東方桃玉魔 〜ピンクの悪魔が跳ねる時、幻想郷は恐怖に慄く〜 作:糖分99%
やったぞ……私は賭けに勝ったぞ……!
紅い雲の怪物より這い出てきたレミリアに似たそれは、その異様に伸びた鉤爪を広げ、魔理沙たちを威嚇する。
その手には妖しい光が灯っていた。
「紅魔館の吸血鬼!? ……ってことは、紅魔館も陥落した、っていう認識でいいのかしら?」
「アリス、推理ごっこをやっている隙はないぞ」
「そのようね」
「ぽよ! ぽよ!」
雲の怪物と化したレミリアはその棘から再び雷撃を放つ。
そして、その状態で再びタックルをかます。
先ほどとあまり変わらない、単調な攻撃。
しかし、今度の攻撃は一味違う。
タックルを交わした三人を襲うのは、回避行動により体勢が崩れたところを狙った鉤爪の一撃。
「くっ!」
「ちぃ!」
とっさに張った障壁により当たることこそなかったものの、間一髪であった。
しかもそれはレミリア、つまりは吸血鬼という大妖怪の一撃。たった一度の斬撃で張った障壁はもう役に立たないほどボロボロに砕けていた。
しかも、更にそこへ追い討ちをかけるように、透明化した河童たちの狙撃が入る。
それぞれの弾は避けられないわけではない。だがタイミングがタイミングだ。タックル、鉤爪、更に狙撃。三連続で躱し辛い攻撃がコンボとなって飛んでくる。
「くそ、掠った!」
「まだよ! まだ来るわ!」
「ぽよぉ!」
だが、まだ、躱せている。
まだ、未だ、当たってはいない。
だが……それと同時に、動けずにいた。
その結果を精緻な電子回路と冷たい頭脳は狙っていたのだろう。
『caution! caution! 『擬似Fatal error』発動の兆しあり!』
霊烏路空の体を借りたドローンによる警告は既に遅かった。
前触れなくレミリアの体を奪った怪物は空へ、空へと急上昇して行く。
そしてその後ろには、十分に“タメ”終えたアンテナの塊、優曇華が控えていた。
その刹那。
カービィは、魔理沙は、アリスは、意識を手放した。
●○●○●
「派手にやってるな」
「そうだねー」
幻想郷の端っこで、こころとこいしは並んで眺める。
終わりに進み行く幻想郷を。
「あの鉄の塊。微かだが感情があるんだな」
「へぇ、そうなの?」
感情を操る霊面気は機械達からの感情を鋭敏に読み取っていた。
「それで、どんな感情?」
「後悔だ。それも“二重の”」
「へぇー」
それを興味なさげに聞き流すこいし。しかしそういう奴だとこころは知っているので、その態度に別段何か言うことはない。
頭につけた能面は泣き咽ぶ老婆のものに変わってはいたが。
そこでふと、こいしは思い出したようにこころに問いかけた。
「じゃあ、これは感じ取れる?」
「何をだ?」
これは感じ取れていないな、と理解したのか、こいしは若干得意げな表情を浮かべ、ただ一言で答えた。
「虚無」
●○●○●
どこからか響く爆音が、途切れたカービィの意識を覚醒させた。恐らく、妖怪と狂気に陥った人間の紛争の証であろう。
目を覚ましたカービィはすぐさま立ち上がり、辺りを見回す。
立っているのは霧の湖近く。彼方には何処かくすんで見える紅魔館。そして、周囲には気絶した魔理沙、アリス、ドローンをつけた空が倒れていた。
恐らく、優曇華からの攻撃により吹き飛ばされていたのだろう。体の軽いカービィは落下の衝撃も小さかったため、復帰が早かったのだろう。
立ち上がったカービィが三人を起こそうとした、その時。
「あ、気がついたんだね!」
聞き覚えのある声がした。
幼い、純真無垢な少女の声。
振り返ればそこには、宝石のようなものを吊り下げた翼を持つ幼い吸血鬼……フランドールがそこにいた。
その後ろには見覚えのない、金髪に赤いリボンを止めた少女がオドオドとした様子で立っていた。
「久し振り、カービィ!」
「ぷぃ!」
「本当はもうちょっとはしゃぎたいんだけど……そういうわけにはいかないよね。お姉様も捕まったみたいだし。そうなんでしょ?」
「う、うん。確かに見たよ」
「ぽよ! ぽぉよ!」
「……もしかして、カービィも見たの!?」
「うぃ!」
「ってことは魔理沙達も見たのね?」
「うぃ!」
「わかったわ。まーりーさー! 早く起きて!」
ゆっさゆっさと魔理沙の体を揺すり、強引に起こす。
やがて意識を取り戻した魔理沙は、目の前に現れた
「うぉっ!? ふ、フラン? なんでこんなところに……」
「そんなことどうでもいいわ。お姉様、見たんでしょ?」
「あ、ああ、そうだ」
目覚めてすぐの質問攻めにあいながらも、魔理沙は意識を失うまでに見たものをフランに説明する。
怪物と化した自らの姉の話を聞き、徐々にフランの顔は曇ってゆく。
「……他のみんなはどこに行ったのかしら」
「さぁな。見てないぜ。もしかしたら……」
魔理沙は己の嫌な予感を呑み込み、フランの後ろに目をやる。
「ところでそこにいるのはルーミアだよな? フラン、これはどういうことだ?」
名前を呼ばれた赤いリボンの金髪少女はピクリと肩を震わせる。あのルーミアらしからぬ反応を訝しんだところで、ああ、とフランが声をあげた。
「この子はルーミアだけど、ルーミアじゃないの?」
「……は?」
「ぽよ?」
「ほら、自己紹介」
背中を押された赤いリボンの少女は、遠慮がちにお辞儀し、名乗った。
「私は……私は、柳葉
●○●○●
アリスも意識を取り戻し、そしてルーミア……いや、鶴刃の出自を聞いた時、目を見開いて呆けた表情のまま固まっていた。魔理沙と同じ反応である。
「つまり……妖怪の体に人間の魂が宿ってる、ってこと?」
「はい。正しくは怨霊……なのでしょうけど。私はルーミアさんに食べられ、怨霊になって、仲良くなって……そして今、体を借りてるんです」
「訳がわからない。ルーミアに食べられて、そのルーミアと仲良くなる? 怨霊になって、体を借りる? ……どういうことなのよ」
「ルーミアさんに食べられたのは、私の意思ですから」
「……自殺、だな?」
「…………はい」
鶴刃は俯きがちに弱々しく肯定する。
「なるほどね。怨霊に取り憑かれた妖怪は精神を失って消滅するんだけど……」
「私の中にルーミアさんの意識はしっかり残ってます」
「……つまりは共存、か。そんな前例ないんだけど……怨霊が取り付いた体の主人と仲良くなることなんて普通ないから仕方ないか」
「で、少々聞きづらいが……一応、自殺した理由を聞こうか?」
「本当に聞きづらいことを率直に聞くわね、魔理沙……」
率直な質問に、鶴刃は黙り、やがて意を決したように口を開いた。
「……私には、好きな人がいたのです。幼馴染で、互いにいつか同じ屋根の下で暮らそう。そう思っていました」
そして少し沈黙。再び口を開いた時、その声は僅かであったが掠れていた。
「ですが父はそれを認めませんでした。『俺に剣で勝ったら認めてやる』と彼を文字通り蹴飛ばし……彼はその後も努力はしましたが、素人が父に勝てるはずもありません。何度も駆け落ちしようとしましたが、父に阻まれ、そして彼は……自らの不甲斐なさを悔やみ、妖怪の山へ消えました」
「……自殺行為だ。いや、事実自殺だったのか」
「はい。それを知った私も彼を追って山に入り、ルーミアさんに会って、食べられたのです。……ですがその後が問題でした。……父は何かよくわからないものの力を使って、暴走を始めました」
よくわからない力。それがドローンの言っていた『Sanity 0 system』であることを魔理沙とアリスは確信した。
「なぜ、父が暴走したのか……今ならわかります。だからこそ、私は父を止めなくてはならないのです」
『そうです。止めねばなりません』
「うぉっ!? いつの間に!」
鶴刃の言葉を肯定したのは、空の体を借りるドローンであった。
『過ちは正さねばなりません。何としてでも』
その語気は強く、今までの機械然とした口調のままでありながら、何処か強固な意志を感じさせるものであった。
なにがドローンの琴線に触れたのか探ろうにも、体を借りられている空の顔に変化はない。
そして思考を放棄したのであろう魔理沙が力強い声で事実確認をする。
「ともかく、柳葉権右ヱ門を正気にすればいい、という事は変わらないという事はわかった」
「ぽよ!」
「相変わらず力任せね……でもレミリアと優曇華と河童はどうするの? あれを突破しないことには……」
「私に任せてよ」
「フランが? 相手には吸血鬼の動きを封じる流水を操る河童がいるのよ?」
「大丈夫。お姉様とは私が決着つけなくちゃ」
「本当に大丈夫なのか?」
「問題ないわよ」
「……負けた場合、貴方が洗脳されて私たちの敵に回るのは困るんだけど」
「大丈夫。負けても捕まるようなヘマはしない」
そう言うフランの顔はいつもの満面の笑み。
しかし、血のような紅の瞳は確かに滾り、燃えていた。
その意志は何人たりとも覆せない。そう物語っている。
「……わかったわ。それじゃあ再突撃の準備をしましょう」
『時間はありません。なるべく早くお願いします』
カービィは空を見上げた。
紅い霧が、明けぬ夜の幻想郷を包んでいた。
●○●○●
「全く。いつ出張るのかと思ったらようやく来たのね」
「……」
「流石に今回ばかりは直接出ないとまずいでしょう?」
勘が告げるままに進んで来た霊夢達の前に、三人の人影が立っていた。
一人は八雲紫。
もう一人は西行寺幽々子。
そしてもう一人が魂魄妖夢。
大方、紫が友人たる幽々子を誘い、それに妖夢が付いて来たのだろう。
「で? 当然相手の本拠地はわかってるんでしょうね?」
「もちろんよ」
「なら良いわ。案内して頂戴」
「相変わらずね、この巫女は……」
「パチュリー様、聞こえてしまいます」
「聞こえてるわよ。……で、そこの亡霊と半人前はお手伝いさんかしら?」
「は、半人……失敬な!」
「妖夢、熱くならないの。だから半人前なんて言われちゃうのよ」
「そ、そんな幽々子様……」
妖夢と幽々子のいつもの漫才のような遣り取りを視界に収めつつ、紫は苦笑しながら肯定する。
「ま、そんなところね。人数は多いほうがいいわ。この先会うモノと相手取るには……」
そして紫はスキマを開く。
スキマはシャドーカービィ、霊夢、あうん、咲夜、パチュリー、幽々子、妖夢、そして紫自身を呑み込み、全く別の場所へとたどり着く。
そこは人里離れた道場。
いつもなら訓練生たちの裂帛した怒号が飛び交っているのだろうが、今は気味の悪いほど静かである。
そして、うっすらとその道場を透明な赤い半球が覆っていた。
その内側に髪に白いものが混じった長身の男が腰に刀を下げ、立っていた。
ただ立っているだけだというのに、その男から発せられる圧は尋常のものではなかった。
それは強者の放つ圧。
人間でありながら人間を超えた強さを持つ霊夢も兼ね備えたもの。
剣士である妖夢は、同じ剣士であるがゆえにそれを強く感じていることだろう。
その男に向け、紫はただ一声かけた。
「貴方が首謀者……柳葉権右ヱ門ね?」
「いかにも」
男は……権右ヱ門はただ一言答えた。
●○●○●
その部屋は異様であった。
精緻な曲線、どの国の文化とも結びつかない家具、発達し過ぎた技術。
そして、窓の外に広がる漆黒の宇宙空間。
「宇宙人の家とはこういうものなのだろう」。それを見事に体現した部屋。
その部屋の主人は二人と対面していた。
「ようこそ、メタナイト。いつぶりかしら?」
「さて、あの時からしばらく時が経ったからな」
「ふふ、そうね。……ではお隣の貴女のお名前をお聞きしても?」
「申し遅れました。私は命蓮寺の和尚をしております、聖白蓮というものです」
「白蓮……変わったお名前ね」
部屋の主人はコロコロと笑う。
しかしメタナイトはそれに取り合わず、一方的に話を進める。
「さて、我々がここに来たのは他でもない。貴女の……というより、貴女達の技術を借りに来た」
「あら、技術が生命線のカンパニーに技術を借りに来るなんて、なかなか面白いことを言うじゃない? しかもあんなデカブツで乗り込んで来て」
「当然、対価……いや、君の興味を確実に引くであろうものはある」
「何? 言ってみて頂戴」
メタナイトは一つの分解された小刀を差し出した。
柄に機械部品が詰め込まれた小刀を。
「『星の夢』が、別世界で蘇った」
「……本当?」
「ああ。本当だとも。……再び彼の者を破壊する為、協力してほしい。スージー……いや、スザンナ・ファミリア・ハルトマン」
●○●○●
「丁礼田舞、爾子田里乃、一つ命じる」
扉の向こう側。秘められた神の住居。そこで摩多羅隠岐奈は恭しく己に傅く二童子に命じた。
「“虚無”を探せ。怨念に染った虚無を、迅速に、何に代えても、だ」