アルティメット千早な僕が765プロのオーディションに落ちた件   作:やんや

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お仕事初日の最終回。
果たして、千早は無事に初日を乗り越えられるのでしょうか。

乗り越える(力技)


アルティメットな初仕事その4

 プロジェクトメンバーが仲良さそうに賑わう中、僕はその隣の空間で一人で待機を続けていた。

 正確にはすぐ近くに杏ちゃんが居るので一人ではない。いや、一人と一人だからやっぱり一人か。

 皆仕事中なのにあんなに和気あいあいとコミュニケーションがとれるなんて凄いなー。あこがれちゃうなー。

 はぁ……。

 完全に出遅れたわ。今の時点でこの先自分がぼっちになるのを半分覚悟している。

 いや、まだだ……。まだ諦めるには早い。僕にもまだ会話できる相手が居る。こんなに嬉しいことはない。

 杏ちゃんならいける気がするんだよね。

 まず声を掛けるでしょ。次に何のゲームをしているのかって話を振る。そして興味を引いたらそこから会話を展開させる。

 完璧かよ。

 これで会話が成り立たなかったら人類に言葉なんて不要であることが立証されちゃうくらい完璧。

 自分でも怖くなるような完璧なコミュ二ケーションだ。コミュ障が治るのも早いかもしれないね。

 さっそく話しかけてみよう!

 そっと立ち上がり杏ちゃんがゲームをしているところにお邪魔しようと仕切りに手を掛ける。

 

「──チッ」

 

 すぐに仕切りから手を放して元の席に座り直した。

 これ無理だわ。ガチゲーマーがガチってる時のガチの「チッ」だったわ。この時話しかけたらリアルファイトに移行しても致し方ないやつだわこれ。

 やはり人類に言葉なんて不要だったんだね。心と心が触れ合うことが真のコミュニケーションなんだってわかった。

 速攻で杏ちゃんとのコミュニケーションを諦めた僕だった。

 紙一重か……。

 

「あれぇ、何だか賑やかだね~?」

 

 激戦の余韻に浸っていると誰かが部屋に入って来たらしい。これまた聞き覚えのある声である。

 

「か、カリスマJKモデル! 城ヶ崎美嘉ぁ!?」

 

 あ、やっぱり城ヶ崎姉か。本田の説明でわかった。

 本田はまるで暗闇を照らす月明かりの如く僕に状況を教えてくれるね。僕がクラスメイトの男子だったら思わず惚れて告白しちゃって「友達としか思えない」と断られるくらいだわ。……友達として扱ってくれる優しさに泣きそうだぁ。

 346プロでもトップに近いアイドルの登場とあって本田を始めとしたメンバーが色めき立つのが聴こえる。

 僕もこのタイミングで出て行ったら会話に参加できるかな?

 残された最後の希望。有名人に群がるミーハー女作戦を発揮するために席を立った。

 

「お姉ちゃん! あの人! あの青い髪の人ってシンデレラプロジェクトのメンバーだったんだって!」

「ふーん、そうだったんだ」

 

 はい、終わったー!

 僕の作戦は発動を待たずして無慈悲な妹の前に潰されてしまった。

 立ち上がった勢いと同じ速さで座り直すと頭を抱えた。

 嘘だろ。ここで姉にチクるとかどうしてそんなあくどいことができるんだ!?

 おのれ城ヶ崎妹めぇ。見た目がタイプじゃなかったら許さなかったぞ。

 

「しかもね? アタシのこと無視したんだよ!」

 

 血も涙も無いのかよ。

 ここでさらに追い打ちとか殺意高すぎるでしょ……。バーサーカーソウルかよ。ライフポイントがゼロの状態でモンスターカードドローかよ。

 これ本気でどうしようか。絡みに行くどころかブース裏から出ていくと城ヶ崎姉からのけじめ案件があるんじゃない?

 ここは身を潜めて嵐が去るのを待つしかない。いつかは顔を合わせることになろうとも、記憶が風化する前に再会では分が悪い。せめてもう少し時間を置いてからそれとなく関わって行きたいところだ。

 

「やっほ、一昨日ぶり!」

 

 とか思っていたら衝立の横から城ヶ崎姉が半分だけ顔を出した。わざわざ片目だけ覗かしている理由がわからない。半分見せているというよりは半分隠れていると言った方が近い。このニュアンス伝わるかな?

 とりあえす、出て来いよってことだよね……。

 

「どうも、ご無沙汰しております」

 

 諦めてブース裏から出ていく。期せずして皆に交ざれはしたけれど、こういう形は望んでいなかった。

 プロジェクトメンバーから集まる視線と先程の城ヶ崎妹の話で居た堪れなくなり身を縮こませる。

 

「やだなー、この間会ったばっかじゃん? ご無沙汰って言うほどじゃないでしょ!」

「ソウデスネ」

 

 笑顔で会話してくれているので今すぐぶっ飛ばされる心配はなさそうだ。でも、まだ安心はできない。

 でも、この間は一般人として相手してくれたに過ぎないことを僕は知っている。今この時は僕は城ヶ崎姉の後輩なのだ。失礼な態度をとった僕に、城ヶ崎姉がどんなことを言うか気が気でない。

 

「また妹が絡んじゃったみたいだね……迷惑掛けちゃったかな?」

「いえ、そんなことは……」

「ごめんね? 結構気にしていたみたいだから。家でもずっと怒りっぱなしで……」

 

 しかし、城ヶ崎姉から飛び出したのは、こちらを責める言葉などではなく、この間と同様に妹についての謝罪だった。妹本人には聞こえない様に小声だったけれど。

 本当に妹思いの良い姉に見える。

 

「そうだ、良かったらこの後今度のライブパンフ用の撮影があるから見てってよ。……それくらいの時間あるでしょ?」

 

 姉妹仲の良さを存分に見せつけたところで姉の方がそんなことを提案して来た。最後の方はプロデューサーへの確認である。

 

「ええ、それくらいでしたら……ですが、よろしいのですか? 撮影の邪魔にならないかと見学についてお願いしないことにしていたのですが」

「いいって別に。こっちから言い出したことなんだからさ! それにアタシにそういう気遣いは無用だって言ってるじゃん。……何ならお昼をすっぽかした埋め合わせってことにしていいから。ね?」

 

 最後に一瞬だけ城ヶ崎姉の目の色が変わった気がしたけど気のせいかな。

 それにしても、プロデューサーと城ヶ崎姉がお昼を一緒に食べる約束をしていたなんて知らなかった。城ヶ崎姉の方が忙しくて時間が合わなくなったとかかな。だからプロデューサーの方も僕とお昼を食べる時間ができたということだろう。

 トップアイドルの城ヶ崎姉と僕とじゃ優先度が違うだろうし、もし城ヶ崎姉の予定が狂わなければプロデューサーは城ヶ崎姉と食べていたということになるのか。

 当たり前か。

 

「そういうことでしたら、お願いします……」

「ヨーシ、決まり!」

 

 あれよあれよと言う間に城ヶ崎姉の撮影見学という話になった。

 まあ、あちらから見学させてくれるというのなら拝見させて貰おう。

 

 

 

 さすが、カリスマJKと呼ばれるだけあって城ヶ崎姉の撮影は堂が入ったものだった。

 ちなみに、さっきのハートマークのセットは城ヶ崎姉の撮影用だった。痛いセットとか声に出して言わなくてよかったー!

 

「当然と言えば当然ですが、城ヶ崎さんは撮影に慣れているんですね」

 

 プロジェクトメンバーと共に邪魔にならないよう端に集まって撮影風景を見学しながら僕はそんなことを口にした。

 当たり前の話だが、城ヶ崎姉は元モデルということもあり撮影に慣れている。カメラマンが求める要望に対して的確にポージングを決め、それと同時に自分の見せたい物を表現していた。

 歌や踊りといったステージ用の技量を磨いていた僕には被写体としての技量はそこまで無い。どうしてもカメラマンという相手役が必要な分野のため自主練では補えなかった。

 

「城ヶ崎さんはファッション雑誌のモデル出身ということもありますが、それ以上に撮られることを楽しんでいるように思えます。自らが楽しむと同時にカメラマンの方や周りのスタッフも楽しめる様に気を配っているのでしょう」

 

 隣に立つプロデューサーが訳知り顔で城ヶ崎の撮影風景を解説してくれた。彼の話になるほどと感心させられる。やはりカリスマJKアイドルの名は伊達ではないということか。さっきまでの僕はステージで歌い踊る城ヶ崎姉しか見たことがなかったので正直「名前負けしてるな」と感じていた。しかし、今目の前で展開されている城ヶ崎姉の撮影風景を見るに、確かにカリスマがあるように思えた。

 

「私もあんな風になれるでしょうか」

 

 僕には無い技量を持つ城ヶ崎姉の実力を間近で見たことで僕にあんなことができるだろうかと不安が過る。自分の実力が足りないことで誰かに迷惑が掛かるのは嫌だった。

 

「大丈夫です。如月さんには如月さんだけが持つ才能がありますから」

 

 そう励ましてくれるプロデューサーの言葉は真に迫る物があったが、それは同時に僕にはモデルとしての才能が無いと言われているように感じられて少しだけ心が痛んだ。

 自惚れと言われても構わない。僕はアイドルとしてパーフェクトでありたい。

 そんな想い胸に撮影風景を観察し続ける。

 やはりチートと言っても万能ではないか……。

 なかなか経験値が溜まらないことにもどかしさを感じる。焦らされる感覚。足元が覚束ない感じ……。背中から首にかけてチリチリとした熱さが心の表面を粟立たせる。

 

「そろそろ時間ですね」

 

 そこでプロデューサーから時間切れが知らされた。そろそろ僕達の方の撮影に移らないといけない。すでに撮影が終わっているメンバーを残して撮影ブースを移動した。

 結局必要最低限の要素しか参考にできなかったか……。

 

 

 

 他のメンバーが撮影をしている間、僕と島村と本田が撮影準備を各スタッフから受けることになっている。

 今の僕はスタイリストさんに肌の状態をチェックされていた。

 プロの目から見て僕のお肌環境はどんな感じなんだろう。お店の測定器では一歳相当と出たけれど、普段まったくお手入れをしていない影響がどれだけあるか心配になる。

 

「普段はどんなお手入れをされてますか? 丁寧にされているみたいなので気になるところがあれば言って下さいね」

 

 スタイリストさんが気を遣ってくれたのか、そんなことを訊いて来た。また、このやり取りが発生するのか。さすがに三度目になると少々うんざりするね。

 

「何もしていません」

「そうですか。じゃあ、普段のやり方とかで何か気になる点とかあります?」

 

 どうやら、スタイリストさんは僕が特殊なことはしていないという意味で言ったものと勘違いしたらしい。実際は本当に何もしていないのだけど。

 

「いえ、普段も何も、手入れ自体何もしていません」

「え? 全く……何も?」

「はい」

「あの、お顔は何で洗われてます?」

「水か石鹸ですね」

「ヒェッ」

 

 ヒェ?

 それは驚きの声ですか。驚きの場合、対象は何ですかね。

 

「化粧水くらいは使って……」

「いませんね」

「オイルクレンジングは」

「名前は聞いたことがあります」

「……」

「……」

「ちょっと。プロデューサーさん、ちょっと」

 

 スタイリストさんに我慢の限界が来たらしい。声と身振り両方でプロデューサーを呼び付けていた。

 ある程度予想していたのか、近くで待機していたプロデューサーがやって来る。

 

「世の女性を全員敵に回すような美肌の子が世の女性全員の心を折るようなことを言って来るんですけど?」

 

 近寄って来たプロデューサーにスタイリストさんが一息で捲し立てる。その瞳からは剣呑な輝きが見てとれた。

 

「と、言いますと?」

「今時あの歳で化粧水すら使ったことがない子が居るというのがまず信じられないです。それよりも何も使わずにあの肌を維持していることが異常なんですが。あれにメイクするのは宣材用で済みませんよ?」

「……なるほど。ちなみに、彼女用にメイクをした場合どうなりますか?」

「浮きます。他の子達を押し退けてまで目立たせたいならそれでいいですけど。ただ、その場合は衣装も合わせてあげてください。顔と服のアンバランスさに衣装さんが見たらキレますよ」

「仕方ありません。一応手入れだけしていただいて、今回はノーメイクでの撮影としましょう」

「スタイリストとしてはプライドが許さないけど、できないのを認めないのはプロ失格ですからね。……わかりました、やれるだけのことはやってみます」

「よろしくお願いします」

 

 結局ノーメイクってことでいいのか。

 プロデューサーとスタイリストさんの会話をただ聞いていることしかできない僕を他所に二人の話は「最低限」の化粧でいいと結論付いた。

 

「お化粧は面倒なのでやらなくて済むなら助かりますね」

「それ。絶対他の子の前で言わないでね? 泣くから」

「はい」

「私が」

「……」

「今もう泣きそう。なんで私ここに居るのかって疑問に思っちゃう」

 

 そう言われても仕事だからではとしか言えない。

 結局何もしてないけど。

 言ったら本当に泣きそうなので言わないけど。

 

「衣装はどうしましょうか? 他の子はみんなそのままで撮ってましたけど」

 

 スタイリストさんがまだ近くに残っているプロデューサーに衣装について訊いていた。

 僕はダサいからねぇ……!

 二人の視線が僕へと突き刺さる。正確には僕の着ている服にだが。

 今僕が着ているのは普段着と言ってもいいくらい何も着飾っていない服だ。

 白い七分丈のワイシャツの上にカーディガンを羽織り、下は青色のパンツルックである。

 春と言っても夕方以降はまだ冷えることがあるため諸々中途半端な組み合わせで来てしまった。宣材写真を撮られると知っていればもう少し服装を気にしたのに……。

 服なんてまともなもの持ってないから無理だったわ。

 

「このままで行っちゃいましょうか。他の子と、こういうところで差を付けるわけにもいきませんし」

「そうですね。そうして下さい」

「わかりました。では、こっちメイクオーケーです!」

「はーい、如月さん撮影入りまーす!」

 

 スタイリストさんがスタッフに声を掛けると丁度撮影が終わったメンバーに入れ替わる形で僕の撮影が始まった。

 

 

 

「目線ちょうだいねー!」

 

 カメラマンさんの言葉に目をカメラのレンズへと向ける。そのタイミングでシャッターが押される。その次の指示を受けて今度はポーズをとる。

 諸々省略して言うならば、僕の撮影は何の面白味も無く進んでいた。

 絶賛されることも駄目だしをされることもなく淡々とシャッターを切られている。

 目線をくれやポーズ変えてみてとは言われても、決して笑ってとは言われないことからプロデューサーがあらかじめ説明してくれていたのかな。正直笑顔を要望されたらどうしようとハラハラしていたところだから助かった。さすがプロデューサー。僕の弱いところをわかっている。

 撮影の間にカメラマンさんとアシスタントさんらしき男性がぼそぼそと会話しているのが気になる。何となく悪いことを言われているのはわかる。僕は勘がいいので。

 

「一旦ストップして、次の子の撮影に移ろうか」

「わかりました。……次、双葉さん入って下さい」

 

 しばらく撮って貰っていたけれど、手応えを得られないうちに次の子の撮影になってしまった。これは駄目だったパターンかな?

 

「やれやれ、時間が足りないよ」

「別の日に改めますか?」

 

 次の子が杏ちゃんというので見学して行きたかったけど、カメラマンさんとスタッフさんのどこか疲れた様子が窺える会話から逃げる様に待機スペースに帰った。

 

 やっぱり、さっきの時間が足りないって僕の所為だよなぁ。

 休憩スペースに戻り何が悪かったかを考える。自分の不出来な撮影結果に溜息が出そうだった。

 他の子は結構早く撮影が終わったっていうのに、僕の時だけ延々と撮り続けていたから、きっと何とか良い写真を撮ろうとして上手くいかなかったに違いない。

 僕が上手くできなかった所為で他の子に迷惑を掛けたことが辛い。きっとプロデューサーにも失望されたことだろう。

 

「っ……」

 

 プロデューサーに失望された。

 その言葉が頭を過っただけで心が軋んだ。拳を握り締めて顔にだけは出さないように必死で表情筋を引き締める。

 どうして僕は欲しい時に限って欲しい力が無いんだろう。

 自分の不甲斐なさが憎らしい。掌に爪が突き刺さるが気にせずさらに力を込める。握った拳の中に生温かい液体が満ちるのを感じる。

 おっと、いけないいけない。自傷行為で心を紛らわせるようになってはお終いだ。優にも叱られるのでこれはいけない。

 手から力を抜き爪を引き抜くと、すぐに流れ出た血液が皮膚内へと逆戻りして傷もすぐに塞がった。

 まだ挽回のチャンスはあるようなので、その時までに何とか打開策を考えないと……。

 

「私は大丈夫だったのかな……」

「智絵里ちゃんは可愛かったよ」

「え、ほんとっ?」

「ほんとほんと!」

 

 僕がひとり懊悩する近くではプロジェクトメンバー同士がお互いの出来栄えについて語り合っている声が聞こえた。僕は準備があったので彼女達の撮影を見られなかったけど、どちらの子も撮影映えしそうな容姿をしているのできっと上手く行ったのだろう。

 その隣のグループは新田を含めた年長組が集まり余裕の態度でファッション雑誌なんかを読んでいた。

 年少組の方は何故かしりとりをして遊んでいた。何それ超面白そう。僕も交ぜてくれないかな。

 現実逃避気味に年少組の遊びに突撃をかまそうとした僕だったが、杏ちゃんが戻って来たのを見て飛び出し掛けた足を止めた。

 やはり、杏ちゃんは可愛いな。今も気だるい顔に欠伸を交じらせながら歩いている姿もキュートだ。

 

「本番でもない宣材写真の撮影でみんなよく頑張れるよね。杏には無理かなぁ、利にならない頑張りとかさあ」

 

 他の子と比べても早いペースで撮影を終えた杏ちゃんは、近くの椅子に座ると同時に持っていたゲーム機の電源を入れ、そんな事を言っていた。

 聞きようによっては悪態とも取られかねない言葉に同じく撮影を終わらせて戻って来ていた何人かが眉を寄せている。不快に思っているというよりはそんな擦れた発言をする杏ちゃんの状態を心配しているように見えた。僕からすれば杏ちゃんは最初からこういうキャラだったので他の子が感じている違和がわからない。でも他の子達からすれば今の杏ちゃんは普通ではないということなのだろう。

 見たところ杏ちゃんは小学校高学年から中学校上がりたてくらいに見える。そんな小さな子が、こんな擦れたこと言うのは確かに心配になるなぁ。

 

「杏ちゃん、撮影おっつおっつ!」

 

 先程杏ちゃんに構っていた背の高い女性がどこからともなく現れ、杏ちゃんに労いの言葉を掛けていた。それにしても、身長以上にテンションが高い人だ。見上げるくらい背が高いのに、テンションが高すぎて思わず目を逸らしてしまいそうになる。

 ただ、とても可愛らしい人ではあった。今も遠巻きにされている杏ちゃんに積極的に話掛けに行っている。世話好きで優しい人なのだろう。僕も杏ちゃんをお世話したいなぁ!

 

「あー……うん。お疲れー……」

 

 しかし、杏ちゃんの方はテンション高子さんの相手もそこそこにゲームに集中してしまっている。

 わかる。ゲーム中に話しかけられるとそんな感じになるよね。それでも、返事をしているから杏ちゃんは偉いなー。僕だったら気付かない可能性すらあるよ。

 

「撮影は上手に出来たかな?」

 

 杏ちゃんの塩対応にもめげず高子さんが話しかけている。これは見ようによっては保母さんが園児に話しかけているようにも見えるな。

 園児服を着た杏ちゃんと保母さんの恰好をした高子さんがやる企画とかどうだろう。結構ありじゃない?

 

「まあまあかなー……」

「にょわ? 杏子ちゃんもしかしてお疲れ? おねむー?」

「……もういいかな?」

「あっ……えっと、お仕事中は、ぴこぴこしない方がいいなって……きらり思うなぁ」

「……」

「……邪魔、しちゃったにぃー。しつこくして、ごめんねぇ」

 

 杏ちゃんにすげなく扱われ、あえなく轟沈した高子さんが、しょぼくれた感じで戻って行った。

 さすがにこれには二人の様子を見ていたメンバー達も責める意味で眉を寄せていた。杏ちゃんは気にした様子も見せずにゲームに集中している。

 ……あ、一瞬だけ目の端で高子さんを見ていたかな。実は優しい子な気がする。

 高子さんの方を見ると年少組の居るスペースに合流していた。杏ちゃんの事もあり、小さい子が好きなのかも知れない。趣味が合いそうだ。

 高子さんを目で追っていると、年少組の片割れである城ヶ崎妹の姿が目に入った。どうやら今のやり取りを見ていたらしい。

 頬を膨らませているところを見ると今のやり取りに不満を持ったご様子。剣呑……と言う程、危ういものではないけれど、かなり険のある視線を杏ちゃんへと向けていた。

 城ヶ崎妹は結構素直な性格をしているイメージがある。そのため、高子さんを邪険に扱った杏ちゃんの態度が気に入らないのだろう。でも、素直だからこそ二人の間に流れる空気にまでは考えが及んでいないようだ。

 まあ、杏ちゃんも城ヶ崎妹も、まだまだ幼い少女なのだから仕方がないか。

 二人の少女の対照的な性格にほっこりしていると、こちらを見ていた城ヶ崎妹と目が合った。あちらは僕を見ようとして見たというよりは、今のやり取りを見ていた城ヶ崎妹が、たまたま僕を見たという感じだ。

 

「む……む~む~」

 

 おっと、不満の矛先が杏ちゃんから僕に移ってしまったか。

 頬を一回り大きく膨らませ、こちらを睨んでくる城ヶ崎妹の視線に曝された僕は、先程の衝立の裏側へと退散するのだった。

 ……逃げてばっかだなぁ僕って。

 

 逃げた先のスペースには当然ながら誰も居なかった。プロデューサーもプロジェクトメンバーも衝立の向こう側に居る。

 僕だけがこっち側だ。

 当初の予定では、プロジェクトメンバーの皆と一緒に和気あいあいとした空気の中で仕事について話し合っているはずだったのに……。

 それが蓋を開けてみれば、こうして薄暗い部屋の隅で独りぼっちで座っている。

 衝立の隙間から照明の光が薄暗い衝立の裏へと差し込んで来る。でも、その光は部屋の隅に座る僕までは決して届かない。その光景が、まるで僕には浴びるべき光なんて無いと言っているように思えた。

 

「はぁ~……」

 

 初日からこんなことで、今後の活動は大丈夫なのだろうか。突然膨れ上がった不安が溢れ出した様に溜息が漏れる。

 こんなことなら、最初からソロで活動した方が有意義だったのではないか?

 わざわざ僕をプロジェクト入りさせた意味とは?

 すでに何度も繰り返された何故を頭の中で繰り返す。

 

「独りの方が楽で良いのに……」

 

 独りの方が楽だってわかっているのに。

 それでも”みんな”が良いと思ってしまう。

 一人じゃ何もできない僕だから。

 

 ──やっぱり、似てるよね。

 

 僕以外に誰も居ないはずのスペースで聞こえた声に顔を向ける。そこには相変わらず眠そうで疲れた顔をしている杏ちゃんの姿があった。

 漏れ出る照明の光が後光の如く彼女を暗闇から浮かび上がらせている。

 それがとても眩しくて……同時に何故か、とても尊く感じられた。

 不思議な感覚だった。知らない光景のはずだった。僕はこんな光景を知らない。そのはずなのに、僕は目の前の光に既視感を覚えている。

 

「……」

 

 彼女は何も言わない。

 僕も何も言わない。

 言葉に詰まったわけじゃない。言葉が浮かばないわけでもない。何となく、だが確信めいた感覚として、この時の僕達に言葉は不要だと思えた。

 無言の空気が続く中で、ただ衝立の向こう側から撮影に勤しむ他人の声だけが聴こえる。

 

「……あっちは、うるさいから」

 

 先に静寂を破ったのは杏ちゃんだった。

 説明と言うよりは言い訳の様に聞こえる理由を口すると、近くにあった椅子を並べると先程と同じくベッド代わりにして寝転がった。

 

「ゲームしないとだし」

 

 こちらは完全に言い訳に聞こえた。何に対する言い訳なのかはわからないけど。

 口にした通り杏ちゃんはゲームを始めてしまった。僕と会話をしたいという意思は皆無のようだ。少なくとも、僕が何も答えなかったために対話を諦めたという感じではない。有言実行でゲームを始めるところは好感が持てた。

 

「……」

 

 他にやる事も無いので、暗いスペースでゲームをする杏ちゃんを眺め続けた。

 ゲーム機の液晶の光が、杏ちゃんの顔を照らしている。可愛らしい顔に、小さな唇、眠そうに細められた目が画面上の何かを追っているのか、微かに揺れている。少し気になるのは、目の下に若干のクマがあることか。コンシーラーで隠しているみたいだけど、僕の眼は本来隠しているモノでも微かな違和感があれば”加算平均処理”で浮彫にできるので判ってしまうのだった。

 クマの原因はゲームによる寝不足かな?

 まあ、良いんじゃないかな。ゲーマーアイドルというのもアリだと思うよ。双海姉妹もゲーム好きみたいだし。これは、コラボ企画のお話が来るかも?

 双葉に双海……。

 良き!

 

「……」

 

 杏ちゃんが着ているTシャツも、良いセンスをしている。「働いたら負け」なんて、どこで買ったのと思わず確認したくなるね。下に穿いているしましまの……それ何? まあ、ズボンみたいなのも可愛いと思う。

 幼い杏ちゃんが、全体的にダルダルな服装で、ダルダルな態度をしているのを、ただ眺めるこの時間……至高かな。

 

「……」

「……」

「……」

「逆に。逆に何か言ってくれないかな?」

 

 根負けした杏ちゃんが、ゲーム画面に顔を向けたまま言って来た。

 別に勝負をしていたつもりは無いのだけれど、お話をしてくれると言うならば、それに乗るまでだ。

 

「……椅子の上に寝ると、背中が痛くなりませんか?」

 

 杏ちゃんは小さくて薄いので、硬い椅子に寝そべったら痛いのではないかと思い、そんな疑問を投げかけてみた。

 

「溜めに溜めた結果、言った言葉がそれとか……」

 

 しかし、杏ちゃんからは呆れた声が返って来た。僕としては、気を遣ったつもりなのだけど……。

 

「寝る用のマットを用意するとか、どうでしょう? 椅子をベッド代わりにしても、それなら大丈夫ですよ」

「的確なアドバイス。肯定感出しすぎ……」

「双葉さん、女性の場合は女帝ですよ」

 

 小学校だと、その辺習ってないのかな?

 少しお姉さんぶって教えてあげよう。

 

「エンペラーの話はしてないけど……。普通、相手にエンペラー味を感じるとか言わないからね?」

「昔、クラスメイトから『如月さんって、自分のこと女王か何かと勘違いしているんじゃないの?』と言われたことがありまして……」

「それ、たぶん違う意味のやつだから。何? 言われるくらいの態度で接してたとか?」

「まさか、私は至って普通の女子生徒をやっていましたよ。それを言って来た子にも『貴女こそ、私達が知り合い同士だと勘違いしていませんか?』と丁寧に指摘してあげたくらいです」

「……嫌な奴だな」

「ええ、知り合いでも無い相手に、女王気取りかだなんて……」

「お前の事だよ!」

 

 なんだって?

 杏ちゃんから嫌な奴だと言われてしまった。ショックだ。

 でも、可愛いから許す。

 

「あー……如月さん、だっけ? あんまり杏に構わないでくれるかな」

 

 一瞬、目を細めた杏ちゃんが、思い出したかの様に拒絶の言葉をぶつけて来た。

 前振りも何も無い言葉に、僕はどう返したら良いのかを考え、すぐに適切な対応を思い付く。

 

「わかりました。任せてください」

「……何で、そんなに溌剌と答えたの?」

「フリ、ですね? わかります。アイドルですから」

「暗に構えと言ってるやつじゃないから。それ、杏が超面倒臭い奴になるでしょ?」

「……それくらい、どうってことないですよ」

「面倒臭い奴扱いするな。冤罪だー!」

 

 とうとう、杏ちゃんがゲーム画面から視線をこちらへと向けた。思わず、と言った態度であったとしても……ゲーム以上に僕に意識を向けてくれた、その事が嬉しい。

 

「……如月さんと話すと、何か調子狂う」

 

 ちょっとだけ意識を向けてくれただけだったようだ。杏ちゃんは、ゲームに戻ってしまった。

 その気まぐれさが良いと思う。

 

「誰かと付き合っていくということは、少なからず自分の自意識に波紋を齎す行為です」

 

 一度でも僕に意識を向けてくれたのだ。対話を続けていれば、いつか面と向かって会話をしてくれるかもしれない。そんな願いを持ちつつ、僕は杏ちゃんの台詞を拾い上げると勝手に話を続けた。

 

「双葉さんの調子を狂わせたということは、私の言葉が貴女に届いたということですね」

「変な事を言う相手に戸惑っただけだから……」

「そうですか」

「そうだよ」

 

 言葉自体は届いたみたいだ。今はそれで良い。

 

「……如月さんは戻らなくていいの? こんなところで杏に構ってないで、あっちに戻ればいいじゃん」

「戻っても話す相手も居ないですし」

「寂し」

「双葉さんは話し相手とかは、いらっしゃらないんですか?」

「いないよ」

「……寂し」

「おーん?」

 

 別に話し相手が居ないから戻らないわけではない。話したい相手が来たから、ここに残っているだけだ。

 その意図は杏ちゃんに知られるわけにはいかなかったので、適当な理由を言っただけである。

 それに戻っても仕方がないというのは本当のことだ。あちら側に僕の居場所は無い。

 

「色々とグループができているみたいですね。私みたいな出遅れ組が交ざるには敷居が高いです」

「原因は絶対そこじゃないと思う……」

「そうですね、話題とか無いですしね」

「自覚が無いコミュ障ほど厄介な奴はいないよね。……まあ、そういう、みんなでとか仲良くとか、面倒じゃない? いつも気を遣い合って関係を良くしようとしててもさぁ……たった一回の失敗で全部ご破算じゃ、割に合わないじゃん? だったら一人で居た方が良いって、杏は思うよ」

 

 杏ちゃんの言いたいことはわかる。どれだけ仲良くしようとしても、ほんの少しのボタンのかけ違いのような意見の不一致で仲違いしてしまうことはある。でも、それを理由に他者を遠ざけたら孤独になってしまう。

 

「あの背の高い方、あの人は双葉さんのことを気に掛けてくれているみたいですけど……そこから仲良くしてみても良いのではないでしょうか?」

「ああ、諸星さん……別に、最初はそうしようかなって思った時もあるけどさぁ……今は、もういいかなって」

「もういいとは?」

「どうせアイドルやってる間だけの関係なら、そんな仲良くならなくてもいいし……アイドルじゃなくなったら、もう他人なんだから。終わったらそれまでなんだから。だったら一人で良いじゃん、って思っただけ」

 

 それは自分に言い聞かせているように思えた。しかし、本心がどうであれ、杏ちゃんは一人で居ることを選んだ。あの高子さん……諸星さんと関わることを、杏ちゃんは諦めていた。

 

「杏はさ、別にアイドルがやりたくてやってるわけじゃないんだよ。本当は働きたくなんてない。将来の夢なんてどうでもいい。アイドルやってるのも印税生活のためだし」

「つまり、お金のためにアイドルをやっていると?」

「そうだけど? ……何、不純だって怒る? そんな理由でアイドルをやるのは間違っているって?」

 

 挑発的な声で言い募る杏ちゃん。

 

「煩わしんだよ、全部」

 

 皮肉げなはずなのにどこか疲れた表情で杏ちゃんは笑った。

 

「別にいいのでは?」

「……え?」

「お金のためでも良いと思いますよ。仕事なんですから、お金貰うことが駄目だなんて無いでしょう。世の中の仕事の中で賃金が発生しないものなんてないんです。もし、無償の仕事があるのだとすれば、それは只の奉仕です。施しです。アイドルを他者への施しでやる方が不純じゃないですか?」

 

 少なくとも、僕は奉仕の心でアイドルをやって行くつもりはない。

 僕にだって、人並みの欲はある。お金だって貰えるなら貰いたい。だから、それを貰うことに忌避感を覚えることはないのだ。

 でも、杏ちゃんのそれは、僕とは違う。

 

「だから、双葉さんがお金のためにアイドルをやることを私は否定しません。もし、仕事をする中で少しでも双葉さんがアイドルの仕事を楽しいと感じられたら、そうなってくれたら良いと思うだけです。……だから、私は、双葉さんの動機を否定しません」

 

 自分がアイドルをやる理由を他者に委ねるのは間違っている。誰かが言った理由を、自分の理由にしてはいけない。千早がアイドルだから、自分もアイドルをやる。そんな理由でアイドルを目指した僕だからわかる。それは駄目なんだ。

 だって、そんなの楽しくないから。

 

「杏は如月さんのこと結構嫌いかも」

「私は双葉さんのこと結構好きですよ」

 

 結構と言うか、めっちゃ好きだ。

 その背中を反らして横になっているせいで、ちらりと見えているお腹とか、特に好き。

 私は、それが、好きです。

 

「……変な人」

「よく言われます」

 

 変というのは、よく言われていた。

 気狂いとか、化物とかも。

 でも、良いのだ。誰に何と言われても、これが僕なのだから。

 たとえ今後、杏ちゃんに疎まれてしまったとしても、嫌われても、罵詈雑言を投げつけられたとしても……僕は構わないのだ。

 僕はそういう人間だから。

 

 さて、これ以上は杏ちゃんのゲームプレイの邪魔になるので退散しよう。そろそろ城ヶ崎妹のヘイトも別に逸れたことだろうしね。

 

「そろそろ、向こう側に戻ります。双葉さんも……」

「ゲームを止めて戻れって?」

「いえ、暗い所でゲームは目を悪くするので、ご許可頂いて電気を点けて貰った方がいいですよ。何でしたら、代わりに言って来ましょうか?」

「肯定感」

 

 せっかく裸眼で過ごせているのだし、進んで目を悪くする必要はないでしょ。

 眼鏡を掛けた杏ちゃんも悪くはないと思うけど。

 

「では、失礼いたします。……電気の方は」

「……要らない」

「わかりました」

 

 これ以上は、今は干渉しないことにした。

 子供相手のコミュニケーションは、まずは程々から始めるのがコツだ。あまり構い過ぎても拗ねられてしまう。ガッツリ突っ込んで行くのは慣れて来てからだ。

 行く行くは年少組三人と仲良くなりたい。しりとりとか、かくれんぼとか、僕は何でも付き合うよ。

 そう言えば、あの黒髪の子も杏ちゃんに負けず劣らずの可愛さだった。

 戻ったら次はあの子に話しかけてみようか……。

 

 そんな新たな野望を胸に、衝立の向こう側へと戻った僕だったのだが、壁際に並んで座る島村と本田の姿を見つけて足を止めた。

 二人とも暗い顔で落ち込んでいる。どう見ても「大成功! イエーイ!」という空気ではない。

 どうやら、島村と本田の撮影は、僕同様にあまり芳しい結果にはならなかったようだ。

 シンデレラプロジェクトの先輩方は皆それぞれ個性を出しながら順調に撮影を熟してしたというのに、後輩組の僕らは散々な結果となっている。

 これがメイン組と補欠組の実力差とでも言うのか……。

 

「なんか、ガチガチだったね……」

「うぅ……なんだか緊張して」

 

 二人が撮影を振り返り感想を漏らしていた。

 さて、どうしたものか。見て見ぬふりをしてもいいけど……。

 ん、あれは。

 

「私も似たような感じだったわ」

 

 仕方なく、話に加わることにした。それくらいのフォローは僕の方で受け持っておこう。

 

「あ、如月さん。おつかれー」

「お疲れ様です。……如月さんも、ですか?」

 

 僕に気付いた二人が顔を上げる。僕も駄目だったという話を聞いて少なからず驚いているらしい。そんなに僕は器用に熟すように見えるのかな。

 

「撮影なんて初めてでしたから、上手くカメラマンさんの要望に応えることができませんでした。上手くいかないものですね」

「それ以上に緊張で顔が引き攣ってしまいましたぁ」

「撮影って難しい~……」

 

 愚痴や泣き言は言い合える人数が増えると楽になるものだ。ずっと言い続けるなら問題だけれど、この場限りなら良いリフレッシュになる。それに付き合うくらいならいくらでも付き合おう。

 

「城ヶ崎さんは凄かったですよね……」

「うん。さすがカリスマJKって感じだった。私達とは大違いだよね」

 

 城ヶ崎姉が凄いのは当たり前だ。彼女は、ずっとモデルを続けてきて、今も流行の最先端を突き進む(ほぼ)トップアイドルの一人なのだから。今日からアイドルになった僕達と比べることすら烏滸がましい相手だ。

 ……と、一昨日まで城ヶ崎姉の存在をまったく知らなかった僕が指摘するわけにもいかんよなー。

 

「そう言えば……如月さんって、城ヶ崎美嘉と知り合いだったんだね」

 

 城ヶ崎姉の話題が出たから良い機会だと思ったのか、本田が話を振って来た。

 僕が城ヶ崎姉と知り合いなところを見て興味が湧いたのかな?

 

「ええ、まあ、知り合いと言うのも烏滸がましいと言うか……。たまたまお会いした時、お話しする機会があっただけです」

「それにしては仲良さそうに見えたけど?」

「相手はカリスマと呼ばれる人ですから、私相手でも分け隔てなく接して下さるだけですよ」

「そうかなぁ、なーんか特別構っているよう見えたけど。私なんて、さっき話しかけようとしたらスルーされちゃったもん。そのまま如月さんの居る方に行っちゃったし」

 

 それは買いかぶりというものだ。城ヶ崎姉が僕を特別扱いする理由なんて無いだろ。さっきのアレは「面貸せやオラ」という意味だと思う。

 

「やっぱり如月さんのその大物オーラが自然と相手を引き付けている、とか?」

 

 だが、城ヶ崎姉の態度の理由を知らないためか、本田の方は頓珍漢な推測を立てたようだ。

 

「大物って……私はそんな大それたものではないですよ」

 

 変な噂を流されても困るので、すぐさま訂正を入れる。

 これは決して謙遜ではない。事実、今の僕には誇れる物が歌しかないのだから。これしかない僕に他人から大物と呼ばれる価値は無い。

 まだ無い。

 でも、いつかは……。

 そんな風に未来の自分の成長に思いを馳せている僕だったのだけれど、隣の本田がこちらを見ていることに気付いて彼女へと意識を向けた。

 

「なって貰わないと困るかも……な、なんちゃって?」

 

 それは僕に大物になって欲しいということだろうか?

 

「あ、ご、ゴメン! いきなりだったよね? ……いやー私、何言っちゃってるんだろうね。唐突に意味わからないよね!」

 

 最後におちゃらけて誤魔化していたけど、その目は本気で言っているとわかるくらいに真剣だった。

 だったら僕も真剣に答えるしかない。

 

「なります。本田さんがそうなって欲しいと言うのならば、私は貴女が言う大物になります」

 

 本田がどんな想いで放った願いだとしても、それが本気の心からでた言葉ならば僕はそれを本気で受け止めるだけだ。

 だって、仲間の願いなのだから。

 

「本田さんのご期待に応えられるよう、全力を尽くします」

 

 まだ僕には歌しかない。だったらこれから増やして行こう。

 ファンができた。

 仲間ができた。

 ライバルができた。

 だったら、僕はそれに見合う努力をしよう。

 彼女達が僕に求めた偶像になろう。

 

「……うん! お願いね!」

 

 その時、初めて本田の本当の笑顔を見れたような気がした。

 

「わ、私も頑張ります!」

 

 突然、島村が意気込み出していた。何に対抗しての反応だそれは。

 

「おぉ〜! しまむーも、やる気になってて、偉い偉い!」

「わ、私は年上です〜……」

「そう言えば二人って何年生? 私は高校一年」

「あ。私は今年高校二年生になりました」

「私は高校に行ってないので……一応、通っていたら高校三年ですね」

 

 僕が高校に通っていないと聞いて、一瞬やっちまった感を顔に浮かべた本田と島村だったが、僕が特に気にしてないことを伝えるとすぐに笑顔に戻った。

 

「アイドルに全力投入かぁ……私にはそこまでの思い切りの良さはないかなー」

「私も、如月さんみたいに全力を出せるように頑張ります!」

 

 別にアイドルのために学校に通っていないわけじゃないんだけど、本当の理由を教える程でも無いか。僕が引き籠っていたなんて、そこまで重要な話ってわけじゃないし。

 高校か……。

 未練が無いという言えば嘘になるかな。

 ……でも、今更高校に通ったところでねぇ。街ミッション、武闘大会、学園パートは三大エター要素だし。下手に手を出すべきじゃないと思うんだよね。あっても、優の学校イベントに参加くらいじゃないかな?

 優の中学校の体育祭で保護者参加の競技に出て、優のクラスの優勝に貢献したい。綱引きなら、僕とその他保護者でやり合って勝つ自信あるし。綱が保てばだけど。

 

「おーっし、元気出た! まずは撮影のリベンジだねっ!」

「はい! 島村卯月、頑張ります!」

 

 二人とも気合十分といった感じだ。

 これなら大丈夫だろう。

 それを確認した僕は、遠くでこちらの様子を覗っていたプロデューサーに頷いて見せた。

 プロデューサーも頷き、スタッフさんへと指示を出す。

 機材とデータチェックをしていたスタッフさんが、プロデューサーの指示を受けてから周囲へと声を張った。

 

「如月さん、島村さん、本田さん、もう一度入りまーす!」

 

 あ、僕もなんだ?

 

 

 僕と本田と島村の三人での撮影となったのだが、何をどう撮ればいいかわからない。てっきり、島村と本田の二人だけ撮り直しだと思っていたので、これは想定外だった。

 いや、僕が撮り直しなのはわかっていた。あれでOKを貰えるとは思っていない。

 想定外なのは、僕達三人が一緒に扱われたことだった。僕はこの二人と組むほど仲良くないよ?

 それに、スマイルオブパワーファイター島村と、ポジティブパッションガンスリンガー本田と一緒に撮るとなると、僕はどういった立ち位置にすればよいだろうか。

 撮影ブースに移動した後も答えが浮かばない。一人の方がいいと言った杏ちゃんの言葉が蘇る。

 

「今度は三人一緒に撮ってみるから、普段通りワイワイやってみて」

 

 普段通りとな?

 僕達三人って「普段通り」が出来上がる程の長い付き合いじゃないはずなんだけど……。

 案外、島村と本田の方が前から知り合いという可能性が……あ、二人とも戸惑った顔してるわ。

 仲良くない相手と組を作って何かやる。学校行事でやらされたら暴れる自信がある。それくらいの無茶振りだった。

 

「自由に動いていいよ」

 

 しかし、教師と言う名の無能共と比べ、346プロのスタッフは一味違ったらしい。小道具として用意していたのか、ビニール製らしきボールをこちらへと放って来た。

 緩い放物線を描いて、こちらに落ちて来るボールを受け取ったのは島村だった。

 文字通りボールを渡された形の島村が、手に待ったボールと僕を交互に見ている。

 

「あ、あのっ、これどうすれば!?」

「とりあえず投げれば良いのでは?」

 

 テンパる島村にアドバイスにもならない言葉を投げ掛ける。こういう時は直感を信じて行動してみればいいんだ。

 僕の意を汲んだのか、島村は大きく頷き「島村卯月がんばります!」の掛け声とともに全力で——彼女にとっては——ボールを投げた。

 明後日の方向に。

 

「しまむーノーコン!?」

 

 おかしいな、僕の目には島村は真っ直ぐ前に投げたように見えたのに、実際は真横に飛んで行ってしまった。魔球かな?

 

「でも、この程度なら」

 

 普通なら大失敗の投球も僕にとっては絶対捕球の圏内だ。体重を後ろに掛けつつ片足で跳躍し、瞬間的に加速すると、ボールへと追い付き両手でキャッチした。

 その光景を見た周りから、どよめきの声が聞こえて来る。

 

「え、今のどうやったの?」

 

 本田から当然の様に疑問が投げかけられた。

 まるでジョセフの方にわざと飛んで行ったDIOみたいに……とまではいかずとも、低空をかなりの速度で飛んだ僕の動きを疑問に思うのは当然だ。

 説明の仕様はない。ただの力技である。

 

「単純に、即反応して、即動き出しただけですよ。あとは、脚力で無理やりです」

「いやいや、今の明らかに脚力でどうにかなる動きじゃなかったよね!? 飛んでたけどっ?」

「飛んでいません。かっこつけて落ちていただけです」

「バズ・ライ◯イヤーか!」

 

 宇宙の彼方に、さあ行くぞ!

 それ以上突っ込みを入れさせないために本田へとボールを放った。運動神経が良さそうな本田には普通に投げてもいいだろう。もちろん、力を込めてなんて投げてない。死んじゃうし。

 放物線を描いて本田の方に飛んで行ったボールは彼女がトスし易い位置に行った。

 

「釈然としないけど、お仕事中だもんね! ほら、しまむー!」

 

 イメージ通り運動神経の良さを見せた本田が危なげなくボールを受け、再び島村へとボールをでトスで押し出す。

 

「わっ、わ、ととっ……如月さん!」

 

 本田と違い、島村の方は結構危ない体勢でボールを弾いていた。と言うか、僕の方に飛んでいるのが奇跡かってくらい酷い軌道だ。

 あれはどうしようか……。

 また同じ様に飛んでもいいけれど、同じネタはセイント的にNGだよね。

 

「如月さん、スパイク!」

 

 あのクソボールをどうしてくれようかと考えていると、本田の方からスパイクのリクエストが来た。

 まあ、それもいいだろう。

 軽い素材のためか高い位置に飛んでいたボールが重力に引かれ落下を開始したところで、僕は両足に力を込めると跳んだ。

 しかし、思ったよりも高い位置にあるボールに届かせようと力を込めたため、高く跳びすぎてしまった。

 三メートルくらい。

 

「って、高っ!?」

 

 下から本田の驚いた声が聞こえる。

 その場跳びで三メートル程、宙へと舞い上がった僕は腕を振り上げてスパイクの体勢へと移る。

 

「あれっ、私、死んだ?」

 

 驚愕を顔に張り付けた本田が何かを悟ったように呟いている。

 

「本田さん」

 

 スパイクを本田に向けて放つ。

 打ち出されたボールが真っ直ぐに本田に向かう。……当然の様に本田はボールを受け止めていた。島村には厳しいだろうけど、本田なら余裕で受けられるだろうとは思っていた。

 ……いや、さすがに僕の全力スパイクを彼女に向けて放つ気はないよ?

 普通に死ぬだろ。

 常識の範囲内まで落とされた威力の参考元は、中学時代のクラスメイトの女子だ。

 

「威力は普通だった!」

 

 受け止めたボールを見ながら叫ぶ本田。

 どんな物を想定していたのか、ホッとした顔をしている。

 

「……一瞬だけ、戦闘力五十三万の悪の帝王が星を破壊する光景を幻視したよ」

 

 どういう意味だそれは。

 僕はあと二回の変身を残しているとでも言うのか。

 

「怪我をさせるような物は打ちませんよ?」

「う、うん。だよねー! もちろん、信じてたよ!」

 

 だったら、目を逸らすんじゃないよ。信じて無かったんだろ?

 まあ、別にいいけどさ。

 確かに、自分でも、ちょっと高く跳び過ぎたかも知れないとは思っていたところだか。

 その証拠に、周りのスタッフを見回してみると、カメラマンさんやアシスタントスタッフさん、あとはさっきのスタイリストさんまでが僕を驚きの目で見ていた。

 それが決して好意的な物ではない事は僕でもわかった。

 また、やってしまったか……。

 

「……」

 

 こういう目を向けられることは慣れている。

 異質な物を……化物を見る様な目を向けられるなんて、いつものことだ。

 この程度どうってことない。慣れているんだ。

 

 だから、いつも通り諦めかけた僕の手を取る人間が居るなんて予想していなかった。

 

「如月さん、凄く高く跳んでましたね。私、すごく驚きました!」

 

 島村が”いつも通り”の笑顔を浮かべて、無邪気に凄いと言って来た。

 

「運動神経が良いんですね。私は運動が得意じゃないので羨ましいです!」

「えっと……」

 

 今の光景を見て、まったく恐れた様子を見せない島村の態度に言葉が出てこない。

 隣では島村の呑気な感想を聞いた本田が「それで済むんだ!?」と驚いている。

 

「……怖くないですか?」

 

 三メートルも跳ぶ人間を怖がらないのか。

 そんな意味を込めて訊いたのだけど……。

 

「あ、はい! 私にはスパイクは打たないで下さい!」

 

 どこかズレた答えが返って来るのだった。

 ……そっちを怖がるかぁ。

 

「はぁ~……」

 

 一気に力が抜ける。

 別に島村が怖がらなくても、その他の人間は怖がっていることは変わらない。何も状況は変わっていないのに、何故だか救われた気がする。

 

「えっ、私は何か溜息を吐かれるような事を言ってしましたかっ!?」

「いえ……まあ、そうね。力が抜けたかしら?」

「それは、良いことですか……?」

「少なくとも、私にとっては良いことでした。ありがとう、島村さん」

「そうですか? じゃあ、良かったです!」

 

 良かったと言う島村の笑顔を見て、笑顔で返してあげられない事が悲しくなった。

 ほんの少しでも笑えたらと思ってしまう。

 

「あ、あははっ! し、しまむー! 大物過ぎぃ!」

 

 突然、隣の本田が突然笑い始めた。

 心底可笑しいと言う様に、お腹を抱えて笑っている。

 

「え、ええっ? 私、何か変な事言いました!?」

「い、いや、だって……普通、あんなの見た後に凄いで終わらせる人いないって……あはは!」

 

 目の端に涙を浮かべて笑う本田と、彼女の反応に戸惑い、オロオロする島村の姿を見ていた周りの人間達の空気が弛緩していくのがわかった。

 

「如月さんも、ナイススパイクだったよ!」

 

 緩んだ空気を馴染ませる様に、本田が僕のスパイクの方を褒めて来た。この切り替えの早さと、カラッとした態度が彼女の魅力なのだろう。

 

「……ごめんね?」

「大丈夫です」

 

 だから、その後に続いた謝罪が何に対して言われた物なのかは、あえて考えないことにした。お互いに無かったことにした方が良いと思ったから……。

 

「よーし! 気を取り直して、ボール回していくよー! 今度は逆回しで!」

「はい! あ、スパイクは無理ですよ?」

「……スパイクは打たないわ」

「問題そこっ?」

 

 とりあえず、ボール回しは続行ということで決まったらしい。

 

「いいねぇ、その笑顔!」

 

 すっかり空気が変わった撮影ブースで、カメラマンさんが嬉々としてシャッターを切っている。

 

「えへへ、合格理由が笑顔の私の本領発揮かな?」

 

 調子を取り戻した本田がボールを島村に投げながら合格理由を口にする。

 あ、それ本田にも言ってたのね。

 

「ふふ、私もです!」

 

 当然、島村にも言っているのだろう。逆に笑顔に言及されていない場合、彼女にどんな最終兵器が隠されているのかと慄くわ。

 島村からボールが回って来た。これは僕も言う流れかな?

 

「同じく、笑顔」

「いやいや」

「いやいや」

 

 本田と島村両方から同時に否定が入った。手を顔の前で振るジェスチャーまで合わせて来る息の合いぶりである。

 笑顔が理由だったはずなんだけど……。歌が決め手だったら、もっと早く僕はここに居たってば。

 

「笑顔……ですけど」

「いや、如月さんが笑ったところ見たことないんだけど」

「私も無いです……」

 

 それなぁ。

 今日一日で一回も笑ってないからね。本田が信じないのも納得である。島村にいたっては前回会った時に、にこりともしなかった僕に苦手意識持ってやしないかと不安になるくらいだ。

 

「てっきり、その容姿とミステリアスな雰囲気を売りにしているのかと」

「あ。それわかります! 綺麗で物静かな感じが、すっごく雰囲気が出ているなって、この間会った時から思ってました!」

「確か、しまむーと如月さんって知り合いだったんだっけ?」

「はい! と言っても、この間お会いしたばかりですけど……」

「キュートで可愛いしまむー、クールでミステリアスな如月さん、そして、パッションで元気な未央ちゃん……ん~! バランスがとれてますなぁ」

 

 さっきから人をクールだのミステリアスだのと評価しているけど、その道はかなり険しいんだぜ。

 それって同ジャンルに最強格(四条貴音)が居るってことだよ。あんなのに勝てるか。ミステリアスの化身だぞ!

 今のアイドル界でミステリアスで売るメリット無いからね。

 

「バランスはともかく、気楽さは確かに感じるわね……」

「確かに、そんな感じしますよね。撮影中なのに何だか自然体な感じがします」

「私達って、結構イイ相性なのかもっ」

 

 そう言えば今撮影中だったね。お仕事中に雑談始めちゃったけど大丈夫だったかな。

 怒ってはいないかとプロデューサーの方を見るが特に咎めている類の空気は感じなかった。その隣でカメラマンさんがシャッターを連続で押しているところを見るとこれが正解らしい。

 それなら、もう少し会話を続けてもいいだろう。僕自身彼女達との会話に微かにだが高揚感を得ている。何より会話の切り出し方に安心できる。失言を気にしないで話すなんて何時ぶりだろうか。

 うん、悪くない。

 

 その後、僕達三人はそれぞれ別撮りで宣材写真を撮ったのだが、最初と比べると見違えるくらい良い出来になっていた。

 本田は持ち前の明るさが全面に出ており、島村の方は笑顔がとても映える写りになっていた。

 僕は相変わらず無表情だったけど……それでも、アップデートが間に合ったため、無事に撮影を乗り切ることができた。

 

 

 全員が無事、宣材写真を撮り終えた後にシンデレラプロジェクトメンバー全員で写真撮影をすることになった。

 僕も交ざっていいのか不安だったけれど、本田と島村に挟まれる形で無理やり撮影に加わることになった。

 他のメンバーから──城ヶ崎妹含めて──特に拒否されることはなかったので安心した。杏ちゃんが面倒臭いと辞退するのを「これも仕事です」とプロデューサーが無理やり参加させたことが理由かも知れない。仕事なら僕が参加しても問題ないもんね!

 

「プロデューサーさんも、一緒にどうですか!」

「いえ、皆さんでどうぞ」

 

 しかし、当のプロデューサーと言えば、島村が参加しないかと誘うも辞退してしまうのだった。そのまま部屋を出て行こうとするプロデューサーにメンバー達から不満の声が上がった。

 やはり、仕事モードの時のプロデューサーは表情も声も硬いよね。真面目なのはいいけど、それだけでは疲れてしまわないか心配になる。

 それに、せっかくプロデューサーも居るのだから、一緒に写りたい。

 

「プロデューサー……」

 

 だから、思わず呼び止めてしまった。

 僕の声に気付いたプロデューサーが足を止め、振り返る。

 プロデューサーと僕の目が合う。……瞬間、好きだと気づいたということは無い。ただ、彼の瞳に憧憬の様な物を感じた。

 きっと、プロデューサーも本心では皆と一緒に写りたいと思っているのだろう。短い付き合いの中で少なからず彼の心情を読み取れるようになった僕にはそれがわかった。

 ならば、僕はそれを後押ししてあげたい。それくらいはしてあげたかった。

 

「……一緒に、写りませんか?」

「参加して宜しいのでしょうか?」

「もちろんだよ! 皆一緒に撮ろうよー!」

 

 城ケ崎妹がプロデューサーの所まで駆け寄り、その手を取ると二人して戻って来る。

 少し強引な感じだけど、特に抵抗することなくプロデューサーも撮影に加わることになった。温かく迎えられたのを見るに、やっぱり彼は皆から慕われていることがわかる。

 それでも遠慮して端に立つプロデューサーを横目で覗えば、彼もこちらを見ていることに気付いた。

 

「……?」

 

 だけど、その目の意味はわからなかった。

 

「撮るよー! 笑って!」

 

 だがそれも、カメラマンさんの掛け声に顔を戻すころには忘れてしまっていた。

 

 

 

 こうして、アイドルのお仕事初日は終了したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……ということにはならなかったのさ!

 

「私達がライブにっ!?」

 

 本田の大きな声が耳に突き刺さったことで、これが現実の話なのだと実感が湧いた。

 今現在、僕と島村と本田の三人は、プロデューサーの仕事部屋へと集められていた。撮影も終わったので各々帰ろうかというところで、プロデューサーから呼び出しを受けたのだ。

 また何かやらかしてしまったかと戦々恐々の体で部屋に赴いたのだけれど、待っていたのは叱責や注意などではなく、僕達がライブに出るというお話だった。

 部屋の中に居るのは僕達三人とプロデューサー、それと千川さんと知らないおじさん、それと城ヶ崎姉。そして、この話を持ってきたのは城ヶ崎姉である。

 何でだ!?

 認識が追いつかない。

 

「今度やるアタシのライブのバックで、ちょーどこんな感じの子達が欲しかったんだよね」

 

 と言うことらしい。いや、どういうことだ?

 わけがわからん。

 常識的に考えて、今日が仕事初日だった人間を、いきなりライブに起用するとかあり得ないでしょ。

 城ヶ崎姉が勝手に言ってるだけで、その担当が了承したとは思えないんだけど。

 

「美嘉ちゃんの担当からもOKを貰いましたが……どうしますか?」

 

 千川さんが、あっさりと言って来た。

 えー、OKが出ているのかぁ。城ヶ崎姉の担当、大丈夫か……?

 何か弱味でも握られてないか。

 

「自分としては……」

「いいんじゃないかな?」

 

 プロデューサーが意見を口にし掛けたところで、それまで黙って缶のコーヒー(微糖)を飲んでいたおじさんが口を挟んで来た。

 

「遅かれ早かれ、この子達もステージに立つんだ。こういう始まりも、また、ありなんじゃないかな……」

「ほら、部長さんもああ言ってることだし!」

 

 おじさんのアシストを受けた城ヶ崎が、我が意を得たりという感じで、さらにプロデューサーへと言い募る。

 隣で島村と本田が「部長!?」と驚いているけど、僕は相手の役職を気にしている余裕はなかった。

 ……この人、プロデューサーが反対意見を言いそうになったから割り込んで来たな?

 

「……」

 

 シンデレラプロジェクトは……プロデューサーのプロジェクトだ。他の誰の物でもない。それを分かって貰った──いや、僕が解らせたからこそ、僕は346プロに所属できている。

 上層部の、あの専務さんも理解してくれたからと安心し切っていた僕にとって部長さんの登場は、まさに青天の霹靂だった。

 でも、部長さんに何を言われたとしても、プロデューサーが意見を変えなければ問題はない。その権限を彼は貰っているのだから。

 そんな風に、僕は慢心していた。

 

「……皆さんは、どう思われますか?」

「えっ」

 

 だけど、プロデューサーが僕達に意見を求めて来たことでその慢心も潰えた。

 僕はてっきり、ここはプロデューサーがバッサリと切り捨てる物だと思っていた。それが蓋を開ければ僕達の意見を訊いて来ている。つまり、プロデューサーの中で判断がブレたということだ。

 その原因とは何か……。

 自然と部長を見る目が厳しくなるのを自覚する。昔ほど直情的に顔にも行動にも出さなくなったとはいえ、あまり感情を高ぶらせすぎるとバレる恐れがあるので、そっと部長から顔を背けた。

 

「えっと、私達が決めていいの……?」

「いえ、あくまで意見としてお聞かせ下さい。最終的な判断は私の方でしますが、貴女方の意見を聞かずに決めるのも問題ですから」

 

 本田が代表として訊くと、プロデューサーからそんな答えが返って来た。

 僕達には、できるかできないかを判断することはできない。でも、やりたいかやりたくないか、意見を言うことはできる。

 つまり、プロデューサーは僕達の意見を尊重してくれる気でいるということだ。

 それ自体は嬉しいのだけど……。

 

「私はプロデューサーの判断にお任せします」

 

 僕には意見を言うつもりはなかった。僕はプロデューサーの判断を全面的に受け入れるつもりだ。それを変える気はない。

 

「……わかりました。如月さんは保留で。お二人の方は、どうでしょうか?」

「え、あ、私達ですか? ……えっと、未央ちゃん、どうしましょうか?」

「あ、ウ、うーん! ……私は、やりたい、かな? しまむーは?」

「私もやりたいです……」

 

 本田と島村はライブに出たいようだ。まあ、当然か。

 

「では、ライブの資料をお願いします」

 

 二人の意見を聞いたプロデューサーは意外にも、あっさりと許可を出してしまった。

 すぐに千川さんにライブ資料を用意するようお願いしている。

 

「やったー! ライブ、楽しもうね!」

「はい! よろしくお願いします!」

「くぅ~っ! こんなに早くライブに出られるなんてぇ……」

 

 城ヶ崎姉と島村と本田の三人が喜びを露わにしている横で、僕は一人冷めた状態で立ったままだ。

 

「如月さんも、それでよろしいですか?」

「はい、もちろんです。プロデューサーが、そう判断されたのなら……」

 

 プロデューサーが許可を出してしまえば僕もそれに従うまでだ。その判断に逆らえば、それこそルール違反になる。

 

「ちょっと、ちょっと! 何後ろ向きになってんの。せっかくライブに出るんだから、もっと喜んだっていーんじゃない?」

 

 ともすれば、後ろ向きとも取れる僕の態度に城ヶ崎姉から突っ込みが入った。

 気楽なものだと切って捨てるのは簡単だ。しかし、どういう理由があるにせよ、先輩として後輩の僕達に機会を作ってくれたことには違わないのだから、きちんとした態度は心がけよう。

 

「そうですね。プロデューサーのご許可も出たことですし。私も精一杯、努めさせていただきます」

「硬っ!? もー、真面目だなぁ~」

「如月さんは硬いよねー!」

「でも、真面目なのは良いことだと思います」

「あ、しまむー! 自分だけ味方するとかズルいぞー」

「えええっ、そんなつもりじゃ……」

「裏切者のしまむーには、おしおきじゃー!」

「な、何を……き、きゃ~!?」

 

 謎のテンションに浮かされた本田と島村がじゃれ合っているのは、この際脇に置いておこう。

 問題は城ヶ崎姉の方だ。

 部屋中の注意が二人に向いている今、彼女だけが僕の方を向いている。

 

「……何か?」

「いや、別に~?」

 

 僕が訊ねると、声だけはいつも通りの城ヶ崎が、おどけた様子で答える。

 

「そんなにアタシのバックで踊るのは嫌?」

「別に、そういう意図があって難色を示したつもりはありませんが」

「ホント~? 初ライブはメインでやりたいとか思ってたりしない?」

「そういう思いがあることを、否定はしません。ですが、頂いたお仕事を蹴ってまで、それを貫くつもりもありません」

「でもさ、最初から乗り気じゃないみたいだったよね」

「それは、プロデューサーが許可を出されていなかったからです。あの瞬間、部長さんが割り込んで来られるまで、プロデューサーは断る方向でいました」

「それでも意見を求められたなら、ちゃんと自分の意見を言わないとダメでしょ」

「プロデューサーの判断に従う。それが私が示した答えです」

「でも、こっちはOK出してるんだからさ。問題無いでしょ?」

「私のプロデューサーは、あの人です。城ヶ崎さんの担当の許可は関係がありません」

「……そんなにアイツの許可が大事?」

「大事です。城ヶ崎さんには関係が無い話ですが、私にとって、あの人の判断は絶対なんです」

 

 最後の僕の言葉は、きっと城ヶ崎姉にとっては禁句だったのだと思う。

 その一言だけで、それまで余裕の態度を見せていた城ヶ崎の目の色が変わった。

 

「そうやってっ……!」

「アタシもやるー!」

 

 城ヶ崎が何かを言いかけると同時に、突然部屋の扉が開き城ヶ崎妹が駆け込んで来た。

 それだけで城ヶ崎姉の目が元に──表面上は──戻ったのが見えた。

 城ヶ崎妹が入って来た扉の方を見れば、聞き耳を立てていたプロジェクトメンバーの姿が見える。陰になっているみたいだけど、廊下のあちこちに皆の気配がした。

 ……みんな僕達の話が気になっていたのかな。

 

「ねぇ、いいでしょーお姉ちゃん!?」

「アンタは、また今度ね」

「えぇーっ、なんでー!?」

 

 城ヶ崎姉の方は纏わりついて来る妹に構うのに忙しいらしい。その姿からは、とても怒気を孕んでいるようには見えない。

 それは一過性の物だったから、すでに消えてしまっているためなのか。

 それとも、それだけ根深く、また用心深く隠して来たからか……。

 

「みくも早くステージに立ちたいにゃ~!」

 

 どちらにせよ、今のこのカオスな状況で続けるつもりは無いということは確かだ。

 

 

 本当に──。

 

 

 最後まで、猫被っていられたら見事だったのにね?

 

 

 

 

 

 オマケ

 

「うーん……恐ろしい程にカメラ映えする子だったね。正直素人が撮影したやつでも、ほとんどそのままで使えるよこれ」

「ノーメイクで衣装が普段着なんですよね? 何食べたらあんなのになるんでしょう。楽っちゃ楽でしたけど、人相手に撮影している気がしなかったです」

「ちゃんと別日に専用で撮ってあげたいね。でも、初日の初々しさも残してあげたい。この機会を逃したらもう彼女の素人臭さは見られないだろうし。それはそれで惜しい。……見てみなよ、最後に撮ったやつと最初の一枚目」

「……これって」

「最初は確かに素人だったけど、撮られ続けている間に目に見えて改善していってる。もはや最初とは別人だよ」

「天才ってやつですかね」

「天才で済めばいいね」




あらすじ「大天使ウヅキエルの浄化の光がスタッフ一同を照らし、恐怖心を浄化したのであった。めでたしめでたし」

卯月アゲ。
無邪気な称賛を浴びせることで周りの恐怖心を払拭した卯月のサポート力よ。
今後も千早の言葉足らずな物言いに対して、独自の解釈で良い方に捉えてくれることでしょう。天然のチハリンガル持ち。

ちゃんみおは千早の胸キュンワードを無意識に連発してますね。実は出会って初日にして春香よりも刺さってる言葉があるという。
さすが未央。ポジティブパッションガンスリンガーガール。チハリンガル持ちの優と卯月と違い数撃ちゃ当たる精神。

どんどんアイドルと絡んで行くよー!
そしてどんどんドブ沼に沈んで行くよー!

今回杏と絡んでましたが仲良くはなってないです。この杏ちゃんはデレステで言うところの、メインコミュ10話の回想シーンまでしか進めていない状態。それくらいしか他の子とコミュってません。
なんででしょうねぇ!
千早の杏に対する感情は「やばい、リアル俺の嫁おるやん。チハヤイコール俺やし。つまり杏は俺であり俺の嫁ってことやん」というぶっ飛んだものです。
たとえ面と向かって暴言を吐かれても好意的にしか受け取らないレベル。前からこの世界の人間をキャラクターと見ていた節があった千早がさらにゲームに近い容姿の杏から何言われても「そういうキャラ」としか見ないために怒ったりしません。アニメキャラの言動に本気で憤る人がいないのと一緒。
杏「変態」
千「(可愛い)」
杏「どっか行って」
千「(ツンデレ可愛い)」
無表情かつ丁寧に対応するのでそんな感じに見えませんが実態はヤバイ系の変態。


城ヶ崎妹はあまり千早を嫌ってません。「城ヶ崎美嘉の妹」が効かない相手に遭遇したことでアイデンティティが揺らいでます。と、同時に城ヶ崎美嘉の妹じゃなく自分を見てくれる千早をどう扱っていいか悩むまである。
エースにとってのロジャーが美嘉ならば、千早はルフィポジになるでしょう。白ひげきらりとサボみりあもおるでな。

城ヶ崎姉。
次回以降で語られるでしょう。

その他メンバー。
千早に対してマイナスだけに寄った評価はしてません。基本良い子達なので歩み寄りの姿勢を見せてくれます。
※ただし千早である。

今西部長。
きっと冤罪。良かれと思って口を出したら千早の地雷を盛大に踏み抜いた人。
千早「この如月千早の暗黒空間にバラまいてやる」
部長「3択。ひとつだけ選びなさい(略)」
たぶん③




次回はアルティメットな笑顔と卵を繋ぐお話。
最終面接に千早が単身挑みます。敵だらけの中、千早のチートが唸り声を上げます。


 ──その日、一匹の怪物が生まれた。

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