東方桃玉魔 〜ピンクの悪魔が跳ねる時、幻想郷は恐怖に慄く〜 作:糖分99%
短く、簡潔に、暖かく。
春の風が草を撫でる。
草はさわさわと柔らかな音を立て、揺れて波打つ。
見渡す限りの草原。そこから突き出るドーム状の丘。そして遥か彼方に臨む巨城。
これがポップスターにある一つのちっぽけな国、プププランドの日常。
この国で起きて食べて遊んで寝る。これがプププランドの日常。
これがぼくらの日常。
あの日、エンデ・ニルを倒した日から、夢を伝って幻想郷へ行くことはできなくなった。
メタナイト曰く、エンデ・ニルが繋ぎ止めていた幻想郷とポップスターの繋がりが完全に切れてしまったからだという。
つまりは、もう二度と幻想郷へ行くことは万に一つもないだろう、と。
可能性はゼロに近い、と。
……いや、行こうと思えばマホロアのローアを使えば行けるのだろう。
しかし、それはしてはいけないことだ。
本来、ぼくらの世界と幻想郷は交わってはならなかったのだ。
だから、今の状態こそ、自然な姿なのだ。
互いに知らず、互いに触れず、互いに干渉しない。
これが二つの世界が幸せに生きて行くために必要なことなのだ。
あまりにも冷酷な現実。
でも、それも何となく理解はできる。
この世界は楽しいことばかりではない。
リンゴは食べると美味しいし、幸せになれる。
でも、食べて仕舞えば無くなるし、それは悲しいことだ。
幸せと悲しみは切っても切り離せないのだと知っている。
出会いもあれば別れもあるのだと知っている。
だからぼくは嘆いたりはしない。
悲しくとも、笑うのだ。
この別れがお互いを救うのだと思えば、悲しみを笑い飛ばすことだって簡単なことだ。
この心の痛みがとれて、いずれ柔らかな思い出になるその時まで。
その時が来るまでぼくはプププランドで起きて食べて遊んで寝て、その時が来たらやはりこのプププランドで起きて食べて遊んで寝るのだろう。
いつまでも変わらない、平和な時で包まれ続けるのだろう。
彼方を見やれば、ワドルディ達が木陰の下で固まって昼寝をしている。
泉を見ればワドルドゥが釣りに興じている。
ウイスピーウッズはあいも変わらず道の上で堂々と佇んでいる。
空を見やればダイナブレイドがマルクの悪戯に堪忍袋の緒を切らし、逃げるマルクを突き回している。
そしてそのさらに上を轟音を立てながらハルバードが飛んで行く。また沈まなければいいけど。
その轟音がゆっくり遠ざかって行く中、草を踏みしめる音が聞こえてくる。
ワドルディだろうか。
いやそれにしては足音が重い。
となるとデデデ大王だろうか。
カービィが振り向くとそこには。
「よっ!
そしてギュム、と抱き締められる。
ぼくの体の構造上、後ろから抱きしめられると誰に抱きつかれたのか見ることができない。
でも、その声を忘れるはずがない。
何ヶ月もの間、一緒に戦った人。
何ヶ月もの間、一緒に遊んでくれた人。
何ヶ月もの間、美味しいご飯を作ってくれた人。
「まりさ!」
ぼくはその名前を呼んだ。
「おう! 普通の魔法使いの魔理沙だ! 夢を通じてやって来たぜ!」
その人も、その声に応えた。
ぼくはその日、一つのことを学んだ。
可能性とは残酷だ。
でも、可能性がある限り────キセキなんて幾らでも起きるのだと。
これにて『東方桃玉魔』完結です。
皆さま、長い間応援ありがとうございました!
……まだカービィの活躍を読み足りない?
では……違う世界線のカービィのお話でもどうでしょう?
『ププープレーン 〜遍く照らす星の航路〜』。宣伝になりましたが、別の世界のカービィのお話です。
戦いはいつだって虚しい。でも戦わなくてはならないこともある(松本零士氏リスペクト)。