東方桃玉魔 〜ピンクの悪魔が跳ねる時、幻想郷は恐怖に慄く〜 作:糖分99%
その姿はこの幻想郷という世界の中心になり損なった並行世界の自分の姿をしていた。
その姿はこの世界における成り損ない。
故に靈異ソウル・オブ・ニルは霊夢の心を付け狙う。
自分がこの世界の中心に成り変わる為に。
しかし、真の意味で霊夢はこの世界の仕組みを知らない。
だからなぜ靈異ソウル・オブ・ニルが自分に近い姿をしているのかなんて知るよしもない。
だから……きっと両者はすれ違ったままなのだろう。
一方その頃ヘカーティアさんは。
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まだまだ遊べるドン!
靈異ソウル・オブ・ニルの顔は確かに霊夢と似ていた。
しかし、その顔に表情と言えるものは一切ない。ただ無感情で、無機質で、空虚なもの瞳をこちらに投げかける。
感情ではなく、ただ意志のみで動き続けるソレは、人形とそう大差無いのだろう。
靈異ソウル・オブ・ニルは手に持つお祓い棒を振るう。
本当に軽く振るわれたお祓い棒の紙垂はまるで独自の意志を持つかのように蠢き……体内のような空間を叩きつける。
のたうつソレは蛇か鞭か、あるいは両方を合わせたような挙動をとり、霊夢と魔理沙、カービィへと襲いかかる。
「見た目こそ霊夢だが、中身はなんか全然違うみたいだな!」
「当たり前でしょ! 私が二人もいたら気持ち悪くて仕方ないわ! 何かが化けてるのよ!」
「化けてる……うーん、化けてるのか? まぁいい。とりあえず叩くぞ!」
「ぽよ!」
魔理沙は箒で加速し、その箒で靈異ソウル・オブ・ニルを叩きつける。
休まずカービィが接近し、マスターソードによる切り上げ、派生してメテオエンドと繋げて行く。
霊夢の放つ札は命中し、清浄な光とともに爆散して吹き飛ばす。
箒で殴れば吹き飛ぶし、剣できれば傷ができるし、爆破すれば身体も欠ける。
明確にダメージを負っている……かに見えた。
だがその傷は瞬く間に再生する。
確かに靈異ソウル・オブ・ニル自身にはダメージはあるのだろう。再生も無限ではないだろう。
だが、先の攻撃で蓄積されたダメージは微々たるもの。
靈異ソウル・オブ・ニルはその程度で倒れるような柔な執念を持ってはいない。
その体がバチバチと火花を放つ。
そして体内の天井近くまで飛び上がり、雷を落とす。
しかし、単発で魔理沙のレーザーほどに太くない雷撃など、果たして弾幕ごっこに慣れ親しんだ霊夢や魔理沙にどこまで効果があるだろうか?
躱すことなど容易い。
「はは、ずいぶん拍子抜けだな。そんな攻撃怖くもなんともないぞ?」
「ぽよ! ぽよ!」
「……どうしたカービィ?」
しかし、カービィだけは何か慌てたように、魔理沙を急かす。
まるで、床の上にいることを恐れているかのように。
「……ねぇ魔理沙、水音が聞こえない?」
「何?」
言われてみれば、確かにそんな気がする。
今立っている床の、遥か下方から。
ふと覗いてみれば……迫り来る光の膜。
いいや、それは光の膜なんかではない。水面だ。水面が靈異ソウル・オブ・ニルの放つ雷撃により輝いているのだ。
そして間違いなくその水は通電していることだろう。
「くそう、水攻めか!?」
「上がるわよ!」
「うぃ!」
迫り来る通電した水。それは容赦なく迫り来る。
天井目一杯まで上昇するが、そのすぐ足元ではバチバチと火花が上がっている。
───もしこのまま更に上昇したら────
だが、そうなれば靈異ソウル・オブ・ニル自身も感電するだろう。
しばらくして、水位は引いて行き、雷撃も止む。
「地の利は向こうにあるか……」
「また水攻めされたら面倒。とっとと倒すわよ!」
霊夢は陰陽玉も展開し、霊力による弾丸を放って手数を稼ぐ。
魔理沙は八卦炉に魔力を込めて一撃に賭ける。
カービィはマスターソードで直接攻撃を仕掛け続ける。
相変わらずの再生能力。しかしそれも無限ではない。
何かが靈異ソウル・オブ・ニルの中から削れてゆくのを霊夢も魔理沙もカービィも感じていた。
だが、だからこそ、靈異ソウル・オブ・ニルも彼女たちの好きにはさせない。
靈異ソウル・オブ・ニルは突如として奥へと逃げて距離を離す。
そして、その体がボコボコと蠢き、割れ、破れ、目を背けたくなるような変化の後……その姿は四つに分かれる。
大きさ、見た目、全て同じ靈異ソウル・オブ・ニルが四つ、こちらを見つめてくる。
「分身だと!? 厄介なのが増えるってのか!」
「……いや、そう長くは保つことはできない……はずよ」
「ぽぉよ!」
カービィが何かを警告するかのように叫ぶ。
途端、靈異ソウル・オブ・ニル達は突如として錐揉み回転を始める。
そのまま高速で距離を詰め……床にお祓い棒をその回転と高速移動の勢いのまま叩きつける。
瞬間、まるでその場で爆発物が爆ぜたかのような衝撃が三人を襲う。
吹き飛ばされ床に叩きつけられる。
だがまだ三つ、こちらに迫っている。
「ぐぅ!」
「痛っ!」
「ぶぃっ!」
苦悶の声など無視して容赦なく突撃してくる靈異ソウル・オブ・ニル達。
衝撃波が吹き荒れ、体が吹き飛ばされ、床に叩きつけられ、また吹き飛ばされ……全身に打ち身を作ってゆく。
その猛攻が終わった時、三人は床に倒れ伏していた。
着ている服は所々破け、打ち身は赤く腫れている。
だが、靈異ソウル・オブ・ニルは無情にも追撃を開始する。
四体揃って一定の距離を保ち浮遊する。
そして、その顔に今まで見せなかった満面の笑みを浮かべた。
だがその笑みは無理やり歪めたようなもので……不気味であった。
そしてその体の表面が粟立つ。
何が起きるか、霊夢は直感的に察知し、カービィも経験から把握する。
直後、その粟立った人の体から針が飛び出した。
針といっても裁縫針のような可愛らしいものではない。西洋のパイクのような長大な槍ともいうべきもの。
それが体積や大きさを無視して人の形をした靈異ソウル・オブ・ニルの体から伸びたのだ。
それも放射状に、四体同時に。
まさに針……いや槍の弾幕。この場にあるものを全てを串刺しにする殺意そのもの。
しかし察知していた霊夢、そしてカービィは掠りつつも避けきる。
だが、手負いである上に、体力も素質も元は単なる人間である魔理沙はそうはいかなかった。
とん、という軽い衝撃。
じくじくと何かが染み出すような感覚。
そして……焼けるような熱さ。
何が起きたか分からず、その不快な感覚が込み上げてくる方を見た。
針が腹部に突き刺さっていた。
その針はすぐさま抜かれ、傷口からトプトプと赤く粘度の高い液体が漏れ出す。
「う……あぁ……」
「魔理沙!!」
「ぷぃ!!」
体の末端が寒くなってゆく感覚。何か体から漏れ出てゆく感覚。同時に何かが埋め合わせるように込み上げてくる感覚。
魔理沙はわかっていた。
漏れ出てゆく何かは“命”。込み上げてくるのは“死”。
カービィが囮として靈異ソウル・オブ・ニルに突撃し、霊夢に攻撃を躱しつつ抱きかかえられながら、魔理沙はぼんやりとそう思っていた。
ある程度距離をとった霊夢は魔理沙を寝かせ、札を無数に用意する。
「れ、れいむ……わたしは……」
「うっさい! その程度でくたばるんじゃないわよ!」
傷に札を貼り付け、巫女としての力で止血する霊夢。
だが止血できたとしても、すでに失った血の量は多い。
頭がぼうっとしてゆく。瞼が閉じてゆく。
「目を閉じるな魔理沙!」
自分を呼ぶ声もどこか遠くになって行き……
「まったく、ボクの生霊を倒したヤツらがこんなにも情けないなんて思わなかったのサ!」
妙に耳に残る、聞き覚えのある声が聞こえた。
途端、魔理沙の顔に何かがかけられ、途端に意識はこれ以上ないほど覚醒する。
視界が真っ赤に染まる中、魔理沙は声の主を見た。
丸い体。キョロリとした目。特徴的な靴。ピエロ帽。
カービィくらいの大きさで、記憶とは姿形も大分違う上、邪悪さも鳴りを潜めている。
だが、その声を、その目を忘れることはない。
「やっぱりマキシムトマト100%ジュースは効くのサ! 振りかけるだけで体力全快なのサ!」
赤い液体が入っていたのだろうビンを蹴飛ばし、ソレは嗤う。
「なんで……なんでお前が居るんだ、マルク!」
「んー? ちょっとした礼なのサ!」
そしてマルクは飛び上がり、爪のある翼を生やし、いつか見た凶相を浮かべる。
そうだ、あの時のマルクに近い姿に。
「支配者はボク! エラいのもボク一人! この世界も遍くボクのモノなのサ! だから……空っぽな老害にはとっとと退場願うのサ!」
言うなれば運命共同体
互いに頼り 互いに庇い合い 互いに助け合う
一人が四人の為に 四人が一人の為に
だからこそ戦場で生きられる
友達は兄弟
友達は家族
嘘を言うなっ!
猜疑に歪んだ暗い瞳がせせら嗤う
無能
怯懦
虚偽
杜撰
どれ一つ取っても戦場では命取りとなる
それらを纏めて無謀で括る
兄弟家族が嗤わせる
お前もっ!
お前もっ!
お前もっ!
だからこそ
私達の為に死ねっ!
次回「決着と桃色玉」
桃色玉は幻想の果てに何を見るか