二次創作 艦これ Mermaid   作:朝馬手紙

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第一話

両腕を切り落としたかった。艦船の作業は想像以上に油の匂いが身体に付く、というレベルではなかった。何を口にしようと、潮風に吹かれようとも自分の体から発する火薬と油の匂いだけは鼻に突き刺さってくる。自分の両手を鼻に近付けた時、クラッと意識が遠のく感覚がして、戦争中というのに青年は何もかも諦めて笑ってしまった。

「ぎゃあああああああ」

何処かで誰かの悲鳴が聞こえてきた。その後すぐに甲高い警報が鳴り響き総員持ち場についた。

青年がいた場所は甲板のすぐ下にある通路で、万が一火災など起きた場合は彼らが消火器を火元まで駆けつけて鎮火するよう命令が出される。…はずだったが「敵」の数が予想以上だったのと奴らの緻密な作戦により日本軍の全艦隊のほぼ全てをその一瞬にして海の底へと消えてしまった。

 

西暦2☓☓☓年8月20日 午後3時52分 日本海上殲滅軍 壊滅 

 

           死者 5848名  行方不明者 1名 

 

 

 

 

深夜、一人の青年がどこかの島まで泳いでたどり着いた。あの瞬間、爆風と下から燃え上がってきた炎に体が叩きつけられ、一人意識が薄れていく中、足を引きずりながら、なんとか外へ出ると更なる地獄が待っていた。「敵」が人間を殴り殺している様を、奇跡的に生き延びた今でも鮮明に思い出される。

「…ここは…どこだろう…?」

逃げる時に右肩を撃たれて動けそうになかった。もし無人島なら死体になるまで時間はかからない、気がしていた。仰向けになって夜の星座を観察してみる。自分がどこにいるのか、少しでも分かれば生き残る未来が見えてくるはず。

「大丈夫…デスカ…?」

綺麗な月明かりがぼんやりと映す姿は、「敵」だった。「深海棲艦」という別称があったなーなんて考えている場合ではない。ボロボロの体を叩き起こして彼女に拳銃を向ける。正直、膝が震えて止まらないことが相手にも伝わっているかもしれない。

「アノ…ゴメンね…」

脳裏に腕が引き千切られ甲板に頭を何度も打ちつけられてた仲間たちが…。気付けば人差し指はキュッと曲がっていた。ドスッと崩れ落ちていく彼女をはっきりと目に焼き付けながら、なぜか涙が止まらなくなって、その場に膝から力なく倒れるように「あぁ」という声を漏らした。

狙ったのは左目。次第に目が慣れてくれば「敵」の死体が確認できるだろうと、思っていた。ぼんやりと浮かぶシルエットが少しだけハッキリとした形に変わっていく。と、同時に両腕の無い彼女の姿が目に映りこんだ。

「死にかけだったのか」

俺と同じだ、とかすれた声で嗤う。本当は拳銃には実弾なんて込められていなかった。新入りの若者に易々と資材の乏しい日本がホイホイ支給するわけがない。だから代わりに込めたのはゴム玉。実弾には劣るが眼球に当てれば失明くらいできるだろうと、万が一長期戦になれば敵の視界を奪うことで有利になれると判断したのだ。

 

なんで戦争してるんだっけ?先生が言っていた「敵だから」という理由にもならない答えだろうか。それとも知人が言っていた「アイツ等が殺しにくるから」だろうか。本当は深海棲艦は地球のどこにも住んでいるらしいし、日本の近海だけ野蛮な奴が集まっているのだろうか?どっちから殴ったのか?先に手を出したのは「敵」?それとも…

 

日差しが全身を照らしている。喉の渇きとか耐えられない空腹が体感できるから、自分はまだ死体ではないことを意外と冷静に把握できた。

「ァ…オ、オハヨ…」

てめぇ生きてたのか!…と言いたいところだが何故か口に素手で鷲掴みした魚や果実を放り込んでしまっている俺。今度こそトドメを刺してやる!…と言いたいところだが食べ物を喉に詰まらせてしまい、彼女が慌てて海に蹴り飛ばれている俺。

気管に少し入るほどの水量を浴びる。水は水でも塩からくて水分が余計に恋しくなってしまった。

「ゲホッゲホッ、一応お礼は言っとくぞ」

ありがとう。

「エ、エットォ……エッと…」

両腕の無い彼女が真面な料理を出来るはずがなく、口にした魚は生だし、果実も皮が付いたままだった…。お陰で目が覚めた。

「おい、飯は済んだのか?」

キュルルル

サバイバルなんて実習生の時に散々させられたのでナイフは小型だが常に常備している。火は…根性でなんとかする。起きていきなりテキパキ作業を始めたが、まだ少し赤面している深海棲艦様を無視してもいいだろうか。何か色々と間違っているような気もするが、殺せたはずの俺を殺さない彼女に、こちらから手を挙げるのは気分が進まなかった。元々自衛隊志願だった身だ。「敵」だろうと命の恩人には少しだけでも何か返してやらないとな。

 

作業の途中、「ソノママデモ…イイ…」など言われもしたが、彼女が俺に聴くたびに何処かで腹の虫が鳴るので「はいはい」と答える、の繰り返しだった。

数分後、出来上がった料理は我ながら満足のいく出来栄えとなった。箸もその辺に転がっていた木の枝をナイフで削って調達。

「………」

「………」

そっと、魚料理を箸で掴む。断られたらどうしよう、とか考えずに行動に移ってしまったけれど、まぁいいか。流石に顔をまじまじと見ることはできなかったけれど、波の音に搔き消されない程の心臓の主張に自分自身少し困惑していた。

パクッ パクッ と互いに慣れてきたころ、今度は自分の腹が「オレもいるぞ」と呟く。箸をくるっと回して反対を使う。パクッパクッ、クルン、パクッと、リズムが取れてきたころ、作った料理が二人の胃袋に収まった。

本当に不思議な体験だった。殺し合いの戦争の最中、海に蹴っ飛ばされたり、あ~んしてあげたり、このまま悪い夢から覚めて、戦争も深海棲艦も、何一つ問題が起きてなくて平和だったらなと思ってしまう…。

 

 

夜、仰向けになって寝ようと目を瞑ってみたり、朝まで起きていようと星を数えてみたり。そんな特に普段と変わらないような頃、ふと聞いてみようと思い、口にした。

「なぁ、ニンゲンは嫌いか?」

頷いて欲しい気持ちは半分、予想以外の答えを聞きたい気持ちが半分。

「…ワカラナイ。デモ……カゾク…イナクナルノハ……イヤ」

まだ少し痛む右肩に触れる。自問自答をする。「敵」を殺すために戦っているのか、戦争を終わらせるために戦うのか。それとも…もっと別の何かが…。

「…ねェ」

ん?

「ワタシノコト……スキ?」

「…嫌いだよ」

でも、

「殺したくはない…かな」

漣が心地よく耳をそっと押さえてくれている、そんな気がする。何バカなことやっているんだ!と、誰かに怒られてしまいそうだ。彼女の質問も俺と同じくらいアッサリとしていて、無性に嬉しかった。

みんな同じように誰かが憎くて、力のない拳だとしても振り下ろせば相手は傷つく。同じような心臓の鼓動を打ちながら「敵」も真剣に人間を憎んでいるのだろう。

 

そして、二人は朝を迎えた。


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