東方桃玉魔 〜ピンクの悪魔が跳ねる時、幻想郷は恐怖に慄く〜 作:糖分99%
ネタバレしない程度に感想を述べると……
・小鈴ちゃん自機化マダー?
・たぬきかわいい
・マミゾウ、ZUNプロット作品で始めてBBA呼ばわりされる
……マミゾウカワイソス
まだ人の手が伸びていない、その場所で。
二人の少女はただ幻想郷を端から眺めていた。
「意識があるようで、意識がない。無意識だけど、意識があるみたい」
「まるでこいし、貴方みたいだな」
「そうかな? そうだね! 無意識仲間だね! 外を取り繕い、貼り付けた、虚無同士の仲間だね!」
「貴方は私達から希望の面を奪っているじゃないか。それのおかげで多少は生まれているだろう?」
「そうだけどね。でも私はもともと本当に何もない虚無だったから……今の人間さん達とちょうどいいかも! 」
「やったなこいし。友達が増えるよ」
「こころちゃん、 なんかそれダメな気がするよ」
終わりかけの幻想の端で、なおも二人は幻想を眺め続ける……
●○●○●
「おい医者! 具合はどうなんだ! 助かるんだろうな!?」
「今やってます。静かにしてください!」
普段、迷いの竹林という人が立ち入らない場所に立地しているが故に静かな永遠亭。
しかし今夜は急患、そして初とも言える賢者直々の念話もあり、非常に慌ただしたかった。
その急患とは、慧音。妹紅が突然押しかけ、永琳達を叩き起こしてきたのだ。
いくら夜分で睡眠を邪魔されたとはいえ、命の危機にある患者を放っておくことは医者としてのポリシーに関わる。
永琳は昼と同じ仕事着に着替え、仕事を始めた。
「優曇華、止血剤を用意して頂戴。あと強壮薬も」
「は、はい!」
「しかしこの傷……一瞬で高熱の物体で貫かれたようになってるわね……」
永琳は傷を一目見てすぐに異常性に気がついた。
まず、傷口の周辺に見られる火傷。瞬間的に熱せられたかのような火傷だ。
そして傷口は焼き溶かされたかのように変質しており、内部も焼けているだろう。
毛細血管なども焼き切られており、本来なら焼き溶かされて塞がり出血しないはずだが、その傷は体を貫通しており、太い血管が傷つけてられているため、塞がることなく出血もしている。
永琳にかかれば、この程度傷跡も残さず綺麗に治すこともたやすい。
だが、この傷の異常性には目を剥くものがあった。
もしや、ついさっきの紫による警告と何らかの関係があるのか。
紫によれば、人間全員が狂い妖怪を襲っているという。
幻想郷は妖怪の為の郷。人里は妖怪達の生命線。
だから、人里の人間全員が狂い襲いかかる中、妖怪達は反撃できないでいる。
そんな中、我々はどうするべきか?
我々が襲われた場合……今の信頼を落とすわけにはいかないから、反撃に出ずに逃げるだろう。
だが、もし幻想郷がこの一件で滅びるなら……もはやなりふり構っていられない。全力で反撃に出るだろう。
永琳、そして輝夜にとって、幻想郷は月からの隠れ蓑でしかない。
永琳と輝夜は幻想郷に依存する理由はなかった。
だから……今永琳は誰よりもドライに、そして冷静にものを考えることができた。
止血し、傷口を縫い、複数の薬を塗り込み終えてようやく応急手当てが完了する。
「どうなんだ、医者!」
「医者医者いうのはやめてください。ひとまずは大丈夫です。後は経過観察と言ったところでしょう」
「そうか……」
目に見えて安堵した様子の妹紅。
そんな彼女に永琳は質問する。
「一体どのような状況だったのです? この怪我、かなり異常だったのですが」
「……ついさっき寺子屋に行った時、寺子屋のすぐ近くに倒れていたんだよ」
「なるほど……」
おそらくは、狂った人間達にやられたのだろう。
命からがら逃げて寺子屋近くで力尽きた、もしくは攻撃を受けて放置された……
……放置された? なぜ?
人間達の目的が妖怪の殲滅ならば、なぜ慧音は放置された?
放っておけば死ぬからか? たしかに何も処置しなければ死んでいただろうが……
いや、わざとか?
意図的に人間達は慧音を殺さずに放置したのか? その理由は?
いや、理由などどうでもいい。
どんな理由にせよ、我々は───────敵が意図的に放置した者を連れ込んだのだ。
「優曇華! すぐに姫様を呼びなさい! てゐ! 避難の準備! 妹紅も手伝って!」
「お、お師匠様!? 一体どうされたんです!?」
「どういうことだよ! 説明してくれ!」
「人間達がじきに来るわ! 急いで!」
瞬間、弾かれたように優曇華とてゐは飛び出し、妹紅は慧音を抱える。
永琳は麻痺毒を鏃に塗り込んだ矢を弓に番え、気配を探る。
……いる。まだ遠い。だが、着実に、大勢が、こちらに向かっている。
と、ここで突然、後ろから声をかけられた。
「……永琳、どういうこと?」
「っ!? 姫様! 起きていたのね?」
探していた蓬莱山輝夜であった。治療中に音で起きてしまったのだろう。
非常に好都合だ。
「ちょうどよかったわ。今すぐに避難します!」
「……人間達が来ているのね?」
「そういう事です」
「私の能力を使えば時間稼ぎなんて容易いわ。でも……ここを離れるのは、寂しいわね」
「…………姫様、優曇華とすれ違いになりませんでしたか? 姫様を起こしに行ったのですが」
「え? 見てないわよ?」
「そうですか……臆病な子ですし、多分すぐに戻って来るでしょう」
永琳は矢を番えたまま、優曇華とてゐが戻って来るのを待った。
例え互いに視認できる程まで接近されても、輝夜の能力なら楽々逃げられるだろう。
だからこそ、余裕はあった。
「おーい! こっちは終わったよ!」
と、ここでてゐが妖怪兎を集め終え、荷物も持って避難の用意を済ませる。
「ご苦労様。優曇華を見なかった?」
「え? 見てないけど?」
「……探しに行って! 早く!」
弾かれたようにてゐと配下の妖怪兎達が散り散りに優曇華を探し始める。
だが……見つからない。見つからないのだ。
まるで、この場から消滅してしまったかのように。
「ああ……いたぞ……獣の妖よ……」
「おお……狩れ、狩れ、狩り尽くせ……」
「っ! 来たよ!」
そしてついに、タイムリミットが来た。
最早、どうしようもなかった。永琳は決断するしか道はなかった。
何よりも恐ろしい決断を。
「……逃げるわ。優曇華は……置いていきます」
全の為に個を捨てる。
全も個も救うのが絶対の正義なら、全の為に個を捨てるのは悪であろう。
だが、全も個も救う為に全も滅ぼすならば……個を捨てるしか、道はなかった。
同じ状況下ならば誰もが悩み、苦しみ、そして選ぶ、苦渋の、そして現実的で正しい決断。
永琳は、それを選んだだけなのだ。
輝夜の力でほぼ時の止まった世界を飛行し、逃げる慧音を抱える妹紅と永遠亭のメンバー。
だが、一人、欠けていた。
●○●○●
「姫様! 人間です! 人間が来ます!」
構わず襖を思い切りあけ放ち、輝夜を起こす優曇華。
しかし布団は空であり、外へ続く障子が開け放たれている。
そしてそこには────
「優曇華! こっちよ! 永琳が呼んでる!」
外で優曇華を手招きする輝夜。そして……少し離れたところで無言で佇む、永琳の姿。
だが優曇華は、波長を操る能力を持つが故に、気がついた。
その永琳は、
姫様が誘われている……!
あれが、人間の用意した罠なのか!?
姫様が、危ない。
「ダメです! 姫様!」
「優曇華……?」
優曇華は飛び出し、訝しげな声を上げる輝夜の手を掴み、幻の永琳から遠ざけるように強く引っ張った。
瞬間、輝夜の手が溶けた。
いや、手だけではない。腕も、足も、体も顔も、全てがドロドロと溶け出した。
そして魂無き紫色の粘体となったそれは、輝夜の手を掴んだはずの優曇華の腕を、しっかりと固定した。
「ひっ……」
溶けた粘体からは、無数の機械の腕が飛び出し、優曇華の体を固定する。
いくら力を入れても、振りほどけないほどの強い力で。
『Teleport-System───────All clear』
無機質で、感情のない声が、粘体の中からくぐもって聞こえた。
それが、優曇華が最後に聞いた音だった。