「それでは改めて、ようこそ薄暮鎮守府へ」
不知火が港より真っ先に案内されたのは指令室。自分が知っている指令室よりいくらか小さめな部屋になっているが、他に使用する者がいないのであればそこまで困らない程度だろう。
ようやく荷物を置けた不知火は早速、提督に薄暮鎮守府に来た理由を尋ねる。
「それで薄暮司令。私は具体的にここで何をすれば良いのですか」
来た時より表情を変えず、不知火はただ淡々と提督に話しかける。
「とりつく島もない様子だが、それだけ元気な証拠かな」
不知火はなるべく話に対する結論は早めに聞き出したい性格だ。だからだろうか、この提督の的を得ないゆらりとした話し方は正直苦手な節がある。
「体調は普段より整えているつもりです。しかし、不知火の体調がどうのではなく、ここにいる意味を確認しないことには今回の出向に不信感すら覚えてしまいます」
それもそうだなと、提督は姿勢を正し不知火の方を向く。
「それでは、駆逐艦不知火、君にはこれより私の業務の補助を依頼する。まあ、俗に言う秘書艦のようなものだ」
それからというもの、不知火は薄暮提督と共に書類業務を進めている。
艦娘が存在せずともここは鎮守府。近況報告や備品管理などの事務業務等はやはり存在する。
「(つまるところ、捌ききれない業務の補佐役を他の鎮守府より提供されている鎮守府ということね)」
もともと、今の鎮守府に着任する前は秘書艦をしていた経験のある不知火は、そつなく秘書艦としての役目を果たしている。
「流石だね、君のおかげで任務が捗ってしかたない」
「ありがとうございます」
初めはいきなり秘書艦を命じられ戸惑いこそしたものの、二時間程業務に勤しむ内に気持ちを割り切り、黙々と書類の枚数を減らしている。
ありきたりな書類、こんなものをする為にわざわざ自分の鎮守府を出てきたのか。そんな気持ちが時間と共に強まっていく。他の仲間が戦っているのに、今の鎮守府では駆逐艦だからという理由でこの有り様。艦娘は深海棲艦と戦うために存在しているのに。
やるせない気持ちのまま次の資料を手に取る。
-その時だった。
「…ん?薄暮司令、この書類は何ですか?」
不知火は今までのルーチン業務のような書類とは違う、見かけない書類に気が付いた。
「ああ、これは戦術指南の依頼書だな」
「戦術、指南ですか?」
全く聞き覚えの無い書類に不知火は質問を続ける。提督もまたそれに答えていく。
「そうさ、不思議なものでな、こんな歳ばかり重ねただけの私にも頼ってもらえる者もいるのさ」
不知火は改めて書類に目を通す。そこには様々な自軍の艦隊編成、海域の条件、敵艦隊の編成などが記載された状況下で、どのような指示を下すべきなのかを問いている内容となっている。
中には聞いたことも無いような、若しくは考えたくもないような状況のものもある。
「なぜこのような書類がこの鎮守府に?」
秘書艦の一環として不知火がいれてくれたコーヒーを一口飲み、提督は話を続ける。
「各鎮守府に提督が着任する前、ある程度の戦況判断や指南はもちろん海軍からレクチャーが入る。しかし、現場の状況はそんなセオリー通りに当てはまるものではない。自分が思い描く最悪のケースが起こった場合にどのように指示を出せば良いのか、それに確かな正解は存在しない」
話す速度やトーンは変わっていないのに、何故だろうか。不知火は薄暮提督の言葉に妙な重さを感じてしまう。
「そんな悩める提督たちが私宛に出してくるのさ、簡単に言えば戦術の質問票がな。正直私だって自分の回答が正解なのかは分からない、だが、少なくとも艦娘の生存率を上げられる最善策を記載し、返答しているんだ」
しんと部屋が静まり返る。不知火は言葉が出てこない。何を話せば良いのか分からないのではない、何から話せば良いのかが分からないのだ。さっきまでこの提督は、仕事ができずにこんなへんぴな鎮守府に追いやられた、ただの老いた軍人だとしか思えなかった。だが、他の提督はこの薄暮鎮守府に教えを乞う書類を出してきた。しかも先ほどまで気づかなかったが、戦術指南の依頼書とやらはまだ何枚もありそうだ。この依頼書の枚数は、裏を返せばそれだけこの薄暮の提督は信頼されている証と言えるのではないだろうか。
「指令、その…」
聞きたいことはいくらでも出てきた。だが、頭がそれに追いつかず言葉に詰まる。そんな不知火の様子を見た提督は、何か気付いたような表情をして長時間座りっぱなしだった椅子から腰を上げる。
「ああ、良いよ不知火。話さなくていい、君の考えていることは全部分かった」
「!」
驚いた。この提督は全てお見通しなのか。彼女の内心に溢れる疑問の山を。
「休憩も入れずに申し訳ない。食堂に行こう、昼食を取るのを忘れていたな」
「…そうですね、大層な素晴らしい観察眼をお持ちです」
少なくとも一週間程のペースでは投稿出来ればと考えています。
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