東方桃玉魔 〜ピンクの悪魔が跳ねる時、幻想郷は恐怖に慄く〜 作:糖分99%
「まて侵入者ァ! なんでこんな忙しい時に来るのかなぁ!」
ガラガラとけたたましい音を立てながら迫り来るお燐。
しかもその背後に無数の怨霊を連れており、どれだけ殺気立っているか手に取るようにわかる。
魔理沙達の戦力なら迎撃できるかもしれない。
しかし不法侵入をやらかしたという負い目と、なんだか面倒くさそうな雰囲気が戦闘を拒否させる。
結果、怨霊&火車と人間&船幽霊&化け狸&神代理&無数の一頭身&ペンギンというカオス極まりない鬼ごっこの図式が出来上がる。
そのカオスな鬼ごっこの最中、こんな会話が繰り広げられる。
「なんか適当に逃げていますが、どうするのです!?」
「どこか適当なところに隠れればいいだろ!」
「この人数でどこに隠れるのよ!」
「しかも向こうに地の利があるしのぉ。」
「倒せばいいんじゃないかな?」
「おお、それだ! ワドルディ、早速迎撃を……」
「面倒くさそうだから却下だ!」
「……主人の前なら冷静になるのでは?」
「それだ!」
メタナイトの案が採用され、この鬼ごっこの終着点が決定される。
それはこの地霊殿の主人たる覚妖怪。
主人の前であるならば、お燐も冷静さを取り戻すはず。
主人も怒り襲って来る可能性も無くはないが、その性格を鑑みるにおそらくそれはないであろう。
しかし、たった一つ大きな問題が立ちふさがった。
「じゃあこの館の主人は何処にいるんだ? 俺様も用があるんだが。」
「確か霧雨殿は一度来たことがあったのだったな。」
「そうなの? じゃあ道わかる?」
「ああ、確かに来たことはあるんだが……」
魔理沙は走りながら目を逸らし、消え入るように言った。
「道覚えてないや。」
しばしの静寂。
最初一体何を言っているのかわからなくて。
次にこの状況に声を出せる余裕もなくなって。
だがしばらくして、感情がようやく追いついて来た。
「はぁあああ!?」
「いや、しょうがないだろ! 来たの一回だけだし!」
「そりゃそうでしょうけど……」
「肝心な時に頼りにならんのう。霊夢の方が良いんじゃないかの?」
「なんだと!?」
「やめないか! 今は目先の問題を解決する方が先だろう!」
「待てやァ! 炉で燃やすぞォ!」
「ホラ来たあ!」
このカオスな鬼ごっこは、まだまだ終わらない。
●○●○●
「うっ、いったた……もう、どうなっているのよ……」
ぬえは長い眠りから目を覚ました。
しかし、辺りは薄暗く、そして土臭い。
さらにはあちこちでチリチリとした痛みが走り、不快感がこみ上げる。
見れば、服の至る所が焦げている。
なんでこんなことになったのか。
よくよく思い出せば、最後の記憶は突然下から火が吹き上げた光景。
しかしなぜ炎を浴びたのか?
……ああ、そうだ、宝塔だ。
宝塔を奪い返すために、鼠の化け物、ドロッチェと争ったのだ。
こうしてはいられない。
ぬえは慌てて身を起こす。
がしかし、頭に鈍痛が走り、思わず頭を抱える。
すると、何処からともなく声が聞こえて来た。
「無理するな。どうやらオレ達は相当高いところから落ちて来たらしい。頑丈な妖怪といえども、堪えるだろう。」
薄暗い闇から現れたのは、ぬえと同じように満身創痍のドロッチェであった。
ついさっきまで戦っていたはずの相手の登場に、ぬえは頭の鈍痛すら忘れて立ち上がった。
「お前!」
「だから無理するな。それに、もうオレとお前に争う理由はない。」
「どういうこと?」
「これを見ろ。」
ドロッチェはある場所を指差す。
すると、先ほどのドロッチェと同じように、薄暗い闇から今度はカービィか現れた。
そしてカービィは口からあるものを吐き出した。
それは、奪い返そうとしていた宝塔であった。
「ここに落ちた時、カービィが先に目覚め、そして取り返された。そしてオレにももう戦う力は残っていない。……降参だ。」
そしてドロッチェは静かな笑みを浮かべながら両手を挙げる。
なんともあっけない争奪戦の結果に呆然とする中、ドロッチェは上を見上げる。
「しかし、ここは何処だ? ぬえと言ったか、ここに見覚えはあるか?」
「……いや、無いね。でも、確か私達は穴に落ちたはず……地下世界、旧地獄かもしれないね。」
「おお、おっかないな。オレ達がいつか行くところじゃないか。」
「ぽよ?」
ドロッチェの自虐的なジョークを理解できないカービィは首を傾げる。
しかしもとよりカービィがこのジョークを理解できるとは思っていなかったのか、それとも単なる独り言だったのか、ドロッチェは構わず話を続ける。
「しかし困ったものだ。オレ達が落ちて来た穴は落石で塞がれている。どうやら横穴があるようだが、その先は妙に暑い。何があるかわかったものではない。一人で脱出するのは厳しいだろうな。」
そしてちらりとこちらを見る。
ああ、なるほど、魂胆はわかった。
簡潔にいえば協力の要請だろう。
ここにいる者全員の危機なのだから、ここは先ほどの敵対関係を忘れ協力しよう、と言いたいのだろう。
それに対するぬえの答えは決まっている。
「そうか。それじゃ、一人で行けば?」
「ふむ、なかなか冷たい……いや、天邪鬼なヤツだな。」
はっきり言ってぬえは素直な性格ではない。
だからこそ先の返答がある。
しかしそれはぬえの性格によってのみ出された返答ではない。
妖怪は忘れ去られない限り死なない。
つまり、食べ物や水が無くとも生きていける。
ならば、ドロッチェ曰く何があるかわからないという危険な横穴をわざわざ進むよりも、助けが来るのを何年、何十年、また何百年と待っても良いのだ。
ここで何もせず待っていて死ぬのは生物であるドロッチェとカービィのみ。
ならば協力する筋合いはない。
そう考えての返答。
しかし、それを聞いたドロッチェは心底可笑しそうに笑う。
「ははは、どうやらお前は周りが見えてないらしい。いや、意地を張って見えなくなったというべきか?」
「……どういうことよ。」
「考えて見ろ。落ちて来た穴は崩落し塞がれた。つまり落ちて来た縦穴は脆いということ。そしてここはその縦穴の真下。つまりは……」
何処からか石が落ちて弾けた音が、この薄暗い空間に反響した。
「……いつ崩落するかわからんということだ。」
「……」
しまった。そのことをすっかり失念していた。
しかし、この程度の脅しで大人しく付き従うのは癪に触る。
だからぬえは、無言のままその場に立ち続けていた。
それを見たドロッチェはため息をつく。
「全く、妖怪というものは偏屈なものなのだな。カービィ、行くぞ。」
ドロッチェが立ち去ろうとする音が聞こえる。
しかし、ぬえは動かない。
意地でも動くものか。
だがその時、ぬえの腕が引っ張られた。
見れば、そこにいたのはカービィ。
片手でぬえの手を、もう片手でドロッチェの手をしっかりと握り、宙ぶらりんになって引いていたのだ。
ぬえがぐいと引っ張っても、ドロッチェがぐいと引っ張っても、カービィは意地でもその手を離そうとしない。
そして、澄んだ瞳でじっとこちらを見てくる。
「う……」
その目を見ていると、なんだか頭がクラクラしてくる。
「うう……」
その目を見ていると、なにがなんだかわからなくなってくる。
「ううう……」
その目を見ていると、最早自分の意固地な意思も揺らいでくる。
「わかった……わかったよ。行くから……行くからそんな目で見ないでくれ。」
「ふっ……ははは! どうやら偏屈なのは妖怪だけではなかったらしいな!」
ドロッチェの豪快な笑い声と、カービィの満足そうな笑みに引きずられるように、その天邪鬼な精神を打ち砕かれたぬえはとぼとぼと二人に付いて行った。