東方桃玉魔 〜ピンクの悪魔が跳ねる時、幻想郷は恐怖に慄く〜 作:糖分99%
更新遅れてすみません。多分これからも更新は遅れてしまうと思います。
何はともあれ頑張るZOY!
「我が祖先、ワラキア公ヴラド三世は改宗した結果、人心を失ったそうね」
「史実ではそう伝えられているわね」
血の如く煌々と照る瞳が、月の逆光の中、自分の領地を見下ろしていた。
「なら、今私は先祖の背中を追いかけている真っ最中なのかしら?」
「やめて頂戴、レミィ。例え幾万もの人間を串刺しにしようとも、それだけは追ってほしくないわね」
「ならこれはどういうことかしら。改宗した覚えなんかないんだけど?」
紅い瞳が見下ろす先には、紅魔館の門に殺到する人間達。
狂気を撒き散らし、痴呆のように門を叩いている。
それは王家の退廃を演出している巨大なフレスコ画のようだった。
「ここが岐路ね」
「私達のかしら?」
「ええ。私達と、幻想郷と……あと、取るに足らない、一つの愚かな家族の運命の岐路よ」
○●○●○
「ハアアァァッ、ッツァアア!!」
独特の呼吸音、放たれる拳、膨大な圧を伴う“気”、何重もの破砕音。
同時に吹き飛ぶいくつもの人影。
いくつも迸る光線。しかしそれは、不自然な角度で捻じ曲がられ、あらぬ方向へと飛んで行く。
この怪奇現象を作り出しているのはたった一人の門番。
紅魔館の門番、紅美鈴。
その周囲にいるのは無数の人間。その目はもはや正気を保ってはいない。
そう、妖怪の山を攻め人里でなんらかの儀式を執り行った、狂気に堕ちた人間であった。
やはり他の場所で見られたものの多分に漏れず、金属の筒を使い、レーザーを飛ばし続けている。
だが四方を狂化した人間に囲まれ、集中砲火を浴びる中、美鈴はその数の暴力に飲まれる事はなかった。
両の足で立ち、気を纏った手で光速で飛ぶレーザーの軌道を変え、同時に人間達の両足を砕く。そうしなければ、例え気絶しても、死んだとしても、何か外力が働き、ゾンビの如く襲いかかってくる。
だから、立ち上がれぬよう足を砕く。
姿形こそ単なる女性にしか見えない美鈴ではあるが、なるほど確かに彼女は妖怪であった。
しかし、そんな彼女と雖も無傷ではなかった。
光線は四方八方から光の速さで飛んでくる。光線が数本ならば引き金を引く際の殺気を察知して躱し、反撃できるだろうが、何十、何百もあれば、躱すのでいっぱいいっぱい。現に今彼女身体中には無数の傷がついていた。
しかしそれでも、美鈴は引かない。
彼女は門番であった。
紅魔館の門番であった。
守るものが危機に晒されている中、引くわけにはいかない。
それに。
今後ろで、今もなお、戦っている同僚がいるのだ。
「ぐ……ぐぅうっ!!」
「咲夜さん、気を確かに! ……ッチェリャア!!」
門のすぐそばで頭を抱えて蹲る十六夜咲夜がそこにいた。
美鈴に加勢しようとした途端、なんらかの力により、突然耐え難い頭痛を訴えたのだ。
妖怪として悠久の時を生きてきた美鈴は悟った。
これが、人間を狂わせている力なのだと。
そして今、咲夜はそれに己が精神力で抗っているのだと。
妖精メイドが救出に向かったが、最早この門前は死地。10メートルと近づくことすら叶わない。
妖精メイドでは戦力にならないこともまた、美鈴は分かっていた。
だから、美鈴は一人で戦う。
主人と同僚を守るために。
「チェストォォオオ!!」
メキメキと音を立て、骨の中でも特に太い大腿骨の骨が、美鈴の蹴撃によりいっぺんに何本も折れる。
気を纏った拳は、己が身を傷つけながらも、全て急所から外す。
妖怪の体は頑丈だ。急所にさえ当たらなければ、いくら体が穴だらけになろうと死にはしない。痛みを抑える秘術を持ってすれば、動きに支障がでることすらない。
しかし吹き飛ばせど吹き飛ばせど、絶えず現れる狂った人間。
その数は無限のようで、気の遠くなるような思いがした。
だが、ここで根負けするわけにはいかなかった。
狂った無数の人間と、妖怪紅美鈴の根比べ。
……しかし、その結果は無情であった。
ピタリ、と人間達は動きを止めた。
突然の停止に、警戒し、美鈴もその動きを止める。
しかし、これは咲夜を抱えて逃げる千載一遇のチャンスではないか。
そう思い、門前で倒れる咲夜の方を見やり……
……そこに、咲夜は居なかった。
居るはずの咲夜は、もうそこには居ない。
そこに居るのは、ぎこちなく歩く、咲夜の体を借りるナニカ。
……いや、まだその体の奥底に咲夜の意思はある。
まだ体は完全には支配されてはいない。そのぎこちなさは、咲夜の抵抗の表れ。
「待って!」
美鈴は手を伸ばす。
咲夜の歩む先は、狂う人間達。
行かせてはならない。
行かせてはもう帰ってこない。
そう感じて伸ばした手は……虚しく空を切る。
目の前に咲夜は居ない。
咲夜を蝕むナニカが、咲夜の能力を使って、瞬時に消えてしまった。
「……」
美鈴は静かに拳を構える。
その動きは、静かで、静かで、鋭利で、無風の湖面の如く穏やかなもの。
しかしその瞳に映るのは、噴煙撒き散らす火山よりも苛烈なもの。
烈火の如き怒りと氷の如き冷静さ。
美鈴はその二つをその身に同時に宿したのだ。
やがて、狂った人間の塊は、左右二つに分かれる。
十戒にて、モーゼが紅海を二つに割ったように。
しかし、今人の波を割ったその先にあるのは聖地イスラエルではない。
人格を冒涜した、塊。
足に金属片を鎧のようにつけられて、胴に外骨格をつけられて、腕に地に付かんばかりの巨大な鉤爪をつけられて。
咲夜は、最早この世から消えていた。
居るのは、狂った人間であった。
「オ……オ………」
「……来なさい。私が相手をします」
「…ジ………ヲ…ヨ………………リ……ジジジジジジジ!!」
狂った人間は、足の外骨格による驚異的な膂力で、その金属の鉤爪をものともしない動きで、飛び上がる。
それを、美鈴はいつもの構えで受け止めた。