東方桃玉魔 〜ピンクの悪魔が跳ねる時、幻想郷は恐怖に慄く〜 作:糖分99%
フランと名乗る少女は、ゆっくりカービィに近づく。
それを見て、カービィはほんの少し後ろに下がった。
子供というのは迫り来る悪意に敏感である。
カービィもまた、子供であるが故に悪意には敏感であった。
しかし、目の前のフランからはそういった悪意は感じられない。
むしろ、カービィと同じように純粋であるように思える。
カービィが後ずさったのは、何か別の、危険な匂いを感じ取ったからに他ならない。
しかしそれがなんなのか、カービィは理解することはできなかった。
「はい、つっかまぁえた!」
「ぽよっ!」
「ふふふ、やわらかーい!」
フランは躊躇うカービィをひょいと持ち上げると、抱きしめてその感触を楽しむ。
やや荒いように見えるが、骨があるのかすらわからないカービィなら平気だろう。
カービィは諦め、そのままなされるがままになる。
どれだけ時間が経ったのだろうか。
ようやく飽きたのか、楽しそうなフランの笑い声も収まり、カービィはフランの腕から解放される。
弾むようにフランから離れたカービィは、じっとフランを見てみる。
フランもまた、カービィを見つめていた。
「うーん、やっぱり似ているなぁ。お姉さまが連れて来た子達と。」
カービィをまじまじと観察しながら、フランはそんな事をつぶやく。
そんな事を言われても全く心当たりのないカービィは、首を捻る。
「あ、会わなかったの? なんかオレンジ色っぽくて……なんて呼んでたかな。わど、わどる……そう、『ワドルディ』。『ワドルディ』だよ。お姉さま、意外とネーミングセンスないなぁ。」
カービィはその名前にピンとくるものがあった。
いや、というより思い当たらない方がおかしいだろう。
彼らはカービィが元いた場所の、主な住人なのだから。
それぞれの固有名詞を持たない、ただワドルディとだけ呼ばれる不思議な存在。
彼らもまた、ここに来たというのか。
「ねぇねぇ、話聞いてる?」
「うぃ!」
少し考えていると、フランが頬を膨らませていたので、慌てて相槌を打つ。
すると純粋なもので、フランはすぐに安心して話を進める。
「酷いよね、お姉さまったらまた『独断専行』して。勝手にそんなの館に入れてさ。」
「それにさ、しょっちゅう館を空けるんだよ? そしていっつもどこかで遊んでいるの。」
「あの時、紅い霧をお姉さまが出した時、ここに来た霊夢と魔理沙のおかげで私はこの部屋から出ることは許されたけど、まだ館の外に出たことはないの。門の外にはでちゃダメって、お姉さまが言うの。ずるいよね。」
「あーあ、また紅い霧がでたら、今度は館の外に出られたりするのかなぁ。」
いきなり堰を切ったかのように話し始めるフラン。
その話から、おおよそ普通ではない境遇に置かれていることはわかる。
これは推測の域をでないが、フランには姉がいること、そしてこの部屋に軟禁されたことがあること。主にその二つの推測が立つ。
かわいそうだとは思う。
同情もする。
しかし……なんだろうか。
この迫り来るような危機感は。
「でも、まさかお客さんがここに来るなんて思わなかったなぁ。……ねぇカービィ、フランと遊んでくれる?」
「……うぃ!」
カービィは少し迷うも、頷く。
その様子に、またフランは無邪気に笑う。
だがそれも、わずかな時間のみ。
「カービィって優しいね。対してお姉さまは……構ってくれないし。遊んでくれないし。確かに前と違って、館の中なら自由に遊べるようになったけど、みんな避けていく気もするし……」
俯きがちにブツブツと呟き出すフラン。
なにやら不穏な雰囲気を察し、カービィはフランの体を揺する。
しかし反応はなく、未だ何か呟き続けている。
「それに、遊んでくれても……すぐ壊れちゃう。」
「なんでみんな壊れるんだろう? 私は楽しくみんなで遊ぼうとしただけなのに……」
「みんな、すぐ動かなくなる。バラバラになる。」
「もしかして、わたしが嫌いだから、壊れるの?」
「ねぇ、カービィ。」
ぐるん、といきなりフランの顔がカービィの方へ向く。
その目は最初見た時よりも紅く、紅く、まるで血のようだった。
「カービィは、わたしの事、嫌い?」
●○●○●
「館の中にカービィかどうかは別として、侵入者がいることは事実、か……あまり勝手に動かれたら困るわね。」
「別に物の一つや二つ盗まれたくらいいいでしょ。有り余っているんだから。」
「そうだよな。地下には有り余るくらいの本を持っているやつもいるしな。時々借りていっているが、一生かけてもなくなる気配ないぜありゃ。」
「そう言うことじゃないのよ。」
レミリアは紅魔館の設備を見て皮肉を言う霊夢と魔理沙を一蹴する。
その顔は、どこか焦りを感じているように見えた。
「……なにか見られたらまずいものでもあるんですか? 持っているだけでヤバい資料とか! 名家に隠された驚くべき闇の真実! なんちゃって。」
「別に闇に葬らなくちゃならないようなことじゃないわ。貴方達も会ったでしょ?」
「……フランか?」
いつものごとく暴走する早苗をいなすレミリアに、魔理沙は思いあたった人名を口にする。
レミリアはなにも言わない。
しかし無言こそが、何よりの肯定であった。
「あいつがどうしたの? あんたの妹でしょ? ちょっと変わった子だったけど、あれから改善したって聞いたけど?」
「改善……まぁ、改善はしたわ。もともとあの子は賢いし、冷静よ。」
ならばなぜ。
そう問い返す前に、レミリアはその先を続けた、
「でもね、495年の幽閉をこの短い時間でなかったことにするのは厳しいわ。まだあの子はどこか子供のまま。純粋だけど、純粋が故に、残酷よ。能力の関係もあって、あの子は能力の行使の意味をよく理解してない。その上……」
レミリアの目は、ひどく冷めていた。
「あの子、ふとした事でスイッチが入るの。狂気のスイッチが、ね。」
●○●○●
「遊んでくれる……遊んでくれるんだよね!? カービィ!!」
目は爛々と見開かれ、感情の昂りを表すかのように、その翼はバタバタと荒ぶっていた。
「まずは、そうだね、鬼ごっこ……とかどうかな? わたしは吸血鬼だから、わたしが鬼ね!」
言い終わるよりも早く、フランの姿は霞む。
床を蹴り、走ってきたのだ。
霞んで見えたのは、圧倒的な速度故。
その華奢でありながら恐るべき力を秘めた双腕が、カービィに肉薄する。
ゴシャア。
おおよそ子供の腕と床が衝突したとは思えない、そんな音が鳴り響く。
そして現れる、床に入った放射状のヒビ。
一撃でも喰らえばひとたまりもないが、カービィは今までの経験から、その初撃を避けた。
やはり、おかしい。
フランはどこか、狂っている。
その俊足と、剛腕で、絶えずカービィを追ってくる。
カービィはただただ逃げる。
なぜだかカービィは、フランに反撃する気は起きなかった。
一体なぜか。
それはカービィ自身にもよくわからなかった。
そう、躊躇したのがまずかった。
フランは手を広げた。
その瞬間、カービィに寒気が走った。
知らなかった。
カービィも知り得ない、不思議な力。
いや、知らないわけではない。強いて言うならば、それは絵画の魔女や、ドクロの魔王のような、世界や内部に干渉する力。
何度もカービィを窮地に追いやった力が、今解放されようとしている。
何かを握るように、フランは手を握りしめた。
瞬間、カービィは爆炎に包まれた。
どちらかというと、番外編のカービィの方がえげつないことしてますよね。
「あつめて!」のネクロディアスとか、最もカービィに完全勝利に近かったですし。