東方桃玉魔 〜ピンクの悪魔が跳ねる時、幻想郷は恐怖に慄く〜   作:糖分99%

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再突入と桃色玉

 頬を痛いほど冷たい風が撫でてゆく。

 顔に吹き付ける風は強く、目もまともに開けていられない。

 しかしそれでも、魔理沙は跨る箒の飛行速度を緩めたりはしない。

 後ろにアリスを乗せ、両端にドラグーンに乗ったカービィと、ルーミアの体を借りた鶴刃を抱えるフランが飛び、その五人の前を空の体を借りたドローンが飛ぶ。

 

 これは再度のアタック。雲の怪物と化したレミリアと、アンテナの塊と化した優曇華と、狂った河童の群れを突破する為の布陣。

 

「そろそろ来るか!?」

 

 耳元で轟々と唸りを上げる風音を聞きながら、魔理沙は声を張り上げドローンに確認を取る。

 ドローンはこちらを一瞥し、ただ一つ頷いた。

 

 ついに来る。

 彼らが。狂った彼らが。

 

 フランは抱えていた鶴刃をカービィの乗るドラグーンに乗せ、鶴刃はカービィに覆い被さるようにしてドラグーンにしがみつく。

 そして、両の手が空いたフランはその掌を前方に向け、伸ばした。

 

 刹那、紅い紅い雲が舞い降りる。

 雲の中から目玉が覗き、雲の中から異形と化したレミリアの半身が伸びて来る。

 当然のように河童たちを引き連れて。

 

「河童の数は何体だ!?」

『二体。変わっていません』

「なるほどね。流石に短時間で人員を割くことはできなかったようね」

「それで優曇華は?」

『相対距離600前方にいます」

「やっぱり控えているのか」

「予想通りね。打ち合わせ通りやるわよ!」

「おう!」

「ぽよっ!」

 

 アリスの号令の下、全員がバラバラに散る。

 フランはレミリアへ、ドローンは河童の一人へ、魔理沙とアリスはまた別の河童の元へ、カービィと鶴刃は戦場を大きく迂回し飛び去る。

 

 本来は電波を振り撒く優曇華を先に撃破したいところ。

 だが、先に優曇華を狙えば間違いなくレミリアと河童は優曇華を守らんと行動に移すだろう。

 そして河童達の水を操る攻撃はフランにとって致命的である。

 だからこそ取り巻きを先に片付ける必要があった。

 よって、光学迷彩で透明化した河童達を見破る力を持つドローンと様々な魔法で透明化を破れる魔理沙とアリスが河童を、フランがレミリアを相手取ることになった。

 その隙に予めドローンによって伝えられた『Sanity 0 system』がある場所までカービィが鶴刃を連れてゆく。

 

 ここまでは完璧だ。

 そう、ここまでは。

 

 フランは虚ろな目でこちらを見つめる自らの姉を前に立ちはだかる。

 異常に伸びた腕と爪が、フランの心臓を抉り出さんという血塗れた期待によって蛭の如くのたうつ。

 レミリアの半身をぶら下げる雲の怪物の目玉はガラスのようで、生気を一切感じさせない。

 

 そして、不意に雷撃を放った。

 同時に、フランは翼をはためかせる。

 雷撃を避ける為に飛び退いた……訳ではない。

 逆だ。その雷撃の網の中へ進んで飛び込んだのだ。

 電気が身体を打ち据え、肉を燻らせ、神経を焼き切る感覚は吸血鬼と雖も筆舌に尽くしがたい。

 しかしなお、フランは前に飛ぶ。

 止まらぬフランを前に更に電圧を上げるが、若干体を硬ばらせるだけでなお止まらない。

 異常に伸びた腕の射程範囲に入り、神速の如き速度を持った手刀で頭の右半分が抉れ飛び散ってもなお、止まらない。

 脳漿を撒き散らしながら、その傷を吸血鬼の再生能力で癒しながら、フランはレミリアの半身に抱きついた。

 

 固く、硬く、堅く。

 お互いの体の骨がミシリと軋むほどの強さで。

 雷撃で体が痙攣する中、フランの血が流れる口から発せられた声なき声はこのようなものであった。

 

 

 ───お姉様の嘘つき。一人にしないって言ったじゃない────

 

 

 紅い雲の怪物はへばりつくフランを振り落とそうと滅茶苦茶に飛び回る。

 しかしそんな中、レミリアの半身はその雲の怪物と繋がっているにもかかわらず……何もせず、ただ硬直していた。

 

 フランは手を伸ばす。その先にあるのは雲の怪物のガラスのような目。

 そしてその掌が握り締められた時。

 

 金属の破片は飛び散り、体を構成していた紅の雲は霧散してゆく。

 そして残ったのは……雷撃で身を裂き、自らの血で自らを染めたフランと、力を消耗し、弱って眠る小さな吸血蝙蝠と化したレミリアのみ。

 その小さな吸血蝙蝠(お姉様)をフランは優しく、しかししっかりと抱きしめた。

 

 その様子を魔理沙とアリスはしかと見届けた。

 河童はすでに撃墜され、取り付けられていた洗脳機械も砕け散っている。

 見ればドローンも既に河童を撃破していた。

 

 残すは、電波をばら撒く優曇華。

 優曇華を撃墜しても電波の大元を叩かなければ人間達の洗脳は解けないだろうが、それでも電波塔を叩けば洗脳された人間の動きも鈍るだろう。

 

 取り巻きを一掃し、残った優曇華を探すべく箒の向きを変える。

 しかし、いともあっさりと優曇華の姿は見つかった。

 だが、それはあまり喜ばしいことではなかった。

 

「魔理沙! あの光は!?」

「まさかさっき私たちを吹き飛ばした“アレ”か!?」

『caution! caution! 擬似Fatal error、来ます!』

 

 光が集う。

 全てを吹き飛ばす破壊の光が。

 遅かった。遅かったのだ。

 急いだはずだったが、それでもまだ遅かったのだ。

 

 全てを吹き飛ばす光が、迸る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 よりも早く、神速の矢が光をかき消した。

 パリン、と砕け散る音とともに。

 その衝撃は凄まじく、優曇華は人外の如き悲鳴とともに空中でよろめいた。

 そして直後に、優曇華を爆炎が包み込む。

 鳥のようなシルエットの炎は、優曇華を優しく包み込むようにその翼を閉じた。

 

「これは……この炎は……」

「見覚えがあるな」

 

 そうだ。あの明けぬ夜の異変の時。

 あの時見た、白髪の蓬莱人が操る炎。

 

 地上に目を向ければ、そこには確かにいた。

 弓を番える八意永琳。その側に立つ蓬莱山輝夜。無数の兎に指示を出す因幡てゐ。炎纏う腕を空に衝き上げる藤原妹紅。血の気を失い、妹紅に支えられながらも自らの脚でなんとか立つ上白沢慧音。

 あの夜、あの異変であった者達がそこにいた。

 

 そして、黒煙を上げ墜落する優曇華を、輝夜が優しく受け止めた。

 

 

●○●○●

 

 

「柳葉権右ヱ門。貴方の目的を聞きましょう」

 

 紫は佇む権右ヱ門に問いかける。

 それに対し、権右ヱ門は眉ひとつ動かすことなく答えた。

 

「妖怪に答える義理はない」

 

 真剣の如く、紫の質問をバッサリと切り捨てた。

 

「なら、人間巫女の私の話なら聞くのかしら?」

 

 それならばと霊夢が前に出る。

 

「知れた事。妖怪とつるむ妖怪巫女に語ることなぞ何もない」

「あ? 何ですって?」

「霊夢さん、落ち着いて」

「本当、幻想郷の巫女は血の気が多いのね。レミィみたいだわ」

 

 青筋を浮き上がらせる霊夢を何とか止める妖夢。

 

 どうやら、権右ヱ門から真意を聞き出すのは難しいらしい。

 となると、もう話は簡単である。

 

「そう。じゃあ大人しく倒れて頂戴」

「それがいいわ。こっちは夜中に叩き起こされてなるんだから」

「私も紫に真夜中に呼び出されて、嫌になっちゃうわー」

「……あれ、私、霊夢さんを止める必要有りました?」

「諦めなさい、半人半霊。ここ(幻想郷)には兼ねてよりこんな奴しかいないわ」

「まったく、嘆かわしいことです」

「咲夜もその中に入っているのよ?」

 

 心底心外だ、と抗議の目を向ける咲夜を無視し、パチュリーは権右ヱ門という男に目を向ける。

 権右ヱ門から漂う魔力はほぼないと言っていい。妖力があるわけでもなし、霊力があるわけでもなし。神力に満ちているわけでもなし。正真正銘普通の人間である。

 このメンバーなら一瞬で肩をつけられるだろう。

 

 だが……何故だろうか。

 

 この感覚は“何”なのだろう。

 足元を這い寄り、背筋を凍てつくすような気配は。

 

 権右ヱ門はゆっくりと腰を落とす。

 

「さて、私は客人への作法なぞ知らないのでね。代わりと言っては何だが、白刃でも受け取ってもらおう」

「いえいえ、結構ですわ。それに受け取る暇もありませんの」

「ああそうだ。今のままではな」

 

 そして権右ヱ門は懐からあるものを取り出した。

 それは脈動する黒い塊。

 コールタールのような質感を持った、掌に乗るほど小さなもの。

 そして、一つの大きなギョロ目がこちらを覗いていた。

 

 まずい。

 あれは、あれは本当にまずい。

 

 パチュリーは半ば本能的にその物質の危険度を察知した。

 腕を伸ばし、魔法を行使し、それを破壊しようとする。

 

 シャドーカービィもそれが何なのか察しがついた。

 慌てた様子で権右ヱ門へと飛びかかる。

 

 しかし、それは遅すぎた。

 権右ヱ門はそれを力強く握りつぶした。

 そして掌からコールタールか重油のような粘度の高い漆黒の物質が流れ落ちる。

 しかしその物質は重力を逆らい、権右ヱ門の体を這いうねる。

 

 そして、爆ぜた。

 

 黒い爆風が、権右ヱ門を中心に巻き起こった。

 

「うぐっ!?」

「こ、これは?」

 

 咄嗟に霊夢が結界を張るが、しかしその結界が揺らいでいる。

 辛うじて耐えたが、それでもなお安心できない。

 さきの権右ヱ門の行動は決して自爆などではない。もっと、もっと別のもの。

 

 やがて黒い炎の先から権右ヱ門が姿をあらわす。

 その姿は、異様であった。

 

 絶えず体から噴出する黒き瘴気。その愛刀にまとわりつく黒き炎。

 そして、腹部に開いた巨大な目玉。

 

 ゆっくりと、権右ヱ門は抜刀する。

 

「では人間の底力、見てもらおう」


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