東方桃玉魔 〜ピンクの悪魔が跳ねる時、幻想郷は恐怖に慄く〜 作:糖分99%
「……なによあれ」
「私も知らん」
「なんだ、あの巨大妖怪は」
「仮面みたいな顔してるな」
「おお! なかなか強そうだ!」
彼方で暴れる巨人。
その巨人に関する知識を、誰も持っていなかった。
「ダイダラボッチとか入道とかいう妖怪はいるけど……あんな金属みたいな身体していなかったはずだし……」
「とりあえず向かったほうがいいんじゃないか……?」
「違いない。見ろ、あの膂力」
妖怪の山の麓で暴れまわる巨人。
その手には、自重よりはるかに重いとみられる岩を持ち上げ、そして振り下ろしていた。
瞬間、遠く離れた博麗神社からでも感じる振動と、遅れて爆裂するかのような音が鳴り響いた。
「どうやら、その通りのようね」
「今度こそ私が手柄を頂くとするぜ!」
「私も助太刀しようか」
そして霊夢、魔理沙、神子は博麗神社を飛び出し、妖怪の山へと向かった。
残されたのはこころと萃香。
「……我々はどうする?」
「暇だし行ってもいいんじゃないかー?」
「それもそうだな。よし、我々の強さを思い知らせてやろう!」
「一体誰にだー?」
遅れて、こころと萃香も博麗神社を飛び立った。
●○●○●
「ヤバイヤバイ! 」
「死ぬ! これ死ぬって!」
まるで戦時のような爆音が鳴り響き、河童達の悲鳴があちこちから聞こえてくる。
その元凶は木を根こそぎ掴み取り、振り回し、事態に気がつき駆けつけた白狼天狗も薙ぎ倒していた。
その元凶は、非想天則。
狂ったように暴れまわる、『正義の味方』を模して造られた張りぼて。
しかしその力は正義ではなく、ただ周囲の破壊にのみ振るわれる。
若干離れたところからその様子を目撃した早苗とにとりは、完全に平静を失っていた。
「あれどうするんですかにとりさん!」
「どうしよ……被害とんでもないぞこれ……」
「被害って、止められるんですかあれ!」
「いや、自信ない。なにせあれは……」
「何まごついている。破壊すれば良いだろう。」
と、引け腰になっていた時、後ろから声をかけられた。
その声は聞き覚えのあるもの。
振り返れば、そこには守矢の神、八坂神奈子が舞い降りていた。
その後ろには洩矢諏訪子も付いてきていた。
「いやぁ、付喪神化しないよう手は打ったんだけど、まさかなっちゃうとはねぇ」
「だから解体したほうがいいと言ったのに……まぁ起きたものは仕方があるまい」
「神奈子様! 諏訪子様! いつの間に!」
「あ、この度はどうもすみません……」
「河童」
「ひゅい!?」
「河童達の責任問題はまた後ほどとして、別にあれは壊してしまっても問題ないのだろう?」
神奈子は非想天則を見据え、無数の御柱を出現させる。
確かに、神としての力ならばいくら非想天則が巨大とはいえ、生まれたばかりの付喪神に負けることはないだろう。
だが、にとりはそれを必死になって止めた。
「ま、まずいですよそりゃ!」
「……なぜだ」
「非想天則は水蒸気でかなりの圧力をかけて動かしているんだけど、それでもあれだけアグレッシブには動けない。つまり、今の内部圧力はとんでもないことになっているはず!」
「と、いうことは……」
「迂闊に傷つけると、内部の圧力が解放されて爆発します! 多分、ここら辺が吹き飛ぶ!」
神奈子は一つ舌打ちをする。
最悪の場合神社にも被害が及ぶかもしれない。
そうなれば本殿のない神社なぞ、目に見えて信仰が減る。
一体何のために幻想郷へ来たのかという話になる。
「なら、どうすればいいの?」
諏訪子の質問に、非常に言いにくそうににとりは口を開く。
「……蒸気切れを待つしかないかと」
「……あれ、非想天則って内部で蒸気を循環させているんだったよね? ってことは、そもそも蒸気切れ起きないよね?」
「わずかには漏れ出るよ。あとは演出用の蒸気とか」
「……それは期待しないほうがいいんじゃ……」
蒸気切れを待つ。
それはあまりにも分の悪い賭けであった。
完全に八方塞がり。
と、その時。
「『マスタースパーク』!」
威勢のいい掛け声とともに、極太の目に優しくないレーザーが放たれる。
そしてそのレーザーは見事に非想天則へと着弾した。
傷つけたら爆発する。
そう製作者の一人に言われた直後に起きた事である。
当然、神奈子や早苗は眠る獅子の前で肉を焼くような馬鹿をやらかした者の下へと飛んで行く。
その先にいるのは、当然魔理沙だ。
「うーむ、対して効いてないな。もう一発か?」
「やめなさい。効果ないわよ」
「同感だ。関節とかを狙えばマシかもしれんが」
「よし、じゃあそうしてみるか」
「止めろ馬鹿者!」
またミニ八卦炉を構えた魔理沙を御柱を広げ威嚇するようにして制止する神奈子。
その後ろにしっかりと早苗や諏訪子、そしてにとりも付いて来ていた。
「あ、神奈子じゃないか。久しぶりだね」
「神子、今はそんなことを言っている場合じゃない! 今すぐ攻撃をやめろ!」
「はぁ? なんでよ。どう見ても暴れて危害加えまくってるじゃない。見逃せるはずがないでしょう」
「何か理由があるのか?」
魔理沙の質問に、にとりが全て話す。
非想天則の内部には高圧の水蒸気で満たされていること。
その圧力は通常時よりもはるかに高いこと。
傷つければあたりが吹き飛ぶ可能性もあること。
それを聞いた霊夢は渋面をつくる。
「どうしろってのよ、それ。夢想封印で霊力とか妖力を封じて動けなくするってのは通じるの?」
「おそらく内部には外装の耐久値を超えた圧力がかかっていると思う。それでもなお破裂したり膨張したりしていないのは、なんらかの力で押さえつけているんだと思う」
「つまり、夢想封印で力を封じると、圧力を封じ込めている力も失われると?」
「そういうこと」
「つまりどの道爆発すると」
「解体すればいいじゃない」
「動く非想天則に取り付いて解体しろと? 無茶な……」
「動きを封じればいいんでしょ? そうねぇ……」
霊夢は顎に手を当て、考える。
と、その時。
「おお、やってるやってるー」
「大迫力。怖いわー」
萃香とこころが遅れてやって来た。
そのやって来た二人のうち、霊夢は萃香の肩をしっかりと掴んだ。
「ん? どうした霊夢?」
「萃香ぁ、そういやあんたウチの酒勝手に飲んだわよねぇ?」
「……え、ちょ、な、ナンノコトカナ〜?」
「頼まれて欲しいことがあるんだけど、いいわよね?」
●○●○●
未だ暴れる非想天則。
その前に、巨大な影が立ちふさがった。
大きは大体同じくらいか、闖入者の方が若干小さいか。
その頭には二本の角が生えていた。
言うまでもなく、萃香である。
能力を使って巨大化したのだ。
「萃香〜! 取り敢えず組み伏せてくれればいいから〜!」
「爆発するかもしれない相手と組み技だなんて……絶対あいつの方が鬼だよ」
ぶつくさと文句を言う萃香。
しかし非想天則はそれに構わず萃香へと目標を変える。
「ほいっと」
だが、萃香は巨体ながらも華麗なステップで躱し、その手は空を切る。
そしてその伸ばされた腕を掴み、突進の威力を利用し、転かすようにして投げた。
金属の巨人が転けるのだ。その衝撃は生半可なものではない。
山を揺るがす音が鳴り響く。
「いけ!そこだ! やれ!」
「さぁ、とっとと締めちゃいなさい!」
「萃香、手が空いてるぞ! もっとやれもっと!」
そしてその様子をまるでプロレス観戦のようにはしゃいで眺める魔理沙、早苗、こころの三名。
その声援が通じたのかはさておき、萃香は流れるように腕にくみつき、上半身をしっかりと抑える。
「よし! 後はバルプを引いて少しずつ圧力を抜けば……ん?」
ようやく事態が解決すると思われた時、にとりはあるものを見た。
沢を流れる水。
それが物理的にありえない流れ方で、非想天則に集まっていたのだ。
一体何が起きているのか?
いや、それよりも……まずい。
「ちょ、熱っ! 熱いんだけど!」
抑え込む萃香が声を上げる。
しかも、押さえ込まれているはずの非想天則が、その拘束を無理やり解こうとしていた。
「嘘だろ!? 鬼の力を跳ね返すか!?」
「……水を取り込んで、さらに内部の圧力を高めたんだ。ちょっとこれは……まずいよ」
喘ぐようににとりが呟く間に、非想天則は完全に拘束から脱し、立ち上がった。
そして、手のひらが輝き出す。
「熱っ、熱っ! ちょ、待った待った!」
萃香の声も、非想天則には届かない。
その手にはいつの間にか非実態の剣……ビームサーベルのようなものが握られていた。
そしてそれを一閃。萃香の体を断ち切った。
その衝撃でごうと空気が揺らぎ、突風が吹き荒れる。
その斬撃を受けた萃香はポン、と煙のように体が弾け、元の童女サイズへ戻ってしまう。
「おいおい、嘘だろう? 鬼としての私の力も弾くだと?」
萃香の顔には、驚愕の色が浮かんでいた。
相手を傷つけないと言うハンデがあるとはいえ、鬼が肉弾戦で負けるというのはにわかには信じられないことであった。
しかし現に非想天則は立ち上がり、萃香は元のサイズに戻され吹き飛んでいる。
そして非想天則の斬撃の被害はそれだけではない。
その突風が、妖怪の山の木々をなぎ倒して行く。
「うぉおおお! これは強烈!」
「さっきよりも力が増してるわね……」
「うわぁ、こりゃ無理だ」
「神奈子、これどうする?」
「……上空で爆破……これに賭けるか……?」
「いやいや、危険だろ……ん?」
突風により様々な物が吹き飛ぶ中、魔理沙は見慣れたものが飛んでくるのを見つけた。
それは青い少女と、緑の少女と、桃色の玉。
それがなんなのか理解する前に、桃色の玉が魔理沙の顔面にクリーンヒットした。
「ぶっ!」
「ぽよっ!」
そしてその勢いで落下する両者。
魔理沙は人間としてはかなり強い部類に入る。
だがあくまでも彼女は人間。高空から落ちて無事なわけがない。
桃色玉がなんなのかなんとなくわかった魔理沙はそれを抱え、体制を立て直そうとするが、間に合わない。
やがて地面が近づき……
「やれやれ、世話が焼けますね」
足を何者かに掴まれ、地面に衝突せずに済んだ。
誰が助けてくれたのか。魔理沙は足を掴む者の方を向いた。
そこにいたのは、白シャツにスカート、一本歯の高下駄を履き、赤い頭巾をかぶった翼の生えた少女。
「……文か。助かったぜ」
「いえいえどうも。……って、うわ、カービィもいる!」
それは、以前カービィにしてやられた鴉天狗の一人、射命丸文であった。