後悔という言葉がある。
人間誰しも、過去に後悔をした事があると言えるほど、それは誰にでも起こる現象だ。
そして私もーーもし人生の中で一番後悔をした日はいつか、そう訊ねられたとしたら、私は迷う事なくあの日の事を口に出すだろう。
そう、あの日は酷い雨だったーー
「おい、あの幹部……『ベルディア』だったけか!? 配下のアンデッドナイトを盾に逃げようとしてるぞ!」
「絶対に逃すな! 奴は手負いのはずだ、必ず倒せ!」
冒険者達の怒号が響く。
降り頻る雨の音をかき消すほどの勢いだ。
ーー魔王軍幹部の目撃情報はどちらも正しかった。
最近発見されたダンジョンにはバニルという名の悪魔が、そしてある街の近くではベルディアという名のデュラハンが発見された。
前者は私達のパーティーが強力な魔道具を使って一ヶ月ほど封印しているので、後者の方へと応援に向かったのだが、流石は手練れの冒険者達、私達のパーティーが到着した頃にはそこそこの打撃を与え撤退させるまでの状況に持ち込んでいた。
「『インフェルノ』! ……もう、キリがない!」
そして今まさに、ベルディアを倒せる絶好の機会だった。
しかし腐っても魔王軍の幹部、守りに徹したベルディアの防衛網は簡単には崩さずにいた。
「ウィズー! あたし達はベルディアを追うから、ウィズはそのままアンデッドナイト達の殲滅を手伝ってあげてねー!」
少し離れた場所から、そんなロザリーの言葉が聞こえた。
どうやら逃げたベルディアを追うくらいの道はできたようだ。
「待って、私もすぐ……!」
「ダメだウィズ、お前が今その場を抜けちまったら、アンデッドナイト達を処理しきれずに街の中に入っちまうぞ! 俺達は大丈夫だから、殲滅しきってからこっちに来てくれ!」
「でも……!」
口では不満の声を漏らすが、実際ブラッドの言っている事は正しい。
街の中の住人を危険に晒してまで、幹部を倒しに行くわけにはいかない。
「……わかった、気をつけてねみんな!」
ベルディアの後を追う冒険者達にエールを私は送る。
そして私は後悔をする……あの時、みんなを、ブラッドやロザリー達を引き止めるべきだったと。
「みんな! 大丈夫!?」
しばらくして、ベルディアを追った冒険者達と合流をした。
辺りの地面は所々えぐれ、冒険者達も疲弊しているところを見るに、ベルディアと交戦をしたのだろう。
「……あぁウィズ、ごめんね……あいつ逃しちゃった」
そして私に気付いたロザリーがそう言った。
「……そう、残念ね。けどみんな無事で良かった……?」
そう言いかけて、異変に私は気付いた。
「どうしたの? 何か様子が変だけど……」
冒険者達はみな、大きな怪我などはしていなかった……が、誰しもその顔から生気が抜けていた。
疲れているだけ……にしては異常な様子だ。
「…………呪われたの」
「え?」
そんな私の疑問に答えるかのように、ロザリーは弱々しい声で言った。
「あいつ……ベルディアは逃げる寸前、私達全員に呪いを掛けたのよ。一ヶ月後に死ぬ『死の宣告』をね……」
「死の……宣告」
聞いた事はあった、時間はかかるが、確実に殺せる呪いがこの世界にはあると……
そして私がその事実を認識すると、嫌な汗が背中を流れ始めた。
「そんな……あ、でもロザリーなら呪いの解呪くらい……」
「もう試したわよ、けど無理だった……私でも、死の宣告を解く事はできなかった」
ーーそんなバカな、と叫びたかった。
ロザリーは高レベルで、才能がかなりあるアークプリーストだ。
現在この世界において、最強のアークプリーストといっても過言ではないほどの。
そのロザリーが、解けない呪いだと言った。
ーー心臓の鼓動が早くなる。
「ふふ、きっとこの呪いを解けるのはエリス様のような女神様くらいね……私達人間じゃどうしようもないものなのよ」
「っ……! 何諦めてるの!? まだ何か手が……!」
考える、考える、思考を全て呪いの解呪にまわす。
私がプリーストの解呪魔法を覚える?
否、どれだけ魔力を込めようが、アークウィザードの私では本職の魔法には及ばないだろう。
つまり私の魔法では呪いは解けない。
蘇生魔法を覚えてロザリー達を蘇生させる?
否、呪いで死ぬのは病死と同じ扱いになるらしく、怪我や事故などで死んでしまった魂しか蘇生できない蘇生魔法は役に立たないだろう。
今からベルディアを追いかけて倒す?
否、確かにベルディアを倒せば呪いは解けるかもしれないが、今更追いかけても間に合わないだろう。
ベルディアが逃げた方角には魔王の城がある、結界が張ってある城に逃げこまれたら最後、手出しはできない。
魔法の師匠でもある、キールさんを頼る?
否、いくらリッチーの彼でも、呪いに関しては専門外なはずだ。
……それに、これ以上彼に苦労をさせるわけにはいかない……理由は分からないが、私の心がそう言っている気がした。
違う違う違う! どれもこれも役に立たない案だ!
もっと考えろ、きっと何かあるはずだ……
「何か、あるはず……!」
「……なに泣いてんのよ、らしくない」
ーーロザリーにそう言われて、ようやく涙を流している事に気が付いた。
「何をそんなに焦っているのか知らないけどさ、最近ウィズってば刺々しいわよ? もっと昔みたいに、無邪気に笑いなって……だから氷の魔女とか変な通り名付けられるのよ?」
「今は関係ないでしょ……!」
視界がボヤけていく中、ロザリーの手が頬に触れる。
「聞いてウィズ、あんたは呪いを受けてない……だから、あたし達の事はもう忘れて」
「な、何を言って……!」
「忘れたの? あたし達は冒険者、いつ死んでもおかしくない仕事をしてるのよ。あんただって、それは覚悟の上だったはずよ」
「それは……」
確かにそうだ、今まで危険な目には何度かあったが、どれも乗り越えてきた故に、いつのまにかそれを懸念する事を忘れていったのかもしれない。
「……けど、私は絶対に諦めない。必ず……必ず私が呪いを解いてみせるから!」
それから私は、ロクに休まずに行動し続けた。
思いついてはそれを試し、結果に絶望してまた別のやり方を探す日々。
期限はたったの一ヶ月、時間はいくらあっても足りない。
仲間達からはもうやめろと言われた、しかしそれはできない話だ。
自分でも思っていた以上に、仲間達は私の中で大きな存在となっていたようだ。
掛け替えのない仲間を失う……それがこんなにも辛く、悲しいものとは思わなかった。
……それに、元はと言えば仲間達が呪われた原因は私にあるのかもしれない。
ーー私は気付いていた、ブラッドとロザリーの二人の気持ちに。
ブラッド達も最初は魔王を倒す為冒険者をしていた……しかし、何年も一緒に冒険をしているうちに、本人達は決して口にしなかったが、私は気付いたのだ。
二人はもう、冒険者を辞めたがってると……
しかしそれに気付いていながら、私は二人を付き合わせ続けた……続けさせてしまったのだ。
それも世界の平和の為だとかそんな理由ではなく、自分のエゴで。
もしかしたら、仲間を……親愛なる友たちの気持ちを汲み取り、素直に二人を冒険者から解放する事ができた私がいたのかもしれない。
そうすれば、今頃あの二人は呪いに苦しむ事なく、幸せな日々を送れていたはずだ……
だから私は、あの二人を必ず助けなくてはいけない。
「もう残り時間は少ない……一体どうすればいいのよ……」
一か八か、魔王軍の城に突入してみようか。
しかしあの城の結界がやはりというべきか、大きな障害となる。
万一ベルディアが結界の外に出てきたとしても、一人で倒せるとは思えないし、追い込めたとしても以前のように城の中へ逃げこまれるだけだ。
幹部達をどうにかしない限り、どの道無謀な……
「……幹部?」
その言葉が頭の中で駆け巡り、私はある事を思い出した。
「…………そうよ、まだ手はあるじゃない。例え『悪魔」に魂を売る事になっても、私はみんなを救う」
『ベルディアの呪い」
原作だとウィズも呪われていたようですが、この小説では多少展開を変えております。
そんなベルディアさんの呪いをアッサリ解いちゃうアクア様はまるで女神様のようだなぁ。