東方桃玉魔 〜ピンクの悪魔が跳ねる時、幻想郷は恐怖に慄く〜 作:糖分99%
カービィはメタナイトよりすべてを聞かされた。
もし、これで、故郷の皆が救われるのならば。
実行しない理由など、ない。
「や、止めなさい!」
紫の必死な懇願が聞こえる。
だが、やらなくてはならないのだ。
それが、自分の使命だから。
自分の開いたスキマ……本家と違って、目の代わりに星が覗くスキマが、自分の故郷へ届いた感触がする。
そして、すべてを覆い……すべてを、覆した。
“虚構”は、現実味を帯びてくる。
“虚構”は、人の世界から独立して行く。
しかし“虚構”は、完全に独立はせず、“幻想”として、中立の状態に安定する。
悲願は達成された。
すべては改変された。
自分の体も、まるで今まで以上の存在感を得たような感覚がする。
だが、しかし、それは長く続かなかった。
ピシィ。
まるで、長年の負荷に耐えきれなくなった柱に、ヒビが入るような音。
そんな音が聞こえてきたのを皮切りに、あちこちからミシミシという音が聞こえてくる。
洞窟が崩落するのか?
いや違う。
紫の力を得て、その手の感覚に鋭敏になったからこそ分かる。
空間が、幻想郷が、ひしゃげているのだ。
「……ああ、もう……終いね」
見れば、紫はその場に力無く座り込んでいた。
カービィは駆け寄るが、目は虚ろであり、なんの反応も返さない。
そして、紫の持っていた赤色と紫色のスターロッド、そしてカービィの持っていたあと五本のスターロッドが輝きだしたのだ。
●○●○●
空にヒビが入っている。
そのヒビは今にも大きくなっている。
「なんだ、これは……?」
「し、知らん! これは……何が……紫様!」
酷く狼狽した藍は、こめかみのあたりを押さえ、主人の名を呼ぶ。
しばし沈黙の後、藍の手は力なく落ちた。
「何かわかったか!?」
「いや……応答がない。だがこれは……この感覚は……」
「はっきり答えろ!」
メタナイトとしては珍しい、焦りを多分に含んだ怒声。
しかしそれを聞いてなお、藍は逡巡する様子を見せる。
ようやく口を開いて出た言葉は、あまりに弱々しいものだった。
「……侵食、だろう。幻想と、幻想の」
「何?」
「あの者……カービィが、貴方方の故郷を“幻想”にした時……あまりにも、あまりにも幻想郷と近過ぎたのだ。だから……互いを蝕み、崩壊させている。……このままでは、双方ともに消えるだろう」
「馬鹿な!? そんなはずは……私の観測が、間違っていたというのか!? 確かに、別世界へ渡航すれば、まるで絵の具が混じるように、もしくは磁石で引き寄せられるように、互いの世界が近づく事もある! だが、我々が来た時間から考えるに、まだそこまでに至っていないはず!」
取り乱すメタナイト。
彼のこのような姿を見たものは、おそらくメタナイツでもいないだろう。
それだけ、メタナイトにとっては予想外、かつ重大なミスであった。
しかし藍は、錯乱したメタナイトを見たからだろうか、思考は冷静になっていた。
そしてその冷静な思考が、一つの予測を打ち立てた。
「……何者かが、貴方方がくる前に、幻想郷に忍び込んでいた……?」
だが、自分で言っておいてそれはないだろうと否定する。
幻想郷は忘れ去られたもののための聖地。気づかれずに入り込むには、忘れ去られたものでなければ入り込むことはできない。
カービィ達のように無理やり入り込むなどもってのほか。
だが……もし、カービィ達がいる世界の、忘れ去られたもの達が入ってきたならば?
その入ってきたものが、二つの世界の接近を促すほどの強力な力を持ったものであったならば?
忘れ去られた、強力な力を持つもの。
例えば……怨霊。
瞬間、藍の中で何かが噛み合った。
怨霊ならば、旧地獄経由で幻想郷にも大量に流れ込んでくる。その中に異世界のものがあってもおかしくはあるまい。
そして怨霊は他者の精神を強く侵す。
入り込んだ怨霊による二つの世界の接近メタナイト達の異常な執着ぶり。そして引き起こされた崩壊。
すべては……怨霊の悪意なのか?
だとすれば、怨霊の悪意は誰に向いている?
怨霊がメタナイト達のスターロッドへの執着心を植え付けたと仮定するならば、スターロッド関連の事件事象にも関わってくるはず。
吸血鬼の暴走、西行妖の暴走、地獄烏の暴走、非想天則の暴走……これらもその怨霊が関わっているのか?
なら、その被害を最も受けたものが怨霊の悪意の矛先のはず。
最も被害を受けたのは幻想郷そのものだが、矢面に立った……いや立つことになったのは霊夢と魔理沙。そして……カービィ。
怨霊の出どころが異世界ならば、その悪意が霊夢と魔理沙に向いているとは考えにくい。
そしてカービィには異世界で無数の武勇伝を持つという。
なら、もう答えは出たも当然。
「メタナイト。カービィは一体、何人の悪人を殺した?」
「……さて。首謀者クラスで数えるならば……十は超えるだろうな。どれも皆、世界を変えてしまうような猛者だった」
「決まりだ。それくらいの猛者の怨霊ならば、この事象も納得がいく」
「怨霊……だと?」
「ああ。怨霊は感情にも干渉する。メタナイト、そして他の者達の感情にも干渉したのではないか?」
メタナイトは黙り込む。
その仮面の奥には、どんな感情が入り乱れているのだろう。
そんなメタナイトの腕を、藍は引っ張った。
「行くぞ。紫様が待っている」
「……ああ」
メタナイトは立ち上がり、翼を広げる。
……まぁ、あまりにも遅過ぎたのだが。
●○●○●
「どぉりゃあああ!」
入り口を塞いでいた岩石を蹴飛ばし、箒にまたがった魔理沙と霊夢が飛び出す。
そしてすぐさま、カービィを見つけ出し、近くに着地する。
「大丈夫か、カービィ!」
「うぃ!」
「よし、よかった……紫、覚悟しろ……」
「待って」
怒りを込めた魔理沙の声を、霊夢は遮る。
霊夢の視線の先には、へたり込む紫の姿があった。
「なによ、その姿は。あんたらしくないわね」
「……笑って頂戴。これが情けなくも守りたいものも守れなかった者の姿よ」
「あんた、そんならしくないこと言ってる場合じゃないわよ! そんなことしている間にアイツが……いや、アイツの姿をしたナニカが来るわよ!」
「……え」
霊夢から警告が発せられた時、スターロッドがついに合体した。
いや、本来の力を取り戻したというべきか。
輝く星と、赤と白の捻れた棒が組み合わさった姿。
それが、本当のスターロッドの姿。
空中に浮かび上がったそれは、夢の泉の台座へと降り立とうとする。
その時。
影が走った。
途端、スターロッドは青い影に奪われる。
遅れて、緑色の影も。
その二つの影の正体は、あまりにこの場に不釣り合いであった。
「ち、チルノちゃん、こんな事していいの!?」
そう、チルノと大妖精。
がしかし、大妖精はいつも通りであるが、チルノの様子がおかしい。
まるで、中身が別人であるかのような。
スターロッドを奪い取ったチルノは凶相を浮かべ、嗤う。
「やったのサ! ついに! ついに手に入れたのサ!」
チルノの声で発せられる、全く別人の言葉。
「やっぱりね……あんた、誰よ」
「へぇ、気づいてたのか! でもその様子じゃついさっきみたいだネ! 」
「誰かって聞いてんだよ!」
「まあまあ、そう怒るなヨ! ボクはマルク! ……の精神を持った、カービィに倒された者達の怨霊の集合体サ!」