東方桃玉魔 〜ピンクの悪魔が跳ねる時、幻想郷は恐怖に慄く〜 作:糖分99%
モブに若干厳しい世界。
「早く! 急いで!」
「待った待った! このパーツを……」
「やってる場合か! すぐそこまで人間達が来ているんだぞ!?」
人間による襲撃を受けた河童の集落では、天狗の里と同じように上へ下へのてんやわんやの大騒ぎという状態であった。
沢から必要な物品を取り出しては運び、取り出しては運び、避難の準備を進めていく。
「くそ……なんで人間達は妖怪の山に攻めて来たんだ?」
「知るかよそんなこと! それより手を動かせ手を!」
「わかってるよ!」
天狗以上にまとまりのない彼らだが、有事の際だけは混乱しているとはいえ、素晴らしく手際は良かった。
河城にとりも同じだ。テキパキと荷物をまとめ、さらに水鉄砲や水ロケットも鞄に詰め込んで行く。
水鉄砲といっても、射出されるのは単なる水ではない。妖怪の体すら貫くウォータージェットである。
最悪、これで自衛するつもりだ。
「総員、準備はできたか!?」
『おう!』
「ならば規定の避難ルートに従い、無縁塚周縁基地への避難を開始する!」
臨時のリーダーによる号令により、河童達は隊列をなして沢を進む。
夜という暗闇と水中という河童にとってのホーム、人間にとってのアウェイな環境を進む、という避難ルートは、河童の妖怪としての能力をフルに生かした避難ルートと言えた。
しかしそれは……人間の停滞を期待したものでしかなかったのだ。
「ぎゃあああ!!」
「ぎぃいい!?」
あちこちで起きる絶叫。悲鳴。それに乗じて隊列に生まれる混乱。
もはや動く気配もない河童達が水面に浮かんで行く姿は、隊列にさらに強い恐怖を植え付ける。
「れ、レーザーだ! レーザーによる攻撃だ!」
一人の河童が、弾丸もなく同胞を撃ち抜いたものの正体を看破する。
正体さえわかれば、高い技術力を持った河童ならある程度対処のしようがある。臨時リーダーの河童が全体に指示を飛ばす。
「対光学反射鏡を使ごぶっ!!?」
臨時リーダーは首にレーザーを受け、倒れた。
だが、最期に指示は伝わった。河童達はすぐさま光学兵器に抵抗するための機械を作動させ、レーザー攻撃から身を守る。
効果は確かにあった。レーザー攻撃とは本来目に見えないもの。目に見えないものであるためにレーザー攻撃とは厄介なものだが、作動以来負傷者は出ていない。
これで人間は光学兵器で武装していることが確定した。ならば、いくらでも対処法は思いつく。
外側の対光学反射鏡を使用して仲間を守る河童を盾に、内側では着々と反撃の準備に取り掛かる。
天狗と人間ほどではないが、河童と人間には遥かな身体能力の差がある。さらにそこに高い技術力が加わるのだ。突破できないはずがない。
だが、ここで最悪の知らせが飛び込んで来た。
それは、幻想郷創始者たる賢者、八雲紫本人からの悲痛な念話であった。
『幻想郷全妖怪、神、および支配を受けていない者達に告ぐ。現在幻想郷の全ての人間が狂化しており、制御できない状況下にある。理解してはいると思うが、幻想郷、ひいては妖怪、神にとって人間は何に変えても守るべき存在である。故に───────人間への一切の攻撃を禁じる』
「……は? ま、待ってくれ!」
『現在人間達の狙いは妖怪であるとみられる。妖怪は避難に、神は妖怪の保護に努めよ。なんらかの形で救難信号を出せばこちらも応じる』
切羽詰まった紫の念話はここで途切れた。
当然、河童達は混乱……いや恐慌状態に陥った。
人間へ攻撃せずにここを抜けられるわけがない、という絶望が、河童達を支配した。
そして、すでに絶望の淵にいる河童達を容赦なくその深淵へと叩き落としたのは、河童と同じように水中を進む人間達の姿。
機械製品であるということ以外わからないマスクを被り、片手に収まる小さな金属の筒と異様な光を灯した鍬や鋤、包丁などを手にした姿。
河童達を迎えに来た“死”そのもののような姿。
「あっ、ひっ、ああああ!!?」
「た、助け、いやだぁ!!」
更に、上空から“何者か”が河童を次々攫って行く。
「狩りの時間だ」
「妖怪狩りの夜だ」
「狩りの夜は明けぬ」
「狩り尽くせ、狩り尽くせ」
そして、人間達の呻くような言葉のみが、沢の水音、河童達の悲鳴が響き渡る中、にとりには嫌に大きく聞こえたのだ。
「……ああ、
●○●○●
「なんなんだ、こりゃ……異様すぎる」
「ぽよ……」
魔理沙とカービィは箒に跨り、魔法の森上空を人里へ向けて飛ぶ。
自宅のある魔法の森から人里へと向かう道中、高空から俯瞰する人里は異様だった。
あまりに遠くてはっきりとはわからないが、無数の篝火が人里で煌々と明かりを灯し、不気味に照らしている。
見れば篝火は妖怪の山方面、竹林方面、霧の湖方面、そして魔法の森へと続いているようだった。
「おかしい。普通なら寝静まって……いやそれ以前に……何をしている? 何が起きている? ……シャドーカービィとかいうやつのせいなのか?」
「うぃ……」
不安げな視線を人里へ向けるカービィ。
やはり、知り合いが何かをしているのではないか、と不安になっているのだろう。
「……よし、飛ばすぞ」
「ぽよっ!」
魔理沙は更に速度を上げ、人里へと急ぐ。
なるほど、近づけば近づくほど、異様さがわかる。
鋤やらなんやらを掲げた人間がちらほらと徘徊しているのだ。
まるで、何かを探しているかのように。
しかし、ここからでは見えない。
もう少し近づく必要がある。
魔理沙は更に速度を上げる。
「…っ!?」
が、途端に頭痛に襲われた。
なんの前触れもなく、突然に。
偏頭痛とかいう、そんな生易しいものではない。
頭をかち割るような激しい痛みと、脳みそを引きずり出してすり潰すような気持ち悪さと、さらにペーストにした脳みそをめちゃくちゃに再構成するかのような不快感が同時に襲いかかって来たのだ。
「がっ……あぐ……ああっ!!」
「ぽよ!? うぃ!? うぅい!?」
最早言葉すらまともに紡げない。
そんな状態で箒の制御など、できるはずがない。
魔理沙とカービィは、空中で散り散りに、魔法の森へと墜落した。
●○●○●
妖しく照らされた人里を歩く者がいた。
灰色の長い艶やかな髪の毛、灰色の星の模様が入った着物を来た幼子。
その頭には黄色と橙色のピエロ帽を被り、その手には青い宝玉が先端に光る杖が握られていた。
そう、永遠亭から人化の薬を盗み出し、人里でスリを続けたシャドーカービィであった。
だが、もうスリを続ける必要はない。
いや、意味がない。
全ては想定通りに為された。
想定通りに為されてしまった。
人里で活動中に人間が狂化し、それに合わせて『ビーム』のコピーを取得し、現在潜伏中といった状態。
魔境と化した人里をそれでも歩くのは、肌を撫でる冷たい風が吹くから。
シャドーカービィの勘が騒ぐのだ。
“まだ”何かいる、と。
やがて、広場に出た。
カービィが、幽々子と大食い勝負を繰り広げたあの広場。
しかし今は、篝火が醸し出す異様な雰囲気に包まれている。
「あら、どなたかかしら? 魔理沙さんが連れていた子に似ているわね」
「……」
突如、暗がりから声がかかる。
声の主は、篝火の逆光の中にいた。
篝火は、その者が持つ本だけを照らしている。
「えーっと、可愛美衣……だったかしら?」
ゆっくりと歩を進め、それは篝火のもとに姿をあらわす。
それは、本居小鈴だった。
しかし、その目は最早、正気ではなかった。
「あらあら、あなた、人間じゃないわね?」
「……」
「そっかー、人間じゃなかったのか。それじゃあ……仕方ないね。この本の化け物の、最初の供物になってよ」
小鈴はスッと手を差し出す。
その手のひらには、黒い、なんらかの紋章が浮かんでいた。
なんの紋章かはわからない。だが、冷たい風の発生源はそれであると、断言できるような、そんな代物。
やがてそこから、コールタールのような、どす黒く、艶もない粘体が流れ出て来た。
そしてそれは、瞬く間に大人を何人も飲み込めるほどの大きさまで成長する。
粘体は意志を持って蠢き、コールタールのような体を常に沸騰させる。
体表に出た気泡はたちまち眼球となり、弾けた気泡は粘液を垂れ流す口となる。
微グロ注意
「■■■・■! ■■■・■!」
須臾の間も同じ形を保たぬそれは、嘲笑うかのような、形容しがたい、“ソレ”にとっての言葉を紡ぐ。
“ソレ”は召喚主である小鈴を守るように身を捩り、シャドーカービィを絶え間なく明滅する眼球で捉える。
「さぁ、叛逆の粘体よ、人間の時代を創り給え!」