持っているもので、挑戦者の方は石に全力で魔力を注いでください。そうしたら、後ろの彼がその石をハンマーで思いっきり叩きます! 石が破れたり砕けたりしてしまったら残念、挑戦失敗となります。しかし見事ハンマーの衝撃に耐えきることができたら、賞金50万エリスです! さぁ挑戦してみませんか!」
なるほど、どうやらそういった類の出し物らしい。
普段のアクセルの街の商店街ではあまり見かけない類なので、物珍しさで人集りができているということだろう。
「せっかくならやってみたらどうだ、ウィズ?」
「む」
ブラッドは特に意味もなく、何気なくのつもりで言ったのだろう。
しかしそうだとわかっていても、そう言われてしまってはアークウィザードを生業としている自分はその挑戦を受けなくてはならない……否、成功させなければならない。
「ふふん、よかろう。ブラッド殿に某の腕前を披露してしんぜよう」
「……急に口調が意味不明になってないか? まぁ、やる気があるなら応援してるぞ」
どうやらブラッドには日本の男同士のノリ合いは理解できないらしい、実に残念だ。
挑戦したいと伝えると、どうやら挑戦料が必要らしい。
財布から500エリス渡すと、さぁどうぞ、と台の前に立たされる。
「…………」
というか今更なのだが、物体に魔力を込めるってどうやるのだろうか?
いつも魔法を使う時の感覚で良いのか、それとももっと違うやり方があるのだろうか。
……まぁこのまま悩んでいても仕方ない。
後ろではブラッドだけでなく、他の観客も見ているのだ。
恥だけはかきたくないので、とりあえず石に手を触れて、いつもの魔法を使う時の感覚で魔力を……
「……!? あっつい!!」
そのまま数秒間、急に触れていた石が熱を帯び始め、しまいには火傷しそうなほど熱くなった。
条件反射で慌てて手を離す。
幸い皮膚が少し赤くなった程度で、火傷はしていなかった。
しかし石の方はみるみる紅色に染まっていき、しまいには煙すら出している。
ざわざわと周りが騒がしくなるなか、自分は何故か嫌な予感とやらが止まらないのは何故だろうか……
遂には発光をする石、そして……
「……まさか爆発するとはな」
「わ、わざとじゃないからね……」
あの後何が起きたかというと、魔力を込めすぎたせいで過剰反応を起こした石が、魔力に耐えきれず爆発を起こした……らしい。
爆発といっても街を包み込むほどではなく、石を乗せてた台が吹き飛んだ程度だった。
おかげで近くにいた自分や周りの人には怪我はなかったが、代わりに駆けつけた街の衛兵さん達に小一時間ほど説教されてしまった。
事情が事情なので、逮捕されることは免れたが、店の方への補償金やらなんやらでお財布がかなり軽くなってしまった。
もちろん賞金もなしである。
「まぁなんだ……不幸な事故のようなものだし気にするなよ」
「う、うん……」
しかし、そんなに魔力を注いだつもりではなかったのだが……
「しっかし本当に凄いんだな、ウィズって。いや、まぁあの場面で凄いとかいうのは失礼かもしれんが」
「……? 何が凄いの?」
隣を歩くブラッドが続け様に言う。
「何って、ウィズが魔力を使う時って、身体中からこう……ぶわーって魔力が溢れ出るだろ? 普通なら身体から魔力が溢れるなんてことあまりないらしいぞ?」
「そ、そうなの?」
まてよ……ということは。
「も、もしかして、さっきも魔力出てた……?」
「あぁ」
……なんてこった。
当然さっきは、石に魔力を注ごうと手の方にだけ魔力集中させた。
しかしブラッドの話が本当なら、無意識的に魔力を別の場所から放出していたということになる……
「あー……そりゃ爆発もするわけか」
話に聞くとあの石、マナタイトという魔力を溜め込むことができる鉱石の原石らしい。
その性質として、その原石に合った適切な魔力を溜め込むと、マナタイトという魔法を使う際、その魔力を補うことができる便利な鉱石となるが、もし容量を超えるほどの魔力を吸収したらボンッとなるという変わった性質を持っている。
つまり自分が無意識的に放出してしまった魔力も吸収してしまい、容量値が限界まで達してしまったのだろう。
うーん、この体質……なのかはわからないが、無意識的に魔力を放出するのをどうにかしないと、これから先今日みたいな出来事が起きてしまうかもしれない。
その内魔力に関して詳しい人に、話しなりなんなりしてくるとしよう。
「お、そこのカップルさん。今ちょうど面白い出し物出してるんだけど、やってかないかい?」
商店街の端っこ、そろそろ商店街を出ようとブラッドと歩いていると、声をかけられた。
声のした方に振り向くと、腕を組んで椅子に座ってる中年の男の人が営業スマイルとは思えないほどの笑顔でこちらを見ていた。
「あー、別に俺たちは付き合ってるってわけじゃないですよ?」
「ん? そうなのかい? まぁ別に付き合ってようがそうでないかは関係ないんだがな」
ガッハッハと豪快に笑う男。
そうかー、側から見れば自分たちはカップル同士に見えるのかー。
通りでさっきから道ゆく人々に、生暖かい視線や殺気混じりの視線を感じるわけだ。
ちなみに、何故か殺気混じりの視線は主にブラッドに向けられていた。
「はぁ……それで出し物ってなんですか?」
「あぁ、この魔道具を使ってやる遊びみたいなもんだが……」
男が取り出したのは、小さなベル。
「初めてみるかこの魔道具は? この魔道具は裁判所とかでよく使われる、嘘を看破する魔道具だ。周囲にいる者が何か嘘を吐いたら、ベルが鳴って知らせてくれるんだ」
「なるほど……」
確かに裁判所などで重宝される代物だ。
これさえあれば、より明確に真相を知ることができるであろう。
「まぁ物は試しだな。まずは適当に嘘をついてみてくれ」
そう言って男からベルを渡される。
「えっと……今日の天気は雨です」
チーン。
ベルが音を鳴らす。
もちろん今日は快晴、雨なんて降ってない。
「じゃあ、今日は晴れです」
今度はベルが鳴らなかった。
どうやら本当に嘘に反応するらしい。
しかしこれを使う遊びとは一体どんなのだろうか。
「これをどう使うのかわからないって顔してるな? なぁに、いたってシンプルさ」
男は説明を続けた。
「まずは俺がお題を出す、そのお題に対して制限時間内に正直に答えられたらそっちの勝ちだ。ただしベルが鳴っちまったら負けっていう遊びさ……あと、答えるのは一人だけだぞ」
ふむ、確かにシンプルだが、人間何でも正直に話せる人は少ない。
難易度的には結構難しいと思う。
例えば、人生で一番恥ずかしかったことを言え、なんて言われて正直に答える人は果たしているだろうか?
まぁ遊びということはゲームということになる。
ゲームってことは、こちらにも等しく勝ち目があるようにそういう類のお題は出さないとは思うが……
「ちなみに勝ったら、そこから好きな商品を一つだけ無料でやるぜ。さぁどうする?」
男の後ろの台には、祭りの景品のように並べられた品々の数が。
そしてせっかくなら、ということでこのゲームを受けることにした。
「んじゃあ、俺がやってみるけどいいか?」
ブラッドがそう言うので、もちろんいいよと答えた。
自分がやっても、さっきのような事件は起こらないとは思うが、まぁ念のためというか何というか……
「お、そっちのにいちゃんが受けるのか? よしよし、それじゃあな……」
お題を考えてるのか、視線を泳がす男。
「そっちのねえちゃんの良いところを3つ言ってくれ、制限時間は1分! はいスタート!」
「っ……!」
これはキツイお題がきたものだ。
お互い出会ってまだ1ヶ月ちょっと。
そんな相手の良いところを1分間で3つ考えるのはかなり難しい筈だ。
ブラッドも慌てた顔つきで、こちらをみながら一生懸命考えてる様子。
「……ウィズは強くて、頼りになるアークウィザードだ!」
ベルは鳴らない。
つまりこれはブラッドがちゃんと本心で思っていることだということだ。
「あと、いつも酒場で酔いつぶれて寝たやつに毛布をかけたりと、気配りができて優しい!」
み、見られてたのか。
というかこれ、聞いてる方が恥ずかしいんだが……
「残り10秒」
「え、えっと……」
残り1つというところで、男が残り時間を知らせる。
まだ考えついていないのか、ブラッドは目を閉じ頭を捻らす。
9、8、7……とカウントダウンが進んでいく。
「あーっ……そうだ! 胸が大きくて良いよな!」
男が0と言い終える前に、ブラッドは叫んだ……
「…………」
「…………」
なんとも言えない沈黙がこの場を支配する。
ちなみにこれもベルが鳴らないということは、ブラッドが本気で自分の良い所と思っているということになる。
「……あ、いや違うぞ! じ、女性らしさが出て良いというかだな……決してやましい意味ではないからなうん」
まぁ死ぬまでは自分も同じ男だったのだ。
ブラッドのことは分からなくはないが、女性の良いところは? と聞かれて、胸が大きいところ……と答えるのは正直どうかと思う。
「ま、まぁ何はともあれ時間内に3つ言えたしな。そこから好きなの1つ選びな」
どもりながらも、持ち直す男。
何はともあれ挑戦は成功した、後は何を貰うかなのだが……
「ブラッドが選びなよ」
「え……あ、そうか? じゃあ」
ブラッドが商品の山を見回すこと数分、やがて決意を固めたのか、十字架を模した髪飾りを手に取った。
「それ、ロザリーにあげるの?」
ブラッドが髪飾りを付けるとは思えない、となると知り合いの誰かしらにあげるのが妥当な線だ。
「……いや、お前にやるよ」
「え」
まさか自分宛とは思わなんだ……
「まぁ、さっきは失礼なこと言ったよな俺……その詫びだと思ってくれ」
一応失礼だという自覚はあったらしい。
いやまぁ別に怒ってるわけでもないのでそんなに気にしなくてはいいのだけど……
「あ、ありがとう……」
正直喜んでいいのかそうでもないのかわからないプレゼントだ。
……まぁ人の好意は無下にはできないし、髪留めとして使わせてもらおう。
右の前髪が癖っ毛なので、よく目にかかりそうなのだ。
「……よしっと」
右の前髪をかき上げ、垂れないように髪飾りで止める。
思っていたよりも右側の視界がスッキリした、これならもっと早く髪留めを買っておくべきだったか。
「おう、よく似合ってるぞ」
「は、はは……」
産まれた時から性別が女だったら、今の言葉は素直に喜べたかもしれない。
「さて……寝ますか」
座っていたため、固まってた筋肉をほぐそうと立って伸びをする。
今日は夕方までブラッドと街をブラブラ、夜は宿でのんびりとくつろぐ。
特に大きな事件もなく、今日は平和な1日だった。
読みかけの本に栞を挟み、窓を閉めようと足を動かす。
いくら季節が夏でも、夜は冷え込む。
そして窓に手をかけた瞬間、微かな月明かりと星の明かりに照らされた物体が、黒い影のように空を飛んでいるのが見えた。
「あれは……?」
単なる見間違いだろうか、しかし眠気があるとはいえ寝惚けているわけではないはずだ。
それに黒い影には翼のようなものが見えた……あれに実体があるとしたら、明らかに人間業ではない。
万が一ということもある、仮にあれが街に侵入してきたモンスターだとしたら速めに対処せねばならない。
宿屋を飛び出して、黒い影の飛んでいった方角へと走る。
「……いた!」
間違いない、確かに何かが街の上空を飛んでいる。
ここで魔法を使って撃ち落とすべきか……いや、目的や正体が不明のままではまずいかもしれない。
幸いまだあちらは、すぐ真下にいる自分に気がついていないようだ。
このまま街の上を通り過ぎればそれでよし、そうでなければ目的と正体を突き止めた後どうするか決めよう。
そう決めた矢先に、黒い影はある建物の窓から中へと侵入していった。
「あの宿屋って……」
黒い影が侵入したのは街の数ある宿屋の一つだった。
それもブラッドとロザリーが借りている部屋がある宿屋だ。
どうして宿屋に入ったかはわからない、しかし考えている時間なんてない。
宿屋の扉を少し乱暴に開け、二階へと続く階段を駆け上がる。
確か右端から三番目の窓に入ったので、三番目の扉を開ければいるはずだ。
「御用だ御用だ!」
「……!?」
一度言ってみたかったセリフを吐きながら、ドアを押しあける。
するとそこには……
「怪しい奴め! おとなしくしな……さい」
そこには、大事な所しか書かせていないやけに扇情的な服……いやもう服というより下着姿といった方が当てはまるだろう。
そんな格好をした、まさに男のロマンが全て詰まっているような魅惑の体をした女性が、ベットの上で寝ている誰かに手をかざした状態で固まっていた。
「…………」
思わずゴクリと喉を鳴らす。
自分の中の男としての本能というか煩悩が刺激されるのがわかった。
もう1ヶ月のも間女性の体と供にしてきて、なおかつ大浴場で毎日のように女体を拝んでいるので、もう慣れたかと思っていた。
しかし、どうやらまだ男としての心は失われていなかったようだ……実に喜ばしいことである。
もし息子がまだあったら、自己主張が止まらなかったろう。
「あ、あの……」
「……はっ!」
目の前の怪しい女性に声をかけられてようやく我にかえった。
「そ、その人から離れろ! さもなくば魔法を使う!」
「!? ひ、ひぇぇぇ!」
少し脅しただけなのだが、普通にビビってくれたようだ。
慌てて窓から身を乗り出そうとしている。
しかし今ここで不審者を逃すわけにもいかないので、素早く魔力を練り上げる。
「『カースド・クリスタルプリズン』!」
「ひゃあ! あ、足が……」
とはいえ全力で魔法を放てばこの辺りを吹き飛ばしかねない。
なので相手の動きだけを封じるため、氷結魔法の威力を最低限にして放った。
魔法は女性の足にあたり、その周辺の床ごと凍っていく。
もし相手が人間だったのなら、もう少し手加減はしただろう。
しかし背中に翼のようなものと、頭からも小さい羽のようなものが生えているのを人間だとは思えないので、少々手荒な真似を取らせてもらった。
「さぁ、あなたは何者か、何をしていたのか洗いざらい……」
明らかにモンスターの一種だと思われる女性の正体と目的を知るため、訊問を始める。
しかし突然、ベットの上で横たわっていた人影がむくりと起き上がったのだ。
「うーん……」
「あ、あれ? ブラッド?」
暗がりでわからなかったが、よくみたらベットの上にいたのはブラッドだった。
起き上がったブラッドは瞼を半分ほど閉じて、どこかフラついている。
寝起きで寝惚けているような状態だった。
「ぶ、ブラッド? だいじょ……うわっ!?」
もしかしてこの怪しい女性に何かされたのだろうか、そう思いブラッドに声を掛けた瞬間床に押し倒された。
「ち、ちょっと! ブラッド! どこ触って……ブラッドさん!?」
自分の上に馬乗りになったブラッドは、突然胸を揉みしだいてきた。
なにこれめっちゃくすぐったい。
「ま、待って、待ってください! 洒落になってないですから!」
悲しきかな、どんなに抵抗してもブラッドを止めることはできない。
うーん、やっぱり大きいのは最高だな……なんて寝言を言っているブラッド。
このまま自分は男としてではなく、女としての大人の階段を登らされる羽目になるのだろうか……?
うん、それだけは勘弁である。
「ごめんなさい!」
このままでは拉致があかない、なので最終手段を取ることにした。
先に謝ったのは、これからブラッドに降り注ぐ災いがどれほどのものかを自分は知っていて、それを自分が行うからだ。
勢いよく足の上に持ち上げて、膝でブラッドのある部分を狙うと見事にヒットした。
「ふぐぉ……!」
そう、最終手段とは男の最大の急所である大事な部分に思いっきり衝撃を加えることだ。
ブラッドは変な声を出しつつ横向きに倒れて、しばらく痙攣したあと眠るように動かなくなった。
「うぅ……本当にごめんなさい」
今の自分には無いはずなのに、何故かこちらまで辛くなってきた……
念のためブラッドのあそこに触って確認してみる……良かった、潰れてはいないようだ。
「あ、あの……大丈夫でしたか?」
おずおずと怪しい女性が心配そうに声を掛けてきた。
「は、はい。なんとか……それであなたは」
先ほどの出来事もあり、少し頭が冷えたおかげで冷静になれた。
改めて事態の確認をしようとした瞬間、さらなる嵐がやってきた。
「ちょっとブラッド? 騒がしいんだけどどうかしたの?」
「ロ、ロザリー……!?」
扉の向こう側からロザリーのそんな声が聞こえてきた。
しまった、そういえばロザリーもこの宿にいるんだった。
ふと部屋を見渡す。
窓際には下半身だけが凍りづけになったエロい女性が、床にはだらしない格好で気絶しているブラッド。
そしてブラッドのせいで、はだけた寝巻き姿の自分……
まずい、この状況は面白すぎる……!
「入るわよ……って、何よこの状況?」
結局隠れる暇などなく、ノックもせずに扉を開けたロザリーにあっさりと見つかってしまった。
「ふーん、それでブラッドは床で無様にのびてるわけね」
事の顛末をロザリーに話すと、やけにあっさりと納得してくれた。
「あんたが意味もなく嘘をつくような奴じゃないってのはこの1ヶ月で理解できたわよ。あぁ、ちなみにウィズの心配しているようなことにはならないから安心しなさい。このモンスターは無闇に人を襲ったりしないから」
「え、知り合いなのロザリー?」
氷結魔法を解除し、自由になった怪しい女性はちょこんと床に正座しながらこちらのやり取りを黙って見ている。
「知り合いというか……まぁそんな感じね」
ロザリーの話を聞く限り、この怪しい女性の正体はサキュバスらしい。
実はこの街アクセルには、風俗店のような店は一軒もない代わりに、サキュバスたちが密かに経営しているお店があるらしい。
とはいっても、本来の風俗店のように女の子とイチャイチャするのではなく、男性に夢を見させてその間に精気を貰うといったシステムらしい。
サキュバスたちは男の精気がなければ生きていけない、男たちは発散しようにもできないムラムラが溜まる一方。
しかしそこで男たちはサキュバスたちに良い夢を見させてもらい、日常生活に支障がでない程度に精気を提供するだけで、日頃の溜まってくるものを発散できる。
こうした利害の一致から、この街に住む男たちとサキュバスたちは共存共栄の関係を築いているらしい……もちろん女性たちには秘密だ。
「あれ、じゃあなんでロザリーはサキュバスさん達のことを……?」
女性達には秘密なら、ロザリーが知ってるというのはおかしくないだろうか?
「あぁそれね、あたし一度お店に殴り込みに行ったことあるのよ」
「え」
殴り込みというと、あの殴り込みだろうか。
正座しているサキュバスに確認の目線を送ると、案の定その通りだという答えを頂いた。
「偶然男冒険者共がサキュバスのお店のこと話してたの聞いちゃってね、殴っ……お話しして色々と聞き出した後、全員経験値の足しにしてやろうと思ってね。ほら、エリス教の教えには、『例えどんな事情があろうと、アンデッドと悪魔は滅すべし』ってのがあるから」
「怖い! その教え怖いよ!」
それって善良なアンデッドや悪魔がいたとしても、問答無用ということだろうか。
「それでいざ退治しようとしたら、店の中にいた男共に全力で抵抗されてね。仕方なく話くらいは聞いてあげようってことにしたの」
「いや、抵抗される以前に話くらいは聞いてあげなよ……」
ロザリーは悪い人ではないのだが、時々というか結構アグレッシブな性格をしているのは痛いほど理解した。
「まぁ話し合った結果、本当に悪さをしてないかあたしが何日か見張ることになってね。で、特に人に危害を加えている様子は本当にないようだから見逃すことにしたのよ……ただし一人でも被害にあったって話があったら全員滅するけどね」
「ひぃ……」
ロザリーの言葉に小さく怯えるサキュバスのお姉さん。
これじゃあどっちが悪魔なのかさっぱりだ。
「えっと……事情はわかりました。さっきはいきなり氷漬けにしてごめんなさい」
「い、いえ……誤解が解けたようで何よりです」
ひとまず謝罪を入れておく。
しかしどんな夢でも見させてくれるサキュバスサービスか……
「あの、その夢って誰にでも見せることが出来るんですか? 例えば男性だけでなく女性相手にも」
「え、えぇ……可能ですが」
なるほど、つまり今の自分でもサキュバスサービスを利用できるということか。
「夢の内容って自由に決められるんでしたよね。夢の中の自分の性別とかも変えられるってことですか?」
「は、はい。中には女性側で体験してみたいという方もいらっしゃいますし……」
ほうほう。
つまりは夢の中なら元の姿に戻れて、女の子とイチャイチャできるということだ。
「ウィズ? 何か変なこと考えてない?」
「そ、そんなことないよ! 私はそろそろ帰るねおやすみなさい!」
これ以上ここにいる必要はない。
ロザリーに悟られないうちに宿に帰って寝るとしよう……
次の日の朝、ブラッドが華麗な土下座を決めたことは言うまでもなかった。
次で一章は終了です。
四章くらいで完結させたいので、大体20話くらいで完結させるかもです。
『十字架の髪飾り』
この仮面の悪魔に相談を!の冒険者時代の押し絵にあったあれ。
右の前髪らへんにつけてたみたいなので、垂れ下がる髪を溜めてたのではないかという作者の妄想。
それにしても、おへそ丸出しとかウィズはエロ可愛い。