東方桃玉魔 〜ピンクの悪魔が跳ねる時、幻想郷は恐怖に慄く〜   作:糖分99%

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「今日は更新しないと言ったな?」 「あれは嘘だ」
「ぐふぁああっ!」


父と娘と桃色玉

「もう少し……もう少しで……!」

 

 スージー……いやスザンナはリレインバーを直接星の夢に接続し、星の夢の強制終了(シャットダウン)を試みていた。

 しかし相手はあの大いなるマザーコンピュータ。抵抗に遭うことは予測していた。

 その為星の夢の動きを封じ込める二の手、三の手は用意していた。

 

 ……のであったが、これはどういうことか?

 抵抗がない。一切の抵抗がないのだ。

 これはスムーズにいったと喜ぶべきことなのか?いいや、逆に底知れぬ恐怖が込み上げてくる。

 星の夢は、一体何を狙っている?

 

 狙いがつかめないまま、シャットダウン完了まであと95%となった時。

 その時、ついに抵抗にあった。

 95%以上、進まない。

 そして星の夢が異常なまでの熱を放出し、赤熱し始める。

 それはまるで、ムキになって暴れる子供の顔を見ているかのようにすら見えた。

 

 だが、ぼうっと眺めている場合ではない。

 放熱に加え、星の夢の周囲をプラズマが覆い出す。

 バリアも併用して身を守るが、バリアにリソースを割く分、シャットダウン完了に当然遅れが生じる。

 

「スージー、まさか完全に抵抗されたか!?」

「完全にではないけど、ほぼ作業が止まっていますわ!」

「……仕方あるまい。コンピューターの並列を行え! ハックされる危険もあるがやむを得ん!」

 

 メタナイトは無線機に怒鳴りつけ、リレインバーの操作盤をいじる。

 これが完了すればリレインバーは戦艦ハルバードのコンピューターと接続され、並列作業をすることができるようになる。

 だがそれと同時にハルバードも星の夢と接続することとなり、最悪ハルバードが星の夢に乗っ取られる可能性すらあった。

 しかし、それでもやらねばならない。

 

 そろそろハルバードの接続が完了する。

 

 

 

 

 そう、思った時。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『───────!!』

 

 星の夢が声なき悲鳴をあげた。

 その時、微かに。いやしかし確かに聞こえたのだ。

 

 私の、父親の声が。

 

「待って!」

「スージー!?」

 

 咄嗟に作業をするメタナイトの腕を乱暴に払いのけた。

 

「何を……!?」

「パパが……パパがいるの! あの中に……確かに!」

「……」

 

 作業状態を確認すれば、95%のまま。

 もしこのままシャットダウンしたら。もし、本当にあの中に自分の父親がいるならば。

 

 力なく、星の夢を見る。

 何故か抵抗は収まっていた。

 

 そして、今度は更にはっきりと聞こえたのだ。

 

『スザンナ』

 

 紛れもなく、自分の父親の……優しかった頃の声だった。

 その父親が、何故か笑っているのを見た。

 目の前にあるのは幻覚なのかも知れない。だが、それでも、どこかで父が笑っている気がした。

 その笑顔は……幼い私を諭す時の困ったような笑顔だった。

 

「……わかった。わかったわよ。勝手なパパ……」

 

 スザンナは乱暴に中断させた作業を再び自らの手で再開する。

 問題なくハルバードのコンピューターと接続された。

 そしてすぐさま作業は100%完遂された。

 

「これでいいの? パパ……」

 

 作業を終えたスザンナは顔をあげた。

 急速に星の夢から光が消えて行く。

 その刹那、また父親は笑った。

 

 それは満足げな、娘を褒めちぎる時の誇らしげな笑顔だった。

 

 

●○●○●

 

 

 魔理沙、アリス、レミリア、フランはドローンの先導の下、森を飛行していた。

 だが突如として、なんの前触れもなくドローンは動きを止めた。

 

「おいっ、突然止まるなよ!」

「待って! 何か様子がおかしいわ」

 

 しばし無言で微動だにせず空中に留まった後、ゆっくりとこちらを向いた。

 そして霊烏路空の口を借りて話しだす。

 

『……私の……Insanity 0 systemの悲願は達成されました』

「……は?」

『この先に私の本体があります。ここでナビゲートを終了いたします』

「待て、待てドローン! どういう事だ!?」

『今度こそ、安らかに眠ることができるのでしょう』

 

 ふらり、とドローンの体が揺れる。

 それを咄嗟にレミリアが受け止めた途端、頭につけていた金属のバイザーは力無く地面に落ちた。

 レミリアの腕の中にいるのは寝息を立てる霊烏路空、それだけであった。

 

「なんだ、何が起きているんだ?」

「……どちらにせよ先を急ぐ他ないわね」

「ええ。ご丁寧に最期まで道案内してくれたことだしね」

「行きましょ! カービィも鶴刃も待ってる」

「……ああ、そうだな」

 

 

●○●○●

 

 

 魔理沙達がドローンに案内された場所へとたどり着いた時、そこには凄惨な光景が広がっていた。

 なぎ倒された木々、吹き飛ばされた大地。其処彼処に転がる見覚えのある顔ぶれ。重厚な金属の塊、倒れかけた翼のある巨大螺子。

 そんな中、両の脚で立つのは霊夢と紫、カービィ、シャドーカービィ、そしてルーミアの体を借りる鶴刃、倒れかけの巨大螺子に寄りかかるようにして立つ金属塊に乗り込むメタナイトと謎のピンク髪、重厚な、かつどこかで見たことのある金属塊に乗り込むワドルディ達とデデデ大王。

 そしてその中心に壮年の男が膝をついていた。

 まるで黒い液体を頭からかぶったかのようであり、足元には黒い水溜りができている。

 

「こいつが……」

「そうよ。主犯格の柳葉権右ヱ門」

 

 刀を支えにどうにか体を起こしているといった有様ではあるが、別段外傷らしきものはない。

 どういうことかと聞いてみれば、『大元を叩いて権右ヱ門を無理に強化する力が無くなったため、その反動がきているのではないか』と紫は推論を述べた。

 

「哀れね……おそらく視力すら失ってるわよ」

 

 紫の言葉通り、権右ヱ門の目の焦点はあっていない。ただ何もない空間を見つめ、刀を持たぬ手はなにかを掴まんと空を切る。

 

「……どうするんだ?」

「どうするの紫」

「ここまでの異変……いや幻想郷の根幹を揺るがす大災害を起こした下手人よ。生かしては置けないわ」

「殺すのか!?」

「ぶぃ!?」

「ま、妥当なんでしょうね」

 

 紫の冷酷な判断に魔理沙とカービィは驚愕し、他は特に反応しない。

 仕方あるまい。彼はそれ相応の事をしたのだ。一体何人の妖怪が犠牲になった事だろう。それを考えれば到底許されることではない。

 

「……それに、こんな状態で生かすことこそ、惨いわよ」

 

 そしてその判断は紫の冷酷さからのみ生まれたものではなかった。

 その言葉に魔理沙は何も言えなくなる。

 だが、カービィは……

 

「ぽよ!」

 

 小さな両方の手を目一杯伸ばし、権右ヱ門の前に立ちはだかった。

 『何人たりとも殺させはしない』。そう態度と目が物語っていた。

 無知で、純粋で、正義感溢れるからこその反応だろう。

 そしてそのカービィに話しかける者がいた。

 

「ああ……もし、そこの方……娘を……鶴刃を知らんかね?」

「っ!」

 

 顔の向けられた方向は一応はカービィの方を向いてはいるが、高さは一切あっていない。

 気配と声のみでそこに誰かいると感じたのだろう。

 そして鶴刃と名前が出た途端、怨霊と化し、ルーミアに宿った鶴刃本人がピクリと反応した。

 

「私は……仇を取らねばならんのだ。償わなくてはならんのだ。娘を食った妖怪が憎い。娘を理解しなかった己が憎い。……もし……また会えるのならば……私は…………」

「父上っ!」

 

 たまらず、鶴刃は声を上げた。

 ルーミアの体から出て、怨霊の体で、鶴刃本人の声で。

 その声を聞いた途端、権右ヱ門の顔は劇的に変化した。

 

「お、おお……鶴刃か……鶴刃なのかっ」

「そうです、父上。私です。鶴刃です」

 

 権右ヱ門は手を伸ばす。その手を追って鶴刃も手を伸ばす。

 間も無く触れ合おうという瞬間、その手と手はまるで何もないかのようにすり抜ける。

 片や生身の人間、片や実体なき怨霊。当然の現象である。

 だが、それでも、権右ヱ門の顔に笑みが浮かんだ。

 

「ああ、そこに居たのか、鶴刃……」

「はい。ここにおります」

「すまない鶴刃……私はただお前が心配だったのだ。だが、それは私の一方的な想いだった……まさかそこまで追い詰めるつもりは無かったのだ。娘とその伴侶を信じきれなかった、私の弱さが悪いのだ」

「いえ、弱かったのは私です。あとを追って命を断とうなど……生と悲しみから死をもって逃げようなど、弱さの骨頂でありました」

「すまなかった、鶴刃。鉄の塊が私の望みを叶えてくれぬ事など、わかりきって居たことだというのに……」

「私こそ、申し訳ありません」

「ああ、だが……会えてよかった……」

 

 とさり、とあまりに軽い音が鳴る。

 権右ヱ門が前のめりに倒れたのだ。

 その顔は満足げではあったが……死を賜うたのは間違いなかった。

 しばしの父親の亡骸を眺めて居た鶴刃だが、やがてその体が薄くなり始める。

 

「おい、これは……」

「成仏しようとしているのよ」

 

 霊夢が解説する必要なく、鶴刃自身は自分が成仏しようとしていることに気がついたのだろう。鶴刃は振り返り、笑顔で頭を下げる。

 

「皆さま、私と父の我儘に付き合っていただき、有難うございました。……犠牲となられた方にはご冥福をお祈りします。あの世で会いましたら謝罪しようと思います」

「ああ……いや、いいんだ。お前も親父と和解できてよかったじゃないか」

「あんたは勘当されっぱなしだからね」

「おまっ! ……ふぅ、まぁ、そういう事だ」

「魔理沙さん、アリスさん、有難うございました。フランちゃん、私に力を貸してくれて有難う」

「いいの。私もお姉様探すのに手伝ってもらったし」

「別に、助けなんて必要なかったんだけどね?」

「お姉様、強がらない」

「……んむぅ」

「あと……眠っちゃってるけど、体を貸してくれたルーミアさんにも、有難うと伝えていただきますようお願いします」

「任せなさい」

「……では、そろそろのようです」

 

 より鶴刃の姿は薄くなりつつある。

 やがてこの世から完全に消えようという瞬間。

 

「……ああ、父上、昭三、今行きます……」

 

 父と、想い人の名を呼び、この世を去った。






めでたし、めでたし
















もうちょっとだけ続くんじゃ

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