艦娘の存在しない鎮守府   作:ドレミふぁ

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不知火パートの2話目です。

せっかくの休日なので今のうちに投稿を進めております。


一章:不知火(2)

他の鎮守府に比べ、比較的小狭な指令室。その一室で書類に目を通す一人の男がいた。書類に目を通してはコツコツと万年筆のペン先を紙に走らせる。

 

「…今日はどんな娘が来るのだろうな」

 

歳を重ねるごとに独り言が増えるのは悪い癖だなと、自らの発言に苦笑しながらも男は呟く。

 

書きかけの書類の手を止め、本日より迎える艦娘の報告書に視線を移す。

 

名を不知火。大型の戦艦をメインに戦略を展開することで有名な鎮守府で、珍しく駆逐艦が派遣されたという噂を耳にしたが、このタイミングで出向の対象になったということは、ある種の戦力外通告と判断されたのかと男は想像する。得てして、その想像は大体当たっていることになるが、それをこの男は知るよしもない。

 

-そろそろ到着の時間か。

 

机に広げていた書類を所定の場所に戻し、万年筆のキャップを閉め、海軍の制服の胸ポケットに刺して鏡を見ながら身なりを整える。指令室を離れる準備を行っているのだ。

 

この「艦娘の存在しない鎮守府」、薄暮鎮守府の提督として不知火を迎えるために。

 

 

 

 

「帰投の際は、ここの提督に言ってください。その他の相談ごとがあれば、それも提督に話をされれば大丈夫です。ここでの決定権は全て薄暮鎮守府の提督に一任されていますからね」

 

「…そうですか」

 

不知火はここまでの航海を共にした船員に声をかけられる。

 

出向と言われ、自らの艤装を装備し、自身の力で薄暮鎮守府に向かおうと思っていた不知火だが、それはいらぬ考えであった。

 

薄暮鎮守府への出向は原則海軍が送迎の船を出すこととなっていた。

 

海を渡る艦娘が船に乗る。どこかシュールに感じる不知火だが、艦娘といえど航海に燃料等を必要とすれば疲労も伴う。送ってもらえるならそれに越したことはないと考え、素直にそれに従った。

 

何日ここに滞在するかは自分が判断して良いと言われた不知火は、特に何日滞在するかは決めておらず、数日分の荷物を手に取り送迎用の船から下船する。

 

暫く船の中にこもっていたからか、外の潮風が心地よく感じる。

 

港に降りたときに直ぐに人の存在に気付いた。

 

港にたった一人。提督職が身に着け海軍の制服を着こんだ人間がいれば否応にも気付くだろう。

 

-想像より、随分とご高齢ですね。

 

それが不知火から見た男の第一印象だった。

 

与えられた資料には薄暮鎮守府に対する詳細な説明が無く、こんな変わった鎮守府に着任する提督なんてどんな人間なんだろうかと不知火は乗船中はずっと考えていた。

 

会ったことも無い人間に対して失礼極まりないが、艦娘すら与えられない悪い理由がある提督なのかとも思ったが、見た目はどちらかというと温厚誠実という言葉が相応しそうな落ち着いた風貌の男である。

 

そんなことを考えている不知火に、先に男から声がかかる。

 

「長い船旅ご苦労さま。私はここ、薄暮鎮守府で提督をしているものだ。何日間の滞在になるかはまだ聞いていないが、よろしく頼むよ」

 

見た目通りの落ち着いた声だ。と、ここで不知火は我にかえる。

 

「自己紹介が遅れて申し訳ありません。今回の指令の対象艦となりました不知火です。ご指導ご鞭撻、よろしくです」

 

いつもの調子で発言をした不知火だが、

 

「ふふ、ふははは」

 

目の前の男は不知火の自己紹介に軽く笑い声を上げる。

 

「なんでしょうか。…不知火に落ち度でも?」

 

いや、失礼と、笑いを止めて提督は話を続ける。

 

「いきなりご指導ご鞭撻と言われてね、そんなやる気十分な娘も久々だったのさ、笑ってすまなかった」

 

どのような相手であったとしても、普段どおりの挨拶をしたつもりであった不知火だが、悪気が無かったとはいえこうも笑われては少し気に障ったのだろう。先ほどより少し声を大きくしながら提督に声を返す。

 

「仕方ないのではないですか。今回の出向の指令書、全くといっていいほど詳細な事項が記載されていませんでした。その為、出向という言葉から一般的に考えた結果、何かしらの技術向上を図ったものと考えたまでです」

 

-練度不足の自分が選ばれたくらいなのだから。

 

頭にした最後の言葉は、それを認めたくない悔しさからか発言を控えた。

 

「そうか、そうだよな。それは申し訳ない。完全に私の落ち度だ」

 

すると提督は不知火に背を向けて歩き出す。

 

「どちらに行かれるのですか?」

 

「君の荷物を持ったままでは疲れるだろう。案内しよう、我が薄暮鎮守府にね」

 

そこまで大きな荷物を持ってきたつもりは無いが、確かに荷物は無い方が楽だ。不知火は提督の後を同じぐらいのスピードで付いていく。

 

「そうでした。ここでは私はあなたのことをなんとお呼びすれば良いでしょうか?」

 

呼び名が無いと不便ですからねと不知火は質問する。

 

その発言に少し考えた提督はこれと言った名案も思いつかなかったため、

 

「君の好きにすると良い。ここには提督はおろか他の人間などいないからね」

 

艦娘が存在しないとは聞いていたが、他の人間すら存在しないという事実を知り、不知火は正直今回の出向に一抹の不安を感じつつも不知火は、

 

「そうですか、それでは改めてよろしくお願いします、薄暮司令」

 

不知火の淡々としたセリフに提督は「そのまんまだな」と微笑みながら指令室に向けて不知火を案内していく。

 




薄暮提督、いや、薄暮司令ですかね。
やっと登場できました。

あまり進展がなく申し訳ありません。

また、先日の投稿より数名の方がお気に入り登録頂いているようでして、この場を借りて御礼申し上げます。

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