この素晴らしい異世界でクエストを!
清々しい朝だ、そう思いながらお気に入りの服にお気に入りのローブを羽織り、さらにお気に入りのピンクのエプロンをつける。自らが経営している店のドアを開けると、まだ早朝近いというのにそこそこの人が通りを行き来していた。中には楽しげに走り回る子供達もいた。
店の前に立てかけてあった箒を手に取り、店の前の掃除を始める。特に大きなゴミなどがあるわけではないが、掃除をしておかないとなんだかスッキリした気持ちになれないので日課となっている。
「あらウィズちゃん、おはよう。今日も顔色悪そうだけどちゃんと朝ごはん食べたの?」
「おはようございます。ちゃんと朝ごはん食べましたし、顔色が悪いのは元からなので大丈夫ですよ」
近くを通りかかった近所のお婆さんに挨拶をされ、挨拶で返す。ちなみにこのやりとりも日課だ。
「……いい天気」
ふと空を見上げると、そこには雲ひとつない青空が広がっていた。そういえばあの日……この
突然だが、気がついたら全く知らない場所にいた……なんて体験をしたことはあるだろうか?少なくとも自分は現在進行形で体験しているところだ。
真っ白な部屋の中に自分は椅子に座っている状態で、現状を確認しようとあたりを見回してみる。するとよく見たら目の前には小さな事務机と、自分と同じように椅子に座っている女性がいた。
水色の長い髪に、人間離れした美しさ……まるで女神のような女性がこちらをじっと見つめていた。目が合ったが、そのあまりの美しさに呆気を取られてしまい言葉が出てこなかった。そんな自分に向かって女性はこう言った。
「ようこそ死後の世界へ。あなたはつい先ほど不幸にも亡くなってしまいました。短い人生でしたが、残念ながらあなたの生は終わってしまったのです……えーと……う、ウィズリー・リーンさん?……あれ、おかしいわね。ちゃんと日本人を連れてきたとおもったのだけれど」
いきなりこの女性は何を言い出すのだろうか、死後の世界とはどういうことなのだろうか。色々と突っ込みをいれたいが女性は途中までスラスラと言葉を出していたにも関わらず、事務机の上に置いてあった紙をチラッと見たあと自分の名前を言おうとしたところで詰まった様子だった。
「あ……えと、俺の父は日本人ではないんですけど母は日本人なんです。名前こそ日本人ではないですけど、生まれも育ちも日本でちゃんと日本人の血が流れてますよ」
よくわからないが、どうやら自分のことを日本人だと思っていたが名前が日本人っぽくなかったから少し慌てた様子だったので思わず補足をしてしまった。
「あぁ、ハーフってことね。なら問題ないわね!」
何が問題ないのだろうか、ていうかここは何処なのだろうか、この女性は誰なのだろうか。疑問が頭の中でぐるぐる回り始め、唐突にフラッシュバックのような現象が起きた。
確か学校の帰りにコンビニに寄って雑誌の立ち読みとかして時間を適当に潰したあと、家に帰ろうとコンビニ前の歩道で信号待ちをしていたところ急に走行していた車がこっちに突っ込んできて……
「そうか……俺は死んだのか」
「どうやら理解できたようね」
多分あのまま自分は死んだのだろう。そして先程この女性が死後の世界と言っていたので、おおかたここは天国とかなのかもしれない。
「そう、貴方は死んでしまった……徹夜でネットゲームをしていたせいで寝不足の状態で車を運転していた男性の車によって無残に轢き殺され、下半身は潰れ、内臓は飛び出し、吹っ飛んだ拍子に強くコンクリートに頭を叩きつけられ頭蓋骨がへこんでさらに」
「ちょ、ちょっと!やめて!やめてください聞きたくないです!それ以上聞きたくないです!」
何が悲しくて死んだ後の自分の状態なんて聞かなくてはならないのだろうか。というかこの人なんだかこちらをからかっていないか?……いや、きっと気のせいだろう。
「さて、からかうのもこのくらいにして本題に入りましょうか」
「……今からかうのもって言いました?やっぱりからかってたんですか?」
自分の問いかけには答えずに女性は話を続けた。
「改めましてウィズリー・リーンさん、私の名はアクア。日本において、若くして死んだ人間を導く水の女神よ。そして死んだ貴方には2つの選択肢があります」
なんだろうこの人、人の話を聞いてくれない。いや、今は落ち着こう……きっと今から女性……アクアと名乗ったこの人が大事なことを話してくれているのだから。
「1つはもう一度人間として生まれ変わり、新たな人生を歩むか。もう1つはなんちゃって天国でお爺ちゃんみたいな暮らしをするか」
なるほど、やはり生まれ変わり……つまり輪廻転生というものは実在していたようだ……というかなんちゃって天国?
「その、なんちゃって天国ってなんですか?ここが天国とかじゃないんですか?」
アクアは今度は自分の質問に答えてくれた。
「違うわよ、ここは死んだ人間がこの後どうするのかを決めるいわば魂の託児所みたいなものよ」
もっといい例えはなかったのだろうか、そう言いたかったが抑えた。
「実は天国ってね、あなた達人間が想像している様な素敵な場所ではないのよ。死んだら食べ物は必要ないから当然食べることはできないし、物も当然生まれない。作ろうにも何もないし、何よりテレビや漫画といった娯楽がまったくないのよ。やることと言ったら、すでに死んだ先人達と永遠に意味もない世間話をするくらいしかないわ」
なにそれこわい、どうやら天国というものの正体は地獄だったようだ。もちろんそんな場所に行く気はない……となると残る選択肢は生まれ変わりか。
「じゃあ生まれ変わりで……」
お願いします、と言おうとしたところで突然遮られてしまった。
「まぁまぁ、話は最後まで聞くものよ。実はもう1つ選択肢があってね?」
どうやら3個目の選択肢が存在していたようだ、というかなんで最初っから言わないのだろうか。
「貴方、ゲームは好きかしら?」
女神アクアの話をまとめるとこうだ。
自分が住んでいた世界とはまた違う世界……すなわち異世界が存在していて、そこでは魔法があったりモンスターがいたりする世界。つまりまるでゲームの世界のような場所があるらしい。その世界は今魔王が率いる魔王軍に侵攻されてきてとてもピンチな状態らしい。
何がピンチなのかというと、その世界で魔王軍によって殺された人たちがその世界で生まれ変わることを怖がって拒否しているらしい。このままだと、その世界で新しい命……つまり赤ん坊が生まれてこなくなり世界が滅んでしまう。そこでその解決策として天界が出した案とは、「じゃあ別の世界の人を転生させればよくない」という何とも移民政策だった。
「でね、どうせ送り込むなら若いうちに死んで未練がタラタラの人を送ってあげようってことになったの。記憶と肉体はそのままでね」
「なるほど……」
どうやら天界の方達も色々と大変なようだ。
「……でも若いうちに死んだ人ってことはだいたいが自分みたいな何の力も持たない一般人ってことですよね?それだと異世界に転生してもすぐモンスターやその魔王軍とやらに殺されてしまうのでは?」
「その辺も抜かりはないわ!異世界に転生する人にはもれなく好きな物を1つだけ持っていける権利をあげてるの。強力な武器や防具だったり、特別な能力だったりね」
つまりチートのようなアイテムや能力がもれなく貰えるということだろうか。確かにそれならばあっさり殺されることはないだろう。
「あなたが異世界に行けばあなたは第2の人生として引き続き生きることができる。そして異世界の人にとっては即戦力となる人がやってくる。どう?魅力的なお話しじゃないかしら?」
「異世界でお願いします」
もはや悩む必要はなかった。どうせ一旦無くなったような命だ、せっかくなら現実では味わえないようなことを味わってみたいし何より面白そうだ。
「わかったわ。じゃあここから好きな物を選んでねっ」
そう言って事務机の引き出しから何やらファイルのような物を取り出し、手渡してきた。多分このファイルの中に持っていける特典が書いてあるのだろう。最初のページを開くと何やらごつそうな剣の絵と説明のようなものが書かれた紙があった。『魔剣グラム』と書かれたそのページを飛ばし、適当にパラパラとめくって行く。
実はどういう特典にするかはもうだいたい検討をつけてある。女神様の話が正しければその異世界には魔法がある。そしてその異世界に行くことになったのなら当然魔法を使ってみたい。確かに強い剣とかで敵をバッタバッタとなぎ倒して行くのも悪くはないが、ここはやはり魔法系の特典を貰うべきだと自分は考えている。数秒間ページをめくり続けてようやく目的に近い特典を見つけることができた。
「これにします」
どこから取り出したのか、スナック菓子の袋を開けようと奮闘しているアクアにそのページを開いたままファイルを差し出す。
「ふーん……本当にこんな特典でいいの?もっとチートらしいのも選べるわよ。あ、これ開けてくれない?」
ファイルを受け取ったアクアはそう言ってスナック菓子の袋を渡してきた。というか女神様もお菓子とか食べるんだと思いながら両手で袋の上の部分を左右に引っ張って開けた。そしてすぐさま引ったくられ、何故か得意げな顔をしていた。
「光栄に思いなさい!この美しい女神であるアクア様の役に立てたことを!そしてこの話をあっちの世界の私の信者達に自慢するといいわ、きっと羨ましがられてモテモテになること間違いなしよ」
「はぁ……そうですか」
女神様が食べようとしていたお菓子の袋を開けてあげた、そんな事自慢してもしょうもない気がする。そして袋からお菓子を取り出してぽりぽりと食べながらアクアは床の方を指差してきた。
「じゃあ今から特典あげるから、そこらへんに立って」
「あ、はい」
大人しく指示に従って指定された場所に立つ。お菓子を食べていたアクアはお菓子を摘んでいた右手の親指と人差し指をぺろりと舐めながら椅子から立ち上がった……というか女神様ってもっと気品溢れるような感じかと思っていたのだがこの噂も嘘だったようだ。
アクアは両手をこちらの方に手のひらを向ける形で差し出すと、突如自分の足元に赤色の魔法陣のようなものが現れた……なんだろう、何故か不安がこみ上げてくる。
「あの、これ本当に大丈夫」
大丈夫なんですかと言おうとした矢先、なんだか体にへんな感触がありふっと自分の体を見てみた。するとそこには光の粒子っぽい何かにされて空中に溶かされている自分の体だった。
「うぇぇ!?ちょっと!これ何です……」
またもや最後までセリフを言えずに体どころか口まで動かなくなってしまった。きっと体全部が光の粒子っぽい何かになってしまったのだろう。というか体がないのに意識はある感覚に妙な気持ちになってきた。うへー吐きそう。
「ちょっと、あんまり暴れないでよ。手元が狂っちゃうわよ」
暴れないでよ、と言われても……もしかしてこんな感じに異世界に送り出すのだろうか。そうにしろやる前にちょっと説明してくれたらなとも思う。いきなりすぎて2度目の死を受け入れるところだった……
「そういえば説明してなかったわね。特典を渡すとき、神器級の武器や鎧だったり特別な道具を渡す場合は現物を今この場で渡してからあっちの世界に送ってついでにその時に肉体の再構成をするんだけどね、あなたみたいに特殊な能力だったり形がないものを特典にする場合は、あっちに送る前に今この場で肉体の再構成をして、同時にその魂に特典を刻み込むことになってるのよ」
つまり形なき特典を得るためにはその魂に刻まなきゃいけなくて、ついでだからその時に肉体の再構成も済ませてしまおうということだろうか。
「ちなみにもし肉体の再構成に失敗したら、頭から手が生えたり足が3本になったりしてなんちゃってキメラになったりするわ」
やめて、何でこのタイミングでそんなこと言うのこの女神様!?大丈夫だよね!?大丈夫なんだよねこれ!?
「……よし、無事に特典は刻めたわ。あとは肉体を……は、ふぁぁ」
突然顔をしかめはじめ、口をへの形にする女神様。そして鼻がヒクヒクと少し動いている……この動作は知っている、人が生きていくで誰しもが体験する現象だ。
「ふぇ、へっくち!」
そう、くしゃみだ。咄嗟に両手で鼻と口元を覆ってからくしゃみを出す女神様。鼻をすすりながら何やら愚痴り出す……
「もう、これだから花粉が多い季節は……あ」
そして何やらへんな声を出す。その目線の先は自分に向けられていて……
「ん?」
気がついたら体の感触が戻っていた、声も出せるようになっていた。どうやらいつの間にか肉体の再構成とやらは終わっていたようだ。しかしこの女神様はどうして「やっちまった」みたいな顔をしているのだろうか……もしかして本当になんちゃってキメラになってたりしているのだろうか。しかし感覚的に元の人の姿だと思うのだけど、そう思い自分の体を確認しようと視線を下に向けた。
そこにはお山が2つあった。
「……え」
正確には、自分の胸部から大きな塊のような物が2つ生えてきていた。その塊は服のシャツを大きく膨らませるほど大きなものだった。
おかしい、何かがおかしい。
「あの……」
「…………」
自分が何か言いたそうな顔をしながら女神アクアの方を見ると、露骨に目をそらして口笛を吹き出した……
「……鏡か何かありますか?」
そう聞くと無言でどこからともなく水色の縁の手鏡を渡してきた。何のためらいもなく鏡を覗くと、そこには茶色の髪と目をした美少女が……
「いやいやいや……」
一旦鏡から目を離し、記憶の中から自分の容姿を思い出していく。確か自分は母親譲りの茶髪に茶色の目の色をしていてる。そして鏡に写った美少女も同じ色だったがあんなにぱっちりとした目はしてなかったし髪もあんなに長くはなかったはずだ。そもそも顔つきが明らかに別人だ。きっと疲れて見間違いか何かしたのだろう……もう一度鏡を覗くとそこには先ほどの美少女が……
「……」
手鏡を無言で押し返すと、次に例の大きな塊を触ってみた……間違いない、本物だ。生きてた時に本物を触ったことはないが間違いないという謎の確信があった。
「……」
嫌な予感が止まらない、自分の脳がこれ以上現実を見ようするのはやめろと言ってる気がする。しかし、確認しなくてはいけないとも同時に言ってる気がする……やがて覚悟を決めて、右手をズボン越しに股間あたりに近づける。
「…………ない」
15年間ずっと付き合ってきた相棒がどこかに消え失せていた。いや、不思議なことの連続で縮こまっているだけだろうきっとそうだ。目の前に女性がいるにもかかわらず、ズボンのベルトを緩めて下着の中の相棒を確認する。案の定相棒はかけらも残さず消えていた。無言でベルトを締め直し、改めて女神様の方を見る。またもや露骨に目を逸らされた。
「すいません……何か女の子になってるんですけど」
「あら、貴女元から女の子だったじゃなかったかしら?」
「舐めんな」
思わず敬語も忘れてそう返した、ていうか明らかにあなたって言い方が何か違う気がした。
というか何故いきなり、世界が仰天ビックリするレベルの性転換を自分はしているのだろうか……いや、何となく原因は先ほどの肉体の再構成とやらに失敗したからだと思うがまさか性転換するとは夢にも思わなかった。
「はぁ……あの、怒らないんで正直に言ってください。失敗したからこうなったんですよね?」
「……ええ」
予想通り肉体の再構成の失敗が原因だったらしい。人生で経験する人がごく一部と言われている性転換という体験をまさか死んでから体験するとは思わなかったが、女の子になった自分はこんな感じなのかとある意味貴重な体験ができたのも事実だ。しかしこの姿のまま異世界に行く気はないので、女神様にもう一度再構成をしてもらうしかなさそうだ。
「まぁ失敗は誰にでもありますよ、とりあえずもう一度肉体の再構成をやってもらえませんか?流石にこの姿で行くのは……」
「できないわ……」
おや、今なんだか聞こえた気がするが気のせいだろうか。DEKINAIWAとは一体どこの国の言葉なのだろうか、そしてどんな意味があるのだろうか……
「すいません、日本語でもう一度言ってもらえませんか?」
「できないわ、さっき肉体の再構成をしたときに肉体を固定させてしまったから、女神であろうと何者であろうとあなたの肉体をいじることはもうできないの」
つまり自分はもう一生女の子の姿でいるしかないと……
「…………」
「そのっ……ごめんねっ!」
可愛らしい仕草で謝るその姿は、普通の男たちならイチコロだろう。しかし……
「ああああああああぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!」
「わっ、ちょっとやめなさいよ!何よ怒らないからって言ったじゃない!それにちゃんと謝ったでしょ!」
溢れ出る感情を抑えられず目の前の女神様に掴みかかって、その肩を思いっきり揺さぶる。
「別にいいでしょ!?なんちゃってキメラになるよりマシでしょ!?それにあなたぐらいの男はみんな美少女に憧れるんでしょ?ならその美少女になれたんだから本望じゃない!安心しなさい、今のあなたは私には及ばないけどかなりの美少女よ。きっとモテモテになれること間違いなしよ、この女神アクアが保証するわ!」
「ちっがああああああああう!」
違うそうじゃない!確かになんちゃってキメラになるよりかはマシだ。確かに思春期の男は女の子に少なからず意識する年頃だ。しかしだからと言って女の子になりたいという意味ではない決してない。
「くしゃみしたからですよね!?絶対あのときくしゃみしたから失敗したんですよね!?ていうか何をどう間違えたら男から女に変えることができるんだよ!」
「そうよ!でもしちゃったもんはしょうがないでしょ!?それに私だって毎日お仕事頑張ってるんだから失敗しちゃうのは当たり前なの!女神だって大変なの!」
お互いの言い争いは熾烈を極めた。しかし永遠に続くと思われたこの戦いは突然終わりを告げた。突然足元に今後は青い魔法陣が浮かび上がったのだ。
「今度はなに……うわ!」
魔法陣から伸びる光の柱のようなものがはるか上空まであがると、今度は自分の体が宙を浮き始めた。なにこれちょっと楽しい。
自分が浮いたことで解放された女神アクアが服の乱れを直して、こほんと咳払いをした。
「ウィズリー・リーンさん。あなたをこれから、異世界に送ります。もしあなたが魔王を見事討伐した暁には神々からの贈り物として、どんな願いでもたった1つ叶えて差し上げましょう」
「今更女神様っぽいことしても遅いですよ……」
ん?待てよ……どんな願いでもということは。
「あのー!どんな願いでもってことは性別を元に戻してもらうこともできるんですかー?」
どんどん上に上昇して行くため、少し大きな声で下にいるアクアにそう聞いてみた。
「それならできるわよー!願いを叶えてくれるのは創造神様だから、肉体を固定させた女神の力なんて関係なく戻せるわ。それどころか、元の世界で人生をやり直したいとか続きをしたいとか願えば、死ぬ前の状態から人生をやり直せたりもするわー!」
なるほどそれならまだ希望はある。魔王を倒した後元の世界に戻りたければそう願えばいいし、異世界の方に残るとしても男に戻してと願えばいい。もしくは15歳の時の男の姿にしてくださいといえば、第2の人生どころか第3の人生を男として異世界で過ごせる。
「さぁ選ばれし勇者よ!願わくば、数多の勇者候補達の中からあなたが魔王を打ち倒す事を祈っています。……さぁ旅立ちなさい!」
祈りのポーズを取りながらアクアは祝福の言葉を送ってくれた。
「あ!女の子にしちゃったお詫びとして1ついい事教えてあげるわ!あっちの世界に着いたらまず冒険者ギルドを探してそこで冒険者になるといいわ!何処にあるかは知らないけど」
知らないのかい!ていうかその情報お詫び以前に普通に教えた方がいいのでは……それをいう前に明るい光に包まれ、視界が白で埋まる。
気がついたらレンガの家々が立ち並ぶ、中世の時のような街並みが目の前に広がっていた。辺りを見回すと道を行き交う人がたくさんいて、屋台のようなものも沢山並んでいた。
「……まさか本当に異世界に……」
今更これが夢だとかは思わない、しかし目の前の光景がとても現実とは思えないほどファンタジー感が溢れているのだ。一瞬疑ってしまうのは仕方のないことなはずだ。
「…………はぁ」
ちらっと自分の体を見てみる、やはりこれも夢ではなく男に戻っているなんてことはなかった。それに声も女声になっていることに今更気づいた。まぁこれも魔王を倒すまでの辛抱だ。
「ていうか、初期装備みたいのは貰えないんだ……」
自分の格好を見て気がついたが、学校指定のYシャツとズボンのままだった。武器もひのきの棒すら持っていないとはどういうことなのだろうか。おかげで先程から道を行き交う人々から物珍しさの視線を感じる、多分他の人の服装を見る限り自分の格好は浮いているのだろう。
だがこのままじっとしていても何も始まらない。女神アクアの助言を信じる事にして冒険者ギルドとやらを探すとしよう。
「ここは何処だ……」
しかしものの見事に数分で迷ってしまった。そもそも地図もなしに探すのは無茶振りが過ぎる。ここは恥を忍んで人に聞くしかなさそうだ。ちょうど自分の横を通り過ぎようとしたお婆さんに話しかけてみた。
「あの、すいません。冒険者ギルドの場所を探してるのですが」
「あら、冒険者ギルド?この町の冒険者ギルドの場所を知らないってことはどこか他所から来たのかい?」
どうやら冒険者ギルドはちゃんと存在していたらしい。
「えーと……はい。かなり遠くからやって来たのですが、このあたりの土地勘すらなくて……」
「そうなのー、はるばる遠くから大変だったでしょ?ギルドを探してるってことは冒険者になりに来たのかしら?」
「えぇ、冒険者になりに来ました」
お婆さんの話によれば、ここは駆け出し冒険者が集まる街でアクセルという名前らしい。
「ギルドの場所はこの通りをまっすぐ進んで突き当たりを左に曲がればあるわ……それにしても貴女荷物とか何も持ってないようだけどどうやってここまで来たのかしら?」
「えっ……」
確かに遠くからやってきたというのに、荷物どころか手ぶらなのはおかしいだろう。正直に異世界から女神様の力を借りて転移して来ましたって言った方がいいのだろうか?いや、ここは適当な言い訳をした方がいいのかもしれない。この世界の人たちが異世界からの転生者という存在を認知しているのかはわからないが、もし知らなかった場合どんな反応をされるかは想像ができる。きっと頭のおかしい人扱いされるだろう。
「えっと、じ、実はここに来る途中にある事情で荷物全て紛失してしまいまして……その、なけなしのお金を使ってここまで来まし……た?」
どうして最後疑問形なんだよと自身にツッコミをいれる。
「そうだったの……」
あれ、なんだかあっさりと信じてくれたようだ。
「その、ありがとうございました」
最後にわざわざ道を教えてくれたお婆さんにお礼を言って別れようとした。しかし背を向けて歩こうとした矢先にお婆さんに呼び止められた。
「ちょっと待ちなさいな、これ少ないけど持っていきなさい」
そう言って小さい小袋を手渡してきた。中身は……なんだか金属同士がぶつかるような音がする。
「ほんの2千エリスしかないけど……じゃあ頑張ってね」
「え、あの……行っちゃった」
2千エリスとはどういう意味なのだろうか……話の流れからしてお金の単位と考えられるが、なんだか騙して同情させた上でお金を貰ったような気がしてならない。一応小袋の中身を確認してみるといくつかの硬貨が中に入っていた。やっぱりこの世界のお金なのだろうか。
悩んでいても仕方ないのでひとまず教わった道を歩いていくと、目立つ看板が見えてきた。
「冒険者ギルド……ここか。って、あれ?」
何気なく看板の文字を読んでみたが、ふと違和感を感じた。この看板に書いてある文字、明らかに日本語ではない。見た事がないような文字だった。しかし何故か文字の意味がわかってしまった……これはいったいどういうことなのだろうか。もしかしてこの世界に転生したときかその前にこの世界の文字について頭にインプットでもされたのかもしれない……魂に能力を刻めるぐらいだ、それぐらい造作もないことなのだろう。そう勝手に納得しながらギルドの中に入っていく。
「いらっしゃーい!お食事でしたら空いてる席にどうぞー。お仕事案内なら奥のカウンターでーす」
やけにテンション高めのウェイトレスっぽい女の人が出迎えてくれた。どうやら飲食店も併設されている施設のようだ。そこら中にいかにも冒険者といった風貌の人達がたくさんいて、薄暗い店内がいい味を出している。まさにファンタジー世界の酒場のような雰囲気がしてくる。
「……見られてるなぁ」
ギルドの中に入った瞬間から視線は感じていたが、そんなに新参者が珍しいのだろうか。視線を浴びながらも奥のカウンターへ向かっていく。多分あそこで冒険者登録とかするのではないかと踏んでの行動だ。
カウンターの受付をする場所は4つあるが、その内の3つは少し人が並んでいたが、最後の1つは今誰も並んでいなかった。わざわざ空いている場所があるのに列に並ぶような真似はしない。その受付のところに向かう。受付の人は女性で、赤色の少しウェーブがかかった髪型をしていた。なんかとっても活発そうなイメージがある。
「はい、今日はどうされましたか?」
だが、その女性は見た目とは裏腹におっとりとした声色で喋った。とっても大人のお姉さんっていう感じがしてくる。
「えっと、冒険者になりに来たんですが遠い地から来たのでどうしたらいいのかわからなくて……」
「そうですか、冒険者の登録はここで行なっているので登録手数料さえあればすぐに登録できますがどうなさいますか?」
登録手数料?お金を払わなくてはいけないということか……しかし参った、お金なんて持っているわけが……
「あ」
そういえばさっき道を尋ねたお婆さんからお金らしきものを渡されたような……
「あの、登録手数料ってどのくらいなんでしょう?」
「はい、登録手数料は1人千エリスになります」
千エリス……さっき貰ったのが2千エリスって言ってたから、払えるはずである。
「じゃあ、これで……」
小袋ごと受付の人に渡す。
「……はい。確かに千エリス受け取りました。残りの千エリスはお返ししますね」
中から千エリス分だけ取り出したのか、残りは小袋に入れたまま返してくれた。今更だがお金の単位がよくわからない……近い内に勉強しておかなくてはまずいだろう。
「では最初に、冒険者について簡単な説明をさせてもらいます……まぁ冒険者になりに来たとのことなんである程度は理解されていると思いますが念のためですのでご了承を」
そんなことありません、ある程度どころか全くわかってないです。ほんと、助かりますお姉さん……と心の中でお礼をする。
「冒険者とは、例えば街の外に生息するモンスター……主に人に害を与えるモノなどを討伐を請け負う人の事を表します。他にも薬草採取だったり荷物運びだったりの依頼もあったりするので、何でも屋って言った方がはやいですけどね……要するに冒険者はそういった仕事を生業としているのです」
うんうん、まさに冒険者って感じがしてきた。
「あとは、冒険者には各職業があるのですが……とりあえずまずは冒険者カードを作ってみましょうか。詳しい説明はそれからしますね。」
受付の人が何やらカードみたいなのを持ってきて差し出した。大きさは免許証ぐらいだろうか……
「では冒険者カードについても簡単に説明します。ここにレベルという項目がありますね?ご存知かと思いますが、この世のあらゆるモノは魂を体の内に秘めています。それらを食べたり、殺したりなどをして、何かの生命活動にとどめを刺す事で、その存在の魂の記憶の一部を吸収します。これらは通称経験値と呼ばれていて、目で見たりすることは普通できません」
先ほど指していたレベルの項目から少しずれたところを今度は指した。
「しかし、このカードを持っていれば冒険者が吸収した経験値を表示させることができます。それに応じて、レベルというものも同じく表示されます。経験値を貯めていくと、あらゆる生物は急激に成長することができます。俗にいうレベルアップですね。要約するとレベルが上がると新スキルを覚えたりするためのポイントなど、様々な特典が与えられるので、経験値を貯めてレベルアップすればその分強くなれるということです。頑張ってレベル上げをしてくださいね」
なるほど、確かに女神様がゲームの世界みたいと言ったのが理解できる。
「それでは手続き等があるため、こちらの書類に性別、身長、体重、年齢、身体的特徴等の必要事項の記入をお願いします」
書類にインクペンのようなものを受け取り、書類に書き始める……これ性別に「女」って書かなきゃだめなのかな。身長とか体重は変わっている可能性が考えられたが、目線的にも男の時と大差はないと感じられたので、とりあえず男の時のを記入していく。年は15で、身体的特徴は茶髪に茶色目……と。書き終えた書類を受付の人に渡す。
「はい、結構です。ではこちらのカードに触れてみてください。それで貴女のステータスが分かりますので、その数値に応じてなれる職業もわかります。もし複数あったら自分がなりたい方を選択してください。経験を積むことで、選んだ職業によって様々な専用スキルを習得できるようになりますので、慎重に選んでください。他にもレベルやステータスなどが上がれば、その職業にちなんだ上級職に転職することもできますよ」
そこらへんもゲームみたいだな、と思いつつカードに触れた。
「はい、ありがとうございます、えっと……ウィズリー・リーンさん。ですね……ステータスの方は……」
触れただけで名前すらわかってしまうのか、これがもし自分がいた世界にあったら余裕で犯罪とかに使えちゃうなとかどうでもいいことを考えていると、突然受付の人の様子が激変した。
「えっ!?何これ!何この数値!魔力が尋常じゃないほどの数値なんですが!?紅魔族でもここまで高い数値はいませんよ!」
こーまぞくというのはよくわからないが、どうやら魔力というのがありえないほど高いらしい。それもそのはずだ……
「他にも知力が高いですね……幸運が普通より下回っている以外は、他のステータスは余裕で平均値超えてたりしてるし……貴女いったい何者なんですかっ!?」
何者と言われても、女神様からある能力をもらった転生者としか答えられない。受付の人が大声で驚きの声を上げたため、施設内がその内容にざわついている。
実はなぜ魔力とやらがそんなに高いのかにはタネがある。それは、女神様から貰った特殊能力のおかげだった。
自分が転生する前、女神様に1つ特典をあげると言われて選んだのが、『超お得、これであなたも大魔法使い!特典セット』という能力だった。その内容は……
・魔力大幅アップ!これでいつでもレッツパーリー!
・全魔法習得可!これで気になるあの子にいつでもチャームを!
以上の2つの能力が貰える特典だった。名前や説明欄の文はともかく、魔法を使いたいと思っていた自分にはぴったりの特典だった。間違いなくこの特典の恩恵だろう。
「私この仕事してて初めてですよ!貴女みたいな凄い人!この数値なら上級職の《クルセイダー》や《ソードマスター》にはギリギリ数値は届かないもの、同じ上級職の《アークウィザード》と《アークプリースト》のどちらかなら今すぐになれますよ!」
アークウィザードかアークプリーストか……名前からして前者が攻撃系、後者が回復魔法といった補助系を使う職業なんだろうけど……
どうしたものか。
「うーん……ではアークウィザードにします」
少し悩んで、アークウィザードにすることにした。どうせ使うなら強そうな攻撃魔法とか使ってみたいし。
「アークウィザードですね!それではアークウィザード……っと。冒険者ギルドへようこそウィズリーさん。スタッフ一同、貴女の活躍を期待しています!」
こうして、アークウィザードとしての異世界冒険が幕を開けた。
「うーん……さっぱりわからん」
無事に冒険者になることができ、今は酒場の空いている席に1人で座りながら自分の冒険者カードと睨めっこしている。受付の人にスキルやスキルポイントについても色々と教えてもらって、今はどのスキル……魔法を習得するべきか迷っているところだ。カードには現在習得可能なスキル、という欄があるが、肝心の習得可能なスキルが大量にありすぎてどれを取ればいいのかわからなくて悩んでいるところだ。スキル欄にはそのスキルの名前が書かれているが、そのスキルがどういうものかなのかの説明までは書いていない。だから限りある初期スキルポイントで、どの魔法を最初に習得するかを悩んでいるのだ。
「とりあえずは攻撃魔法を習得した方がいいよな……あれ?」
ふと、スキル欄をざっと見ていると気になる名前のスキルを見つけた。
「『ヒール』?……でもこれって」
『ヒール』の魔法、もう名前からして回復魔法だということがわかるが、自分の冒険者カードにそれがあるのはおかしいことだ。なぜなら、『ヒール』の魔法はプリーストが使うことができる魔法だ。プリースト以外で使えるとしたら、どんなスキルでも他の職業より多くのスキルポイントを使う事で覚えることができる冒険者という職業の人だけなはずだ……興味本位で職業とスキルの関係を受付の人に聞いてみたら1時間ほど延々と説明され、さっきようやく解放されたのだが、その話が本当ならアークウィザードの職業の自分は『ヒール』の魔法を習得できるはずがないのだが……しかし現に、習得可能なスキル欄に表示されている。
「……あ」
そしてふと、思い当たる節があることに気づいた。確か女神様から貰った特典……魔力大幅アップという欄の他に、全魔法習得可能というのもあった気がする……
え?全魔法習得可能って他の職業の魔法も習得できちゃうってこと?選んだ時はパッとしなくて、アークウィザードになったときはアークウィザードの魔法を全部覚えられるのかなって思っていたのだけど……
「なにそれチートじゃね」
魔法を覚えるにはスキルポイントがいる。だから全魔法を全て覚えるというのは無理かもしれないが、スキルの構成によっては攻撃と補助を両方できる魔法使いにもなれちゃうということだ。あの女神様は、こんなのでいいの?とか言ってたがこれ普通に強くないか……?
まぁ、何はともあれひとまずは何か1つ魔法を覚えてみることにしよう。はやく魔法使ってみたいしクエストも受けてみたい。ていうかクエストとか受けてお金とか稼がないと明日の生活すら不安だ。
「よし、これにしよう」
随分と長くかかってしまったが、一通り見たスキルの欄から気になっていた魔法を1つ習得してみた。名前からして攻撃魔法だとは思うが、もし違ったら恥を忍んで誰か他の魔法使いの人に教えて貰ってから改めてそれを習得すればいい。
無事に魔法を習得できたのを確認した後、再びカウンターへ向かう。
「あれ、ウィズリーさんどうされました?また何か聞きたいことでも?」
出会ってまだ数時間だというのに、やけにあっさりとフレンドリーになった受付の人……サンという名前の女性は自分を見るなりそう言ってきた。
「あ、サンさ……ん。サン……」
サンという名前だからその後ろに敬称を込めてさん付けしようとしたが、そこで気づいてしまった。サンさんって何かややこしい……
「あー私は呼び捨てで構いませんよ。昔からなので慣れてますし」
少しだけ恥ずかしそうにしながらそう言ってくるサンさ……サン。
「じゃあ、お……私のことはウィズでいいですよ」
ウィズ、それは自分の愛称でもある。たまにウィズリー・とリーンの2つを掛け合わせてウィズりんとか言ってくる人もいたが、流石にそれは勘弁してほしい。
「ウィズ……可愛い名前ね、羨ましいわ。ねぇウィズ、せっかくだからお互い敬語とか無しにしない?私もまだ18歳だから歳もまだ近いし」
他の職員さんに比べて若々しいとは思っていたが、まさか20代ですらないとは驚きだ……ていうかこの世界は未成年でも普通に仕事に就けることの方が驚きだが。まぁせっかくこうして誘ってくれてるのだ、断る理由はない。
「えっと、うんいいよ。よろしくサン」
というか歳が近いというが、3つも離れているのは近いというのだろうか……?
「それで、どうしたのウィズ?」
改めて聞かれて本来の目的を話す。
「えっ……もうクエスト受けるの?まぁウィズほどのアークウィザードなら簡単な討伐ならできそうか……」
ここ駆け出しの冒険者が集まるアクセルでは、冒険者になった初日にクエストを受ける人はあまりいないらしい。まずは基本となる装備などを揃えるため、バイトなどをして資金を集めたりした上でクエストに挑むのが普通らしい。お手伝いレベルの荷物運びなどの依頼も稀にあるらしいが、そんな簡単なクエストが毎回のようにあるわけではないとのこと。
「でも魔法使い職なら杖とかの触媒がなくても魔法自体は発動できるし、ちょうどお手頃なクエストがさっき受理されたから……やってみる?」
駆け出しの冒険者が集まるアクセルという街の外は広大な平原地帯が広がっていた。クエストを請け、ここにやってきたのだがこれはすごい。こんな景色は日本にはないだろう。生まれて初めてみる景色に感動を覚えながら、クエストを成功させるための目標を探す。
「……あれかな?」
自分がいるところから少し離れたところに、小さいのが何匹かいた。10歳にも満たない子供くらいの身長しかなく、頭には小さい突起がでてるそれは俗にいうゴブリンと呼ばれる存在。そんなゴブリンが5匹、草原のど真ん中でうろちょろしていた。
今回受けた依頼はゴブリンの討伐。昨日この草原に出没しているのが確認され、今日討伐対象としてクエストに出されたのだ。本来ならゴブリンは群れで行動するのだが、少数でこんな街の近くに来ることは滅多にないらしいが……まぁ理由はわからないが自分にとっては好都合だ。初めてのクエストにはちょうど良い難易度なのかもしれない。
さらに好都合なことに、ゴブリンたちはまだこちらに気づいていない様子。ならここから魔法を放ってみることにしようではないか、そう思い魔法を放つ準備をする。不思議と魔力の込め方などは普通にできた、これもスキルのお陰なのだろうか。
そして魔法が放てるようになったと理解した瞬間、高らかにさっき覚えたばかりの魔法の名前を唱えた。
「『エクスプロージョン』ッッッ!」
「おい!さっきのバカでかい爆音はなんだよ!」
「知らん!ひとまず女子供を安全な所へ避難させるぞ!」
サイレンのような音が鳴り響き、あたりが軽いパニックになって大人から子供までもが慌ただしくどこかへ走っている様子を見ながら自分は冒険者ギルドへと重くなったような気がする足で向かっていた。
「ママー!こわいよー!」
「大丈夫よ、何も心配はないわ。きっと冒険者の人たちがなんとかしてくれるわ」
ごめんなさい。
「おーい!今から外に出られる奴はこっちに集まってくれー!念のために武装して様子を見に行くんだ!」
ごめんなさい……ごめんなさい。
「まさかこんな何もないところまで魔王軍が攻めに来たのか!?」
本当に……ごめんなさい。
ギルドに向かいながらあたりで騒いでる人たちに心の中で謝る。街の人たちが騒いでる原因……それは先ほど街の外から聞こえてきた爆音が原因だった……まぁ、自分がその原因なんだけどね。
ゴブリンに魔法を放つことはできた、できたのだが問題が1つあった。その魔法の威力が高すぎたのだ……魔法を放った瞬間ゴブリン達の頭上にバカでかい魔法陣のようなものが出現したと思った矢先、気がついたら突然強烈な光に目が眩み、凄まじいほどの轟音と熱風が襲ってきた。ようやく爆煙が晴れると、そこには巨大なクレーターができていた……
なんだあの威力、頭おかしい。そう思いつつも自分の冒険者カードを見ると、しっかりと討伐記録にゴブリン5匹分が記録されていたからどうやら無事に倒せたようだ……明らかにオーバーキルな気がするが。ついでにレベルも1から2に上がっていた。ステータスの方も若干上がっているので、ほんとにゲームのレベルアップみたいだなと思い街に帰ろうと足を運んだのだが……
(なんかめっちゃ騒ぎになってる)
街に入った時点ですでにかなりの騒ぎになっていて、これ正直に話した方がいいのかなと悩みながら、クエストの報告のためにギルドへと向かっていた。
ギルドの扉を開ける、心なしか最初に入った時よりも重く感じた。施設の中は自分が出る前よりも人が少なくなっていて、あちこちで慌ただしく動いている人もいた。
「あ、おかえりウィズ。ごめんちょっと待っててね」
カウンターに近づくと、サンを含め何人かの職員が裏でバタバタと動いていた。
待つこと数分、サンが指定位置の受付窓口に座ったのを確認して再度カウンターに向かう。
「改めておかえりなさい。ていうかもう終わったの?」
「あぁ……うん」
そう言って冒険者カードをサンに渡す。
「わぁ、本当にゴブリン5匹倒したんだー。すごいねこんな短時間で」
「は、ははは……」
なんだろう、素直に喜べない。冒険者カードを確認し終えたサンは、クエストの達成報酬を渡してくれた。
「じゃあゴブリン5匹の討伐達成報酬として、5万エリスになりまーす。初クエスト達成おめでとう!」
「あ、ありがとう……」
報酬を受け取り、そそくさと立ち去ろうとしたが……
「そういえばさっきの爆音ウィズも聞いたでしょ?」
「え!?あ、うん……聞いたよ」
唐突にそう話を振られ、少し声が裏返った。
「情報によると、街の外の平原地帯に大きなクレーターができてるらしくて……まだ原因はわかってないんだってさ。そういえばウィズもさっきまで平原地帯にいたんだよね?何か心当たりになるような出来事とかあった?」
心当たりなんてそんな……めっちゃありますごめんなさい。どうしようやっぱり正直に話すべきか……
「えっと……じ、実はね」
「しかも例の爆音のせいで、まだ冬眠中だったジャイアントトードが目を覚ましたらしくて今平原地帯に大量発生したらしいんだよねー。おかげで今手の空いてる冒険者の人達に一斉駆除してもらってるとこなの。あ、ウィズは初クエストで疲れているから行かなくて大丈夫よ」
なんだろう……とってもまずいことをしてしまったような。
「もし犯人がいたらとっちめてあげないとね!」
「そうだね……」
笑顔で言うサンが怖くて結局言い出せなかった。
こうして初の異世界生活1日目はこんな感じだった。