東方桃玉魔 〜ピンクの悪魔が跳ねる時、幻想郷は恐怖に慄く〜 作:糖分99%
パキン、と何か割れるような、そんな音がした。
しかしそれは何かが割れた音ではなく、高速で動く物体が、あまりに早すぎたため、空気を裂く音が破裂音じみて聞こえただけ。
そしてその破裂音とともに、ユニットは、蔓は、弾け飛んだ。
超速の物体が通過したのだ。魔理沙達への影響もゼロではない。
その衝撃波、突風に体を揺さぶられ、コロコロと地を転がる。
「なんだ!? 何が起きた!?」
「新手? 新手なの!?」
混乱する魔理沙と霊夢。
しかし、その混乱はその灰色の流星の正体を捉え切った人外達の方が大きかった。
「なんだ、アレは。まるであれは……」
「もう一人のカービィなのか……!?」
「何ぃ!?」
藍と萃香の呟きに反応したデデデ大王は、大慌てで懐から望遠鏡を取り出す。
しばらくしてその顔は「信じられん」と言いたげなものに変化する。
その表情だけで誰なのかわかったのであろう。メタナイトとバンダナのワドルディはその流星を見て頷く。
「まさかあいつも飛んでくるとはな……」
「鏡の国から飛んできたんだね〜」
「ああ……このタイミングでの加勢は、本当にありがたい」
「まて、あれはなんだ? まるで……灰色のカービィではないか」
藍がメタナイトへぶつけた疑問こそが、その者を正しく表現するのにふさわしかった。
まさにそれは灰色のカービィと表現するのが一番正しいだろう。
「シャドウカービィだ。カービィの影といえよう。カービィにちょっとだけいたずら心をトッピングしたような……言うなれば味方だ」
「カービィの……影?」
「ああ。しかも、とんでもない兵器に乗り込んでやってきたようだ」
空を舞い、蔓を轢き潰すシャドウカービィ。
彼が乗るのは、三本角の虫を模したような飛行物体。
攻撃力とスピードでは、かのドラグーンを上回るのではないかというほどのモノ。
そう。それもまた伝説のエアライドマシン。
その名はハイドラ。ドラグーンと対をなすエアライドマシン。
小回りや汎用性には欠けるものの、攻撃と速度、強度においては無類の強さを誇る、まさに
次から次へと、蔓を刈り取って行く。
いける。
暗雲たちこめたこの戦場に、影たるシャドウカービィは光を持ち込んだのだ。
だが、そこまで甘くはなかった。
「オッホッホッホッホッホッホ!!! 無駄なのサ!」
シャドウカービィが刈り取った蔓。
しかしそれは、瞬く間に再生して行く。
しかも、刈り取られながらも攻撃の手は一切緩んでいない。
つまりは、実質ノーダメージ。
本体へ特攻しようにも、より硬い蔓と複数のユニットに阻止されてしまう。
そして問題は、その再生のエネルギー。
再生のために、エネルギーを幻想郷から絞り上げているのは明白。
意味のない攻撃し続ければ、やがて幻想郷から力が失われてしまうかもしれない。
早急に本体を叩かねば。
メタナイトの強み。それは頭のキレだろうか。
そう判断した後の指令は早かった。
「ハルバード乗員に告ぐ! 砲台は生きているか!?」
「め、メタナイト様! まだ大半は生きているダス!」
「よし、ならばその場で固定砲台として、マルクを狙撃しろ! 事態は一刻を争う! 急げ!」
「了解……なんダス!?」
「どうした!?」
無線の向こうで聞こえる、慌ただしい声。
また、不測の事態が起きたのか?
度重なる不幸に、さすがのメタナイトとて冷や汗が体を伝う。
しかし、メイスナイトから受け取った一報は、メタナイトの予想の斜め上をゆくものだった。
「は、ハルバードが……再浮上しつつあるダス!」
「何!? なんだと!?」
「どうしたメタナイト?」
近くにいた藍の訝しげな声に構ってられない。慌ててハルバードが墜落したはずの場所を睨む。
すると確かに、煙を上げながらも、ハルバードはゆっくりと再浮上しているではないか。
ウィングは焼け落ち、ボロボロ。そんな状態で飛べるはずがない。
その原因を探っていると、甲板の上、あまりに離れすぎていて米粒にしか見えないが、確かにそこには人影があった。
そのシルエットに、メタナイトは見覚えがあった。
「村紗殿!?」
「はいはい。村紗船長になにか?」
「……言っておくが、それは私の船だぞ?」
「そう硬いこと言わないで頂戴。今は私がこの船を浮かせているんだから。さて、進路方向は……あの化け花でいいね?」
脳内に直接響く村紗の声。念話だろう。
彼女は船幽霊。だから船を沈めるのも、浮かせるのも、彼女の十八番なのだろう。
だが、念話越しでもわかる。……ハルバードは木造船とは違う。相当な無理をしているはずだ。
「感謝する、村紗殿」
「いいって。幻想郷の危機に命蓮寺が立ち上がらないわけないでしょ?」
そして濛々と立ち込める、不自然な雲。
そこに浮かぶのは厳しい老人の顔。
そう、雲山。そしてその手のひらにいるのはパートナーの雲居一輪に、命蓮寺の聖白蓮、寅丸星。
ちょっと離れたところでは封獣ぬえに二つ岩マミゾウ、ナズーリンも戦闘態勢を取っている。
「頼もしいな。クルーに告ぐ。村紗殿が力つきる前に、自力浮遊が可能なレベルまで修復せよ! 無茶な命令だが、頼んだぞ!」
「了解ダス! メタナイツの力、お見せするダス!」
そこでプツリと通信は切れる。
そして再び火を噴く砲台。
火力は、十分。
「なんなのサ!? さっき堕としたはずなのにィィィ!!」
蔓の向こうから、叫び声が聞こえる。
そしてそれに合わせて雨あられと降り注ぐ、大量のタネ。
地面に触れた途端、爆裂するタネ。
無差別な絨毯爆撃。
しかしそれは、無数の蝶が盾となることで、防がれた。
「あらあら、ここまで風流も雅さもへったくれもない花なんて初めて見たわ」
「もはや雑草の類ですね。早々に斬り堕としてしまいましょう」
空から舞い降りたのは、冥界にいるはずの西行寺幽々子と魂魄妖夢。
そして薄くなった弾幕を貫くように、紅い槍がマルクの元へ飛来し、爆散する。
ユニットの目玉には、いつの間にかナイフが深々と突き刺さり、次々と無力化されてゆく。
「全く、どこで運命の歯車が狂ったんだか。まさか私が直々に出張ることになるとは」
「良いではありませんか。ちょっとした運動に良いのでは?」
「そうだよお姉様。……あ、カービィ久しぶり〜!」
横合いから殴り込みに来たレミリア・スカーレットを筆頭とする十六夜咲夜、フランドール・スカーレットの紅魔館勢。
なおもくねり大地を曳き耕す蔦に向け、何本もの角柱が突き刺さり、動きを封じる。
そこに赤茶けた鉄の輪が降り、綺麗な輪切りを作り上げる。
その道具に見覚えがないものはない。
「聞け! これより守矢の二柱は、妖怪の山を代表して参戦する!」
「戦だー、戦だー!」
「であえー、ですね!」
守矢の二柱の神、八坂神奈子と洩矢諏訪子。
そして彼女らに付き随う東風谷早苗。
幻想郷の有力者のかなりの数が、この戦場に集まったことになる。
戦闘が始まってそこまで時間は経っていない。
この事実に、マルクは酷くうろたえる。
「なんなのサ! なんで、なんでこんなに集まりが早い!? 幾ら何でも、情報が伝わるのが早すぎるのサ!?」
「教えてあげましょうか?」
その絶叫に答えるものがいた。
ボコっと瓦礫が持ち上がり、そこから白い手袋をはめた手が伸びる。
そしてひょっこり頭を出すのは、八雲紫。
「体を乗っ取ってくれたお返しに教えてあげるわ。貴方は私がただ呆然としていたと思ってたんでしょう? ……ふふふ、甘いわね。幻想郷のためなら私はなんだってするわ。例え大妖怪の自負を捨ててでも、ね」
「まさか、キサマ、あの時! あの時妙に反応がないと思ったら……全員に、伝えたなっ……!」
「ええ、思いつく限り、ありったけね。……この程度で、私が折れるとでも? 幻想郷を作り上げて、何度危機を迎えたとお思いで? ……幻想郷の底力、舐めてもらっちゃ、困るわね」
「ギィイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!」
蔓の標的が、全て紫に向かう。
しかし、紫は扇子を取り出し、微笑むだけ。
そして蔓は、見えない刃物に切り裂かれるように、落ちた。
同時に彼方から聞こえる、名乗り口上。
「妖怪の山の天魔様からのお達しだ! これより、天狗、および河童は幻想郷を蝕む邪悪に対抗すべく、貴殿らに加勢する!」
天狗。
ファーストコンタクト以来、決して良好と言えなかったカービィ勢と天狗。
しかしながら、幻想郷の危機を前に、過去のいざこざを今回ばかりは忘れ、手を伸ばしたのだ。
「さあさあさあ! どいたどいたぁ!」
「なんだ、にとりか!」
味方が増える戦場に、魔理沙とカービィに向かってドタドタとかけてくる一団。
その先頭にいるのは河城にとり。
後ろには、布で覆われた巨大な台車を引く河童たちの姿があった。
「なんだこの馬鹿でかい荷物は!」
「ぜぇ、はぁ、ほ、ほら、非想天則が暴走した時、カービィが球状の機械に乗って戦ったろ?」
「うぃ!」
「そうだが……それが?」
「その時、我々は気づいたんだ。ソレはスキャンしたものの性質を自らに反映させる。ならば……」
パッと布が引かれ、中が露わになる。
そこにあるのはオリジナルのロボボと、組み立てられた非想天則だった。
「非想天則をスキャンしたら、どうなるのかな、とね!」
「え、まさか……」
「カービィ、やってくれるかい!? それが、非想天則の供養にもなる気がしてさ!」
「ぽよっ!」
「ちょっ、カービィ!?」
ひょいとカービィはロボボに乗り込む。
そしてすぐさま、非想天則をスキャンした。
非想天則は取り込まれ、そしてロボボが光に包まれる。
そしてみるみる形を変え……現れたのは、桃色の非想天則。頭部がロボボのものに変化した、ちょっとファンシーなロボットに変化していた。
だが、その高さ30メートル超。馬力は、きっとあの時の非想天則に劣るまい。
非想天則は、マルクに向けて拳を構えた。
自らの存在意義を失い、無造作に振るわれた拳は今、ついに正義のために振るわれる。