東方桃玉魔 〜ピンクの悪魔が跳ねる時、幻想郷は恐怖に慄く〜 作:糖分99%
弱☆体☆化
弱☆体☆化
妖怪の山の沢にて、未だ人間による包囲は続いている。
何人かの仲間は死に、何人かの仲間は連れ去られた。
河童はその技術力で対抗するが、もはやジリ貧。ただ終わりを待つだけとなった。
脱出の糸口は見えず、生還の光明は見えず、応戦する河童達の瞳からは徐々に光が失われて行く。
ああ、なぜだ、人間よ。
我々は盟友ではなかったのか。
太古の昔より、盟友ではなかったのか。
訳の分からぬ力にそれすら忘れたか。
しかしにとりの叫びは届かない。
尻子玉を抜く河童が果たして人間と盟友なのか、とか、盟友と書いてカモと呼んでいるのではないのか、とか、様々な突っ込みはあるだろうが、それでも、ここまで酷い仕打ちを受ける理由はないはずだ。
少なくとも、人間をとって食う妖怪よりは。
人間は包囲網を縮める。
河童達は追い詰められ、逃げ場を失う。
終局は近かった。
だが、未だ神は河童達を見捨てては居なかった。
突如、光が河童達を覆う。
その光は見事に人間達の持つ筒から放たれるものから河童達を守り抜いた。
その光の壁の出現と同時に、高慢な声が頭上から聞こえる。
「何をやっている、河童共!」
「あんたは、山の!」
頭上から舞い降りたのは、八坂神奈子。
その側には河童達を守る光の壁で包まれた東風谷早苗も飛んでいた。その光の壁の効力のおかげだろう。早苗に狂化の兆候は見られない。
「
「諏訪子様、お願いします!」
「ほい来た!」
どこかに潜み、準備して居たのだろう。
どこからか陽気な洩矢諏訪子の声が聞こえ、同時に河童達が立って居た沢の底が持ち上がる。
円盤状に切り取られた沢の底は空を飛び、洩矢神社へと飛んで行った。
「ひとまず救出成功ですね、神奈子様」
「ああ。……だがこれはなんなんだ? 人間が纏めて狂化するなど……私の結界で防げることがわかったが、この現象を引き起こすのは妖力でも霊力でもない。……一体なんなんだ?」
「ちょーっとこりゃ厄介だねぇ。ま、おいおい考えますか。今は避難が最優先〜」
「……だな。取り敢えず避難した妖怪達は守矢神社に立て篭もらせておいて、私達も動くとするか」
●○●○●
ほうほうと鳴く梟の声。
その声が非常に近くで聞こえたカービィは驚き、飛び起きる。
いきなり動いた桃色玉に驚いたのだろう。カービィを起こした梟は慌てて飛んで行く。
いつのまにか気絶して居たようだ。
体についた土埃を払い、辺りを見回す。
鬱蒼と茂る木々。この様子はカービィにも見覚えがある。魔法の森だ。
なぜ自分は魔法の森にいるのか。
その答えを出しあぐねているうち、あるものが木の枝に引っかかっているのを見つけた。
それは魔理沙の帽子。
風になびく枝に合わせ、ゆらゆらと揺れている。
ああ、そうだ。
魔理沙と箒に乗って人里に向かって居たのだ。
だが、魔理沙は急に頭を抑えて呻き出し……墜落したのだ。
カービィは魔理沙の帽子を飛んで取り、葉っぱを払う。
そして、落ちた親友を見つけるべく、その帽子を持って森の中へと消えて行った。
●○●○●
「はぁ……人里で暴動なんて……紅茶切らしてたのに……」
アンティークな洋風の灯りを灯し、針仕事を行う一人の少女。
その部屋にある棚には無数の人形が並び、今その手で作っているのも人形の腕のようだった。
和風な建築物が多い幻想郷において珍しい、家具や装飾品、そしてエクステリアまで洋風な洋館とも言える家にたった一人で住まうのは、人形使いの魔女、アリス・マーガトロイド。
一応、彼女のところにも紫の念話は伝わってはいる。
しかし、妖怪の山の妖怪のように実際にその目で事態を見たわけではない。
だからこそ、あまりこの状況を深刻には見て居なかった。
「……もうそろそろ12時かしら。もう寝ようかな」
アリスは針を動かす手を止め、作りかけの人形を置き、立ち上がる。
そして窓に近づき、雨戸を閉めようとして、あるものを見つける。
「何あれ……なんであんなものが庭に突き刺さっているわけ?」
アリスは訝しみながらランプを手に夜の庭に出て、突き刺さったそれを引き抜く。
それは、箒だった。
斜めに深々と突き刺さったそれは、誰かが悪戯にしていったようにしか見えない。
しかし、だれかが庭にやって来た気配もない。
と、ここでアリスはあることに気がついた。
「……これ、魔理沙がよく跨っている箒じゃない。なんでこんなところに突き刺さっているのよ」
箒に掘られたマークや、どこか癖のある柄など、魔理沙が使っているものと似ている気がする。
魔理沙がしれっとここに来たのだろうか。
しかし、なんだって箒を残して行ったのか。
「あー、そりゃ私のだ」
突如、森の影から声が投げかけられる。
その声はアリスもよく知っているもの。
「魔理沙ね。なんでこんなところに箒があるわけ?」
「悪いな、ちょっと墜落しちゃってな」
「ふーん、そうなの」
「それじゃ返してくれないか」
「ええ、いいわよ」
アリスは森の影の中をにらみ、魔理沙に一つ、問いかける。
「でもそのかわり教えてちょうだい。あなたの後ろにいる人影は、何?」
その問いかけが皮切りになったのか。森の奥からぞろぞろと何人もの人間が現れる。
しかしその目は焦点が合って居ない。
ただ狂ったように笑い、包丁や鍬、鉈を振りかざしている。
「これのことね、狂った人間というのは」
「狂ったとは酷いな、アリス」
「もしかして魔理沙、あなたも?」
「私は狂ってなんかないさ。人間として当然だろう?」
そして、森の影に隠れて居た魔理沙がその姿をあらわす。
その姿を見たアリスは、息を飲んだ。
帽子がないこと以外、いつもの魔理沙の格好だ。
だが……右腕を人間では到底持ち上げることもできないような、巨大な金属の塊が覆っており、複雑なパーツで組み上げられていた。
その右腕の先に取り付けられているのは、いつも持っているミニ八卦炉だろうか。
いつもの黒いベストの下にはやはり金属製のナニカを着込んでおり、背面から尻尾のように、蛇の如くくねり、金属質の装甲を持った、人食い蛇よりも太く長いものが伸び、その先には人一人握りつぶせるほど巨大な金属の手が付いていた。
「魔理沙、その姿は……」
「ハハハハ! やっぱり魔法は火力だぜ! いつもとは一味も二味も違うこの火力! 受けてみやがれ!」
魔理沙の右腕の金属塊が、取り付けられたミニ八卦炉が、妖しい光を灯す。
そりに合わせ、人間達もじりじりと近づいてくる。
戦闘は避けられない。
そう判断したアリスは、遠隔操作で大量の人形達を呼び出す。
「なるほど、これが紫から聞いた……荒事は嫌いなんだけど、こればっかりは仕方がないわね」
人形達による無数の槍衾が完成し、その様は一人要塞と行っても過言ではない。
「さぁ、来なさい魔理沙。そしてとっとと目を覚ましなさい」