東方桃玉魔 〜ピンクの悪魔が跳ねる時、幻想郷は恐怖に慄く〜 作:糖分99%
「……すまん。これまた一体どういうことだ……?」
「こっちが聞きたいわよ!」
まさか博麗神社にまでワドルディが大量発生しているとは思わなかった。
助けを求めたつもりが、逆に助けを求められる始末。
と、ここで魔理沙はあることに気がついた。
「あれ、ここのワドルディは家事をしないんだな。」
「なにそれ、どういうこと?」
霊夢の疑問の声に、魔理沙は自分の家で起こったことを説明する。
朝起きたらいつの間にか家に上がり込んでいたこと。
食料持参で朝食を作ってくれたこと。
そして食事が終わると五体を残してあとはどこかへ行ってしまったこと。
その説明を聞いた霊夢は、羨ましそうにしていた。
「うちは朝食作るどころか、至る所でくつろいでいるだけよ? さすがに勝手にうちのものを壊したり使ったり食べたりはしてないけど……」
「なんというか、こう……自由だよな、こいつら。カービィと似て。」
当のカービィはワドルディ達と混じり、一緒に煎餅を食べている。
ついさっき二人前の朝食を食べたのではなかったのか。
「これって、もしかしたら他の家もそうなっているのかもしれないな。」
「……人里に降りられたら困るわね……また紅魔館に行くしかないか……」
また面倒事に巻き込まれると確信した霊夢は大きくため息をつく。
と、その時。
「おーい、霊夢さーん、魔理沙さーん!」
はるか上空からこちらを呼ぶ声が聞こえてくる。
声の主は見ずともわかる。
境内に降りて来たのは緑の長髪に脇の開いた巫女装束を着た少女、東風谷早苗であった。
その背中には大量の野菜が入った籠が背負われていた。
よっこいしょ、とよろけながらもその籠を地面におろし、一息つく。
「どうしたの、これ。」
「おすそ分けです。」
「はい?」
「だから、おすそ分けです。」
そして発せられた早苗の言葉に、霊夢と魔理沙に電撃が走った。
早苗という少女は中々強かな部分があり、商売敵におすそ分けをするようなお人好しタイプではない。
それが一体どういうつもりでおすそ分けなどと言い出したのか。
「なんだ、この大量の野菜……」
「それが、ワドルディ達から貰いまして……」
「ワドルディから?」
「そうなんです。どうもいつの間にか妖怪の山で発生しているようでして……うちはちょっと彼らと取引しているんですけど、そのお返しに三人では食べきれない量の野菜を貰いまして……」
「妖怪の山にも!?」
「そうなんです。……あ、博麗神社にもいるんですね。」
博麗神社でまったりくつろぐワドルディを見つけ、なぜだかちょっと膨れる早苗。
ただし霊夢は納得いかない様子である。
「ちょっと、なんで魔理沙や早苗のところはワドルディから色々もらっているのに、うちはただくつろぐだけなのよ!」
「癒しの空間を演出しているんじゃないのか?」
いたずらっぽく笑う魔理沙の視線の先には、カービィがどこからか取り出した黄色のスターロッドをブンブン振り回して星を出して遊び、その星をじっと見つめるワドルディ達の姿があった。
確かに、癒されないことはない。
しかし博麗の巫女は癒しなんてものは求めていない。
「いらないわよそんな空間!」
と、ここで早苗がある仮説を立てた。
「あー、もしかしたら『一宿一飯の恩義』ってやつじゃないですか?」
「『一宿一飯の恩義』?」
「そうなんです。そもそもうちがワドルディと取引始めたきっかけって、夜中に見かけたワドルディの一団を泊めて、その朝に神奈子様に黙って御柱を記念にあげてからなんです。それからずっとたくさんのワドルディ達がうちに通うようになりまして、以後神奈子様や諏訪子様に同意を得て鉄の輪とか御柱を時々あげるかわりに大量の野菜をしょっちゅう送ってくれるんです。」
「神の力が宿ったものをポンポンと……」
「あとうちだけじゃないんです。天狗とも取引しているらしいですよ?」
「え、あのプライドの塊の天狗と!?」
「そうなんです。ちょっと意外ですよね。」
「待て。うちは何かした覚えはないぞ?」
早苗の仮説が正しいという流れになる中、魔理沙が待ったをかける。
確かに、魔理沙は何かした覚えはない。ワドルディがうちに来たのも、この日が初めてだ。
だが、それに関しても早苗が一つ推測を立てる。
「もしかして、カービィがいつの間にか呼び込んだとか?」
「……あり得そうね、あの天真爛漫な感じは。」
「深くは考えずに困っている人がいたらとりあえず助けるタイプだからな、カービィは。」
カービィは初めてここに来た時も、また紅い霧の再来の時も、まさに善意の塊と形容すべき行動をとっていた。
ならば、外にいるワドルディを家に招くことも不思議ではない。
ただ、家の主に確認を取るというような常識の部分は若干抜けてはいるようだが。
「それにしても、一体いつの間に増えたのかしら……」
「妖怪の山では結構前から見られてましたよ。あの紅い霧の直後から。魔法の森にも、無縁塚にもいるらしいです。」
「いつの間に……」
「ただ、やはり人にも妖怪にも害をなすことはないようです。自衛は別らしいですけどね。」
「と、いうと、ワドルディの大量発生のデメリットは?」
「ないです。人の畑を襲うわけでもなく、そもそも人前には出ないみたいです。それよりも今年の冷害の方が深刻みたいで。」
「冷害? 確かに夏という割には涼しいが……」
話はいつの間にか、今年の冷害へと擦り変わる。
女子同士の井戸端会議ではよくある光景だ。別におかしなことではない。
「全然気温が上がらないみたいで。もう七月も始まるというのに、まだ五月くらいの気温にしかなってないらしいですよ。」
「……飢饉が起こりそうね。」
「実際不作が続いているそうです。」
「そのワドルディはどこからか野菜をおすそわけしてくれるんだろう? ってことは余りある食物があるはずだ。これを機に協力してみるのもいいんじゃないか?」
「……人外に? それはルールとしてどうなのかしら……」
「人間が全滅したら妖怪も困るからな。いざとなったら
魔理沙の意見に、なるほどと二人の巫女が頷く。
とはいえ、問題点もある。
「でも、そもそもワドルディがどこに住んでいるのか、どこで野菜を育てているか、未だにわからないんですよね。」
「とりあえず、この近郊には存在しないわ。ちょくちょく幻想郷は見回っているけど、ワドルディの畑どころかワドルディすら見つからないし。」
「それなら今ここにいるやつに聞けばいいんじゃないのか? なぁ? ……あれ?」
魔理沙は振り返るが、さっきまでワドルディとカービィが遊んでいた場所には誰もいない。
その瞬間、その場にいた全員の血の気が引いた。
なんとも良からぬ勘が働いたのだ。
「あれ、カービィがいない……」
「はぁ!? ああもう目を離すから!」
「あいつは結構自由人なところもあるからな……」
「そもそも子供ですしね……」
「なんか嫌な予感がするわ。早く探すわよ!」
●○●○●
人間も足を踏み入れぬ、未開の地。
その地には妖怪すらも足を踏み入れない。
というのも、そこは特別危険というわけではない。
何も面白みがないのだ。だから妖怪はここに来ることはない。
もっとも、孤独を愛する妖怪は来ないこともないが。
そしてある種安全地帯たるこの地に人が来ないのは、人里からあまりに離れすぎており、開拓するには不便であったからだ。
ただ木が生え、鳥が鳴き、草原の草が揺れる。ただそれだけの地。
ただし。それはもう過去の話。
その地にとうとう定住者が現れた。
それは橙色の一頭身の生物。
それは総じて『ワドルディ』とだけ呼ばれる生物。
彼らはその地を開拓し、集落を作り上げていた。
有り余る木材を利用した家々。
広がる畑、水田。
それだけみれば、のどかな田園風景。
しかしその地には、何故か発電所が存在していた。
見た目は普通の木造施設に見えるのにもかかわらず、何故発電所と断言できるかといえば、それは発電量らしきものを表示する電光掲示板があるため。
しかし、外から分かるのはそれだけで、一体どのようにして電力を生み出しているのか、一切わからない。
その地に、桃色の一頭身がワドルディに連れられ足を踏み入れた。
言わずもがな、カービィである。
その手にあるのは七つに分割されたスターロッドのうち一つ。
そのカービィの視線は、あるものに注がれていた。
それは村の中央に鎮座する塔のようなもの。
流線型をした、滑らかな塔。
それには、確かな翼が付いていたのだ。